ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ローラさん! それに……あれ、奈々さん?」
目覚めた桃子が施設のロビーへと向かうと、夜だというのにギルド内がいつもよりも騒がしくなっていた。
どうやら柚花の言った通り、外のヘリポートには魔法協会のヘリコプターが到着しているらしく、それなりにギルドも大騒ぎだったようだ。
そして、こちらも臨時営業という形なのだろう。もう夜だというのに喫茶店の照明がついており、そこには幾人かの客の姿があった。
喫茶店でコーヒーを振る舞っているのは、相変わらず空の妖精姿のままのローラ。
そして、そのカウンターでは、つい先日お別れをしたばかりの魔法協会職員である老芝奈々が、ノートPCで忙し気に何やら作業していた。来客用の客室ではネットワークが通じないこの離島なので、ロビーで仕事をしているのかもしれない。
桃子が声をかけると彼女もそれに気付いたようで、作業の手を止めて桃子の姿を感慨深そうに見つめる。
再会までの期間がさほど空いていないため、先日の印象と大きく変わってはいない。奈々は相変わらず、疲れ切った就活生のような似合わないスーツ姿が、逆に一周回って様になっている。
「ああ、良かった……桃子さんが、無事に目覚めているということは……」
「はい! 全部、解決してきました!」
「……良かった、良かったですよー桃子さん! 私、たまたま事後処理のために九州にいたっていうだけで今回の案件の担当に急に任命されまして、碌な説明も受けられず、ただただ心配だったんですよーっ!」
そして、人目もはばからずに桃子に抱き着いてきた。
どうやら、奈々には今回も色々と心労をかけてしまっていたようである。
発熱による寝汗が酷かった和歌は一度シャワーを浴びてくるというので、先に来た桃子が今回の顛末を奈々に語って聞かせる。
奈々はその桃子の報告を聞き、龍宮礁の魔法生物が守られた経緯を、ネットワーク越しに魔法協会の上役へと伝えているようだ。「私、怪異担当部署なのになんで別な部署の仕事をしているんですかね」とは、奈々の漏らした泣き言である。
残念ながら、魔法協会の日本支部は、相変わらずの人手不足のようだった。
奈々は色々と苦労しているようだけれど、それでも事件解決の報告は喜ばしいことだ。周囲のギルド職員たちも、事情を分かっているのか分かっていないのか、雰囲気で事態が好転したことは察したようで、緊迫した空気が弛緩している。
実はまだ魔法協会が送り込んだ二人の探索者、風間と柚花が戻ってきてはいないのだけれど、あの二人に限って道中の魔物相手に不測の事態に陥ることは無いだろう。
道のりは少々長いけれど、柚花の眼ならば帰り道で迷うこともない筈だ。なので、桃子はさほど心配はしていない。
「桃子さん、この魔法協会の人ったら面白いのよ? ヘリから降りて来たと思ったらいきなり、私のこと、怪異とか言い出すの」
「うーん、ローラさんは怪異じゃないけど、実際に怪異染みた所があるからなあ……」
柚花曰く、怪異染みた美人であるこのローラは、ヘリが到着した際にはちょうどその場に居たらしい。
ヘリから降りて、いきなりこの空の妖精姿をしたローラの出迎えを受けた柚花たちの混乱は、如何程のものだったろうか。
桃子はローラ特製のコーヒー牛乳を味わいながら、その時の柚花たちの反応を想像し、ちょっと楽しくなってしまうのだった。
ロビーには、続々と仲間が集まってくる。
シャワーで急ぎ汗を流してきた和歌もロビーへとやってきて、親方たちと合流している。
「おゥ、桃の字に和歌。おめェら、なんか知らんうちに大変なことに巻き込まれてたんだってなァ。夢に出てくる魔物だったかァ? そりゃァよ、もう大丈夫なのか?」
「はい、親方さん。桃ちゃんと一緒に魔物は撃退したので、もう大丈夫です。ご心配をおかけしましたー」
「私も、和歌さんも。元気です、元気いっぱいです!」
どうやら、親方たちには『夢に出てくる魔物』に襲われたという内容で伝わっているらしい。いつもの調子で話しかけてくるものの、和歌と桃子の体調を心配する素振りが見える。
確かに、ニライカナイの話をそのまま伝えるわけにはいかないかもしれないが、しかしその説明ではもはやナイトメアという別な魔物だろう。
和歌と桃子は苦笑して顔を見合わせながらも、しかし親方たちには回復をアピールする。所長も、グッと親指を立ててくれた。
「んで、ダンジョンにその魔物の本体を退治しに向かった、深援隊の風間の奴と、桃の字の後輩はどうしたんでェ?」
「うーん、まだしばらく帰ってくるのに時間がかかるんじゃないですかねー」
「お、おゥ。大丈夫なのかァ?」
風間と柚花に関しては、大丈夫だろう、としか言いようがない。
今からでも桃子と和歌がダンジョンに向かえば途中で合流出来るかもしれないが、正直いって今の桃子たちがダンジョンに入ってもまともに動ける気がしないのだ。
肉体のほうは元気だけれど、先ほどは魔力がほぼ底をついていた。こんな状態では、小鬼相手でも苦戦してしまうかもしれない。
なので、桃子は。和歌は。
せめて、ダンジョンから帰ってきてすぐに顔を合わせられる、このロビーにて。
大切な仲間たちの帰還を待つことにした。
しかし。
ロビーで柚花を待つことにしたのはいいのだが、それはそれとして、空腹というのは生理現象である。
今日は昼間に与論島でカレーを食べてから、肉体的には先ほどのコーヒー牛乳以外に何も口にしていないのだ。
更には、肉体が眠っている間にも桃子の魂は滅茶苦茶に大冒険をしたので、魂がとにかくエネルギーを欲しているという奇妙な感覚がある。
ニライカナイでは戦いの前にカレーを食べたが、その後の戦いで全て消費し、魂の胃袋はすっからかんだ。魂に胃袋があるのかどうかは知らないが。
というわけで、柚花を待ちながらも。
桃子たちは、禁断の夜食に手を出した。
「カレー、美味しい! カレー、美味しい!」
喫茶店のカウンターで、ローラが温めてくれたカレーライスを幸せいっぱいな顔で掻っ込む。
肉体だけでなく、魂までもが空腹状態のときに食べるカレーがここまで美味なものなのかと、桃子は感動で泣きそうである。
「カレー……」
横では、何故だか奈々がなんとも言えない表情で、カレーを食べる桃子の姿を眺めていた。
長崎では二週間の生活で、ほぼ毎日のように桃子がカレーを作って一緒に食べていた仲だ。なので、奈々も一緒に食べないかと誘ったのだが、食欲がないのか丁寧にお断りされてしまった。
「桃ちゃん、ゆっくり食べないと駄目ですよー? ローラさん。こんな時間だというのに、ご迷惑をおかけします」
「いいのいいの。カレーは桃子さんが買ってきてたレトルトだし、私はレンチンしただけだもの」
そして、桃子と同様に心身共に空腹になっているであろう和歌にも、桃子と同じくカレーライスが振る舞われていた。
和歌としては、昼に続いて昼夜連続のカレー。いや、ニライカナイで桃子が産み出したカレーを含めれば三食連続のカレーとなる。
いくら妖精の林檎を食べて若さが保たれると言っても、和歌が摂取したのはあくまで林檎ひとつだけ。決して、暴飲暴食しても美容に影響がないというわけではない。
桃子と違い、美容や健康にも気を使っている和歌は、既に時計の短針が上を向いている時刻のカレーを前にして少々逡巡する素振りを見せる。
しかし、やはり体と魂というダブル空腹には勝てなかったのか、遠慮がちにカレーを口に運んでいた。
周囲に漂うカレーの香りに、奈々だけが何故だかトラウマを刺激されたような苦々しい顔をしていた。
そして、桃子がカレーのお代わりをローラにお願いしたところで。
ロビーの入り口が開け放たれ、もうだいぶ遅い時間だというのに、ロビーに少女の大きな声が響き渡った。
「あー! 先輩、私がダンジョンで滅茶苦茶頑張ってたのになんでカレー食べてるんですか?!」
「タチバナ、騒ぐな騒ぐな。もう夜だぞ」
ようやくニライカナイの道のりを抜けて帰還してきた柚花が、カレーを食べている桃子を見て頬を膨らませる。
なんでカレー食べてるんですか、と聞かれれば。それは、カレーがそこにあるから、としか答えようのない話ではある。
だがもちろん、柚花とて桃子がカレーを食べていること自体に疑問を抱いているわけではない。むしろ、ここで桃子がカレー以外のもの食べていたとしたら、それこそ不思議がられるだろう。
そして、柚花の後ろからは。風間が。
ギルドのスタッフたちと一言二言言葉を交わしてから歩み寄ってくると、和歌の前で立ち止まる。
「……おかえりなさい、リュウくん」
「ええ、和歌さん。ただいま帰りました」
二人とも、多くは語らない。
けれど、きっと。多くの感情が入り混じっているのだろう。
それが大人というものなのだろうなと。桃子はカレーの二杯目を味わいながら、二人の姿を見守るのだった。
「ねえ柚花。私もあと半年もすれば二十歳になるわけじゃない? だから、多くは語らない、大人っぽい大人になろうと思うんだ」
「先輩は最近大人どころか妖精になりつつありますから、とてもいい案だと思いますよ。私も応援します」
「やった」
「それで、次の日は、柚花にキジムナーの写真を見せて貰ったり、ローラさんと柚花と私でコスプレ写真とったりしてから、お昼過ぎの船で島を出て、沖縄の空港まで移動したんだよ」
「そこで、こちらの沖縄土産をたっぷり購入して下さった、というわけですね?」
「ふふふ。ももたん、ちんすこうばっかり買いすぎじゃありませんか?」
妖精の国、女王の間にて。
桃子はこの日、沖縄でのことの顛末を、改めて語って聞かせていた。
聞かせる相手は、ヘノと、ニムと、この部屋の主である女王ティタニアと。そして、りりたんだ。
女王の間に用意されている人間サイズの食卓に、皆が揃っている。
テーブル上で大量のちんすこうを囲っているのは、二人の妖精、ヘノとニム。卓上に置かれたミニチュアの椅子に腰を下ろし、娘たちの様子を眺めているのが、ティタニア。
そして、ティタニアと並ぶように、人間用の椅子に座っている漆黒のドレス姿の少女は、天海梨々。分身でも何でもない、りりたん本人である。
「まったく。桃子は。むぐむぐ……なんで。ヘノのいないとこで。危険なことばかり。してるんだ。むぐむぐ……ヘノがついていけば。鵺くらい。楽勝だったろ……むぐむぐ」
「うぅ……ヘノぉ、私たちが行っても……死者の国の下層には……入れなかったって、さっき聞きましたよねぇ……?」
「ヘノ、お喋りするのは口の中身を食べ終えてからですよ?」
「分かったぞ。女王……むぐむぐ」
ティタニアはヘノたちを見守りながらも、にこやかに桃子の話を聞き。
りりたんは、自分で用意したであろう紅茶を飲みつつ、黒糖のちんすこうばかりを選んで食べている。
そして、ヘノはちんすこうの種類を選ばず、手近なものから遠慮なくパクパクと食べながら、桃子の話を聞いていた。
ニムは一つずつ種類を見ながら、じっくりと食べ比べをしているようだ。
なお、ちんすこうというのは沖縄県の伝統的な焼き菓子である。見た目は小さなクッキーのようで、サクサクとした食感と甘みが特徴的だ。プレーン味や黒糖味が定番だが、最近は種類も多種多様になっており、卓上にはバラエティ豊かなちんすこうが並べられていた。
「ところでティタニア様、体調のほうは……」
「ええ、もう……大丈夫です。お母様が居てくださいますし、私が悲しみに伏せるなど……エレクも望んではいないでしょう」
「ふふふ。私は何もしていません。ティタニアは、自分の力で立ち直りました。女王として立派になりましたね」
桃子は、心配げにティタニアの顔色を窺う。
ティタニアはつい少し前まで。女王の任を一時的にりりたん――先代女王ネーレイスに肩代わりしてもらい、床に伏せていたのだ。
それは、当然。エレクのことが原因だ。
帰還した桃子は、真っ直ぐにこの妖精の国、女王の間までやってきた。そして、遺品であるツヨマージと共に、エレクからの最後のメッセージを伝えたのだ。
ティタニアは、柚花から既にニライカナイの話は聞いていた。そこにエレクがいることも聞いて、知っていた。そこが死者の国である以上、エレクがそこで消えていくだろうことも、分かっていた。覚悟はしていた。
けれど。
どれだけ覚悟しようとも。
その黒く炭化してしまった遺品を目にして。今は亡き、愛する娘の言葉を伝えられて。
エレクとの思い出の数々と、それと共に押し寄せる悲しみの激流に。ティタニアは泣き崩れ、とうとう堪えることが出来なかった。
自分の娘であるティタニアがそうなってしまうことを予測して、りりたんは今回、早くからこの妖精の国を訪れていたらしい。
せめてティタニアの背負うものが軽くなるようにと、自ら女王の代理を買って出たのである。生まれ変わろうとも、いくら無関心を装いつつも、やはり彼女はティタニアの母なのだ。
「エレクは……私にとっての、最初の娘だったのです。とても元気で、好奇心が強くて、前向きな娘でした」
エレクはティタニアにとって一番初めに生まれた、娘と呼べる存在だった。数多の小妖精から、更なる成長をしてみせた最初の一人だった。
当時。全てが手探りだった新米女王であるティタニアは、エレクを愛し、手づからツヨマージを作り出してエレクに持たせていたのだそうだ。
しかし、十三年前のあの日。人間を愛し、人間のために戦ったエレクは、敗北した。
魔物により、その命を失った。
その後の数年間、日本のダンジョンに暗黒時代が訪れたのは。つまりは、瘴気の浄化を担うティタニアが立ち直るまでに、それだけの月日がかかってしまったと言う事でもある。
それはティタニアの領域のみならず、繋がっていた化け狸のダンジョンや、他所のダンジョンにも影響を与える程だった。
そこから連鎖して起きてしまった別な悲劇を知っている桃子は、その話を聞き。沈痛な想いでいっぱいになる。
「むぐむぐ……エレクっていう妖精は。ルイの親友だったらしいぞ。むぐむぐ……クルラを。問いただしたら。白状した」
「そっか……」
今は姿を見せない薬草の妖精も、恐らく既に今回の顛末を聞いている筈だ。亡き親友の最後の活躍を、耳にしている筈だ。
どうか、彼女にも。
皆には、いつまでも元気でいて欲しいという、笑顔でいて欲しいという。そんなエレクの願いが伝わりますように、と。
桃子はただ、願いを胸に抱く。
エレクを想い、誰もが口を閉ざし。静かになってしまった室内には。
ヘノがちんすこうを食べる音だけが。
パクパク、パクパク、もぐもぐ、もぐもぐ、そしてまたパクパク、パクパク、もぐもぐ、もぐもぐと、響いていた。
「……って、ちょっと待って待って、食べすぎじゃない?! うわあ、ヘノちゃんの頬っぺたがハムスターみたいに膨らんでるよ!」
「ふふふ。驚くももたんの顔は愉快で可愛らしいですね」
「いや、愉快な顔になっちゃってるのはあなたの孫だからね?!」
時は、静かに過ぎていく。
お腹いっぱいになったヘノとニムは、桃子の膝の上で眠っている。
ティタニアは女王の定位置、花弁の玉座に座っているけれど、桃子とりりたんは未だ、卓上で紅茶の香りと共に寛いでいた。
「ねえ、りりたん」
「どうしましたか? ももたん」
「何回か、助けてくれたよね。ありがとうね」
「さあ。りりたんはなんのことだかわかりませんよ」
桃子は、ニライカナイの出来事を思い返す。
自分がピンチのとき。風もないのに青い花びらが舞い、何度か桃子のことを助けてくれた。
あの時はいっぱいいっぱいで気にしていられなかったけれど、今思えばあの助けがなければ何回かは敗北していただろう。
残念ながら、和歌やヒカリは助ける対象としてカウントされていなかったらしく、あの花弁は桃子のピンチにしか見かけることはなかったけれど。でも、あの力がなければパーティが敗北していたのは間違いない。感謝を、しっかりと伝えるべきだ。
では、その感謝を伝えるべき相手は誰なのか、一体あれは誰の意思だったのか、などと。考えるまでもないだろう。
桃子の知り合いで、あの青い花畑――死者の国に干渉が可能であり、そして桃子だけを選んで助けてくれそうな存在など。たった1名に限られるのだから。
なので、桃子は。お礼を伝える。
りりたんはすっとぼけ、それを見てティタニアはくすりと笑っている。
「まあ、でも? 何のことか、さっぱり全然わかりませんけれど? それでも、ももたんが私にお礼を伝えたい、何かしらのプレゼントで感謝の気持ちを伝えたいと言うのなら、りりたんとしては断りはしませんよ」
「お礼を言っておいてなんだけど、りりたんてたまに、ものすごく図々しくなるよね」
「失礼ですね。りりたん、これでも女子高生ですからね。欲しいものはたっぷりあるのですよ」
頬を膨らませて怒るりりたんを見て、桃子もつい、くすりと笑みを浮かべる。
ティタニアは、このりりたんを母と慕っているけれど。今のりりたんはとてもではないが先代女王というより、年相応の女の子だった。
ならばと、桃子も肩の力を抜くことにした。悲しく重苦しい話題は、もう充分だろう。
「じゃあ、りりたんが今一番欲しいものはなあに? あ、和歌さんに頼んで、りりたん専用の装備品でも設計してもらう? ドレスに合う装備品とか、どうかな」
「あの方のデザインした装備品も魅力的ですけれど、りりたんは今、カレーが食べたいですね。ティタニアも、そろそろお腹が空いたでしょう?」
「お母さまったら……先ほど黒糖のお菓子をあれだけ食べていらしたのに。とても健啖で素晴らしいですね」
「……むにゃ。なんだ。いま。カレーの話。したか」
「うぅ……カレーを食べるんですかぁ……むにゃ……」
りりたんがカレーの話を持ち出すと、まるでそれが目覚めのスイッチだったかのように桃子の膝で眠っていた二人の妖精が目を覚ます。
まだ眠そうな顔だけれど、どうやらヘノにとってはカレーの話は自分のお昼寝よりも重要なようだ。
「おはよ、ヘノちゃん。じゃあ今日は、カニと果物のカレーを食べよっか。名付けて、離島の砂浜カレーだよ」
「だったらまずは。妖精の湖で。カニを沢山。捕まえてこないとな。よし。いくぞ。ニム」
「ぅぇぇ……ま、まだ寝てたいんですけどぉ……うぅ……」
カレーの話となれば、ヘノは疾風のように行動が早い。流石は風の妖精だ。
そのまま、まだ半分眠っていたニムもついでに連れて行かれてしまった。この調子なら、10分もあれば調理部屋にはカニも果物も用意されるに違いない。
りりたん、ティタニア、桃子で三人きりになる。
この組み合わせというのは、ありそうでなかった珍しい組み合わせだけれど、しかし桃子もカレーの下準備のために調理部屋へと向かわなければいけないので、席を立つ。
しかし、その前に。
卓で寛いでいるりりたんを振り返り、この機会に、思っていたことを伝えてみようと思った。
「こんな機会に言うのもちょっとあれだけどさ。りりたんがこうして妖精の国に来てくれて、私ね、とっても嬉しいんだよ。ティタニア様も嬉しいですよね?」
「ええ、勿論です。お母さまが来て下さるなら、私も幾らでも頑張れますのに……」
「二人して、なんですか? 私は気まぐれな女子高生なのですから、手伝いとかそういうものを期待しては駄目ですよ」
「そんなこと言わないよ。たださ、りりたんがここに一緒に居てくれたら、それだけ一緒の思い出が増えるでしょ? 生きる楽しみって、そういう所にあると思うからね!」
桃子の言葉に、ティタニアがにこにことした笑みを浮かべて頷いている。
りりたんは、笑っているのか、困っているのか、なんとも曖昧な表情だ。
一緒にご飯を食べるだけでもいいのだ。それだけでも、心は温かくなるのだと、桃子は知っているのだから。
今はまだ、悲しみに沈んでいる仲間もいるけれど。彼女たちが笑顔を取り戻したときは、またみんなでカレーを食べたい。そう、願う。
桃子は、女王の間から花畑へと続く光の膜を通る前に、もう一度、りりたんに声をかける。
「りりたん、私はさ。これから先もまだまだ沢山、りりたんと一緒にカレーを食べたいな」
「……ふふふ。そうですね。お食事くらいでしたら、たまには良いかもしれませんね」
女王の間を抜けて、妖精の花畑を歩く。
花々の中では、様々な姿の小妖精たちが、仲良く戯れているのが見えた。
楽し気に遊ぶ小妖精の中に、一瞬だけ。青と黄の幻を見てしまい、桃子の胸はチクリと痛む。
今回、桃子にはやりたいことが増えた。
いつか自分が天寿を全うしたその時に。
ニライカナイの果てで、懐かしいあの面々に再会した時に。
目いっぱい、彼らがうんざりするほどに、人生の思い出話を聞かせてあげるのだ。
今はまだ、彼らのことを思うと胸が苦しくなるけれど。視界が滲んでしまうけれど。
いつか。みんなのお陰で、こんな楽しい人生を送れたんだよ、と。
いつか。みんなのお陰で、こんなに多くの笑顔が守られたんだよ、と。
沢山、沢山伝えるのだ。
「そのためにも。私、頑張って生きていくからね。応援しててね」
遠い、遠い。
遥か彼方、ニライカナイの果てに向けて、ポツリと小さく呟いた声は。
妖精の花畑の日差しの中で、柔らかな風に。優しく、運ばれていくのだった。