ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「うぅ……よ、夜はさすがに、し、静かですねぇ……」
ここ房総ダンジョンは、ダンジョンの中でも安全性が高いと評されている。
その上、森林で覆われた自然豊かな第一層の構造も相まって、一部ではちょっとしたキャンプ場のような扱いをされることもあり、昼間には少なくない探索者が出入りしている。
だが、それでも夜間にまで活動する探索者となると、数は限られてくる。
如何に脅威度の低いゴブリンが主な魔物だとしても、夜の闇というのは人間よりも魔物に有利に働くものだ。
第一層でわざわざゴブリンに夜襲されるリスクを冒してまで野宿をするくらいならば、普通に門から地上に出て宿泊施設を使用する、という探索者のほうが大多数である。
勿論、それでも野宿を選ぶ探索者がいないわけではない。
危険性の高いダンジョンで野宿を経験するよりも、まず房総ダンジョンで経験を積もうと野宿を選ぶ探索者たち。また、単に危険に対する感覚が鈍く、キャンプ気分で気軽に野宿をしている探索者も少なからず存在するだろう。
そんな彼らも、さすがにもうテントで眠りについているであろう、深夜1時を過ぎた頃。
柚花とニムの二人は、眠りから覚めない桃子はそのまま寝かせて、自分たちだけで妖精の国から第一層まで上ってきていた。
その目的は、深夜になるとドワーフの祭壇に現れると噂される妖精の調査だ。
二人は第一層の森を抜け、キャンプ場近くまで進むと、ドワーフの祭壇がかろうじて見える位置まで移動する。
祭壇などと呼ばれているものの、実態はキャンプファイア用の焚き火台の手前に置かれた小さなテーブルに過ぎない。
こぢんまりしたテーブルにそれなりに綺麗な布を敷いて、見た目だけは立派に見えるように工夫しているが、それだけだ。
柚花たちからだと、そのテーブルの上に一つの皿が置かれているのがギリギリ分かる。ご丁寧にラップが被せられているようで、ラップがダンジョンの魔法光を反射し、光って見えた。
祭壇の周りにも目を向ける。
この時間ではキャンプファイアーの火も消され、周囲に人影はない。しかし、テントの並ぶ区画を囲むように、幾人かの探索者たちが見張りに立っていることは確認できた。
「さすがにやっぱり、きちんと起きて見回りしてる人たちもいますね。私が堂々と入って行ってもいいんですけど……どうしましょうか」
「と、とりあえず、離れて様子を見るのは、ど、どうですかぁ? ち、近づくのは……怖いですし……柚花さんも、い、嫌でしょう……?」
「まあ、そうですね。今の私ってどう見ても不審人物ですし、あの人たちに見つかっても面倒臭いだけですしね」
夜の森ではあるが、ダンジョン特有の魔法光が所々に灯っているので、真っ暗というわけではない。なので、あまり不用意に近づきすぎると、見回りの探索者に発見される可能性が高い。
人間であり、身元も明らかな柚花ならば、彼らに見つかったところで大きな問題にはならないだろう。しかし、それでも怪しまれることは避けられない。あんな見知らぬ連中に嫌疑の目を向けられるなど、考えただけでもうんざりだ。
「ゆ、柚花さんは、不審どころか、何処から見ても……か、可愛いと思いますけどねぇ……?」
「じゃあ、可愛らしい不審人物なんですよ、今の私って」
ニムの言葉に少しだけ棘ついた心が柔らかくなるのを自覚しつつ、ドワーフの祭壇がよりよく見える位置まで森の中を歩いていくことにする。
夜の森でも、魔法光が灯っているためにある程度の明るさは確保されている。その上、今の柚花は以前にも増して【看破】の力をモノにしていた。今では銀の瞳に魔力を集中させることで、夜の森すら難なく見通せるようになった。
余計なものまであれこれ見えてしまう力だけれど、やはり一人で活動する上では非常に便利な能力だなと。柚花は深い森の獣道を行きながら。改めて【看破】というものに感謝するのだった。
それに気づいたのは、探索者に見つからぬよう森の木々の中を迂回して進み、祭壇の正面に回り込んだ辺りだ。
「……あれ? もしかして、いつの間にかハンバーグ消えてます?」
「うぅ……どうですかねぇ? あ、でも……言われてみれば、台の上にはお皿そのものがないですねぇ……?」
そもそも、柚花とニムが夜中にこんな場所までやってきたのは、夜な夜なハンバーグをつまみ食いする妖精がいるという噂の真相を確認するためである。
その肝心のハンバーグがないのだから、これではつまみ食いもなにもない。
ハンバーグを捧げられているドワーフ本人が皿を持っていったのか、はたまたつまみ食い妖精が現れたのか。なんにせよ、ゆっくりと森の中を移動している間に、柚花とニムは肝心な所を見逃してしまったようだ。
「しまった、先を越されちゃいましたね……」
「ゆ、柚花さん、柚花さん。あ、あっち……あっちに、不思議な気配がありますよぉ……?」
柚花が【看破】に集中して周囲を探し回れば犯人は見つけられるかもしれないが、そんなことをしていては見張りの探索者に発見される恐れがある。
もちろん彼らは悪人でもなければ、見つかったとて柚花に何かするわけでもないだろう。だが、彼らに怪訝な目を向けられることそのものが柚花にとっては多大なるストレスなのだ。極力、彼らに関わりたくはない。近づきたくはない。
こんなとき、柚花は自分を消してしまえる【隠遁】の能力が羨ましくなる。桃子に悲しい顔をさせたくはないので、そんなこと口が裂けても言葉にはしないけれど。
柚花がそのようなことを悩んでいると、しかし水の妖精であるニムが、柚花より先に何かしらの気配を感じ取ってくれたようだ。ニムが柚花の袖を、可愛らしくくいくいと引っ張っていた。
風というものを使って周囲を感じ取れるヘノと比べれば、ニムは感知能力そのものは高くはない。
けれど、それはあくまでヘノと比べたときの話である。
ニムとて、魔法的には人間より遥か高みにいる妖精だ。怪しげな気配がある程度近い距離にいるならば、感じ取ることくらいは可能なのだ。
「さすがニムさんです。案内お願いしていいですか?」
「こ、こっちの……小高い、丘になっている場所ですよぉ……?」
夜の深い森の道を、柚花を導くように蒼い光がふよふよと飛んでいく。
そこは、探索者たちの集う開けたキャンプスポットから少し離れた、小さな丘の上。
今まさに、その場所には何かがいる筈だ。
柚花はその両の瞳に魔力を宿しながら、水の妖精に先導されるがままに、夜の森を望む丘へと進んで行く。
初めに見えたのは、小さな焚き火の灯りだった。
柚花たち丘の上へと進んで行くと、そこには丘の下からは見えないような小さな焚き火と、その前に腰を下ろした人物が一人。
火に照らされたその姿は、身長こそ小柄だが、ずんぐりむっくりとした体形で、重そうなアーマーに身を包んだ長いひげの男性だった。
柚花の【看破】の瞳で見える情報も、彼が人間ではないことを示している。彼は、魔法生物だ。
間違いない、彼こそはドワーフである。
「こんばんは、今はお夜食中ですか?」
『……なんと。後輩殿か。それに、ニム殿まで。こうして顔を合わせるのは初めてだな。いつも母上が世話になっている』
柚花が少し離れた場所から声をかけると、ドワーフの方も柚花へと振り返って声を返してくる。
桃子から生まれたとは思えないような、低く、渋い声である。声からすると年齢はだいぶ上のようにも思えるが、しかしいい声だった。
柚花たちは彼と会うのは初めてだが、彼は柚花たちのことを既に知っているようだ。柚花が『後輩殿』で、桃子は『母上』。
見た目もその声もかなりの年配にしか思えないこのドワーフが、小学生もどきを地でいく桃子を母上と呼んでいるのは、なんとも奇妙なものだ。
「あ、あの、ドワーフさん……ですかぁ……?」
『うむ、如何にも。儂はドワーフと呼ばれておるよ』
パチパチと、静かな夜の丘の上には、火の弾ける音が響く。
ニムがおっかなびっくり相手の名前を確認すると、彼はうむりと大きく髭を揺らして頷いた。頷くだけでもどしりと力強い印象をうけるその所作は、まるで歴戦のベテラン戦士のようだった。
「なんか、先輩が生み出した魔法生物にしてはものすごく雰囲気が違いますね、どっしりしてるというか」
「ほ、本当に、桃子さんが元になってるんでしょうかぁ……」
『ふはは、二人の言いたいことは分かるが、儂は紛れもなく母上の子だよ』
小さくて可愛らしい桃子の姿と、目の前のどっしりとした年配のドワーフの姿が、全く重ならないことに柚花とニムは驚きを隠せない。いや、外観で言うならば世の中でイメージされるドワーフというものは大概がこのような姿なので、そこが桃子と違っているのは仕方ないことだろう。
だが、しかし。柚花たちが不思議に思うのは、外見ではなく、内面だ。
いくら世の中の固定イメージが基礎になっているとはいえ、彼は本当にどっしりとしており、歴戦のベテラン戦士の如き印象を受ける。
彼は桃子を「母上」と呼んでいるが。はたして、本当にこのドワーフの中に桃子の因子が入っているのだろうかと。柚花たちは不思議に思ってしまう。
一方のドワーフは、そんな二人の様子を見て、ボリュームのある髭を揺らしながら目を細めて笑っているのだった。
「いつもここでお供えのハンバーグを食べてるんですか?」
『うむ。この場所からならば、あの広場がよく見える。なにかあっても、迅速に動けるからな』
本当に桃子の因子が入っているのかという疑問はともかくとして、しかし間違いなく桃子の【創造】で生み出された彼は、桃子の身内である柚花とニムのことを最初から把握していた。
それなら話は早いと、柚花たちも焚火にあたらせてもらうことにした。
決して寒いわけではないが、深夜に感じる焚き火の熱には、不思議と心を落ち着かせる効果があるようだ。
パチパチと木がはぜる音を聞きながら、無言で炎を眺めるひと時は、思いのほか居心地が良かった。
温まったハンバーグの皿を引き寄せて、ナイフで小さく切り分けていくドワーフの姿を、柚花とニムは静かに眺めている。
『少し、食べるかね?』
その皿に備え付けられたフォークは、探索者が皿とともに入れたものだ。
ドワーフは自分でそれに口をつける前に、柚花に未使用のフォークを差し出して、ハンバーグを勧めてきた。
「じゃあ、ひと切れだけ頂きますね。ニムさんも食べますか?」
「は、はい。お、美味しそうですねぇ……」
柚花は、まずニムが食べる分をフォークで切り分けて与えて。
ニムがハンバーグを頬張ってから、自分も切り分けられたひと切れ分だけ口に運ぶ。デミグラスソースの甘みが心地よい。
このハンバーグは、恐らく地上のスーパーか、コンビニで用意した出来合いのものだとは思うけれど。深夜に焚き火に当たりながら食べるハンバーグというのは、なかなか魔性の味わいだった。
桃子の言葉ではないが、共に食事をするだけでも、互いの心の距離は近づいてくる。
ゆっくりとハンバーグを咀嚼していくドワーフに、柚花たちはぽつぽつと、こんな夜中に第一層へとやってきた理由を語っていった。
ドワーフに会いたい、というのももちろん理由の一つではあったのだが、それは今現在達成している。
なので、柚花がドワーフに聞きたいのは、もう一つの噂話の方である。
夜になるとドワーフの祭壇に妖精が現れて、ハンバーグをつまみ食いしていくという、人呼んで『つまみ食い妖精』の噂。
まるでどこぞの七不思議のような響きの噂話だけれど、これは目撃者が比較的多く、ただの見間違いというには噂が具体的過ぎるのだ。
つまみ食いが目的の妖精。まるで、目の前のドワーフ以上に、その妖精の方が桃子因子を持っていそうだなと、柚花は口には出さないもののつい考えてしまう。
『ああ、あの妖精のことか。あれはな……』
「知ってるんですか?」
『うむ。知っているというか、最近の儂の悩みの種というか。まあ、あの祭壇をしばらく見ていれば、運が良ければすぐにでも出会えるだろう』
ドワーフは、三分の一ほどハンバーグを残したままで、焚き火のそばに皿を戻し。
のっそりと、丘の上からキャンプ場を見下ろすように立ち上がる。鎧の金属部がカチャカチャと音を立て、夜の丘に響いた。
『ここからだとそれなりに距離があるが、見えるかね?』
「大丈夫ですよ。私、視ることにかけては得意なんで」
ドワーフの横に並び、柚花も【看破】の瞳に魔力を集中させる。
あまりこれをやりすぎると後ほど眼精疲労が酷くなるのだが、丘の上からキャンプ場を覗き見るくらいならば問題ないだろう。柚花は瞳に魔力の光を宿らせ、【看破】の応用で視界の先にあるドワーフの祭壇を覗き見る。
覗きはじめ、初めのうちは特に何事もなかったが、数分後。
柚花がそれを発見する。
「あっ、本当だ。白い光が祭壇のまわりを飛んでますね」
『あれは、いつもやってくる時間がバラバラでな。まだ人間の目のある夕刻に来ることもあれば、既に日の昇りかけた朝方に来ることもある』
「うぅ……祭壇には、今は何もないんですけどねぇ……」
そう。白い光――おそらく噂の妖精が祭壇を覗き見たところで、今はあそこに何もないはずだ。
噂の通り、つまみ食いが目的ならば、あの妖精の目的は果たすことは出来ない。
ならば一体どうするのかと、柚花たちが遥か遠くに見える妖精の光に注目する横で、ドワーフが説明を続ける。
『あの祭壇に食事が置かれることは分かっているようだが、時間を考える所まで思考がまわらぬようでな。皿があればその場でつまみ食いを始めるし、皿がなければ――』
「え、あの妖精、こっちに来てますよ?」
ドワーフの言葉が言い終わらぬうちに、柚花は声をあげる。
そう。あの妖精は、祭壇にハンバーグがあればその場でつまみ食いをする。
そして食べ物がなければ、そのハンバーグを持ち去った犯人であるドワーフのもとへとやってくるのだ。
距離こそあるけれど、真っすぐに空を飛んで来るならば、丘の上までさほどの時間もかからない。
「……って、あれ、氷の花の子じゃないですか?」
「ほ、本当だ……そ、そうですねぇ……」
近づいてきたその姿は、柚花たちにはとても見覚えのあるものだった。
白い魔力の光を放ち。その背にうっすらと薄い氷の羽を纏った、氷の花の妖精。
北海道、摩周ダンジョンの氷の花から産まれた、北のダンジョンの新たな守護者たち。
その氷妖精の一人が、真っ直ぐに。ドワーフたちのいる崖の上まで飛んできて。
開口一番、こう叫んだ。
『カレー!』