ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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カレーの氷妖精

『カレー! カレー!』

 

「あ、この子ですか。カレーっぽいことばっかり口走ってる子、いましたね」

 

「うぅ……居ましたねぇ、氷妖精に……へ、変な子……」

 

 ドワーフの祭壇を覗き見ていた氷の花の妖精は、そこに何もないとみるや否や、ドワーフがどこに居るのか分かっているらしく、柚花たちのいる丘の上までまっすぐに迷いなく飛んできた。

 そして、柚花やドワーフに対して何かアクションがあるのかと思いきや、焚き火の横に残されていたハンバーグを指差して、幼さの残る声で「カレー」という言葉を連呼している。

 

 いま目の前で騒いでいる、カレー用語ばかり口走る氷妖精のことは、柚花も、ニムも、以前から知っていた。

 

 もともと氷の花の妖精――いわゆる氷妖精たちは、北海道の摩周ダンジョンの新たな守護者として、コロポックルの少女パイカラと【創造】を持つ桃子二人の力によって誕生した存在だ。

 その総数は多く、その見た目もそれぞれが大差ない為に、個体ごとの判別は難しい。人間の柚花はもとより、同じ妖精のニム達からしても今一つ区別はついていない。恐らく自我の育っていない本人たちに至っては、自分と仲間の区別すらついていないだろう。

 

 だがしかし、その中で明らかに異質な、例外となる個体が存在する。それが目の前にいる、口を開けばカレーのことばかり口走る氷妖精だ。

 明らかに発言内容が他の仲間と違っているので、ある意味では唯一個別認識がしやすい氷妖精と言える。

 

「この子、生まれるときに先輩の魔力の影響をおもいっきり受けちゃったんでしょうね」

 

「さ、最近見かけないことが多いと思ったら……こ、こんな場所に、来てたんですねぇ……」

 

 氷妖精たちが生まれたとき。

 彼女たちは、桃子と、コロポックルのパイカラと、風の妖精ヘノと、そして妖精たちの女王ティタニアの魔力を基にして生まれた存在である。その中では桃子の魔力は一番微弱であり、氷妖精たちが桃子の影響を受ける可能性はほとんどないと思われていた。

 しかし、どういう運命の悪戯か、多数の氷妖精の中で今、目の前のこの少女だけが、桃子の――カレーの因子を色濃く受け継いでしまったようである。

 

『カレー! スパイス!』

 

『これはカレーではなく、ハンバーグだと毎日言っているというのに。やれやれ、困った妖精だ』

 

 ドワーフは氷妖精の前にどっしりとしゃがみこみ、それがカレーではなくハンバーグなのだと伝えている。が、何せこの氷妖精は会話を成り立たせるのも難しく、残念ながらドワーフの言葉がきちんと妖精に伝わっているようには見えなかった。

 しかし、柚花たちが見守る前で、それでもドワーフと氷妖精の愉快なやり取りは続く。

 

『良いか? この肉はハンバーグと言うのだよ』

 

『カレーのはんばーぐ』

 

『惜しいな。今日のハンバーグにかかっているソースはデミグラスソースというもので、カレーではないのだ』

 

『たべる! たべる!』

 

「あっ、カレーじゃなくても食べるんですね、この子」

 

 長々と、ハンバーグ、カレー、いやハンバーグ、というような非常に不毛なやり取りを続けていたドワーフと氷妖精だけれど、最終的には氷妖精がこのハンバーグを食べるということで話が落ち着いた。

 ドワーフはハンバーグを三分の一ほど残していたが、元からこの妖精のためにとっておいたものなのだろう。

 

 氷妖精は、ドワーフに差し出されたハンバーグの皿を前に、自分の体の何倍もあるフォークを全身で抱き抱えるように持ち上げた。

 そして、おぼつかない足取りでフォークの先端をハンバーグに向け、小分けにされたハンバーグをどうにか突き刺そうと四苦八苦している。

 その様子を見るに見かねたニムが、柚花の肩からふわりと降り、フォークを支えて小妖精をサポートし始めた。

 

 しかし。フォークに肉を刺したところで、一体どう食べるのだろうかと、柚花は訝しむ。

 小妖精の体の大きさからして、フォークを口に運べるわけでもなし、そのまま肉にかじりつく以外の食べ方はないように思える。なので、フォークに肉を刺す意味など無いに等しい。

 もしかしたら、フォークの用途がどうというわけではなく、あくまで本人のこだわりの問題なのかもしれない。

 

『先ほど言いかけた、悩みというのはこれでな。このとおり、毎日説明しているというのに、カレーとハンバーグの違いが分かっておらぬのよ』

 

「いやいや、もっと悩むべきところがありますよね?」

 

 全身でフォークを抱え、まるでフォークとフォークダンスをしているような状態の氷妖精と、それをあわあわ支えているニムを優しく眺めながら。ドワーフはその長い髭を揺らし、小さくぼやく。

 どうやら、彼にとってはカレーとハンバーグの区別というのは重要なことらしい。

 

 だが、柚花としてはもっと気になる部分がある。

 例えば、毎日人間の目を気にせずに祭壇に出没していること。人間側の事情を知っている柚花としては、それこそ重大な問題だろうと思う。彼女はあまりにも、人の目につきすぎる。

 柚花のそんな思いをよそに、ニムの介護の甲斐もあり、氷妖精はハンバーグをパクパクと食べ進めている。やっぱりフォークには刺すだけ刺して、食べるときは直に噛みついていた。

 

「は、ハンバーグ……美味しいですかぁ……? ほら、ゆっくりと食べないと、つっかえちゃいますからねぇ……」

 

『むぐむぐ。あれ、ニム? ニム?』

 

 頬をデミグラスソースでべっちょりにしてから、氷妖精は今さらながらニムの存在に気づいたようだ。

 先ほどまで自分にかけられていたニムの言葉が、全く聞こえていなかったわけではないだろう。しかし、まるでニムがそこにいることを今初めて認識したような挙動を見せた。

 自分と他者の境界が曖昧な小妖精たちは、このような言動をとることが珍しくない。

 

「そ、そうですよぉ? あ、あなたたちの、ヘノねーさまのお友達のニムですよぉ?」

 

『カレー? 食べにきた?』

 

「うぅ、か、カレーよりも、あなたに聞きたいことがあるんですけど……あ、あなたは、どうして、ここに来ているんですかぁ?」

 

『あのね、あのね。美味しいの。前にね、カレー、あったの。探してるの』

 

 ハンバーグを食べる手をとめて、氷妖精は辿々しいながらも、ニムの質問に答えていく。

 柚花から受け取ったティッシュの切れ端で氷妖精の頬を拭うニムは、普段の内気な様子とはまた違って、子供を世話する妖精のお姉さんのように見える。

 

「な、なるほどぉ。あ、あの祭壇に以前、カレーが出されたことがあったんですねぇ……?」

 

『うん! でも、カレー、ないの』

 

 たどたどしく、意図の分からない言葉も多かったけれど、さすがにニムは小妖精たちとの接し方を心得ているのだろう。気づけば、きちんと意思の疎通を成功させていた。

 そのニムの手腕に、黙って眺めていたドワーフも、ほう、と小さく感嘆の声を漏らす。

 

『流石は妖精であるニム殿だな。言われてみれば、前にハンバーグカレーの日があったが、つまみ食いもその頃から始まった気がするぞ』

 

「たまたまカレーを見つけちゃったものだから、それを期待して毎日覗きにきてるわけですか。先輩のカレー好き因子も、こういう形で受け継がれるとなかなか厄介ですね……」

 

 この氷妖精が受け継いだ桃子の性質は、よりによって桃子の一番厄介な部分だった。カレーへの執着だ。

 

『厄介……と言えば。もうひとつ。柚花殿、その妖精の食べているハンバーグを見てくれないか』

 

「ハンバーグ、ですか?」

 

 桃子の因子の強さに半ば呆れていた柚花だが、ドワーフのいう通り、氷妖精が食べている残りのハンバーグを注視する。

 今日のハンバーグは柚花も先ほど一口貰ったが、普通にジューシーで美味しい、ビーフ100%のハンバーグだった。店売りの市販品ではあるだろうが、そのなかでも決して安いものではないだろう。

 そして、良質なハンバーグといえば、旨味たっぷりの脂と溢れる肉汁が欠かせないわけだが。

 

 氷妖精が食べているハンバーグは、彼女の持つ冷気によって。脂は白く固まり、肉汁もタンパク質がゼラチン作用によりゼリー状の固まりに変化してしまっていた。

 正直に感想を述べるならば、あれでは全く美味しくなさそうだ。

 

「あー……脂分とかが冷気で固まっちゃうんですね。氷の花の妖精ですし、仕方ないと言えば仕方ないんですけど」

 

『儂が焚き火で温めてやっても、こやつが食べようとするとすぐに冷えてしまう。不憫な妖精よ』

 

 直前まで、ドワーフが念入りに焚き火で温めておいたとしても。氷妖精である彼女がその手で時間をかけてハンバーグを食べようとする限り、決して温かいハンバーグを食べられることはないのだ。

 柚花の【看破】の眼をもってしても、魔法生物の感情までは覗けない。けれど、冷えたハンバーグを熱中して食べている氷妖精をみるドワーフの瞳は、とても寂しそうに見えた。

 

 

 

「ほら。ドワーフさんに、ありがとうって、お、お礼を言わないとダメですよぉ……?」

 

『ドワーフ?』

 

「こちらの……な、長いひげの、鎧姿の方が、ドワーフさんですよぉ……? も、もしかして……喋る岩か何かだとでも、お、思っていましたかぁ……?」

 

 氷妖精は、ニムに言われてドワーフを見る。上から下まで、氷妖精の視線が何往復かしたあと、最後にドワーフの顔の位置で視線が止まる。

 実はまさにニムの言った通りで、氷妖精は今まで彼を喋る岩かなにかだと認識していた。今になって初めてそれがドワーフという人物だったという事実に気付き、氷妖精はその目を驚愕で丸くする。

 

『ドワーフ?!』

 

『如何にも、ドワーフだ』

 

『ドワーフ! ドワーフ! カレー、ありがと』

 

『う、うむ。カレーではなくハンバーグなのだがな。まあ、美味しく食べてくれたのならこれを作ってくれたものたちも本望だろう』

 

 ハンバーグを一通り食べ終え、柚花から渡されたティッシュで顔についたソースもきちんと拭き取られた氷妖精は、ニムに言われた通り、ドワーフに向けてちょこんと頭を下げた。

 氷妖精にとっては巨大で動く何かでしかなかった相手を、今初めて『ドワーフ』という個人として認識した。これまでどれだけ言葉を尽くしても通じなかった小さな氷妖精の変化に、ドワーフは複雑な心境を抱きつつも、眼を細めて静かに微笑んだ。

 

「さすがニムさん、小妖精の引率をしていただけのことはありますね」

 

『やはり、妖精のことは妖精に任せたほうが良いのかもな』

 

 柚花とドワーフは、感心した様子で妖精たちの姿を眺めている。

 気弱そうなニムが甲斐甲斐しく氷妖精の世話をして、氷妖精のほうも素直にニムの言葉を受け入れている。その姿はまるで、仲睦まじい姉妹のようだった。

 

「そ、それとですねぇ。で、出来れば妖精の国からは……ひ、一人で、出歩かないでほしいんですけどぉ……」

 

『うー……やぁ……お外がいい』

 

「あー、ニムさんの言葉でも、これは不満げですねえ」

 

『ふむ……これは、明日以降も変わらずやってきそうだな』

 

 残念ながら、姉妹のように素直に話を聞いていたとしても、お出掛け禁止については不満を隠さない。ニムがあわあわと説得しようとしているが、これに関しては恐らくどうしようもなさそうだ。

 妖精の国は、決して妖精を閉じ込めるための場所ではない。仮に本人が自由を望むのならば、周囲がその意思を曲げるのは難しい。

 

 とはいえ。

 あまりに自由すぎても、それが人間の目を気にしないほどの奔放さでは、困るのだ。

 

 この小妖精が、外の世界を見て回ることが出来て。

 その上で、人間に姿を見せることなく、可能であればこのお気に入りのハンバーグにもありつける。

 そのような方法はないかと、柚花は思案する。

 

 時刻は既に、丑三つ時。

 柚花もいつまでもここにいられないので、なにかしら、このドワーフと氷妖精が揃っているタイミングで、解決してしまいたい。柚花は頭をフルスロットルで働かせる。

 考えを巡らせるさなか、ハンバーグの皿の汚れを懐から出した布切れで拭き取るドワーフの姿を目にし、柚花はひとつだけ、ちょうど良さげな方法を思い付く。

 

「……ドワーフさん。一つ提案があるんですけど、いいですか?」

 

『ふむ? 儂に、か?』

 

「あの子が、食べ物にもありつけて、無暗に人に目撃される事態も防げる。ハンバーグを冷やしちゃう問題は……流石にちょっと、難しいですけど」

 

『後輩殿の提案か。聞かせて貰えるだろうか』

 

「つまりですね、あの子を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の朝。

 

「というわけで、あのカレーの子はしばらく、ドワーフさんと一緒に過ごすことになりました」

 

「そ、そっかー。なんか、私が寝てる間にそんな話になってたんだねえ」

 

「桃子は。ぐっすりと。寝てたな。桃子つつきをしても。全然。起きなかったぞ」

 

「なんか滅茶苦茶つつかれる夢を見たけど、あれヘノちゃんのせいだったのかー」

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