ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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桃子の子

 カレーの氷妖精がドワーフと共に過ごすようになってから、ちょうど一週間後の土曜日のことである。

 

「ヘノちゃん、今日は冷やしハンバーグカレーを作るからね! 家から材料いっぱい持ってきたよ!」

 

「リュックに色々と入ってると思ったら。全部。カレーの材料なのか? なんだか。瓶が沢山あるな」

 

 桃子はこの日、リュックに大量の食材を詰め込んでダンジョンへとやって来た。

 妖精の国に到着すると、まっすぐに調理部屋まで向かっていく。調理部屋に着くと、リュックを下ろして中身を一つずつ取り出していった。

 まずは野菜類。トマトや玉ねぎなどは、ヘノも桃子が持ち込んだものを何度か見ているので知っている。鶏のひき肉も、具体的にどのような動物の肉なのかはヘノには判別できないが、それでもそれが肉であることは見ればわかる。

 ただ、今回はそれだけではなく、小さな瓶に入れられた粉類や、小さな種のようなもの。パックのヨーグルトなど、ヘノでもそれが何なのか分からないものがどんどんリュックから出されていく。

 

「その小瓶の中身はね、クミンシードに、コリアンダーに……ええと、まあスパイスっていうのが沢山あるんだよ。カレーってね、本当はカレールーじゃなくて、そういう色々なスパイスを混ぜ合わせて作っていくのが本当の作り方なの。まあ、ダンジョンではいつもカレールーで代用しちゃうんだけど」

 

「じゃあ。今回は。カレールーは使わないわけか。なんだか。面白いな」

 

 ヘノは興味深そうに、小瓶を眺め、順番に蓋をあけてその中の香りを確認している。

 スパイスそれぞれの香りを嗅ぎながら、二度嗅ぎして首を傾げたり、眉をひそめてさっさと蓋をしたりと、ヘノの反応が新鮮で面白い。

 だがしかし、いつまでもヘノを観察していても仕方ないので、一通り材料を取り出したら、桃子も調理の準備のためかまどに火をかける。

 初めのうちはガスですらないこの調理部屋のかまどに苦戦していたものだが、半年以上も使いこんでいれば、それなりに慣れてきてしまった。

 さすがに火加減の調節は難しいので、そういう場合は火の妖精のフラムに頼ることもあるけれど、いまの所はちょろちょろした火だけで大丈夫そうだ。

 

 鍋にココナッツオイルを注ぎ、クミンシードを炒めて香りをつける所から始まった。

 クミンの香りというのは「カレーの香りの軸」とも言われている。カレールーを使っていないのにカレーの香りが漂うという状況が、ヘノには不思議に思えたらしく、いつにもまして興味深そうに桃子の調理工程を眺めていた。

 

 

 

 

 そんな折、調理部屋に新たな声がかかる。

 

「せんぱーい、頼まれてた有名店の大豆ハンバーグ買ってきましたよー?」

 

「わ、柚花ありがとう! これで今日のドワーフの祭壇に供えるハンバーグは完璧だね!」

 

 後からやってきたのは柚花だった。

 いつもなら地上で待ち合わせをしてから一緒にダンジョンに入ってくることの多い二人だけれど、今日は桃子が柚花にとある買い物を頼んでいたために、別行動となっていたのだ。

 柚花は背負い鞄から買い物袋を取り出すと、桃子へと差し出す。

 大豆ハンバーグ。それが、柚花が桃子に頼まれて購入してきた代物だ。

 

「なんだ。だいずハンバーグって。美味しそうだな」

 

「だ、ダメですよぉヘノ、こ、これは……ドワーフさんの、ハンバーグなんですからねぇ……」

 

 ヘノが興味深そうにその大豆ハンバーグを眺めていると、それを牽制するように出て来たのは水の妖精であるニムだ。彼女も柚花とともにたった今やってきたらしい。

 ニムの言う通り、今回桃子が作っている「冷やしカレー」と、柚花が買ってきた「大豆ハンバーグ」は、何を隠そう、ドワーフと氷妖精の二人組に食べてもらうための料理なのである。

 ドワーフの祭壇にハンバーグを供えるのは、1晩に1パーティの予約制だ。なので、先週の時点で、この日は柚花の名義で予約を入れておいたのだ。

 

 柚花が購入してきた大豆ハンバーグは、東京の老舗で売っている有名店のものだった。

 この大豆ハンバーグは現地に行かないと購入できないため、東京から電車でやってくる柚花に頼んで、ついでにそれを購入してきて貰ったのだ。

 植物性の大豆ハンバーグならば、多少冷やしたところで脂が固まる心配はない。冷やしカレーと合わせるには、まさにもってこいのハンバーグだ。

 冷たい状態で食べることを前提に、風味が強めに仕上げた冷やしカレーと、淡白な味わいの大豆ハンバーグ。この組合せは、味の相性も悪くないはずだ。

 

 あとは、しっかりとカレーを作るだけである。

 

 

 

 

「ところで。そのドワーフって。桃子に似てるのか? ヘノは。見たことがないぞ」

 

「うーん、私も見たことはないけど……でもさすがに、似てないんじゃないかなあ? ほら、私って立派なお髭生えてないでしょ?」

 

「なるほどな」

 

 スパイス類を炒めながら、桃子とヘノはドワーフについて話していた。

 先日は結局夜には睡魔に負けてしまい、桃子はドワーフを見ていないのだ。それに付き合っていたヘノも同様なので、ドワーフの姿というのは柚花たちに聞いた話から想像するしかない。

 ヘノは、何度か会ったことのある座敷童子の萌々子が非常に桃子に似通っていることを知っているので、ドワーフももしかしたら桃子に似ているのかとも思ったようだ。

 しかし、性別も年齢も、ましてや種族からして違う桃子とドワーフが似通る要素がそもそも思いつかない。

 

「先輩とドワーフさんは、それこそ小柄なところしか似てませんね。カレーの氷妖精のほうが、いくらか先輩の影響が大きいと思いますよ。いつもカレーのこと考えてるあたりが」

 

「えへへ、なんか嬉しいじゃん。ところで柚花、そのカレーのことばかりいう氷妖精の子って、名前は何て言うの? なんて呼べばいいのかな」

 

「名前……あるんですかね? ニムさん、知ってます?」

 

「と、特に名前は、ないと思いますよぉ? あれくらいの子は、名前とか無くても、気にしませんからねぇ……」

 

「小妖精に。自分の名前なんて。気にしてる奴。いないと思うぞ」

 

 柚花の言う通りで、ドワーフ以上に桃子の影響を大きく受けているのは氷の小妖精の側だろう。

 外見は他の氷妖精と同じような姿なので、別段、桃子に近しい容貌をしているわけではない。もちろん、人型の少女である以上は、全く遠い外見というわけでもないのだが。

 しかし、氷妖精が桃子に似ているのは外見ではなく、中身である。

 柚花が知る中で、四六時中カレーのことを考えている存在など、桃子かあの氷妖精くらいだ。

 

 ヘノやニムの言うように、彼女は名前も持たない小妖精の一人でしかないのかもしれないが、しかし個性としては。唯一無二の、他にいない個性を持った小妖精と言えるだろう。

 もしかしたら、桃子ならばあの氷妖精としっかりとした会話が成り立つのではないだろうか。人並み外れてカレーに執着する二人の姿を思い浮かべ、柚花はそんな想像を巡らせていた。

 

 

 

 

 スパイスとともに、鶏のひき肉を丁寧に炒めていき。

 そして最後に、トマトなどの野菜を投入して煮込めば殆ど完成だ。ニムが鍋にとくとくと、魔力を豊富に含んでいる美味しい水を注いでいく。

 

「名前ですけど。いっそ、先輩が名付けちゃえばいいんじゃないですか? ニライカナイの子たちみたいに。ためしに、先輩ならなんて名付けます?」

 

「うーん、カレーの氷妖精さんでしょ? カレー……スパイス……」

 

 ニムがとくとくと、少しずつ水を注いでいく間、柚花と桃子はそのカレー小妖精の名前について考えていた。

 桃子の言う通り、名前が無いままよりも、せめて呼び名があった方が分かりやすい。あれだけ個性が際立った妖精ならば、他の子と区別がつかなくなって名前の意味がなくなってしまう、などと言う事もないだろう。

 そんな中で、話の戯れとして小妖精の名前を問われた桃子は、しばし考えて。そして、結論を出す。

 

「うん。私が名付けるんだったら、カレールーから名前をとって、ルゥちゃん、かな? まあでも、その子の名前は私がつけるよりも、いま保護者として一緒に過ごしてくれている、ドワーフさんにつけて貰いたいな」

 

「そうですか? じゃあ、ドワーフさんに頼んで名付けて貰いましょうか」

 

「よし、じゃあそのためにも! 頑張って冷やしカレーを完成させちゃうよ! 多めに作るから、余ったらみんなで食べようねー」

 

「それは。素晴らしいな。よし。手伝うぞ」

 

 しかし、ヘノが手伝うまでもなく。

 材料と水を全て注ぎこみ、ぐつぐつ煮込むために火力を強めたところで、いつものように鍋が強く光りはじめ。

 信じて混ぜる間もなく、あっという間に冷やしカレーは完成するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは。ドワーフさんに、氷妖精さん」

 

「い、一週間ぶりですねぇ……」

 

 その日の深夜。

 25時を過ぎようという頃に、柚花とニムは再び夜の第一層へとを訪れていた。

 先週と同じく、探索者たちのキャンプ地を見下ろせる丘の上には、小さな焚き火とともにドワーフが寛いでおり。更にその横には、空になった冷やしカレーハンバーグの皿と。満足そうにお腹を膨らませた氷妖精の姿があった。

 

『おお、後輩殿にニム殿か。焚き火にあたるといい』

 

『ニムと、こーはい? カレー?』

 

「カレーじゃなくて、柚花って言いますよ。カレー妖精さん」

 

「こ、この子。ま、前よりもだいぶ、落ち着いていますねぇ……」

 

 柚花はドワーフに向かい合うような位置で腰をおろし、焚き火に当たる。

 ドワーフの横で寛ぐ氷妖精は、先週のカレーカレーと騒いでいたのが嘘のように、今は静かに過ごしていた。

 

『こやつ、今は腹が膨れているから静かなものだよ。最初の数日などは大変だったぞ。人の話は聞かぬし、すぐに人間のもとに行こうとするし、カレーカレーと騒ぐし、寝起きの悪さは筆舌にしがたい』

 

「あー、寝起きが悪いあたりは、それは産みの親に似たんですかねえ」

 

 産みの親。

 思えば、このドワーフの母親は桃子だが、氷妖精たちも考えようによっては桃子が生み出した子供たちと言えるのだ。

 つまり、目の前にいるドワーフと氷妖精は、同じ母から生まれた兄妹と言える関係性なのだ。まるでそうは見えないが。

 桃子は行く先々でメジェドや空の妖精と言った新たな娘たちを生み落としている可能性があるので、桃子一族の家系図はもう滅茶苦茶になっていることだろう。

 

 そしてそんな桃子だが、案の定。この場には来ていない。

 なんのことはない。またうっかり、眠りに落ちてしまったのだ。今頃はぐっすりと眠りこけているだろう。

 よって、桃子とヘノは今回もお休み。柚花とニムだけでドワーフに会いに来たのだった。

 

 

 

 静かな夜だ。

 気づけば、焚き火の横の草むらをベッドにして、お腹いっぱいになった氷妖精は寝息をかいていた。草むらには漏れ出た氷の魔力によって霜がおりている。

 同じく、ニムも柚花の膝の上で、うとうととし始めている。

 

 人間とドワーフの二人は、焚火のパチパチという音の中、子供たちを起こさぬよう。静かに、語り合う。

 

『今宵のカレーハンバーグは、とても旨かった。この子も大喜びだったよ。あれは、母上が?』

 

「ええ。先輩がスパイスからカレーを作ってくれたんですよ。ハンバーグは私が地上で購入してきた奴ですけどね。氷妖精さんが冷やしちゃったとしても美味しく食べられる、冷やしカレーハンバーグです」

 

『ふはは。ありがたいことだ。この氷妖精のお陰で儂も母上の手料理が食えたわけだな。感謝せねばな』

 

 ドワーフの味の好みを知らなかったため、「もしかしたらドワーフにとっては物足りない味なのではないか」と桃子は心配していた。けれど、この様子を見る限りではその心配は杞憂だろう。

 むしろ、初めての母の手料理だ。年配の精神性を持つドワーフと言えど、母の手料理が嬉しくないわけもない。

 桃子にはしっかりと、ドワーフも喜んでいたことを伝えなければと、柚花は今のやりとりを記憶に留めておく。

 

 そして、桃子と言えば。

 柚花は数時間前に交わした、桃子との会話を思い出した。

 

「そうだ、今日も熟睡しちゃってるお母様からのメッセージとして受け取ってください。この氷妖精さんの名前を、ドワーフさんがつけてあげて欲しいそうです」

 

『儂が、か? この妖精の名を?』

 

「はい。保護者につけて欲しいそうですよ」

 

『儂が保護者……か。しかし、ふむ。カレー好きな氷妖精の名だろう? カレー……スパイス……』

 

 ちょうど、カレーを作っている最中に桃子と戯れに話していたことだ。この氷妖精の名前を、桃子がつけるならばどのような名前にするのか、と。

 柚花は記憶を辿る。

 その時の桃子はどのような反応だっただろうか。まさに、今目の前で頭を悩ませている、髭の長いドワーフと殆ど同じように悩んではいなかったか。

 

 ――カレーの氷妖精さんでしょ? カレー……スパイス……。

 

 桃子の声が脳裏に甦る。

 それと同時に、この後にドワーフが名づけるであろう小妖精の名前も、何となく分かってしまった。

 夕刻の、続く桃子の言葉は、このようなものだった。

 

 ――うん。私が名付けるんだったら、カレールーから名前をとって――。

 

 

『このカレー好きな氷妖精の名は……うむ。儂が決めて良いのならば、カレールーから名をとって、ルゥ、と名付けよう』

 

 

 目を細め、慈愛溢れる眼差しで、優しく氷妖精を――ルゥを見つめるドワーフ。

 決して、ドワーフと桃子の姿は似ても似つかない。しかし、柚花の目には、確かに。そこには敬愛する先輩の姿が、重なって見えた。

 

「全然似てないって言ったの、間違いでした。明日、先輩には訂正しておかないと」

 

『ふむ? 母上がどうかしたかな?』

 

「いえ。ドワーフさんは、先輩そっくりなところがあるなって気づいたんですよ」

 

 髭と兜で、その表情の殆どは読み取れないドワーフだけれど。

 不思議そうに柚花を見るその瞳は、どことなくその生みの親と同じ気配を感じさせることに、柚花はようやく気が付いた。

 そして。

 

 

『ふはは、いや、光栄ではあるが……でも、さすがに、似てはおらんのではないか? ほら、母上にはこんな大層な髭は生えていないだろう?』

 

 ――でもさすがに、似てないんじゃないかなあ? ほら、私って立派なお髭生えてないでしょ?

 

 

「くくっ……いえ、やっぱり似てます。そっくりですよ、笑っちゃうくらいに……ふふっ、あはは……っ」

 

 深夜の丘の上で。

 柚花は一人、受け継がれていく桃子の因子の強さというものを、畳み掛けるように見せつけられて。

 

 我慢しきれず、くすくす、くすくすと。

 ドワーフが不思議そうな視線を向けるのも構わずに、声を殺して笑い続ける。

 

 

 

 こうして。

 

 ドワーフの加護のもとに。なんの事件も起こらない、平穏な房総ダンジョンの夜は。

 静かに今日も、過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   幕間 ドワーフと妖精 了

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