ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「うわあ、ここが尾道ダンジョンかー。すごいじゃん、いい感じじゃん」
ピラフを食べながら尾道ダンジョンの話を聞いた、その次の日。桃子たちはさっそく妖精の花畑から光の膜を抜けて、話題の尾道ダンジョンへとやってきた。
膜を抜けたそこは、尾道ダンジョン第二層『尾道渓流洞』と呼ばれる階層だ。
桃子たちが降り立ったのは堅固な岩盤の地面だった。しかし、そのすぐ横には水流が勢いよく音を立てて流れている。
例えるならば、天井が吹き抜けとなっている岩洞窟だろうか。基本的な構造は岩洞窟なのだが、しかし所々で開けた頭上からは陽光が降り注ぎ、その光を浴びた水の流れがキラキラと輝いていた。
「先輩、足元には気を付けてくださいね。濡れてて滑りやすい場所もありますから」
「はーい」
水流のほとりには、陽光を浴びた植物が群生しており、その一部分だけ切り抜けばまさに『渓流』を思わせる風景である。
ただし、空間そのものは高い岩壁で区切られており、自然の中の渓流とはまた様相が異なっている。
まさに、洞窟と渓流が融合したような、独特の階層といえる。
「そういえば。昔。ニムと一緒に。来たことがあるな。見たこと。ある気がするぞ」
「うぅ……昔、ヘノと来た時は……こ、この下の、第三層を、ヘノが気に入らなくて……いまいちな、反応だったんですよぉ……」
「そうか。すまん」
どうやら、過去にもヘノと来たことがあるというニムの発言に、間違いはなかったようだ。ヘノも周囲を軽く見回してから、確かに過去に見たことのある風景だと認めている。
すっかり忘れていたヘノに対して、ニムが拗ねるように言うと、ヘノが感情の籠っていない声で謝罪する。
桃子は妖精たちのやりとりに苦笑を浮かべながら、先を歩く柚花からはぐれないようについていく。
「そこら辺に生えてる植物には薬草が多いみたいですよ。ありふれた品種ばかりなんで、妖精の畑に行けばルイさんが育ててるとは思いますけどね」
「正直、似た感じの葉っぱになると薬草は見分けが難しいんだよね」
光を浴びた渓流沿いの道を行き、或いは岩の天井で光を隠されて薄暗くなった洞を通り、一行は第二層を歩いていく。
通路と交差する渓流を横断したり、時には通路そのものが渓流と一体化していたりで、すでに靴はびしょびしょだ。あとで妖精たちに頼んで乾かしてもらわないとどうしようもない。
また、柚花が時々水面に向けて電撃を放っているので、その度に自分も感電しやしないかと桃子がドキドキしてしまう。
道のりは続く。別な探索者の気配があれば遭遇しないよう迂回し、釣りをしている探索者たちを遠目に眺めて休憩を挟みつつ、一行は渓流洞を進んでいった。
このダンジョンの渓流には、所々で特に日差しの降り注ぎやすいスポットに緑色をした植物たちが群生しているのだが、柚花が言うにはどうやらそこが薬草の採取ポイントのようだ。
数ヵ所に、探索者たちが先んじて薬草を刈り取っていったような形跡がある。
「薬草は。桃子たちの。サラダにはならないんだったか」
「うーん……やっぱり、なんか違うんだよね。薬草って効果はありがたいんだけど、単純に味が違うっていうか、まとめて食べるとえぐみとか苦味がすごいっていうか」
「人によってはあのえぐ味や濃厚な青臭さがたまらないっていう人もいるみたいですけどね。私も薬草サラダは遠慮したいです」
桃子の漠然とした目標のひとつである、ダンジョン野菜。
食べられる植物という意味では薬草の類いはまさに可食できる植物なのだけれど、残念ながら薬草というのは独特の刺激がつきものなのだ。実は以前、桃子と柚花は薬草をサラダ代わりにして、二人で悶絶したことがあるほどだ。
もちろん、人によってはあの強烈な風味を楽しめるタイプの人もいるだろうし、カレーに混ぜればそれなりの風味に落ち着くこともある。
だが、さすがに桃子もサラダ代わりに生の薬草を食べるというのは、もう遠慮したい。
「まあでも、折角だからある程度貰っていこうかな。何があるか分からないから、新鮮な薬草は常備しておくに越したことはないもんね」
「そ、そうですねぇ……ルイから貰うものは、だ、だいたい干した薬草なので……し、新鮮ではないですねぇ……」
桃子は、ちょうど近くに生えていた薬草らしき植物をいくつか茎からちぎってポケットに詰め込んでいく。
後ろからニムが桃子を覗き込んでいるが、桃子がちゃんと薬草を選んでいるかどうかを確認してくれているのかもしれない。ニムは治癒の力も使えるので、薬草の妖精ルイほどではなくとも薬草には造詣が深いのだ。
「あと、伝え忘れてましたけど、ここの魔物は水の中に潜むものが主体なんで、変な魚影には注意してくださいね。まあ、ニムさんとヘノ先輩がいるから大丈夫でしょうけど」
「ええ……? な、なんか怖いなあ」
「ゆ、柚花さんが退治してくれてますし、私とヘノもいますから……み、水に浸かっても、大丈夫ですからねぇ……?」
「そうだぞ。桃子は安心して。水遊びしてていいんだぞ」
「いや、水遊びしたいわけじゃないんだけどさ」
桃子は、まさに浅い水に足首まで浸かっていたところだったが、慌てて水のない岩盤へと戻り、水面を覗き込んだ。
自然の河川と同じように、この渓流にも魚の影が見える。しかし、普通に素通りしてきた足元の魚影が、実は魔物だったかもしれないと考えると、さすがの桃子もゾッとせざるを得なかった。
先ほどから先導している柚花が時おり水面に電撃を放っていたのは、魔物を倒していたのだ。
「大丈夫ですよ。魔物はあからさまに、なんか大きかったり、変な威嚇音を出してたり、水面から角みたいのが出てたりで、普通の魚とは違いますから」
「随分とバラエティ豊かな魔物じゃん。なら、そこら辺にいるのは原生生物の普通の魚ってことでいいのかな」
「ここの魚も。食べられるなら。あとで。帰り道にでも。捕まえておくか」
「そうだね、さっきは釣りをしてる探索者さんもいたし、美味しいお魚がいたら嬉しいな」
魔物がいないとわかると、こんどは水中に見え隠れする魚が気になってくる。これらは全て、人を襲うことはない原生生物の魚ということだ。
無論、ピラニアのように自然界の魚にも人間にとって脅威となる魚は存在する。だが柚花の口ぶりからすると、少なくともこの渓流にはそのようなものはいないようである。
桃子とヘノが、魚を気にしながら進んでいくと。
ふと、柚花が立ち止まり、桃子を振り返って声をかけた。
「渓流の魚を見るのもいいですけど、じゃぶじゃぶした第二層はここまでです。ここを下りたら第三層ですよ」
そう、ここからが本命だ。今回の目的地は、塩がとれるという第三層なのだ。
足元の水辺を覗き込んでいた桃子が顔をあげてダンジョンの先に視線を向けると、そこには下層へと通じる階段が口を開いていた。
渓流に半ば浸かっているような階段で、階段の半分は渓流の水が流れ込み、川のようになっている。
「うわ、下層への階段にも水が流れてるんだね」
「手すりとか便利なのは無いですから、足を滑らせないように気を付けてくださいね」
階段の右半分は水が流れ落ちちょっとした川になっているので、桃子たちは水の流れていない反対側をゆっくりと降りていく。
そして。
水の音が響く下層への階段を抜けると、そこは。
「うわあ……!」
そこは、海に囲まれた小さな島だった。
空には青空が広がっている、自然タイプの階層だ。
海辺特有の潮風が吹き、海の香りが空気に溶け込んでいるのがわかる。呼吸する度に、独特の潮の香りが鼻腔をつく。
周囲を見回せば、小さな島の高台に立っていることがわかる。眼下には、青く広がる海が果てしなく続き、その向こうには同じような島々が点在している。
これは、まさに地上の瀬戸内海を思わせる、海と島でつくられた風景だ。
もし桃子がこの風景だけを見せられて、瀬戸内海のどこかの島の風景だと言われても信じてしまうだろう。
桃子がその風景に感嘆の声をあげている横で、ヘノは怪訝そうに周囲に吹く風を確認していた。
「なんだ。ここ。風がベトベトして。なんか。すっきりしないな」
「ヘ……ヘノぉ、前に来たときと、まるきり同じことを……い、言ってますねぇ」
「そうか。奇遇だな」
桃子は海の香りに感動しているのだが、どうやらヘノはこの潮の溶け込んだような風はあまり好みではないらしい。
風の妖精でも、風の選り好みはするんだな、と。桃子はヘノの新たな一面を知るのであった。
階層を繋ぐ階段前に佇んでいては他の探索者と出くわす可能性が高いために、桃子たちは場所を移動する。
階段を出て正面に見えた景色を表とするならば、桃子は柚花に先導されるように島の裏側へと回り込んでいた。
「ねえ、柚花。ここ、ダンジョンだよね? 瀬戸内海に出たわけじゃなくて」
「はい。尾道ダンジョン第三層『瀬戸幻海』。海と島々で構成された、瀬戸内海そっくりのこの階層が、塩のとれるダンジョンです」
桃子は、これまでも様々なダンジョンを渡り歩いてきた。
房総ダンジョンや摩周ダンジョンのような、地上と見まごうような自然風景のダンジョンも、いままで見てきたなかでは決して少なくはない。
しかし、だ。瀬戸内海の島に存在するダンジョンの中身が、まるで瀬戸内海の島そのままの風景というのは、また違った意味で驚きである。
もちろん、実際には瀬戸内海にこのような島はないし、海の向こうに見える島々も、実際の瀬戸内海には存在しない偽物の島だろう。
だが、映像や写真でしか瀬戸内海を知らない桃子にとっては、この風景から本物との違いを憶測するのは難しい。
それだけ、そこは自然な風景だった。
「手漕ぎの船で移動するんだねえ」
「あの人たちは、通称『漕ぎ手』っていう探索者さんたちですね。尾道ダンジョン公認の方々で、言わばバスとかタクシーみたいなものですよ」
島の裏手にある見晴らしの良い岬にて。桃子が視界に広がる海を眺めていると、隣に見える島へと向かう一艘の船の姿を見つけた。
船の大きさは優に10メートルはあるだろう。ダンジョン内であるためモーターのようなものはない、いわゆる手漕ぎ船だ。
見たところ、2人の探索者がオールのようなものを動かして船を漕いでいるようだ。船にはオールを持たない人物も4人ほど乗船しているが、彼らは乗客たる探索者パーティなのだろう。武器とは別に斧やピッケルを持っているので、もしかしたら素材収集の仕事を請け負っている者たちかもしれない。
しかし、手漕ぎの船にしては妙にスピードが速い。もしかしたら、魔石技術にて何かしらの細工が施された特別なものなのかもしれない。
「漕ぎ手、かあ。じゃあさ、あの人たちが一緒にあちこちの島まで行ってくれるんだよね? 心強いじゃん」
「桃子はそもそも。あいつらから見えないから。船には乗れないだろうけどな」
「あはは、それもそうだった」
離れた島に移動したければ、漕ぎ手たちの世話になる必要がある。
逆を言えば、漕ぎ手たちから認識されない桃子はあの船で運んで貰えることはないだろう。言われてみれば全くヘノの言う通りだった。
こっそりと、勝手に船に乗り込むことは可能だろうが、桃子のせいで重量オーバーになったり、或いは桃子をおいて帰りの船が行ってしまったら目も当てられないので却下である。
そして、桃子はちらりと柚花を見る。柚花は特に何も言ってはいないけれど、見知らぬ漕ぎ手たちと共に行動せざるを得ないあの渡し舟は、他者との行動に強いストレスを感じる柚花にとっても負担以外の何物でもないだろう。
つまり、桃子も柚花も、あの渡し舟には乗れないコンビということだ。
そんな桃子の推理を知ってか知らずか、柚花とニムは再び移動を始める。
「ゆ、柚花さんと、この場所に来るときは……島の裏側の、ひ、人が来ない場所で、遊んでるんですよぉ……」
「そうなんですよ、先輩。ここを下りれば小さいですけど砂浜に出ますから、とりあえず海を見て行きましょうよ」
「ねえ、ねえ、柚花。ここが瀬戸内海そっくりっていうことはさ、塩はもちろんだけど、瀬戸内海のシーフードとかも獲れると思う?」
「瀬戸内海のシーフードを私は知りませんけど、魚も釣れるみたいですよ?」
「やった」
この第三層の出入り口がある島だけでもそれなりに探索し甲斐はあるけれど、今回の目的は塩である。海である。
なので、島の探索は後回し。
まずは海だ。
魚だ。貝だ。海藻だ。
思いがけない海のダンジョンに、桃子の心は海の幸との出会いへの期待で満ち溢れているのだった。