ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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心のスクール水着

 柚花たちに案内され、岬を下っていくと、そこには彼女の言っていた通りの小さな砂浜の入り江が隠されていた。

「小さな」と言っても、柚花と桃子、ヘノとニムの四人でゆったり過ごす分にはお釣りが出る程の十分な広さの砂浜だ。

 ダンジョンだけあって波打ち際にはゴミひとつなく、さらさらした淡いクリーム色の砂が広がっている。

 

 柚花曰く。そこは、表側の船着き場はもとより、漕ぎ手たちの航海ルートからも隠れており、そしてわざわざこの島の裏手を見に来る探索者もいないので、他の探索者と鉢合わせになることもない。

 まさに、隠れ家的なビーチなのだそうだ。

 

「じゃあ、荷物はいったんここに置いて、と。後はこの浜辺を軽く探索しようか。魚は泳いでるかなー?」

 

「でも先輩、いつの間にか海の幸が目的みたいになってますけど、いくら私でも水中までは案内できませんよ?」

 

「それもそうだね。どうしよっか」

 

 この砂浜を拠点として周囲を色々と見て周ろうかと考えた桃子は、一先ず背負っていたリュックを外し、砂浜の上にどさりと下ろす。

 そして「いざ探索」となったものの、そこで頭を悩ませる。

 今日は元々、塩の採れるダンジョンとやらを確認しにきただけなのだ。もちろん新たな発見に期待して、ある程度の食材や生き物を入れられるようなケースは持ち込んでいるけれど、それでも海中の生き物を捕らえる準備まではしていない。

 素直に考えるなら、今日は偵察だけで、海の幸は次の機会にすればよいだろう。第二層の渓流ならば手づかみでも魚くらいは捕まえられるだろうから、帰りの道のりで捕らえれば収獲としても問題はない。

 けれど、いざ海までやって来て手ぶらで戻るというのも、心情的には忍びないものである。

 

「んー、加工で釣り竿を作って……いやでも、餌は流石に作れないもんね。砂浜にいるカニでも探して我慢するしかないかなあ」

 

 柚花は「どうするんですか?」とばかりに桃子を見ているが、実は桃子も具体的なことはなにも考えていなかった。

 しかし、そんな悩める桃子の元に、助け船がやってきた。

 船といっても、漕ぎ手たちが操る本物の船ではない。緑の光を放つ妖精による助け船だ。

 

「大丈夫だぞ。こんなこともあろうかと。桃子のリュックに。いいものを入れておいたからな」

 

「へ? いいものって――」

 

 言うが早いか、ヘノが桃子のリュックに顔を突っ込み、ごそごそ中を漁り始めた。驚いた桃子が止める暇もなく、ヘノはひょっこりとリュックから顔を出して、中から青い布地を一枚取り出したのである。

 それは、柔らかそうな質感の布地だった。ナイロンのような鈍い光沢を持ち、降り注ぐ日の光を反射させている。

 

 桃子は、その青い布地に見覚えがあった。

 それは忘れもしない、琵琶湖ダンジョンの第四層――全てが水に沈んだ階層『深潭宮』を冒険したときに、桃子が着用していた水着である。この水着とレインコートが、あの水中の冒険を桃子とやり遂げた装備品だ。

 今は使う機会もなく、妖精の国の寝室に仕舞い込まれていた水着だけれど、桃子が知らぬ間にヘノはそれをリュックに押し込んでいたようだ。

 

「ええ?! ……え、まって!? その水着って、私が着るの?」

 

「桃子の水着なんだから。桃子が着なくてどうするんだ」

 

 桃子の脳裏に、深潭宮での冒険が甦る。

 広い、広い水の中。水の底に沈んだ神殿。人魚姫の物語。深潭を自由に泳ぐ雄大な古代のクジラ。崩れ行く迷宮の壁。そして、青い花畑。

 桃子は、その冒険を思い出すと同時に、ヘノが桃子に何をしようとしているのかを察してしまい、瞬時にして苦虫をかみ潰したような表情を浮かべてしまう。

 

 決して、深潭宮の冒険自体は嫌な思い出というわけではない。

 多大なる苦労もあったけれど、イリアとアカヒトの命を救うことが出来て、ペルケトゥスという巨大な友を得て、りりたんという存在を知って、自由に広大な水中を泳ぎ回った冒険は。今の桃子にとって、とても、とても大切な思い出の一つである。

 けれど、だ。

 

 あの冒険には、とんでもない代償があったのだ。

 

「安心しろ。ヘノとニムが揃っているから。水中呼吸の魔法が。使えるぞ」

 

「うぅ……す、水中呼吸の魔法で……も、桃子さんと一緒に水に潜るのも、久しぶりですねぇ」

 

「うわー! やっぱり水中呼吸の魔法だよね! なんかもう、分かってたよ、そういう話になるって!」

 

 水中呼吸の魔法。

 それは、水の妖精ニムと、風の妖精ヘノ。その二人が力を合わせることで使用可能となる、奇跡のような合体魔法である。

 その魔法さえかけてしまえば、桃子は水中という環境から保護されるのだ。水中でも呼吸ができ、それこそまさに人魚のように、自由に大海原を泳ぎ回れるようになるのだ。

 

 だが、しかし。

 あの時は必要に駆られて仕方なく受け入れたものの、桃子はあの魔法が非常に、非常に苦手である。

 

 水中で呼吸が出来るのも、水中の環境から護ってくれるのも、陸上にしか生きられない人間にしてみれば夢のような魔法であることは間違いない。

 しかし。

 そのために、まず肺や胃腸にまで水が入ってくる感覚が苦手だ。異物を注ぎ込まれる不快感と、肺に水が入ってくる恐怖は如何ともしがたい。

 そして、最後に。水から上がって陸上生物に戻る際には、肺や胃腸から溢れ出る水を全て逆流させ吐き出さねばならないのだ。あれは、本当に勘弁願いたいと思っている。

 逆立ちになった桃子が半泣きで水を吐き出し、その肺の中から生きた小魚が出てきたのを見てヘノが大喜びしていたこともあったが、あの出来事は今もなお桃子の中の『ダンジョン内でひどい目に遭ったランキング』上位に鎮座している。よく自分はヘノと喧嘩にならなかったものだと不思議にすら思う。

 少なくともあれは、乙女が幾度も繰り返してよい魔法ではない。

 

「あー、あー、あのですね。先輩の気が進まないなら、そこまでしなくてもいいんじゃないですかね。ほら、水面からでも魚は見えますし」

 

「あはは、ありがと、柚花。でも……頑張る! 私、頑張って肺の中に海水を満たすよ!」

 

「先輩……」

 

 ノリノリの妖精たちとは反対に。桃子の感情から水中呼吸の魔法への苦手意識を読み取った柚花が慌てて桃子を庇う。水に潜る必要はないと言ってくれる。後輩の愛情が、桃子の身に染みる。

 しかし、柚花の優しさが逆に、桃子に覚悟を決めさせた。

 

 確かに、胃や肺を水で満たすのも、最後にそれを逆流させるのも、ちょっとした罰ゲームじみた魔法だけれど。しかし、桃子がそこを我慢して水中に潜りさえすれば、美味しいシーフードが獲れるのだ。シーフードカレーの可能性が広がるのだ。柚花に、美味しいシーフードカレーを食べさせてあげられるのだ。そのためなら、桃子はきっと、頑張れる。

 それに、水中呼吸への苦手意識とは別に、この美しいダンジョンの海中の景色を見てみたいというのもまた、桃子の本心ではあるのだ。

 

 なお、この時に柚花が読み取ってしまった桃子の感情に名をつけるならば『やけっぱち』である。

 

「……わかりました、先輩! 先輩がそこまで覚悟を決めているのなら、この私も協力します。水着へのお着替え、お手伝いさせて頂きます! さあ、脱いで下さい!」

 

「待って待って、それは余計に恥ずかしいから! 着替えるから、今から自分で着替えるから、みないでね?!」

 

 水着に着替えるということは、すなわち。一度、服を脱いで全裸になるということだ。

 

 いくら他人の目がないと言えど。柚花以外の人間からはそもそも桃子の姿が見えないと言えど。

 一人、この開放的な砂浜で全裸になるというのは、非常に恥ずかしい。何だかんだでお嬢様育ちの桃子は、この解放感を楽しめる程の神経を持ち合わせてはいなかった。

 

 少なからずその気持ちを理解できる柚花は苦笑しながらも背を向けてくれているが、ヘノとニムにはそのような情緒は期待できない。

 桃子は、空と海の広がる開放的な砂浜で。妖精たちにジーッと見つめられながら、耳を真っ赤にして。用意された水着にいそいそと着替えるのだった。

 

 

 

「あー、もう、恥ずかしかった! こんなことなら最初から水着を下に着てくればよかったなあ」

 

 ふう、と大きく息を吐く。

 良くも悪くも、隠れるもののない砂浜で全裸になる羞恥心のおかげで、それまで水中呼吸の魔法のことを考えてどんよりと重くなっていた気持ちは、いつの間にか霧散していた。

 これこそ、まさに怪我の功名と言えるだろう。

 

「うわ……うわ! 先輩、スク水ですか?! いや、話には聞いてましたけど、さすがになんか、直にみるとマニアックですよね!」

 

「あはは。柚花ったら、よく見て? これ、ブルーのワンピースタイプってだけで別にスクール水着じゃないからね?」

 

 桃子の水着姿を見て変に興奮している柚花に苦笑を浮かべながら、桃子はくるりとその場で一回転して見せる。サイズ的にも子供用の水着なのは間違いないが、間近で見ればそれは確かにスクール水着というわけではなさそうだ。

 桃子とて、ミュゲット女学園を卒業し、社会人となってまでスクール水着を着るつもりはない。社会人になってもスクール水着を着用しているとしたら、それはもはや一種のコスプレと言えるだろう。

 

 桃子が着用しているこの水着は、昨年、琵琶湖ダンジョンを訪れる前にショッピングモールで購入したものだ。

 確かに、色合いも形状も、いわゆるスクール水着と近しいのは間違いない。けれど、胸元にお洒落とは言えないけれどスポーツブランドのロゴも鎮座しているこれは、事実としてスクール水着ではない。

 水着を購入したその日は、まだ今ほど親密ではなかったものの、柚花にも水着を購入するという話をしていた筈である。そういえばあの日、柚花がやけに熱心に可愛らしいフリルの水着を勧めてきたのを桃子は思い出した。

 

「いや、でも先輩。離れて見たらほぼスク水なんですよ。ちなみに、なんでそれを選んだんですか」

 

「んー。なんでって……なんでだろうね。昔、学校で着てたのと似てて、なんか安心したから……かな?」

 

「ほら。それはもう心のスクール水着なんですよ」

 

「ええ……そっかー」

 

 心のスクール水着。

 

 桃子も、信頼する後輩から正面切ってそう断言されてしまうと、なんだかその通りな気がしてきた。

 言われてみれば、この水着を購入したときの桃子は、無意識にも学生時代に着ていたスクール水着を求めていたのかもしれない。

 そう、桃子の水着は、スピリチュアルな意味ではスクール水着だったのだ。信頼する柚花がそう言っているのだから、間違いなくそうなのだろう。桃子は納得した。

 

「後輩のやつ。たまになんだか。ちょっとおかしくなるな」

 

「ゆ、柚花さんはそういう所も、か、可愛いんですよねぇ……」

 

 

 

 

 そして、桃子が心のスクール水着に着替えて、柚花のテンションが一段落したところで、いよいよ桃子の浸水式である。

 

 桃子は海水に半身まで浸かった位置で柚花を振り返り、妖精たちは定位置についている。ニムの感知によれば、周囲に魔物はいないので、いきなり襲われたりする心配はなさそうだ。

 水中呼吸の魔法は既に桃子にかけられている。あとはヘノ曰く、桃子が頑張って肺の中まで水を注ぎ込むだけだ。

 

「じゃあ、ちょっと潜って来るね、柚花」

 

「はい。ええと……すみません、先輩。私は何か突っ込んだ方がいいですか?」

 

「ええと……き、気にしないでくれた方が嬉しい、かな」

 

 魔法はばっちし。ヘノたちは定位置。

 あとは桃子が水に潜るだけという状況なのだが、見送る側の柚花は、非常に何か言いたそうな顔をしている。一方の、見送られる桃子もまた、気まずそうに視線が泳いでいる。

 柚花が言いたいことを、桃子は十分に察していた。察した上で、あえて何も言わないだけである。

 

「ここは。桃子が泳ぐときの。定位置なんだぞ」

 

「こ……この海藻のパッドがないと、い、居心地が悪いんですよねぇ……」

 

 柚花の視線が向かう先は、桃子の胸。

 いや、厳密に言うならば。ニムが一度海に潜って採取してきた柔らかそうな海藻に【加工】を施すことで制作した「分厚い胸パッド」の力で豊かに膨らんだ桃子の胸と、その胸元にすっぽりと収まっている二人の妖精だった。とても、とても物凄い違和感がある。

 勿論これに至ったまでの事情はある。万が一にも妖精二人が水中で桃子から離れてしまえば、魔法が解けて桃子が溺れて死んでしまうのだ。その恐ろしい事故を防ぐために、二人は桃子の左右の胸をコックピットとしているのだ。

 更には、胸に入り込む妖精たちをフィットさせるためには、しっかりとした胸パッドが必要だった。平坦な胸では引っかかりがなくて不安定なのだから仕方ない。決して、桃子が胸を大きく見せたかったわけではない。

 

 だが。しかし。その上でなお、胸パッドが必要以上に分厚く作られていることに、柚花は気づいている。胸パッドの厚みには、間違いなく桃子の見栄と希望が含まれている。

 

 桃子と柚花の探り合うような視線が交差し、互いの複雑な心境が絡み合うこと、数秒。

 柚花は、目を閉じた。桃子の名誉のためにも、何も聞かないことにした。やたら厚めのパッドを作っていたときの、桃子の真剣すぎる表情については、自分の胸にしまっておくことにした。

 

「あ、はい。ええと、私は何も見ていません。そういうことにします」

 

「うん、うん。じゃ、じゃあ……その、行ってくるねー?」

 

「皆さん、気を付けてくださいねー」

 

 なんだか変な空気を醸し出したまま、桃子と妖精たちはそのまま瀬戸幻海の潮の中へと沈んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【オウカお嬢様の本日のお食事チャンネル】

 

 

 うふふ、皆さまごきげんよう。オウカです。

 どこの馬の骨が見ているのかも怪しいこちらのチャンネルですが、引き続きわたくしの飲食風景を配信させて頂きますわね。

 

 本日はこちら、まだ名称も未確定の仮名山形ダンジョンの第一層『雪の果樹園』からお送りいたしますわ。まあ、この名称も仮名ですけれど。

 見てくださいまし。この階層は果樹が多いので、ゆくゆくはお酒なりなんなりが楽しめる、通好みのダンジョンとして解放されるかもしれませんわね。

 当分は、外の状況がまとまりそうにありませんけれど。

 

 はい、では鎧さん。本日のお食事は何かしら?

 

『視聴者のみなさんこんにちは! 俺、鎧を新調しましたよ! さて、姐さん、今日はこれです! 塩の食べ比べです!』

 

 お塩?

 

『片方が沖縄の龍宮礁で採れた岩塩。もう片方が、尾道ダンジョンの海水を天日干しで作った塩です』

 

 なるほど。

 よろしいですわ。ソルティドッグでもマルガリータでも、お塩とお酒の相性というものは無視できないものがありますものね。

 で、本日のお酒はどちらかしら?

 

『すんません、ないっす』

 

 はぁ……。

 では、わたくしが個人的に持ち寄った日本酒をとくとくっと。

 

 お塩をぺろり。なるほど、いいお塩ですわね。しょっぱいですわ。

 そこでお酒を一口頂くと……んー……はぁ……ぁ……ン……。

 

『姐さん、なんでダンジョンにそんなもん持ち込んだんですか。あとそのエロい反応やめてください。料理漫画じゃあるまいし、また配信を強制終了されますよ』

 

 わかってますわよ、叫ばないだけありがたいと思いなさい。では、次のお塩もぺろり。そしてお酒を一口。

 ふぁ……ン

 

(配信は終了されました)

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