ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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壺焼きと海藻

「私、サザエの壺焼きを自分で焼くのなんて初めてですよ。なんか、海に来たって感じがして良いですね」

 

 柚花は、砂浜に作られた簡易のかまどに焼き網をかけ、その上にゴロリとしたサザエを並べて、直火であぶっていく。

 その傍らには探索者用端末。そこでネットに接続し、サザエの殻ごと火で炙る調理法――サザエの壺焼きについて解説されたページを確認しながら、柚花はレシピに従い大量のサザエを炙り続けていた。

 傍らでは、柚花のパートナーである水の妖精のニムがサザエとにらめっこしている。

 

「うぅ……こ、こっちの方のサザエは、もうひっくり返した方がいいんですかねぇ……?」

 

「そうですね。このサイトの先生によれば、次は蓋が上になるようにひっくり返しておくと、このままぐつぐつ煮立つみたいですよ」

 

「せ、先生……す、凄いですねぇ、サザエ博士ですねぇ……」

 

 最初はサザエの蓋部分を下に向けて炙り、火が通ってからひっくり返す。

 柚花とニムは解説ページに出てくる料理人だか漁師だかの見知らぬ男性を師と仰ぎ、調理用のトングで師の教えに従い順にサザエをひっくり返していった。

 ふわりと、食欲を刺激する貝の香りが柚花たちの鼻腔を刺激する。

 

 

 

「柚花が焚き火を作ってくれたから、調理が捗るよ。こっちのカレーももう準備は完璧!」

 

 そしてそこから数メートル横では、もう一つの調理が開始されていた。

 サザエの壺焼きは、非常に美味しそうだし、数も多いので本日のメインになることは間違いない。

 間違いない、のだが。流石に、それだけではお昼ご飯としては物足りないのも事実である。

 

 なので急遽、サザエとは別にもう一つ簡易的なかまどを作り、そこではカレーを作ることになったのだ。

 

「完璧って言っても。今日のカレーは。特に具材は。入れてないけどな。今からでも。集めてくるか?」

 

「うーん、今からでも何かしら投入すれば【カレー製作】がどうにかしてくれると思うけどさ。でも、さすがに今から魚を獲りに行ってたら時間がかかっちゃうよ」

 

「先輩、なんなら私が電撃漁でそこら辺から魚でも集めてきましょうか?」

 

「柚花のあれはちょっと、環境に悪い気がするしなあ。まあ、プレーンなカレースープも美味しいよ?」

 

 そう。ヘノの言う通り、本日のカレーには具らしい具はない。ついでに言うと玄米も炊いていないので、カレーはカレーでもカレールーを溶かして温めるだけという、カレー味のスープ。サザエの付け合わせとなる汁物だ。

 ヘノの言う通り、今から妖精たちが海に潜り何かを集めてきたり、あるいは柚花が浜辺で魚を取ってきたりしても構わないといえば構わない。きっとその方が美味しくもなるだろう。

 けれど、桃子としては付け合わせのスープ程度のつもりで作っているので、そこまで具に拘らなくてもいいのではないかとも思っている。

 

 と。

 

 そこに。やり取りを聞いていたニムが、とんでもない第三案を投下する。

 

「うぅ……そ、それなら……か、海藻はどうですかぁ……? も、桃子さんの、胸に入ってますよねぇ……」

 

「え」

 

「あ」

 

 え。と絶句したのは、桃子。ニムの言うように、実を言うと桃子は海藻の胸パッドを先ほど海に潜った時から着用し続けていたのだ。

 これは元々が海藻なので、恐らくは食べられるだろう。それこそ、水で洗ってカレーに入れてしまえば、あとは桃子の十八番【カレー製作】のスキルが美味しく仕上げてくれるのは間違いない。

 だがしかし、だ。

 自分の胸にずっと当てていた胸パッドを食べるというのか。さすがにそれは、なんだか、物凄く抵抗がある。

 桃子はちらりと自分の胸元を覗き見て、言葉を失っていた。

 

 あ。とニムの発想に「その手があったか」みたいな顔をしているのは、柚花である。

 先ほど桃子が海へと潜る前に。大量の海藻を加工で圧縮した胸パッドを製作している姿を、柚花もはっきりと見ていたのだ。

 パッドを仕込んだままの桃子があまりに自然体で過ごしているので、柚花もすっかり忘れてしまっていたが、それをニムが思い出させてくれた。

 なお、柚花としては桃子の胸にずっと押し付けられていた海藻に対しては、さほど抵抗感はない。

 

「そう言えば。海藻があったな。具がないよりは。マシなんじゃないか?」

 

「い、いや、これはほら、私の素肌にずっと当たってたやつじゃない? 衛生的になんかアレだし、さすがに食べるものじゃ……」

 

「先輩、私は構いませんよ? きちんと洗えば一緒ですし、鍋に入れちゃいましょう」

 

「え、ええー……」

 

 これに関してはヘノやニムに共感を求めても無駄だろうということは分かっていた桃子は、縋るようにチラ、チラ、と柚花に視線を向けたのだが、まさかの柚花の賛成意見により、言葉を失ってしまう。

 これは、柚花がおかしいのだろうか。それとも、自分が過剰に意識しすぎているだけなのだろうか。桃子は自分の胸に手をあてて考えてみるが、分厚いパッドのお陰で胸には十分なボリュームがあった。

 

「名付けて。桃子の。胸パッドカレーだな」

 

「ヘノちゃん、その名称はやめようね? せめて普通に『海藻カレースープ』にしようね」

 

「そうか。いいと思ったんだけどな」

 

 世界広しと言えども、自分の胸パッドをカレーに入れて煮込んで食べる人というのは、過去にも先にも他にいないだろうな、と思いながら。

 桃子は渋々と胸元から分厚いパッドを取り出し、それをニムの水で念入りに洗ってもらい、鍋に投入するのだった。

 

 さようなら、豊かなおっぱい。そんな、切ない祈りを込めて。

 

 

 

 

 

「はい、ニムさん。あーん」

 

「あ、あーん……」

 

 サザエの壺焼きは、食べるのにコツがある。

 貝の入り口、蓋の脇から串をプスリと差し込んで、上手く手首のスナップを利かせて、貝に合わせぐるりと回すように中身を引っ張り出す。すると、ギュルンと、らせん状に巻かれた貝の中身が引っ張り出されるのである。

 その際竹串があれば一番楽なのだが、流石にリュックの中に竹串は常備していないので、割り箸を即興で細く削り【加工】を施したものを串としている。

 

 うまく割り箸の串でサザエを取り出し、フーフーと多少冷ましてから、ニムに差し出す柚花の姿を桃子は眺めている。

 ニムはとても嬉しそうに、大きく口を開いてらせん状のサザエの身に噛みついている。とても幸せそうなやりとりだ。

 

 一方、桃子は自分のパートナーであるヘノに視線を向けるが。

 

「ヘノちゃんは、もうなんか……サザエのプロだよね。それ、どうやってるの?」

 

「凄いだろ。ツヨマージにかかれば。こんな貝。プスっとやって。しゅばっとやれば。一瞬だぞ」

 

「ごめん、全然わかんないや」

 

 どうやら、桃子がサザエを取り出してあげる迄もなく、本当に初めて食べるのかと疑わしく感じるくらいに、ヘノはサザエを食べる際の手際が良かった。

 いや、手際が良いとかそういうレベルではない。率直に言って、神業だ。

 

 柔道の技で『空気投げ』と呼ばれる伝説の技が存在する。自分の力を使わずに相手の力と動きを利用して、身体捌きだけで対戦相手を投げ飛ばすという、なんだか超能力染みた技である。

 その『空気投げ』ならぬ『空気サザエ抜き』が、いま。桃子の目の前で、風の妖精の手によって新たに開発されていた。

 ヘノがツヨマージをプスリとサザエへと差し込み、一瞬残像を残して腕を振るう。すると、ヘノ自身は腕しか動かしていないと言うのに、サザエの殻のほうが勝手にその場でギュルンと回転し、中身を残して落下していく。

 

 なんだかもう、凄いということしか理解できないくらいに、とにかく凄いテクニックだった。

 ただし。唯一気になる部分があるとすれば、それはヘノがサザエを食べるのに使用しているその道具だろうか。

 十人に聞けば十人ともが「爪楊枝」と答えるだろうそれは、実はそんな使い捨ての日用品などではなく、妖精の里に伝わる神器なのである。精霊樹の若木から作られたありがたい武器「神槍ツヨマージ」である。

 

 女王が手ずから製作した神槍が、サザエを食べるのに使われているなどとは。女王ティタニアには、とてもではないが聞かせられないだろう。

 桃子はこの食事風景を、心の中にしまっておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 サザエを食べながら、海藻入りのカレースープをすする。

 自分の胸パッドだったことを除けば、海藻入りのスープというのはなかなか悪くない。浜辺で広い海を眺めながら、スパイスの合間にほのかに磯の香りを漂わせるカレースープを味わうお昼過ぎの乙女たち。なかなか乙なものである。

 

「この尾道ダンジョン。最初は。風がべたついて。嫌だったけど。慣れれば悪くないな」

 

「うん。海の幸も豊富そうだから、妖精の湖に持って帰ったら今後のシーフードカレーがさらに進化しそうだよ」

 

「えっへへ、先輩方に紹介した甲斐がありました」

 

 残ったサザエを網に乗せて焼きながら、尾道ダンジョンについての感想を語り合う。

 桃子も、最初は単に「塩」目当てでやってきた場所だけれど、思いのほか素敵な体験が出来たと思う。

 水中呼吸の魔法はやはり今でも慣れないけれど、それを差し引いても、ヘノたちとあの美しい海を泳いだひと時は、かけがえのない、得難い経験だったと思う。しいて言えば、その間は柚花だけ陸地に取り残されてしまうのが申し訳ない。

 

 しかし、海に潜らなくとも。

 ダンジョンの第三層である以上は魔物の心配もありそうなものだが、聞けばこのダンジョンは陸地の魔物というのは殆どいないらしい。なのでこうして陸上で寛ぐ分には、なかなかどうして悪くない。

 

「そういえばここって、さらに下の第四層とかは見つかってるの?」

 

「いえ。このダンジョン、意外と歴史は浅いんですよ。最初に見つかったのは30年程前なんですけど、それから色々ありまして――」

 

 

 柚花が語り始めたのは、尾道ダンジョンの歴史だ。

 とは言っても、たいして長い歴史があるわけではない。このダンジョンもティタニアの影響で生まれたダンジョンで、発見されたのはおよそ30年前だった。

 

 ダンジョンの口が開いた場所は、瀬戸内海の島の一つである。

 島と言っても、幸運にもそこは本土からもすぐ近い、道路も通じている大きな島だった。

 ダンジョンの発見に伴い、ギルドをはじめとした関係施設の数々が建てられていき、そしてそこを訪れる人間目当ての商業施設も増え、気づけば周囲の開発自体はとんとん拍子に進んで行ったらしい。

 

 発見当初は今ほどダンジョン周りのルールが洗練されておらず、しばらくの間は一般の探索者は立ち入れない状況が続いていた。しかし、数年もすれば状況も変わり、探索者の自由な立ち入りが許可されるようになった。

 そこから第一層、第二層と順調に発見されていき、今から12、3年前にようやく、第三層へのルートが発見された。

 今でこそ階段の場所が判明しており、桃子たちもすんなりと第三層へと降りて来たけれど、それは命がけで未知のダンジョンを開拓してきた先人たちの努力の賜物なのである。

 

 そして、このダンジョンの戦いの歴史として欠かせないのが『あやかし』と呼ばれる、巨大な特殊個体の出現だ。

 

「いわゆる『あやかし』っていう言葉は、本来は海の妖怪の総称なんですけどね。ここに現れた巨大な海蛇タイプの魔物を、当時のギルドは『あやかし』と名づけました。時期的には……12年前、くらいですかね」

 

 当時。日本のダンジョンには魔物が増え、この尾道ダンジョンのように、特殊個体と呼ばれる魔物が活性化した危険な時期が訪れていた。

 この地に現れた『あやかし』と呼ばれる特殊個体もまた、その影響で出現した巨大な魔物だった。

 ダンジョンの浄化が滞っていた原因を知っている桃子たちは、その話に少しだけ、言葉数が少なくなる。

 

「あやかし自体は数か月に及ぶ戦いによって、最終的にはどうにか討伐できたんですよ。その後からはダンジョン内を駆ける船の技術も洗練されてきて、近年になってから漕ぎ手という船を漕ぐのを専門とする探索者チームが生まれて、今に至るって感じです」

 

「特殊個体か。鵺とか。バジリスクみたいなのが。ここにも暴れてたんだな」

 

「探索者たちの被害も大きかったそうです。ただ、そうは言っても相手は陸にあがれない海の魔物ですからね。陸地や船上からダメージを与えては撤退の繰り返しで、ようやく『あやかし』は消失したらしいですよ」

 

 それが、この尾道ダンジョン第三層『瀬戸幻海』にまつわる戦いの記録だった。

 目の前に広がる穏やかな海には、そのような歴史があったのだ。

 

「うぅ……そ、その時の、あやかしの赤い魔石は、どうしたんですかねぇ……?」

 

「んー、誰かが拾ったっていう話は聞いてませんし、この海のどこかに沈んだままなのかもしれませんね。海に沈んだお宝とか、ちょっとしたロマンじゃないですか?」

 

「そっかー。ね、ヘノちゃん、感知であやかしの魔石って感知出来たりする?」

 

「海の中は。ヘノよりニムの領分だけどな。でも。気になるし。やってみるか」

 

 ヘノは手に持っていたツヨマージを高々と掲げ、目を瞑り魔力に集中する。ツヨマージが、周囲の潮風を呼び寄せる。

 さわさわ、さわさわと。ヘノを中心に、静かに海の風が渦巻き始めた。

 

 この第三層『瀬戸幻海』は、景色を見る限りではとてつもなく広い階層だ。

 勿論、まさか本当に遥か先の水平線まで海が続いているわけではないだろうし、恐らく一定以上先へは進むことの出来ない幻覚のようなものだろう。

 しかし、そうだとしても。点在する島々の位置関係からしてもかなりの広さを持つことは間違いなく、そこからたった一つの小さな魔石など、人間では見つけることは不可能だろう。

 けれど、感知能力に秀でたヘノならば、本当に見つけてしまうのでは? 桃子たちは、期待を込めてヘノを見つめた。

 

 ごくり。桃子が唾を飲み込む音が思いのほか大きく響く。

 

 どのくらい経っただろうか。数十秒か。数分か。

 目を閉じて集中していたヘノが目を開き、桃子たちを振り返る。

 

「あっちに。なんか。見つけたぞ」

 

「えっ、本当に紅珠見つけたの?」

 

「いや。紅珠は見つからなかったけど。あっちの海の上に。何かあるぞ」

 

 目的の品ではなかったようだが、ヘノは本当に何か見つけることに成功したらしい。ふよふよと舞い、波打ち際まで飛んでいく。

 桃子と柚花も、そしてカレースープをぺろぺろ舐めていたニムもヘノを追うように波打ち際までやってきて、ヘノの後ろから、遥か先まで続いて見える水平線に目を向ける。

 

「ヘノちゃん、何かあるって、どこ? どこ?」

 

「あっちだぞ。桃子には難しいかもしれないな。後輩の【看破】だったら。見えるんじゃないか?」

 

「わかりました。じゃあ、ちょっと見てみますね」

 

 ヘノがツヨマージで指し示す方向を見ても、残念ながら桃子には何も見えない。同じく、ヘノ程感知能力が高いわけでもないニムも、おろおろとしているだけで、どうやら何か見えているわけではなさそうだ。

 なので、柚花がその両目に魔力を集中し、ヘノの示す方角を覗き見る。光を宿すオッドアイで、水平線を睨みつける。

 

 柚花が海を見つめること、30秒ほどだろうか。

 彼女の「うわあ」というため息交じりの声に、桃子は何事かと首を傾げて柚花を見る。

 

「……先輩。厄介ごとですよ、厄介ごと」

 

「え、ねえ柚花、何が見えたの」

 

 柚花が、真っ直ぐに手を海へと伸ばし、海の一か所を指し示す。

 それはヘノがツヨマージで示していたのと同じ方角だけれど、桃子には何も見えない。島ひとつない方角だ。

 

「あそこ、船が漂ってます。恐らく、遭難者です」

 

「そ、そうなんですねぇ……」

 

 柚花の言葉と。そしてそれに続くニムの発言に。

 桃子は何と言えばいいのか分からず、言葉を失ってしまうのだった。

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