ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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人魚の歌

『よいしょー、こらしょー』

 

 桃子はロープを引っ張りながら、掛け声を発している。

 

「よいしょー。こらしょー」

 

「よ、よいしょ……こ、こらしょ……」

 

 そして、桃子に続き。

 桃子の胸元に入っている妖精たちも、各々の魔力を放出して力を行使しながら、同じように掛け声を発している。

 

 これは、決して綱引きをしているわけではない。先程見つけた漂流船から延びるロープを掴み、海中で牽引しているだけである。

 よいしょ、こらしょ、とは言っても、水中なので足を踏ん張って引っ張っているわけではない。ただの気分の問題だ。

 

 10メートルはある船に、フル装備の探索者が複数人だ。当然それに加えて荷物などもあり、総重量を考えると大変な作業になるかと思われた。

 が、ニムが水流を操り、ヘノが更に水上で追い風を作ることで、思いの外、快適に。すいすいと流れるように、船は目的地へと進んでいく。

 桃子が妖精たちと声を合わせて歌いながら島へと向かえば、ものの数分足らずで島の浜辺へと漂流船を運び込むことができた。

 

 事前に聞いていたとおり、既にその島の岸には別な船が一隻停泊していた。陸地に埋め込まれた杭にロープをしっかりとかけて、海の潮に流されぬよう係留されている。

 島の内地を探索中なのか、これに乗船し島へとやって来たであろう探索者たちの姿はない。

 船のまわりには見張りもおらず、一見無防備にも見えるけれど、そもそもダンジョン内の無人島には船を狙ってくるような相手などいないので、見張りをたてる意味もないのかもしれない。

 

 しかし、船着き場が無防備なのは桃子にとっては好都合だ。見張りがいないなら目撃される心配もないだろう。

 漂流船を牽引してきた桃子は、人の見ていない今のうちにと、自分が引っ張っていたロープも陸地の太い杭にしっかりと固定する。ぐるぐると何周か巻いておいたので、何かの拍子にロープが外れることもないだろう。

 

『よし、これなら船が流されることもないし、きっと戻ってきた人たちが見つけてくれるよね』

 

「そうだな。あとは。このダンジョンの人間たちに任せればいいだろ」

 

「よ、よかったですねぇ。じゃ、じゃあ……戻りましょうかぁ」

 

 本音を言えば、探索者たちに何が起きたのかが気にならないと言ったら嘘になる。魔物による攻撃なのか、魔法アイテムが暴発でもしてしまったか、はたまたうっかりみんなで毒草でも食べてしまったのか。

 しかし、柚花に言われているように、いまは安全第一だ。

 目の前で死者が出ているわけでもなし、他所のダンジョンで起きた問題の全てに首を突っ込んで回るわけにはいかない。

 

 ロープがしっかり固定されていることを再度確認した桃子は、再び海へと潜っていく。やることはやったので、あとは柚花のもとへと戻るだけだ。

 

『ええと、柚花がいる島はどっちだったっけかな?』

 

 海の中というのは、とにかく方角がわかり辛い。目立った目印もなく、方角の目印になりそうな太陽も時間とともに角度が変わっているため、今一つあてにならない。

 海中に潜った桃子が、帰り道を探すために揺らめく海藻の間をうろうろと泳いでいた時に、ふと。

 

 それは再び、聞こえてきた。

 

 

 ≪LaLa――≫

 

 

『今の……ヘノちゃん、ニムちゃん、聞こえた? 私の気のせい?』

 

「聞こえたぞ。さっきの音だな。気のせいじゃないぞ」

 

「な、なんだか……心なしか、さっきよりも、近かったですねぇ……?」

 

 揺らめく海藻のなかで、桃子は泳ぐのをやめて、耳を澄ませる。桃子の周囲を色とりどりの魚たちがすり抜けていく。

 潮が岩や海底に当たり泡が弾ける音。魚や海洋生物たちが発する小さな音。

 そんな様々な音のなかに、それはやはり、はっきりと聞こえてくる。

 

 

 ≪LaLa―― LaLa――≫

 

 

『これ、やっぱり歌だよね? 動物の声とかじゃなくて』

 

「うぅ……な、なんだか綺麗で、寂しそうな歌声ですねぇ……」

 

「なるほどな。誰かが歌ってるのか。これは多分。陸地のどこかで。歌ってるんだな」

 

 明らかに。最初に聞いたときよりも、はっきりと。瀬戸幻海の海中には、微かな旋律が響いている。

 それは、澄み渡るような女性の声だった。歌詞のない「ラララ」という旋律が、桃子たちの元へと届いている。

 それはまるで、聴く者の胸を締め付けるような、深い孤独と物悲しさを湛えた歌声だった。

 

 風の妖精であるヘノが、頭上――水面を見上げて何かしらを感じ取っている。

 どうやら、この歌は水中に響いているわけではなく、地上に響いている旋律が水中まで届いているものだったようだ。

 陸地の歌声がこんな海底まで届くものなのかと疑問にも思うが、ダンジョン内ならばそのような不可思議現象も起こり得るのだろうと、桃子は深く考えていない。

 

『なんだか悲しい感じのメロディだねえ』

 

 桃子は海藻の間をすりぬけて、ゆっくりと、水面へと向けて浮上していく。

 ヘノの言う通り、地上で歌っているのならば、水面から顔を出せば、よりはっきりとこの歌声を聞き取れるのかもしれない。

 

 

 ≪LaLa―― LuLaLa――≫

 

 

『ねえ。この歌声って、誰が歌ってるのかな?』

 

「誰かはわからないけど。近くに。なんだか。妙な魔力を感じるな。桃子。あまり首をつっこんじゃ。駄目だぞ」

 

「そ、そうですねぇ。言われてみると、な、なんだか、知らない魔力の気配を感じますねぇ……」

 

『それって、魔法生物……っていうこと?』

 

 桃子は水面へと到達すると、ザバリと顔を出して、地上の――いや、水上の景色を確認する。

 まだ日は傾く前で、日差しは高い。蒼空の下、揺らめく水面が風に揺られて、光を乱反射させている。

 

 そして、そこに響くのは、やはり歌声だ。しかも、大気中のその旋律は水中で聴いたときよりもはっきりと、生の歌声として。桃子の耳へと伝わってきた。

 桃子とて、柚花との約束がある。安全第一で、余計なことには首をつっこまないと決めている。

 なので、歌声や見知らぬ魔法生物の存在は気になるものの、しかし今は深入りするつもりはない。相手が魔法生物ならば、後日また、ティタニアにでも話を聞いてから訪れれば良いのだ。

 水上へと顔を出したのは、歌を聞いてみたいというだけの、ただの好奇心である。

 

 ただし。

 

 好奇心というものは、時に。

 人魚をも、海に沈めるものなのだ。

 

 

 

「LaLa――♪ LuLaLa――♪」

 

 

 

『あ……』

 

「どうした。桃子?」

 

 桃子は、そこで初めて、自分の迂闊さに気が付いた。

 いや、事前に何も知らなかったのだから、気がつかなかったのは仕方ないかもしれない。

 眠る探索者と、不思議な歌声と、見知らぬ魔法生物は。全て繋がっていたのだと、その瞬間に、理解した。

 

 この歌は――。

 

 

 

 

 桃子の記憶に、とある少女の記憶が過る。

 それは、桃子の記憶ではない。この歌声に乗せられた記憶だ。

 

 

 

 暗い、夜。海の底で。彼女は誕生した。

 親はいない。家族はいない。同胞も、仲間もいない。

 ただ、ひとり、孤独な少女はこの世界に、生まれ落ちた。

 

 少女は、仲間を探して海を泳ぎまわった。

 その身一つで調べまわるには、広い海だ。

 それでも少女は、何日もかけて。何度も。何度も。広い海の世界を駆け巡る。

 けれど、とうとう。

 全ての海を調べても。自分と同じ姿をしたものは誰もいなかった。心を通わせてくれる相手など、誰ひとり、いなかった。

 

 所々に点在する島では、自らと同様の半身を持った生き物である『人間』を見つけることは出来た。

 けれど、彼らは違った。少女にとって、仲間ではなかった。人間とは、少女の気配を感じとるとすかさず武器を向けてくる、恐ろしい存在だった。

 少女は、海へと逃げた。

 

 少女はただ、仲間を求めて、歌を歌う。

 深い孤独と、寂しさを乗せて。ただ、歌っていただけである。

 

 

 

 ただし、それは。不幸にも。

 

 決して、人間が聞いてはいけない。人間を眠りの世界に閉じ込める。

 呪いの歌声だった。

 

 

 

 

 

 

『ごめん、ヘノちゃ……』

 

 歌声を聞いた瞬間に、既に桃子は術中にはまっていたようだ。急速に、自分の意識が遠のいていくのが分かる。これは、ただの歌ではない。これは、魔法そのものだ。

 意識が閉ざされる前に、桃子はどうにか胸元の妖精たちの無事を確認する。もしヘノたちにも何かあったならば、どうにかする手立てがなくなってしまうのだ。

 けれど、妖精には効果がないのか、はたまたヘノたちが未だ水中にいるからか。どうやらこの歌声はヘノとニムには効果を及ぼしてはいないようである。

 よかった、よかった、と。

 

 桃子は心の中を安堵感で埋めながら、プツリと。糸が切れたように、その意識を閉ざす。

 

 眠りに落ちる直前。桃子の脳裏には。

 青い髪をした美しい女性の上半身に、魚の尾を持つ存在が。

 ただ孤独に、歌う姿が見えた。

 

 

 

 

「桃子。どうした? 桃子? 沈んでるぞ?」

 

「も、桃子さん? 桃子さん? ヘ、ヘノぉ……桃子さん、寝ちゃってますよぉ……?」

 

 桃子の左右の胸に入っていた妖精たちには、桃子に何が起きたのかが分からない。

 妖精たちの認識では、桃子が水面から顔を出して周囲を窺っていたと思ったら、唐突に意識を失ってしまったのだ。

 自分たちも水面へと飛び出せば何があったのかが分かるのかもしれないが、しかし今は桃子から離れるわけにはいかない。ヘノとニムは慌てて、とにかく桃子に呼びかけるけれど、しかし桃子の身体は脱力したまま、ゆっくりと水底へ沈んで行く。

 

「桃子? 桃子! ……どういうことだ。近くには。何もいなかった筈だぞ」

 

「ヘ、ヘノぉ……こ、これ、まずいんじゃないですかぁ……?」

 

 桃子が眠ろうとも、ヘノとニムが桃子の傍を離れない限りは水中呼吸の魔法は維持できる。なので、桃子がこのまま溺れてしまうという、最悪の展開だけは回避できるだろう。

 けれど。まずいかどうかと問われたならば、結構まずい。

 

 ここは柚花の待つ陸地から、既にかなり離れてしまっているし、この海には桃子を狙う魔物も少なくはない。そして何より、桃子を眠らせた正体不明の「何か」がどこかにいるのだ。

 ニムが水流を操ったとしても、肝心の桃子が脱力しているのでは、泳ぎもなにもない。

 

 何が起きたのか理解できないまま。ヘノとニムの二人は、眠る桃子に付き添うように、迫り来る脅威から護るように。

 桃子の身体と共に、海底へとゆっくりと、沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尾道ダンジョンから遠く、地上での距離にしておよそ300キロメートルほど離れた土地に口を開く、とあるダンジョンの第四層。全てが水に沈んだ世界。

 

 その水で満たされた階層には、ひとりの少女と巨大なクジラの姿があった。

 小麦色の肌をした少女は、人間ならば小学生ほどであろう小柄な体躯に、魚のような長い尾ひれを優雅に漂わせる下半身がついている不思議な姿をしている。長くゆったりした大きな三つ編みが、少女の動きにあわせて水中を舞う。

 その姿は、人魚と呼ばれるものである。

 

 全てが水に沈み、人間が訪れることも殆どないその世界で、人魚の少女と巨大なクジラが互いに寄り添い、静かに、静かに過ごしていた。

 

 しかしその日。

 何かに感づいた少女が、横を泳ぐ巨大なクジラへと話しかける。

 

『……ペルケトゥス。少し、出かける』

 

 クジラの鼻先に触れる。

 それだけで、言葉を話さないクジラとも意思の疎通が出来るかのように。いや、実際に少女とクジラの間では、互いの意志が通じあっているのだろう。

 少女は、クジラと会話をするように、言葉を続ける。

 

『……母様を。助けに、いく』

 

 少女は、己の持つ力を発動させる。

 それは、少女を生み出した母も知らない、この人魚の少女だけに備わる特殊な力だ。

 この力に勘付いているのは、彼女の誕生にも関わった、青い花畑の魔女くらいだろう。

 

『……殴れば。だいたい、どうにかなる』

 

 少女は、人魚姫は。

 物騒な台詞とともに、魔力の光に包まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【琵琶湖ダンジョン専用 雑談スレ】

 

:お前ら至急深潭宮ライブカメラ見ろ(URL)

 

:なんだ? 魚人がイカでもつついてるのか?

 

:前はイカスミで画面が真っ暗になっちゃったんだよね

 

:いいから見て見ろ ペルケトゥスが目の前を泳いでる

 

:それを早く言わんかい

 

:ペルケトゥスのどアップ

 

:すげー! やっぱりこれ、古代のクジラなんだな。子供向けの本で見たことあるやつだよ

 

:俺、いつか第四層まで潜ってペルケトゥスと一緒に泳ぐのが今の夢(なお第二層が限界)

 

:超がんばれ

 

:姫様はどこじゃ! ペルケトゥスがいるなら姫様もいるだろ!

 

:ペルケトゥスの鼻先。でも何だか様子がおかしい。

 

:待って、こんな近くで姫様の姿を確認できるのって初めてじゃない? もう少し近ければ顔も判別つきそう

 

:思ったより小さくね? あれは三つ編み?

 

:あ

 

:なに? 姫様が光ったの?

 

:画面はホワイトアウトするし、ノイズで何も見えんし、俺だけ?

 

:や、俺の所も。普通に姫様が何かしたんだと思う

 

:またカメラ壊されたのか?

 

:いや、どうやら今回は違うっぽい

 

:(※人魚姫はカメラを壊した前科はありません)

 

:(※ダンジョンを壊しているだけです)

 

:ノイズが止んだと思ったら、ペルケトゥスがもうカメラから離れてた

 

:俺は見たぞ。姫様の勇姿を。ペルケトゥスに何か話してから、光ってどこかに消えて行ったのを。

 

:お、おう……そうだな

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