ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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桃魚姫

「……母様。次から、水に潜るときは。私を、呼んでほしい」

 

「うん、そうするね。人魚姫さん……で、いいのかな?」

 

 

 

 小さな砂浜では、傾きかけた日の光が寄せては引いていく波を照らしている。

 

 波打ち際では、一人の少女が腰を下ろしている。その半身は海水に浸かっており、少女の腹部には静かな波が触れては引いていく。

 小麦色の肌をした少女だった。ゆるりとした大きな三つ編みは、波に揺られて水面を漂っている。

 上半身にはワンピースタイプの青い水着を着ているが、水着の下半身部分は破れ落ちていた。そこから露わになるのは、腰から下に続くなだらかな魚の尾だ。

 銀の鱗が傾きかけた太陽の光をキラキラと反射し、大きな尾ひれが、寄せては引く波に合わせて揺れている。

 

「……名前は。人魚姫、でも。蛮族姫、でも。いい」

 

「え? なにそれ、蛮族ってなに? そんな風に呼ばれてるの? なんで?」

 

「……あちこち。壊すから」

 

「わ、わあ……ご、ごめんね。私のせいで、人魚姫さんが変な風に生まれちゃって」

 

 とめどなく寄せる波の音とともに、少女たちの会話が響く。

 一人は、淡々と喋る、無口そうな少女だ。やや据わった目つきで、表情もあまり変わらない。

 もう一人は、表情豊かな、元気そうな印象を受ける少女である。無口なほうの少女と比べて、表情がコロコロと動く。

 

 ――と、まるで二人の少女が会話しているように見えるのだが、実はこの場には、腰まで海水に浸かっているこの少女一人しかいない。

 まるで二人の人物が会話しているように聞こえていても、どちらもこの少女の口から発せられている同じ声である。

 

 無口な側の言葉を話すときは目つきの据わった不愛想な顔つきになり、明るい側の言葉を話すときにはころころと感情に合わせて表情も動いている。

 いわば一人二役か、あるいは二重人格だ。どちらにせよ、傍から見ればかなり怪しげな独り言だ。

 

 それは、桃子と。そして桃子に憑依している魔法生物、人魚姫。

 その二人が、一つの身体を共有して会話しているのだった。

 

 

 

 

 そして、その波打ち際での一人コントのような桃子を眺めているのは、柚花をはじめとした仲間たちだ。

 

「あの、あれって本当に、先輩は人間に戻れるんですよね?」

 

「だ、大丈夫な筈ですけどねぇ……? ま、魔法的な力で、へ、変化してるだけみたいですし……」

 

「見てるとなんだか。桃子が新しい芸を覚えたみたいで。面白いな」

 

 岩場にいた青い髪の人魚をカウンターパンチで吹き飛ばし、失神させた後。

 半ギレのニムの指示のもと、桃子に憑依している人魚姫は気絶した青髪人魚を抱えて、柚花の待つこの小さな砂浜へとようやく戻ってきたのだった。

 漂流船を助けに行った桃子が、まさかの人魚姫に変身して帰ってきたのを見たときの柚花の反応は、とてもではないが言葉では表現できない複雑なものだった。

 怒っているような、心配しているような、呆れているような、興奮しているような。様々な感情がごちゃ混ぜになり、実に味わい深い表情を見せていたのだけれど、しかしそれでもニムたちが思ったほどに驚いてはいなかった。

 というのも、ヘノたちが海で小さな冒険をしている頃、柚花が一人で待っていたこの砂浜には、もう一人の来客が訪れていたのである。

 

「全く。桃子が魚になってるのを見たときは、ビックリしたヨ。お前もそう思わないかヨ、セイレーン」

 

「ワ、ワタシ……ヨク、ワカラナイノ」

 

 緑葉の妖精、リフィ。

 緑の若葉のような毛が頭上からぴょこんと飛び出ているのが特徴的なこの葉っぱを司る妖精が、ヘノたちが戻って来るより前に柚花のもとを訪れていたのである。

 というのも、桃子が人魚姫に変化したのと同時刻。妖精たちの女王であるティタニアは、桃子の身に起きているただならぬ変化を感じ取っていた。そこで女王の願いを受けて、たまたま傍にいたリフィが直々に様子を確認しに来たのである。

 

 リフィ伝いに「桃子の身を危険から守るため、娘である魔法生物が身体の主導権を担っているようだ」という女王ティタニアからの言伝を事前に聞いていた柚花は、そのお陰で取り乱すことはなく、迅速に状況を受け入れることが出来た。

 とはいえ。柚花とて、まさか桃子の下半身が魚のそれになっているとは思いもしなかったので、その姿を目にした際には絶句し、しばし硬直してしまったのは仕方ないことだろう。

 

「まあ、先輩が人魚になってるのは置いといて。セイレーンさん。怪我の具合はどうですか?」

 

「ハッパノオカゲ、イタイノ、キエタノ」

 

「葉っぱは万能だヨ。桃子も起こせるし、人魚の怪我も治せるんだヨ」

 

「お手柄です、リフィさん。ここまで来てくれて本当にありがとうございます、今度お礼にカリンの写真あげますよ」

 

 そして、緑葉の妖精に身体中にペタペタと葉っぱを貼り付けられている青い髪の女性が、今回新たに発見された、もう一人の人魚だ。

 探索者を眠らせていた呪いの歌声の主でもある名もなき彼女に、その能力から「セイレーン」と名付けたのは柚花である。

 敬愛する桃子を傷つけたセイレーンに対して、柚花は全力の【召雷】で消し炭にする気でいた。桃子の敵ならば柚花の敵、当然のことだ。

 しかし、ニムの必死の懇願と、人魚姫とヘノによる口添えと、そしてリフィの精神治癒により意外とすんなりと目を覚ました桃子による赦しによって、「悪気がなければ何をしてもいいってわけじゃないですけど……まあ、今回は目を瞑ります」と、渋々矛を収めた形である。

 

 桃子はセイレーンの歌を聞いた際に、呪いとともにとある情報を得ていた。それは、誕生してからこれまでのセイレーンの記憶だった。

 彼女は、自分が何者なのかもわからず。どうして生まれたのかもわからず。ただ、この海の中で仲間を、同胞を、語り合える理解者を探し求めていただけなのだ。

 まさか、自身の歌が人間にとって呪いの効果を持つ歌だったなど、セイレーン本人すら知らないことだったのである。

 自分の歌が人々を危険に陥れていたという事実を知った際のセイレーンは、それはもう非常に落ち込んでおり、流石に柚花もそこでさらに責め立てるようなことは出来なかった。

 

「生まれていきなり。仲間を探し始める魔法生物なんて。いるんだな」

 

「うぅ……よ、妖精なら、最初はひとりでふらふらしてるものですけどねぇ……」

 

「きっと、生まれ方が特殊だと、性質も違うものなのヨ」

 

 セイレーンの身の上を聞いた妖精たちの反応も、このようなものだった。

 どうやら、仲間を求める本能を持って生まれたセイレーンは、魔法生物としてもかなり特殊な部類なのだろう。

 

 なお、柚花にそのセイレーンの記憶について語った桃子は、相変わらず下半身に大きな尾びれを生やしたままで、今はまだ波打ち際で己の娘たる人魚姫と語り合っている。

 日の傾きかけた海岸で。少女が一人二役で延々と語り合っている姿は、傍から見ているとなかなかシュールな風景だった。

 

 

 

「おい。せいれーん。お前。その赤い玉と。一体化しちゃってるんだな」

 

 セイレーンにはもう一つ、重大な秘密が隠されていた。

 身体中に葉っぱを貼り付けられている彼女は、様々な美術画で描かれてきたセイレーンという魔物同様に、魚の下半身と女性の上半身という姿で、衣服などもつけていない魔法生物である。

 しかし、その上半身の胸元、豊かな乳房に挟まれた中央部には、ひときわ人目を引くものがついていた。それはアクセサリではなく、彼女の胸に埋まり、身体と同化していたものだ。

 

 それは、桃子のハンマーにも装着されているものと同じ、真っ赤な魔石。

 鵺やバジリスクのような強大な力を持つ魔物を倒した際に出現する、特殊個体の強大な魔力を凝縮した稀有な魔石である。

 その魔石――紅珠が、セイレーンの胸元に埋まっていた。それがまるで、彼女の心臓だとでも言うように。

 

「これって、例の『あやかし』の魔石ですよね。魔石を核として魔法生物が生まれるだなんて、そんなことあるんですかね?」

 

「ヘノは。そんなやつ初めて見たぞ。まあ。こんな魔石自体が。滅多にあるものじゃないしな」

 

「ふ、不思議ですよねぇ……リフィは、わかりますかぁ?」

 

「リフィも聞いたことないのヨ。でも、魔力の結晶体だし、あり得ない話じゃないと思うヨ」

 

 あやかし。それは過去にこの地で討伐された、巨大な海蛇の魔物である。

 多くの探索者たちの力により討伐されたその海蛇だが、討伐されたのは荒れ狂う海の上だ。

 最後に煤の中から出て来たその魔石は、戦いの影響もまだ収まらぬ瀬戸幻海の荒波へと消えていき、そのまま探索者たちに発見されることもなく、永久にこの海のどこかに隠されたままになると思われていた。

 

 しかし。その魔石は失われることなく、それどころかセイレーンという肉体を得て、魔法生物としての営みを開始しているのである。

 

 それは確かにリフィの言う通り、あり得ない話などでもない。

 妖精の仲間にはもともとが魔石どころか、魔力を持つダンジョンアイテムが妖精と変化したものもいるのだ。

 同じように、魔力の結晶体が自由意思を持ち、そして魔法生物となって生まれ変わるようなことがあったとしても。どれだけ低い可能性であれ、それは決してあり得ないことではないのだろう。

 そもそも、可能性もなにもない。実際に目の前にはその特殊事例が存在してしまっているのだから、否定しようがないのだ。

 

 なんにせよ。この青髪の人魚は特殊個体の強力な魔力をそのまま受け継いだ魔法生物だ。歌声一つで広範囲に眠りの呪いを広める程の力があったとしてもおかしくはない。

 彼女が人を襲う魔物ではなく、こうしてコミュニケーションの取れる魔法生物として生まれて来たことに、柚花は内心でほっと胸を撫でおろす。万が一でも、広範囲に呪いの歌を撒き散らす特殊個体などというものが出現したとしたら、厄介なことこの上ない。

 そんな風に、皆で話題の中心でもあるセイレーンの胸元の紅珠を眺めていると、青い髪の人魚は恥ずかしそうに身をくねらせて、両手で胸元を隠してしまう。

 

「ソ、ソンナ、ミラレルト、ハズカシイ」

 

「おっと、失礼しました」

 

 胸は丸出しな割に、その石を見つめられることには羞恥を感じてるんですね、と。

 柚花は頬をほんのりと赤く染めるセイレーンを眺めながら、口には出さないまでも、そのような知見と感想を得るのであった。

 

 

 

 とりあえず、柚花は現状を整理する。

 

 遭難船は、一番近い島の船着き場へと移動させた。

 先ほどヘノが、慌ただしく第三層へとやってきた複数の探索者たちの船が第一の島へと向かうのを感じ取っていたため、恐らくは救助隊が派遣されたのだろう。

 未知の魔物に恐れながら船を漕いでいるであろう漕ぎ手たちには申し訳ないが、あとはあちらで頑張って貰うことにする。

 

 一方、問題を起こしていたセイレーンは求めていた同胞と出会うことができ、また自分の歌声の危険性を認識したので、今後は不用意に歌ってしまうことは無いだろう。

 

 そして、まさかの人魚と化してしまった桃子へと、柚花は視線を向ける。

 普通の人間ならば、ある日突然自分の体が人魚のそれになってしまったとしたら、どのような反応を見せるものなのだろうか。

 少なくとも、即日その身体に馴染んでしまい、呑気に遊んだりするという人は少ないのではないかと、柚花は考える。

 身体が人間のそれでなくなってしまったというのに、浜辺で大はしゃぎしている先輩がすぐそこにいるのだが、桃子は理外の範疇なので仕方がない。

 

「先輩はまあ、特殊な例ですもんね……」

 

「柚花、何か言った? そうだ、もう少しだけ、私も泳いできていい? あのね、人魚の身体ってすごいの! 魚みたいに泳げるの!」

 

「そりゃ、人魚ですしね。先輩、あまり遅くならないでくださいね?」

 

 人魚の身体ならば魚のように泳げる。とても有用な情報を提供してくれた先輩は、人間に戻るどころかまだまだ海で遊ぶ気満々のようだった。

 柚花は人魚になったことがないので分からないが、どうやら人魚として海に潜るのはなかなか爽快なようだ。そのような夢物語を夢想したことが無いと言えば嘘になるが、しかしリアルで下半身が魚になってしまうのはやはりどうかと思う。

 

 柚花の呆れ半分の視線を受けたまま、小麦肌の桃子は水辺できゃっきゃとはしゃいでいたが。

 またすぐに、無表情で目付きの鋭い人相に切り替わる。この顔は、桃子ではなく人魚姫だ。

 

「……セイレーン。お前も、来い」

 

「ウン! オヨグ! ヒメ! ヒメ!」

 

 人魚姫に誘われたセイレーンが、身体中に葉っぱを付けたまま砂浜を滑っていき、そのまま海へとダイブする。せっかくの葉っぱが全て落ちてしまい、リフィがクレームをつけているが、水中までは聞こえていないだろう。

 聞いた話では、セイレーンは人魚姫との出会い頭に物凄いパンチをお見舞いされたとのことであるが、しかしそんなことを気にした様子もなく人魚姫にしっかりと懐いてしまっている。

 慣れない人間の言葉で「ヒメ」を連呼しながら人魚姫についていく姿は、生まれたてのカルガモの子供を連想させるものだった。外見としては、桃子ベースの人魚姫よりも、セイレーンのほうがよほど大人の女性の姿なのだけれど。

 

「柚花、サザエを沢山とってくるね!」

 

「サザエはたらふく食べたので、もっと別なのお願いできませんかーっ」

 

 セイレーンと共に海に潜る前に、もう一度柚花を振り返って今度は桃子が声をかけてくる。

 会話ごとに無表情になったり表情豊かになったりと、実に忙しい先輩だ。

 

「よし。ニム。ヘノたちもいくぞ。美味しいもの。探すチャンスだぞ」

 

「そ、そうですねぇ……」

 

「ニムさんたちも、あまり遅くならないでくださいね?」

 

 海に潜れる仲間が、どんどん桃子たちを追いかけて水中へと潜って行ってしまうのを、砂浜に腰を下ろして見送りながら。

 柚花は唯一その場に残された緑葉の妖精リフィへと声をかける。

 

「リフィさん、先輩たちが戻るまで暇ですし、カリンの配信でも一緒に見ませんか?」

 

「見るヨ」

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