ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「今日は。沢山泳いだな。泳ぎもかなり。上達したんじゃないか。桃子」
「うん。ヒメちゃんには感謝だよね。水中呼吸の魔法はもちろん凄い魔法なんだけど、やっぱり人魚の身体には敵わないや。本当の魚になったみたいに、すいすい泳げちゃうんだもん」
「す、すごい速度で、泳いでましたからねぇ」
ザクザクと足音をたてながら。今日あったことを皆で話しながら、人間の足で森の中の道を歩いていく。
桃子の肩には風の妖精のヘノが座り、桃子の耳元にかかる髪を弄って遊んでいる。
この日、尾道ダンジョンで青い髪の人魚――セイレーンという魔法生物と出会い、人魚姫の協力も得て共に海の中を巡って遊んでいた桃子たちだけれど、流石に何時までも遊んでいるわけにもいかない。日の傾きと共に、別れを惜しみつつもこの日は解散ということになった。
そして今いるのは房総ダンジョンの第一層『大森林』。桃子と柚花、それぞれの相棒のヘノとニムの四人はダンジョンの出口へと向かう帰路を歩いていた。
六月の下旬だ。一年でも日照時間の一番長い時期であるため、19時近くだと言うのにまだ空は薄らと明るさを保っている。しかし、まもなく太陽も沈み、黄昏時の空は蒼く暗い夜の風景へと変わっていくだろう。
「さ、最後に……も、桃子さんのエラから水が噴出したのは、す、凄かったですねぇ……」
「私はとうとう先輩が人間をやめちゃった感じがして怖かったですけどね。ヒメさんが帰るのと一緒にエラもなくなったみたいで、安心しましたよ」
桃子たちの言う「ヒメ」とは、人魚姫のことである。
海中で意識を失った桃子に憑依するかたちで助けてくれた彼女は、過去に桃子が生み出した魔法生物の一人である。最初は「人魚姫さん」と呼んでいたのだが、呼び名として長かったために、遊んでいるうちに自然と桃子からの呼び名は「ヒメちゃん」へと変化していった。
尚、柚花が心配していた「桃子は本当に人間に戻れるのか」という部分も、最終的には杞憂に終わる。
セイレーンとハグをして、人魚姫が今日の別れの言葉を述べたかと思えば、ふわりと魔法の光が拡散していき、その場に残ったのは白い肌と小さな胸、そして人間の足を持った桃子だった。
恐らく、人魚姫ことヒメは桃子の身体を離れ、己の住むべき琵琶湖ダンジョンへと帰還したのだろう。
「桃子は。来週また。泳ぎに行く約束もしてたな」
「うん、そうなんだけど……ただ、来週から色々と考えないといけないことが沢山あるんだよねえ」
「水着も。下半身が。破れちゃったしな」
別れ際、桃子はセイレーンと約束をした。
来週になったら、また尾道ダンジョンに遊びに行く、と。泳ぎに行く、と。
桃子はセイレーンの歌により、彼女の孤独を知っている。
だから、ヒメとの出会いをどれだけセイレーンが喜んだのかも、別れる時間が訪れてどれだけセイレーンが悲しんでいるのかも、分かってしまう。
なので、つい。考えるよりも先に「また来週も来るよ!」と、約束をしてしまったのだ。
柚花には呆れられたけれど、桃子としては後悔はしていないし、約束を破るつもりもない。
ただ、その約束を守るためには、幾つかの問題が横たわっているだけである。
まず、問題その1。
水着が駄目になってしまった。
当然と言えば当然だが、桃子が着ていたワンピースタイプの水着は、下半身が魚になっている人魚の身体では着用することは不可能だった。
なので、桃子が人魚の身体へと変化した際に、身体に対応しきれなかった水着の布地が、弾けるように破れてしまったのだ。
人魚姿のときは良いのだが、最後に人間に戻った際は、股の間にくるべき布が破けて垂れ下がってしまっており、かなり倫理的に問題ある姿になってしまった。
来週また泳ぎに行くとするならば、人魚の身体にも対応できる水着が必要となるわけだが、果たして物理的にそんな水着があるものだろうかと桃子は頭を悩ませる。
「うー、あれは流石に恥ずかしい……けど、次からどうしようかなあ」
「でも先輩、両足を通して穿くタイプのものが無理なのは人魚の構造上仕方ないですよ。水着の下は諦めて、パレオを巻いて隠すとか、いっそ長い薄手のスカートでも穿いていったらどうですかね」
「は、裸でも、桃子さんなら……ひ、人に見られることは無いと思いますけどねぇ……?」
「いやあ、それはほら。乙女としてのボーダーラインがあるからさ」
「ヘノは。桃子が裸でも。好きだぞ」
「ん。ありがとう、ヘノちゃん」
脚がないのだから脚に穿く水着は諦める。そして、腰に纏うパレオ、もしくはスカートのような布地で下半身を隠す。柚花の言うそのやり方が、乙女の尊厳を守ったまま人魚の姿に変化する上では一番の解決法だろうか。
いっそなにも着ないというニムの提案もまた一つの真理ではあるものの、さすがに桃子としては勘弁願いたい所である。
森を歩いていくと、少し先には探索者たちの集まる広場と、恒例のキャンプファイアーが見える。
きっと今夜も、炎の手前に設置された『ドワーフの祭壇』にはハンバーグが供えられているのだろう。もう少し近くに寄って覗いてみることも考えたが、この時間は人の目も多く、下手にヘノたちが目撃されても困るのでやめておくことにした。
きっと、今もこの森のどこかでは。ドワーフと、氷妖精の子供であるルゥの二人が、夕食のハンバーグを待ち構えているのだろう。
「あと先輩。来週はポンコさんとの予定もあるじゃないですか、スケジュールのバッティングですよバッティング」
「そういえば。うどんの大会。またやるんだったか」
キャンプファイアーを眺める探索者たちを、更に森の中から眺めながら、柚花が来週のスケジュールに言及する。
というのも、実は来週の日曜日には、香川ダンジョンにて『うどん大会フェス祭り』が開催されるのだ。そしてそこには当然、うどん職人見習いのポンコも参加する。桃子はポンコのカレーの師匠として、大会前のカレーうどんの試食を頼まれていた。
前回の大会ではポンコのアシスタントとして桃子も参加していたけれど、今回は化け狸の里の男衆――いわゆる、ポンコのお兄ちゃんたちが手伝ってくれる手筈になっているので、桃子が手伝う必要はない。さすがはポンコ、狸の里の姫だ。
「まあ、私はあくまで最後の味見だけだからね。夜でも大丈夫って言ってたし」
なので、次の土曜日の予定としては、昼間は尾道でセイレーンと遊び、夜はポンコのうどんの味見となっている。
うどん大会フェス祭りにも興味がないわけではない。しかし、桃子の場合は【隠遁】が働いてしまい、うどん店に入店してもうどんを出してもらえないのだ。本当に眺めるだけしかできないので、本番の参加はもともと控えておくつもりであった。
美味しそうなうどんの数々を前に見ているだけしかできないなど、新手の拷問でしかない。
「柚花はギルドのお仕事なんだっけ?」
「はい。私は来週は、ギルドのお金で香川ダンジョンまで小旅行ですよ。先輩の分までうどんフェスで食べまくっておきますね」
一方柚花は、ギルドからの正式な依頼としてうどん大会まで足を運ぶことが決まっていた。土曜日から現地入りなので、尾道ダンジョンには行けそうにない。
「うぅ……た、狸の長とも、う、うどん店巡りの……や、約束をしてるんですよねぇ……?」
「はい。狸のお爺ちゃんとうどんフェスデートしてきますよ」
狸のお爺ちゃんこと、化け狸の里の長。
以前のうどんフェスでの事件では、柚花と長は妙に仲良くなっており、なんなら化け狸の里では「柚花が長の新たな妾である」等という噂もある。
それが根も葉もない噂ならば桃子も柚花の名誉のために口を出すつもりだったが、実際に柚花は人目も憚らずに巨大化け狸の毛皮に埋もれ、更には恍惚の表情を浮かべているのだから、誤解されても仕方ないだろう。これには学園の先輩である桃子も呆れ顔だ。
もちろん、柚花の恋愛対象がお爺ちゃんだとか、ましてや巨大なケモノだったとか、そういうわけではない。――と、桃子は思っている。
そして、柚花は冗談めかして「デート」などと言っているが、それこそが、ギルドや魔法協会が柚花に求める役目であった。
「人間の組織と化け狸の里の橋渡し役だっけ。なんか、柚花ったらもう魔法協会のエージェントみたいになってるね」
「まだ高校生の内は外部協力者ですけどね。卒業したら、大学の片手間ですけど魔法協会と正式な契約を結ぶ予定ですよ」
「ゆ、柚花さんが、え、えーじぇんと? になるんですねぇ?」
「なんだそれ。うまいのか」
「あはは、エージェントっていうのは、とにかく凄い任務をこなしちゃうスペシャリストのことだよ。なんだか、柚花がどんどん凄い人になっちゃうね」
先日のニライカナイの際に柚花から聞いた話だ。
クリスティーナの秘書と直接通話した際に、柚花の立場は正式に魔法協会の外部協力者として扱われることになったらしい。
それが、柚花が魔法協会の名のもとに龍宮ダンジョンへと派遣されるための必須条件だったのだ。
沖縄の事件そのものは突発的な事件だっただろうが、しかし柚花がそのような立場を得るのは時間の問題だったろうなと、桃子は考えている。
妖精の【加護】と、更には【看破】という魔法生物絡みの案件においてこの上なく有用なスキルを持ち、本人の才覚も一級品の柚花である。ギルドからも時折名指しで依頼を受けているくらいなので、そもそも魔法協会が放っておくわけがないのだ。
今回も、人間たちと距離を置いていた一勢力である化け狸との橋渡しとしての役目を期待されているらしい。
柚花としてはそこまで責任を背負うつもりもなく、気軽に狸の長とうどんを楽しむ気なのだが、それでもその役目は重要だ。
香川ダンジョンはまだ、危ういのだ。
あのダンジョンの下層にはまだ、様々な悲劇の元凶たる魔物『牛鬼』が存在している。あれはただ暴れるだけの魔物ではなく、心を持つものたちの心の隙間に入り込む知恵と悪辣さを持つ、非常に危険な存在だ。
あのダンジョンこそは、今もっとも、人と魔法生物が手を取り合う必要がある場所である。
「でも、先輩だって、すでに魔法協会のリザーバーみたいなものじゃないですか。そのうち正式に所属要請とか来るんじゃないですかね」
「私、そもそも魔法使えないから魔法協会員じゃないんだけどなあ……」
魔法使いではない自分が魔法使いたちの相互協力機関である世界魔法協会に関わることに、なんともいえない違和感を覚えている桃子だけれど。
一方の柚花は、桃子そのものが既に魔法生物に片足をつっこんだ存在なので「むしろ魔法協会に保護される側なのでは?」とすら考えていた。今回に至っては実際に下半身が魚になっているのだから、まともな人間ではあるまい。
横を歩く後輩のそんな思いは、桃子の知る由もないことである。
それから、カレーうどんの話をして。流行の甘味処の話をして。シーフードカレーの話をして。
桃子と柚花が、ヘノとニムに見送られながらダンジョンの外へと出る頃には、既に日も沈み、空は夜の色となっていた。
「でも、先輩。どうします? セイレーンさんのこと」
「うーん……」
駅を発車した電車の窓には、夜の街の風景が流れていく。
二人が思うのは、尾道ダンジョンに住まう青い髪の孤独な人魚、セイレーンのことだ。
桃子が週末に会いに行くことはできる。けれど、それは決して、彼女を救うことにはならない。彼女にとって、あのダンジョンは孤独すぎるのだ。
「もし、可能ならさ。琵琶湖ダンジョンに移り住んでもらうとか、そういうのはどうかなって思うんだけど」
「まあ、ヒメさんがいますしね。それにあのクジラもいますからね、ペルケトゥスでしたっけ」
「うん。ただ、本人の意思もあるし、物理的にも簡単じゃないからさ。流石に、セイレーンさんを抱えて上の階層を歩き回るわけにもいかないから、移動方法とかもしっかり考えないとね」
桃子が考える中で、一番の解決法。それは、セイレーンの引っ越しだ。
少なくとも、琵琶湖ダンジョン第四層『深潭宮』ならば、セイレーンは孤独ではない。桃子に憑依などせずとも、あの場所ならばヒメちゃんこと人魚姫は己の身体で泳ぎ回っている筈なのだ。
妖精たちは様々なダンジョンに行き来しているし、化け狸のクヌギは今は香川ダンジョンから遠く離れた地で暮らしている。
スフィンクスのようにダンジョンに縛られた例外もいるにはいるが、基本的には魔法生物とて別なダンジョンへと移動することは可能なはずなのだ。
「私のほうでも、ちょっとあたってみますよ。ちょうど学校に、そういうの詳しそうな後輩がいますからね」
「あはは。協力してくれたら早いんだけどなあ」
この春、めでたく柚花の後輩となった魔女。
ヒメの誕生にも大きく関わっており、そして人魚の物語が大好きな彼女ならば、あの孤独な人魚――セイレーンを救うのにも協力してくれるのではないか。
桃子はなんとなく、そうなればいいな、と。
車窓から見える夜空に、小さく祈るのだった。