ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
そこには、幻想的な景色が広がっていた。
ワンピースタイプのブルーの水着に、ピンクの雨合羽は腰に括り付け。
片手には採取した魚介類を入れて置くボックスの紐をひっかけた姿で、桃子は深潭宮――水に沈んだ第四層の中を漂っていた。
その世界は、ギリシャ彫刻のような柱がいくつかところどころに乱立しているだけで、あとはただただ広い水の中。そして、魔物ではない原生生物――多くの魚たちが泳ぎ回っており、まるで本当の海中にでもやってきたような風景だ。
他のダンジョンと同様に魔法的な光が多数灯っており、魚たちがその光を反射させ、非常に幻想的だった。
つい泳ぎをとめて、周辺の景色に呆けてしまう。
『うわー、すごい、綺麗……』
「まて。桃子。なんだあれ。何か変なのが。泳いでるぞ」
ヘノの声に桃子はハッとして周囲を見回す。ここは観光地の海でもなんでもなく、魔物の潜むダンジョンなのだ。
こんな水中ではハンマーもなにもなく、もし襲われようものなら桃子には対処する術がない。昨日柚花にも言われたばかりだが、警戒心を持たなければいけない。
桃子が気を引き締めて確認した、ヘノの言う『何か変なの』は、成程確かに、変なのだった。
やや細長い楕円形に近く、全体的に白くてつるっとしたフォルムだ。サイズとしては1メートルくらいだろうか。それが水中をゆっくりと進んでいる。
『あれって、魔物とかじゃあないよね?』
「しょ、瘴気が感じられないので、違うと思いますけど……なんでしょう……?」
「新種の魚だな。桃子。捕まえてみよう」
『いや、さすがに捕まえるには大きすぎるって』
しかし、魔物でないというのなら、近づいても襲われることはないだろう。
相手を刺激しないよう、ゆっくりと近づいてみるのだが……。
「桃子。これ。魔力を感じるが。生き物じゃないな」
『うーん、ヘノちゃん、これは人工物だね。魔力があるなら、魔石で動かしてるのかな? こんな大きなもの、どうやって動かしてるんだろ』
ヘノとニムも好奇心が勝ったのか、桃子の胸元から出てきて、楕円形の物体をさわったり、ツヨマージで突いたりしている。
楕円形の物体は、どうやら探索者たちが第四層に放ったものなのだろう。
白い楕円形がゆっくりと水中を飛行しているその姿は、例えるならそう、空を飛ぶ飛行船だ。
『多分だけど、人間が探索できない場所だから、こういう道具で探知か何かしてるのかもしれないね』
「桃子。桃子。この白いやつ。そっちに目がついてるぞ」
「うぅ……目がついているなんて。やっぱり、生き物なんでしょうか……怖い」
ヘノがツヨマージを向けるのは、楕円形の物体の進む方向。飛行船だとしたら、一番正面だ。
桃子がどれどれ? とそちらを見てみると、なるほど確かに目のように見えるものがついている。
が、これは目ではない。いわゆるカメラのレンズだった。
『ヘノちゃん、これはレンズだね。配信とかと同じで、映像を撮影して、地上でそれが視れるようになってるんだよ』
「そうなのか」
「うぅ……」
桃子が自分で言ったように、恐らくこれは撮影用のレンズである。
配信用のドローンというものがあるが、原理としてはそれと同じものだ。このカメラ付き飛行船に深潭宮を遊覧させて、カメラ越しに迷宮内を分析しているのだろう。
いかに途方もなく広い空間とは言え、このどこかにある下層への通路さえ見つけてしまえば、人間の探索者でもこの深潭宮を突破できる可能性が出てくる。
「桃子。お前。おもいっきり。レンズの前にいるけど。大丈夫か?」
「あ、あの……大丈夫じゃ、ないんじゃないでしょうかぁ?」
もちろん、あまり大丈夫ではない。
『……逃げよっ』
桃子はヘノとニムを胸に押し込んで、一目散に逃げだした。
「うぅ……柚花さんの言う通り、桃子さんはちょっと……」
「警戒心が。足りないんだな」
『み、耳が痛い。でもでも、二人も気づかなかったでしょ? だから私だけの問題じゃないもん』
「桃子。ヘノたちは。人が作ったものなんて。あまり見たことないのだ」
「に、人間が……あんな魚を、作っているなんて、思いもしませんでした……」
『うぐぅ。まあ、どっちにしても、私の【隠遁】は撮影も阻害するし、多分映像が一時的に途切れたとか、その程度で済んでるよ。大丈夫大丈夫』
桃子の固有スキル【隠遁】は、基本的にカメラなどにも映らない。
一度だけ、桃子も配信というものにチャレンジしてみたことがあるが、自分が画面に入り込むだけで全てがノイズでかき消されてしまい、映像どころではなかったのだ。
なので、今回も先ほどの飛行船が水中カメラで撮影していたとしても、自分の姿が映り込むことはないだろう。
桃子はそのように考えて、問題ないと、高を括っていた。
なお桃子は失念しているのだが、ヘノという妖精が近くに居ると【隠遁】の効果はある程度弱まってしまう。それが原因で、房総ダンジョンではドワーフの影が一瞬だけ動画にうつり込む事態となったのだ。
ヘノが一人だけでもそれなのだ。それが今回のように、さらにもう一人の妖精までが共に居る状態ではどうなるか。
桃子が知るのは、もうしばらく先の話である。
さて。
そしてしばらく、広大な水中を漂っている桃子たちであるが。
『ヘノちゃん、とりあえずだけど、今日は貝を沢山獲って帰ろうか……』
「貝か。貝は。美味しいのか?」
『うん、汁もとれるし、シーフードカレーにはお約束の具材だと思うよ』
「なるほど。じゃあ。貝を山ほど獲っていこう。ニムもそれでいいか?」
「わ、わかりました。でも貝って、堅そうですけど、食べられるんですかねぇ」
謎の飛行船のような水中カメラから逃げだした桃子たち一行は、どこに行くわけでもなく水中を漂っていた。
なにせ、この琵琶湖第四層である深潭宮は、とにかくだだっ広いだけの空間だ。どこへ行くと言っても、奥へ行くか手前に戻るかくらいしか行動の指針になるものがない。
なので、ぷかぷか浮かびながら、今後の方針を話し合う。
この深潭宮。最初は大量の魚の美しさに見惚れていた桃子であるが、泳いでいると確かにちらほらと魔物の影を見かける。
しかもここの魔物、どうやら勘が鋭いのかなんなのか、桃子の【隠遁】の効きが悪く、桃子が泳いでいるとたまに気づかれてしまうのだ。
そこはニムが水流をあやつり、桃子がジッとしたままの状態で距離を置くことでどうにか対処は出来るのだが、いかんせん効率が悪い。
『そもそもなんだけどさ。いくら【隠遁】で気づかれなかったとしてもさ。私、泳いでる魚なんてつかみ取れないと思うんだよね』
カニとは違い、魚は常に自由に泳ぎ回っている。いくら不意を突けるとは言っても、それを素手で捕まえられるかというとなかなか難易度の高い話だろう。せめて、網なりなんなりの道具に頼るべきだろう。
もしかしたらイカやエビなどが水底のどこかで大人しくジッとしている個体が居るかもしれないが、残念ながら今のところそれらしき姿はない。
というわけで、水底で敵からも隠れやすく、そしておそらく捕まえるのが楽であろう、貝の収穫祭の開催が決定した。
「貝って。こいつら。生まれた時から。貝なのか? それとも。どこからか。殻を。調達してからやってくるのか?」
「うぅ……言われてみれば、貝の目的ってよく分からないです……怖い」
深潭宮の水底は、さすがに地面までがギリシャ神殿のようにしっかりした素材で整地されているわけではなさそうだ。
実際の海や湖のように沈殿物が多く溜まっているわけではないものの、しかしそれでも多少の沈殿物や砂、それにゴツゴツした岩場で構成されていた。そしてそこに生息するのは様々な海藻のような植物。サンゴのような何か。それにフジツボのような付着生物の姿も少なくない。
それらを根城にしているのか、原生生物である魚も数多く泳いでいるのがわかる。
目的の貝類もいくらか見つかったので、手当たり次第貝をボックスに詰め込んでいく。
桃子の胸元からひょっこり顔を出した妖精たちは、海底の景色を眺めながらあれこれ話している。やれどの魚が面白いだとか、貝はどこからきてどこへ行くのか、だとか。
水の妖精のニムはまだしも、確かに風の妖精であるヘノが好んで水中に入ることなどないのだろう。昨日の魚にも執着していたが、もしかしたら珍しい生き物を観察するのが意外と好きなのかもしれない。
『そういえば、私はあんまり詳しくないから分からないんだけど、貝ってものによっては毒があったりするんだって。そういうのって、どうしようか』
全く見たことのない形の貝をボックスに放り込みながら桃子が心配げに呟く。さすがの桃子も、アサリやシジミ、サザエならば見た目で何となく覚えはあるのだが、それ以外の様々な貝となると区別がつかない。
ちなみに桃子は知らないことだが、付け加えるならばアサリやシジミのよく見かける貝ですら、季節や環境によっては毒をもつことがある。
「それなら。大丈夫だ。毒の妖精がいるから。あいつに。分別は任せよう」
「ど、毒の貝なら、喜んで回収していきそうです……怖い」
『ああ、あの子か。まあ大丈夫そうなら、いっかな。とりあえずそろそろいっぱいになったし、クーラーボックスは閉じて帰ろうっか?』
「イカと。海老も。見てみたかったけれど。帰り道のどこかに。いないものか」
しばらくの時間、貝を拾い集めていた桃子だが、クーラーボックスの中身が貝だらけになったところで手をとめて蓋をする。
とりあえず、毒の有無はともかくとして、妖精の国に作られた湖に逃がすぶんには今はこれくらい入れておくだけでも十分だろう。
動かすたびに中からジャリジャリと貝がこすれるような音を立てる箱を肩にかけ、水底を蹴り上げる。
ヘノの言うとおり、イカやエビは帰り際に見かけたらその時考えることにしよう。
『って、泳ぎだしたのはいいけど、出口ってどこだっけ。ニムちゃん、案内お願いしていい?』
見渡す限りの水景色。地上の景色と違って右と左の景色の違いもさほどないため、桃子はさっそく方角が分からなくなってしまった。
「え、えと……右手の、あそこの柱が二本並んでる方角……です、けど……」
「桃子。まだ。動かないほうが。いい。とんでもないのが。くるぞ」
『え……』
ヘノが、【隠遁】を持つ桃子に対して「動くな」というとき、それは何かしら危険が迫っているということである。
桃子は聞き返すよりも先に、水底の岩の陰に隠れるように身を潜めて、ヘノの言う厄介なもの、の姿を確認する。
いや、確認するまでもなく、それは視界に入ってきた。
巨大な影。
そう、それは頭上に広がる広大な水の中を泳ぐ、ビルのように巨大な魚の影であった。
『ぁ……』
桃子はクジラを見たことがない。だが、クジラとはああいうものなのだろうなと、感覚的に理解した。
鵺よりも、象よりも、大型トラックよりも遥かに大きいそれは、横倒しのビルかマンションが泳いでいるのではないかというサイズ感。
それがゆっくりと、桃子の真上を通り過ぎていく。
桃子はあまりのことに、身体が動かない。声もでない。
桃子も、話としては聞いたことがあった。
あれが琵琶湖ダンジョンに潜む『深潭の主』と言われる巨大な存在である。
距離もあったからだろう。幸運なことに、その魚影は桃子たちには気づかないまま、ゆっくりと通り過ぎて、広大な深潭宮の彼方へと泳いでいった。
巨影の後を追うようにいくつかの小さな魚影――とは言え、一体あたりは桃子よりも大きいものだが――が群れをなして付いていく。あれが全て魔物だとしたら、ちっぽけな人間の探索者などはどう足掻いてもこの層の突破は不可能だろう。
まるで、海の王と、その配下のようだ、と桃子は思った。
『……深潭の主……すごい』
「あれ。深潭の主って。いうのか? すごかったな」
「ま、魔力がものすごかった……です……。じょ、女王様よりも、すごいんじゃ……」
まだ動けず固まっている桃子とは違い、妖精たちはいま通り過ぎていったものについて語り合っている。
桃子にはわからなかったが、魔力の量もケタ違いのものだったらしい。
しかし、桃子には、もう一つだけ気になることがあった。
おそらくは気のせいだろうと思う。
けれど、どうしても気になってしまった。
『ね。今さ。その……深潭の主の横に、女の子いなかった?』
「うぅ……主の横、ですか? そこまでは、ちょっと……」
「横とか。そこまでは。見てなかったが。他に人間は。いなかったんじゃないか?」
『そ、そっかー』
普通に考えれば、ここから先ほどの魚影が泳いでいた高さまでもそれなりの距離があるのだ。
そこで、魚影の横に何か小さな影があったとして、それが女の子だったのかなど、確認できるわけでもない。
更には、その女の子に見られていた気がする、だなんて。
『いや、普通に考えれば気のせいだよね……』
最後に見たものの衝撃が大きすぎて、イカがどうとか、海老がどうとか、そういうことは頭から吹き飛んでしまった。
とにかく、陸地に帰りたかった。
【タチバナの真相解明チャンネル!】
はい、カニの集団に電撃を食らわせて一網打尽にした、環境にやさしくない配信者です。
ごめんなさい、いや、本当にごめんなさい。
でもほら、今の岩のところだけしか被害なかっただろうから、いいですよね? ね?
さて、とりあえずこの大量に獲ったカニなんですけど、どうやら素揚げにするとおいしいらしいんですよ!
え? いやいや、さすがにこの場所で調理なんてしませんよ。迷宮内でほいほい料理する人なんているわけ……ああ、ええと、ドワーフとか座敷童子くらい? なんじゃないですかね。
まあ、そこら辺の方々は私たちの常識って通じないと思いますしね。萌々子ちゃん、可愛いですよね。え、いやもちろん、イラストの話ですけどね。
人魚姫? ああ、琵琶湖で前から目撃されてるっていう噂のあれですよね。目撃談が少なすぎて、ただの半魚人とかを見間違えた説も濃厚なんですけど。
でもどうですかね、人魚はドワーフたちとは別物な気がするんで……ええと、さすがに人魚姫は火を使って料理とかしないんじゃないですかねえ。
琵琶湖のあそこは、さすがに難しいですよ。スキューバダイビングの知識が必要なダンジョンって意味分からないじゃないですか。
え? いま? カメラ?
え、ちょっと待ってください。今のコメントの方、どういうことですか? ごめん、他の視聴者さん少し書き込み待ってください。
深潭宮のライブ配信カメラを、人魚が覗き込んでた?
待って待って! どこまで映ってたんですか?! それってどんな……うん、うん。え、画面が乱れてたけど、ドレス姿で、おっぱいが大きかった?
ん? 誰ですかそれ?