ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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 週が開けた月曜日の、太陽が真南に昇ってきた頃合い。

 午前中は作業着に防護用のゴーグルを装着し、親方と共に金属加工や研磨作業に精を出していた桃子だが、休憩時間にはゴーグルや手袋を外し、ランチタイムを迎えている。

 

 工房から少し歩けばそれなりに賑わった駅前の商業施設があり、そこには様々な飲食店も並んでいるため、外へランチを食べに行こうと思えば選べる選択肢も多いのだが、桃子は基本的に工房近くの弁当屋を愛用している。

 朝早くに余裕を持って起床出来た日ならば、自前で弁当を作ってくる場合もある。しかし、最近はギリギリまで寝ているのが常なので、弁当箱は台所の棚の中で長い眠りについている。

 最後に自分で弁当を作ったのが何か月前の事だったかも、すでに思い出せない。

 

 とにかく、お楽しみのお弁当タイムである。

 時には和歌と共に外食をする場合もあるけれど、人が多くせわしないランチタイムの飲食店で過ごすより、静かにくつろげる工房で弁当を食べるほうが、桃子の性に合っていた。

 そしてそんな桃子と同様に、同僚である柿沼和歌も昼は工房内で食べるタイプなので、必然的に桃子と和歌は大体いつも一緒にランチタイムを過ごしている。

 

「あら、桃ちゃん。今日のお弁当はなんだか豪勢ですねー」

 

「はい、今日はお弁当屋さんの創業日でおめでたい日らしくて、おかずが豪華だったんです。せっかくですし和歌さんも少しどうですか?」

 

「かまぼこ、伊達巻き、エビ……まるでお正月みたいですねー。では、いくつか私の玉子焼きと交換しましょうかー」

 

 桃子の今日のお弁当は、お祝いのおかずが詰まった、見るからに縁起の良さそうな「にっこり開運弁当」だ。

 桃子が常連となっている弁当屋は、工房から歩いて数分の場所に居を構えている。手作りの総菜がどれも美味しく、日ごとに弁当のバリエーションが変わるので、この地域で働いている人たちの中では知る人ぞ知る名店として慕われている弁当屋だ。

 ただ、難を言えば。日替わりで弁当が変わるので、カレー弁当がたまにしか提供されていないあたりが、唯一の欠点であろう。

 以前、桃子がそれを和歌に話してみたところ、和歌には「桃ちゃんはカレーのお姫様ですからねー」と苦笑されてしまったものだ。

 

 甘い伊達巻きに頬を緩ませながら、桃子は和歌に話しかける。

 

「そういえばですけど、和歌さんて、色々なファッションとかも私より知ってるじゃないですか?」

 

「どうですかねー? 最近のティーンのファッションとかはあまり詳しくありませんが、何か気になることでも?」

 

「実は急ぎで新しく水着を購入する必要があるんですけど、どんなのがいいかなって」

 

 話の内容は、水着について。

 

 残念ながら、桃子がダンジョンで着用していた青いワンピース水着――柚花の言うところの「心のスクール水着」は、桃子の身体が人魚へと変化する際に下腹部の布地が破れて駄目になってしまった。

 深潭宮では頑張って共に冒険をしてくれた水着だったけれど、破れてしまったものはどうしようもない。【加工】を駆使すれば修復可能かもしれないが、どちらにしろ人魚に変身したらまた破れてしまうので意味がない。

 次の休みにはまた尾道ダンジョンのセイレーンの元へと遊びに行く約束をしているので、そのためにはこの平日のうちに水着を新調する必要があるのだ。

 

「あらー、水着ですかー? ちなみに、桃ちゃんはどのような水着を考えているんですー?」

 

「その、出来れば上下が別々のもので、でも個人的には露出控えめのほうが嬉しい、かな? あ、それとですね」

 

 心のスクール水着の悲劇を繰り返さない為にも、桃子はダンジョン内に持ち込む水着についてある程度の条件を付けていた。

 それは、言葉にすれば実にシンプルなものである。まず大前提として、上下が別れているセパレートタイプである、ということ。

 それにはもちろん、明確な理由もある。

 

「それと、更になにか、拘りがあるんですねー?」

 

「下半身は、その……事情があって脱げちゃうので、下半身に何も穿いてなくても隠せる大きめのパレオがあると嬉しいなって」

 

「……はい?」

 

 ミニトマトを口に運んでいた和歌の箸の動きがとまる。

 和歌の耳の故障でなければ、桃子はいま「下半身に何も穿いてなくても」と言った。普通に考えて、それは公序良俗に反する問題行為だ。状況次第では、普通におまわりさんがやってくる案件だ。

 自分の娘のように可愛がっていた同僚が唐突にそんなことを言い出したのだから、現在、和歌の脳内は真っ白だ。

 

「最初は、股に布がついてない水着がないか考えたんですけど、そんな水着あるわけないじゃないですか? そこで柚花に相談したら、いっそ下は穿かずに、パレオとかスカートで隠したらどうかって」

 

「待って、待ってください桃ちゃん。あのですね? いくら桃ちゃんがタチバナさんと相思相愛だったとしても、そういうハレンチなのは私、考え直した方が良いと思いますよー?」

 

「へ? ……い、いや、違います! 違います!」

 

「いえ、大丈夫ですよ、言わずともわかってますよ? もちろん、プライベートで楽しむだけならば、私にはそれを止める権利はありませんがー……」

 

「何も大丈夫じゃないですから! 完全にわかってませんから! ええと……もう相手が和歌さんなら守秘義務とかいいかなあ。あのですね、人魚なんです、人魚」

 

「……はい?」

 

 やはり、人魚の話を伏せた状態で結果だけを伝えるのは無理があったようだ。お陰で和歌がとんでもない勘違いをしているようなので、桃子は慌ててその勘違いを否定する。

 冷静になれば確かに「セパレートの水着を買った上で、下半身を穿かないつもりです」等と言い出したら、桃子がおかしくなったと思われるのは自明の理である。

 桃子は開きなおって、人魚についての出来事を白状することにした。和歌は既に桃子が妖精の国で至る所に行き来していることや、魔法生物たちと友達になっていることを知っている。なので、守秘義務に引っかかるような内容の相談だとしても、それはもう今更だろう。

 

「実は、私、人魚のお母さん……じゃなくて、ええと、知り合いなんですけど――」

 

 桃子は語る。

 

 時間的にもそこまで長々と説明していたらお昼の休憩時間が終わってしまうため、ここは必要な情報だけを選んで、簡潔に。

 自分には人魚の知り合いがいて、とある水の多いダンジョンで泳ぐ際にはその人魚に憑依してもらっているのだけれど、身体の造りが違うために水着の下半身が破損してしまう。

 という旨を。所々つっかえながらも、桃子は和歌に説明していくのであった。

 

 

 

 

「はぁ……憑依、ですかー。桃ちゃんは、私の想像の遥か斜め上の世界の住民だったんですねー」

 

「いや、まあ、私も自分の身体が人魚になる日が来るとは、生まれてこの方想像したこともなかったですけど」

 

 説明を聞いた和歌は、当然ながら驚いていた。いや、驚きを通り越して、ぼんやりと呆けているようにも見える。

 和歌は沖縄で、桃子と魔法生物たちとのこれまであった様々な冒険譚を聞いている。夢という形で死者の世界を旅するという、オカルトそのものと言える出来事の当事者にもなった。多くの死者や魔法生物たちと共闘する稀有な体験もした。

 なので、今更桃子の新たな告白を聞いた所で驚きはしない、と、和歌は高を括っていたのだが、それはどうやら甘かったらしい。いくらなんでも、人間である桃子が人魚になっていたなど、理外の範疇である。その話に驚かないほうが無理だろう。

 驚きを超え、ぽかーんと呆けた表情になってしまうのも仕方のないことだ。

 

 とはいえ、だ。

 

 目の前で、狙ったわけではないだろうが、上目遣いで困り顔を見せている桃子を見れば、和歌の心に母性が灯る。

 驚きもする。呆けもする。けれど、その上でなお、子供の相談には真面目に、真っ直ぐに向き合うのが、母というものなのだ。

 

 なお。言うまでもなく、和歌は桃子の母ではない。錯覚である。

 この子は自分の「ももちゃん」ではなく、同僚の「桃ちゃん」だと頭では分かっていてもなお、この錯覚ばかりは相変わらずだった。

 

「……でも、ちょうどいいですね。私も実は、ジムに通おうかと思いまして、運動用の水着を買おうと思っていたんです。今日の仕事が終わったら、一緒に水着を買いに行きましょうねー?」

 

「あ、いいんですか? じゃあお願いします!」

 

 

 

 

 

 そして、その日の就業時間を終えて。

 桃子は約束通り、和歌と共に駅前の大型ショッピングモールへとやってきた。数年前にリニューアルされ、魅力的な雑貨店や面白そうな電器店が増えているけれど、今日はまっすぐスポーツ用品店のあるフロアへと上がっていく。

 

 ここは以前、琵琶湖ダンジョンへ行く前にも水着を購入したフロアだけれど、秋真っ只中だったあの時期とは違い、今は6月下旬。もうすぐ夏ということもあり、以前訪れたときと比べると水着コーナーにあてられた面積が明らかに広くなっている。

 

「そう言えば和歌さん、ジムに通うんですか?」

 

「ええ。先日のニライカナイのとき、ヒカリにお腹周りのことを指摘されましたし、あと桃ちゃんにも、お腹がムチムチしていると言われちゃいましたからねー……」

 

「あー……そ、その、なんかごめんなさい」

 

 とりあえず、どのような水着があるのかをぐるりと歩きながら眺めていく。

 桃子はダンジョンの人魚姿で着るときのもの、和歌はジムのプールで着用するもの。どちらも誰かに見せる予定があるわけでもなし、そこまで見た目に拘る必要はない。けれど、こう大々的に様々な水着が飾られている売場を訪れると、やはりついつい見てしまう。

 今年の新色としてアピールされた水着を眺めながら、和歌は自分のお腹周りの悩みを語りだす。まさかの桃子の発言が悩みの原因ということが判明し、桃子はどういう顔をしたら良いか分からず、とにかく水着売場で視線を泳がせた。まさに人魚の如く。

 

「うふ、冗談ですよー? 実はですね、体力をつけようかと思うんです」

 

「え、体力ですか?」

 

「私、若い頃はもっと動けたんです。少なくとも、探索の次の日にくたびれて動けなくなるだなんてありませんでした。桃ちゃん、良いですかー? いくら魔法の力で見た目が若いままだったとしても、動かさないと身体機能は低下しますからねー?」

 

「は、はい。肝に銘じます」

 

 妖精の林檎によって人よりも長い寿命を得ている和歌は、見た目だけならばまだまだ20代で通る外見だ。

 しかし、残念ながらあの林檎は、体力や心肺機能を万全の状態で保ってくれているわけではない。

 若い頃は何も意識せずとも体力が有り余っていたというのに、今では身体が思うように動かない。和歌は沖縄の事件でそのことを思い知ったのだという。故に、ジム通いだ。

 それでもダンジョン内では魔力による身体強化で人並みよりも動けていたことが、和歌の持つ魔力量を物語っている。

 

 

 

 女子二人の、水着コーナー巡りは続く。

 

「桃ちゃん、こちらのキャミソール型のセパレートなら、露出も少なくて健全ですし、可愛らしくて似合うんじゃないでしょうかー?」

 

「わ、本当だ。私でも着られるサイズですね!」

 

「それで、人魚さんに化けたときは、下はこっちの長めのパレオで隠しちゃいましょうねー? あら、ぴったり」

 

「あ、凄く素敵な気がします! いいな、この組み合わせ、買っちゃおうかな」

 

 和歌が選んで見せたのは、小さな桃子が着てもさほどおかしくないような、キャミソール型の白い水着だ。

 桃子が条件として出している上下が別れたセパレート式の水着と言っても、それは露出の多いビキニタイプから、肌の大半を覆うラッシュガードタイプまで様々だ。今回、和歌が選んだものはその中間程度と言ったところだろう。

 見た目も派手すぎず、地味すぎず。桃子の持つナチュラルな魅力も引き立ててくれている。和歌はきちんとそれを着用した際の桃子の見栄えも気にしてくれていた。

 桃子が自分で水着を選んでいたら、見映えなにも気にせず、安価な子供サイズの競泳水着から選んでしまったことだろう。和歌に感謝である。

 

「本当はもっと時間を使って色々と組合せを見ていきたいところですけれど、今日はさすがにもう遅い時間ですしねー」

 

「私これにします! 自分で選んだら、また心のスク水にしちゃうところでした」

 

「はい? 心の……?」

 

「あっいえ、何でもないです!」

 

 さようなら、そしてありがとう。心のスクール水着。

 一年も持たずに駄目になってしまった水着に謝罪しつつ、桃子は新しい白のセパレートとパレオの組み合わせを買い物カゴに投入し、いそいそとレジへと向かうのだった。

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