ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
聖ミュゲット女学園。
この学園はミッション系のお嬢様学校として知られている。由緒正しい家柄の生徒が多く在籍しており、厳格な校風も特徴のひとつだ。
「聖ミュゲット」という名前は、フランス語でスズランを意味するmuguet(ミュゲ)に由来し、高潔さや清廉さを象徴したものである。
マリア様に祈りを捧げ、廊下は走らず、スカートのプリーツは乱さず、タイも曲げず、挨拶は「ごきげんよう」――とまではいかないけれど、しかし令和の時代にあってもなお、古風な趣を大切にしている校風だ。
また、体育会系とまではいかないものの、先輩と後輩の上下関係がはっきりしており、先輩が後輩を指導するという伝統は学園の長い歴史の中で今なお受け継がれている。
そんな学園の昼休み。生徒たちが、友人らとともに弁当を囲んでいるランチタイム。
とある三年生の教室に、珍しく下級生の来訪があった。
「ふふふ。ごきげんよう、柚花先輩」
「ああ、こんにちは、天海さん。どうしましたか?」
三年生の教室で、友人たちと昼の弁当を囲んでいたのは橘柚花。
彼女はダンジョン探索者であり、そして配信者としても名が知られているという、このミュゲット女学園においてはひと際特殊な立ち位置にいる女生徒であった。
良家の子女が多く通っているこの学園において、血生臭さと紙一重のダンジョン探索者の肩書きはどうしても異端に映る。更には、ダンジョンの特殊個体と対面した際の後遺症――光の加減で銀色に見えてしまう左目が、この学園における彼女の特異さを一層醸し出していた。
しかし、彼女はダンジョン探索者という分野では目覚ましい成果を上げており、ギルドからも一目置かれる存在だ。そのように、数々の実績を持つこの女生徒がこの学園に在籍しているということを、誇らしく思う生徒たちもまた、少なくない。
警戒と畏怖、そして憬れの視線を集める学園の有名人、それが柚花であった。
そして、この日は珍しく。
その有名人たる柚花に、堂々と話しかけてくる一年生の姿があった。
「お食事中申し訳ございません。実は柚花先輩に伺いたいことがあったのですけれど、本日の放課後に時間を頂いても良いですか?」
「ええ、構わないですよ。なら……また、図書室でいいですかね?」
「はい、分かりました。ふふふ。本でも読んで待っておりますね」
一年生の名は、天海梨々。艶やかな黒髪に、海外の血でも引いているのか、どことなく深海を思わせる青色を纏った黒い瞳を持つ女生徒だ。
手には不思議な装飾を成されたハードカバーの本を抱えており、もの静かな読書家という印象を見る者に与える。
柚花と梨々の二人は、聖ミュゲット生の名に恥じぬ淑やかな所作で挨拶を交わし、静かに微笑みあっている。
二人の本質を知らない周囲の女生徒たちから見れば、それはもう、とても良い関係を築いているように見えたことだろう。逆に、二人を知る者が見たならば「お前ら。頭でも。ぶつけちゃったのか?」と心配されるに違いない光景だ。
柚花と梨々が交わした会話はほんの2、3言だったけれど、ダンジョン探索者の橘柚花と、もの静かな印象の一年生という組合せは、クラスの生徒たちの視線を集めるには十分だった。
廊下を行く女生徒の背中を見送り室内に戻ってきた柚花に対して、弁当を共にする友人たちが興味深げに声をかける。
「ねえ、柚花さん。今の子って例の、最近仲良しの一年生よね?」
「いつも本を持っていて、なんだか文学少女という雰囲気の、清楚で可愛い子ですね」
「んー、まあ……仲良くはしてますけど、意外と二人きりで話すときは暴言も多い子ですよ?」
良家の子女と言っても、やはり女子高生たちだ。噂話は格好のおかずである。
実は以前より、柚花が今年の新一年生と二人きりで話している姿は時折目撃されていたのだけれど、しかし人目を忍んで会っているであろう二人に対し、突っ込んで人間関係を問い質すような下品な真似をする学友はいなかった。
だがしかし、その相手が堂々と教室までやってきたのならば話は別である。友人の新しい人間関係に対する興味が抑えられず、弁当を突きながらも、友人たちはついインタビューを始めてしまう。
「柚花さんのことだから、同じように探索者とかをやってるアクティブな子かと思ったけど、そっかー……」
「もう、私とあの子はそういう仲じゃないですって。ただの、共通の知人を介して知り合った、年齢の離れたお友達ですよ。それ以上のゴシップ情報は、有料ですよ?」
「あはは、柚花さん情報が貰えるなら、多少の月額くらい払うわよ?」
「ちなみに、柚花さん情報は月額おいくらになるのかしら?」
「月額10万円、年間なら1ヶ月分おまけで110万円です」
「カードでも良いのかしら?」
「え、ちょっと、この子ったら本気で支払う気じゃない?」
「冗談ですから本気にしないでくださいよ。それよりほら、お弁当食べちゃいましょ。お昼時間、なくなっちゃいますよ」
友人たちと、他愛ない冗談交じりの雑談を交わしながら、お弁当を食べ進める。
柚花の心の中で「迷惑なことしてくれましたね、りりたん」という恨み言がグツグツと沸き立っていたのは、友人たちの知るところではないのだった。
その日の放課後。柚花は約束通り、天海梨々――りりたんの待つ図書室へと足を運んでいた。
もちろん図書室内で話し込むわけにもいかない為、図書室で合流した二人は連れ立って学園の中庭へと移動する。
6月下旬、雨の多いこの季節だけれど、この日は運よく空模様は晴れである。連日の雨で所々水はけの悪い地面に水たまりが出来てはいるものの、お陰で中庭を利用する人影も他にいないため、内緒話をするにはこの場所のベンチはちょうど良い。
「……で、なんですか? わざわざ教室までやってきて、あなたから呼び出しだなんて。滅茶苦茶迷惑なんですけど、りりたん」
「ふふふ。いいじゃないですか、後輩に優しい柚花先輩の姿を皆様に見せつけてあげましょうよ。ゆかたんは学園では少々、近寄りがたいイメージが先行しておりますし」
「はぁ、大きなお世話ですよ。それで、本題は?」
「いえ、小耳に挟んだのですが、日曜日に大変楽し気な冒険をなさっていたとかで。そのことを伺いたかったのですよ」
「まあ、先輩についてですよね。……って、りりたんは先輩をいつもストーキングしてるんじゃないんですか? 私に聞かなくても」
「人聞きが悪いですね。ストーキングではなく、ももたんの冒険を見守っているだけですよ。それに、さすがにりりたんにも天海梨々としての生活がありますから、常に覗き見ているわけではないのですよ」
りりたんの言う『伺いたいこと』とは、やはり二人の共通の知人たる桃子のことだった。
それ以外のことでわざわざりりたんが柚花に話しかけてくるとは思えなかったため、柚花としては予想通りではある。りりたんの脳内など、朗読か桃子のことしか考えていないだろうというのが柚花の大雑把な見解だ。
尤も、りりたん的には柚花もまた十分に興味の、そして好意の対象なのだが、柚花はそのことには気づいていない。
なお、りりたんは桃子のストーキングを否定しているが、やっていることは完全にストーキングである。
そんなりりたんが、小さくため息をつく。
いつも余裕を見せた表情のりりたんが、実に珍しく、疲れたような表情を見せていた。
「……というか、りりたんは不思議なのですよ」
「はい?」
「ゆかたんって受験生ですよね? そして、今週は期末テストですよね? 何を呑気に、ダンジョンで遊んでいるのですか?」
「ええ? そんなこと言われても困りますけど……」
期末テスト。
そう、6月も下旬のこの週、この学園は期末テスト期間となっていた。
柚花は土日も桃子やニムとの時間を過ごすために房総ダンジョンへと赴いていたけれど、多くの生徒たちはテスト前のこの期間は時間の大半を試験勉強に当てている。
どうやらその言葉尻から察するに、前世が妖精女王だったという天海梨々という少女も例外ではなく、テスト前は勉強に時間を割いているようだ。
柚花が、意外そうに眼を丸くしていると。
ポン、と。小さく空気が弾けるような音と共に、りりたんの胸元から小さな妖精が飛び出してきた。
羽根を持たない妖精のヘノやニムとは違い、ティタニアと同じような蝶の羽根を持つ艶やかな赤い髪の妖精だ。そして、その身体はホログラムのように透けている。
柚花は過去にも彼女に出会ったことがある。彼女はりりたんが女王だった頃の娘の一人であり、今は何の因果かりりたんの眷属として存在している、実体を持たない妖精だ。
『お母さまはネ、土日はお勉強会に参加してたノヨ!』
「ルビィ、駄目ですよ。あまり大きな声を出しては、一応学校内には他の方もいらっしゃるんですから……」
「こんにちは、ルビィさん。ティタニア様のご親友の妖精さんですよね?」
『し、親友?! そ、そんなモノじゃないけど……でもティタがそう言っているっていうのなら、そう認めてあげないこともないワヨ?』
「これまたかなりチョロそうですね、ルビィさん」
「ふふふ。ルビィは昔から、とてもティタニアが大好きでわかりやすい子でしたね」
りりたんの眷属とはいえ、彼女の自我や自由意思は生前そのままなのだろう。主であるりりたんの意思とは無関係に、ルビィは勝手に飛び出てきて、自分の意思であれこれと喋り出す。
そして、殆ど関りのない柚花ですら、彼女がティタニアのことを大切に思っていることがこれでもかという程に理解できる。本人は否定しているが、いくら過去の先達とはいえ、やはり妖精は妖精だ。非常にチョロい。
りりたんはニコニコしながらその様子を眺めている。
「まあ、わかりましたよ。つまりテスト勉強で時間を取られてて、先輩の観察をしていられなかったんですね。なんでいつもの分身を飛ばさなかったんです?」
「ふふふ。秘密です」
『分身を出してると集中力が低下するから、テスト勉強にならないジャナイ! これ以上成績が下がったら、お小遣いがピンチなノ!』
「ルビィさんの口が軽くて助かります。つまりは、一学期からいきなり、かなり成績がヤバイってことですね」
「ゆかたん、違います。私の成績は中学では中の上でしたから、ヤバいと言う程ではありませんよ」
『そうナノ。でもこの高校はレベルが高くて、中間試験ではちょっと真ん中より順位が下がっちゃったから、期末は頑張らないといけないノヨ!』
「あの、ルビィ? あなた、ちょっと……」
『お母さまが本気を出せば、簡単に中の上まで浮上できるノヨ!』
「じゃあ今は中の下ってことじゃないですか……」
りりたんは、ダンジョン内では何でも知っているような物知り顔だし、事実大体のことを知っており、大体のことが出来てしまう。
なので、柚花も桃子から話を聞いた当初は、もっと神秘的な存在を想像していたものだ。しかし、同じ学校の生徒となってから、その印象は一変する。
まさか、先代女王ともあろうものが日本の女学園のテスト勉強に苦しんでいるとは、誰が想像出来ようか。
しかも、本人は中の上を自称しているが、眷属の妖精に中の下であることを暴露されてしまっている。この残念な姿は、彼女を崇拝しているティタニアには絶対に見せられない。
「はぁ……でもですよ? ゆかたん。社会科とか、人間社会のことなんてどうでもいいじゃないですか。理科にしても、大体は魔法で再現できるものを、化学だ物理だと覚えるだけ無駄ではないですか? 高等数学に至っては、学ぶ意味がわかりません」
「いや、あなたも今は現代日本人なんですから、そこは覚えておきましょうよ。あれだけ本を読んでたら、嫌でも知識は増えません?」
「本で得られる知識の9割9分は、試験勉強とはかすりもしないのですよ」
「りりたん、よくこの学園に受かりましたね。ここ、それなりにレベル高い学校なんですけど」
「ふふふ。受験はさすがに頑張りましたよ」
いくら、前世の知識で英語が出来ても。膨大な読書量で人並外れた知識を持っているとしても。
本人が、人間社会について学ぶ気持ちが薄く、カガク的な理論の通じない魔法に精通してしまっている様では、テストの成績もさもありなんと言うものだろう。
それからしばらく、何故だか柚花は、後輩一年生による日本の詰め込み教育に対する愚痴を長々と聞かされるのだった。
そして、しばらくの時が過ぎ。
「なんだか滅茶苦茶話が逸れちゃいましたけど、日曜日の尾道ダンジョンは大体そんな感じでしたよ」
「人魚姫が……なるほど」
試験勉強の話題などが長引いてしまったけれど、そもそもの本題は日曜日の尾道ダンジョンの情報である。
途中で眷属たるルビィも引っ込み、改めて柚花はりりたんに対して、日曜日の出来事について語っていた。
主に、セイレーンと人魚姫という、二人の魔法生物について。これに関しては柚花もりりたんに聞いてみたかったことがあるので、ちょうど良い。
「ちなみに、先輩が人魚になっちゃったのって、どういう原理なんですか? 魔法生物が人間に憑依するだなんて、前代未聞だと思いますけど」
「ふふふ。私の知る限りでも、なかなか珍しい話ですね。ただ……恐らくですけれど、【創造】にて生み出されるまでの過程が原因でしょうね」
「過程、というと?」
「あの子は、ももたんが自主的に『私が人魚姫です』と触れ回った結果として生まれた存在なのですよ。ももたんのソウゾウの中でも、自分こそが人魚姫である、というイメージが多少なりとも残っていたのでしょうね」
「つまり……生まれた時から、先輩イコール人魚姫っていう前提があった影響で、ある意味では先輩と身体を共有している魔法生物、っていうことです?」
「ふふふ。そうですね。まあ、琵琶湖ダンジョンでは独立した存在として誕生しているみたいですけれどね。ももたんに憑依出来るのは、彼女が生まれもっていた特殊能力、といったところでしょうか」
柚花の一番の疑問、何故桃子に憑依出来たのか。その答えはどうやら、今のりりたんの説明通りなのだろう。
桃子は、自分が人魚姫の正体だと考えていた。だからこそ、琵琶湖の人魚姫は、桃子と身体を共有する能力を持ち生まれて来た。
なんだか非常にややこしく、そんなことあるのかと不思議に思う複雑な話であるが、重要なのは結果である。事実として桃子は人魚姫と身体を共有出来たのだから、そこを否定しても仕方がない。
「ちなみに、人魚姫が随分と……その、先輩とかけ離れた性格だったんですが、それは?」
「【隠遁】のせいですね。琵琶湖の事件の際、ももたんも精力的に人魚姫役を頑張ってはいましたが、関わった人間たちの記憶に残ったのはももたんの破壊行為と、一緒にいたヘノさんの口調だけでしたから」
「ああ、そう言われるとまさにそうですね。ヘノさんを更に大味にしたような子でした」
人魚姫は、桃子と一心同体――にしては、あまりに性格がかけ離れていたのだが、その理由も合点がいった。
あの人格は桃子ではなく、ヘノなのだ。人魚姫と会話を交わした探索者たちは【隠遁】によって桃子の言葉自体は忘れてしまう。けれど、桃子と共にいたヘノの声ははっきりと記憶していたのだろう。
ヘノの物言いは、お世辞にも優しさを感じられるものではない。その上であの数々の破壊劇が駄目押しとなり、人魚姫のイメージが固定されていったのだろう。結果として、ヘノを更に破壊魔にしたような姫が誕生してしまったのだ。
まさに悲劇、いや、喜劇だろうか。流石の柚花も、判断に困る。
「テストなんてなければ、私も最初から最後までその光景を眺めていたのですけれど、実に口惜しいですね」
「……まあ、次の土日もありますし、その時に覗いてみるといいですよ」
「日曜日は、私もうどんを食べに行きたいのですよ。香川と尾道、どちらをターゲットにするか悩ましいところですね」
「ああ、うどんフェスには興味津々なんですね」
ティタニアの敬愛する先代女王は、テストで微妙な点数をとり、休日にはうどんフェスに興味を持っている。
こんな俗物的になってしまった母を見て、ティタニアはどう思うのだろうか、と柚花は疑問に思うが、口にしないでおくことにするのだった。