ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
6月最後の土曜日、尾道ダンジョン第三層『瀬戸幻海』。
探索者たちのスタート地点である小さめな島の裏手に、隠れ家のように存在する小さな浜辺にはこの日、桃子とヘノが訪れていた。
「ヘノちゃん、どうかな? 新しい水着、似合ってる? あっ、パレオの下は見ないでね」
他には誰の気配もない砂浜で、桃子はさっそく平日の内に購入しておいた水着姿をヘノに披露する。
キャミソールタイプのセパレート水着の上と、下半身にはそれに近しいデザインのスカート型のロングパレオ。あくまで水着として揃えたものだけれど、パッと見では上下を白で揃えた夏の涼し気スカートコーデに見えるかもしれない。この上に麦わら帽子と、夏向きのサンダルでも履いていれば完全に夏を満喫するためのファッションだ。
桃子がくるりとその場で回ると、ふわりと腰から垂らしたパレオが広がった。
なお、街を歩いていてもおかしくないファッションではあるものの、人魚となって海を泳ぐ都合上パレオの下は何も穿いてないので、桃子がこの服装で街を歩くことはない。
「似合ってるぞ。やっぱり。桃子は。白い布が似合うな」
「そういえば、砂漠ポンチョもヘノグライダーも、どちらとも白い布だもんね。布っていうか、一反木綿だけど」
「白い布は。ヘノともお揃いだな」
「あ、それは嬉しい!」
新調した白い水着のトップスと、白く長いパレオ。
あくまで前の水着が破れてしまったのでその代わりに購入しただけのものだけれど、なんだかんだで、新しい水着で浜辺を歩くというのは新鮮な気持ちになれる。
パレオの下がスースーするのは少々気にならないと言えば嘘になるが、これも人魚の身体になってしまえば気にならなくなるので問題ない。
ヘノの言う通りで、桃子がダンジョンにて白い布を羽織るのは、この水着が初めてのことではない。
鳥取、砂丘ダンジョンのサハラ砂漠を渡るために製作した真っ白い布を被る形状の砂漠ポンチョは、その後に訪れた上高地ダンジョンでもお世話になっている。砂漠ポンチョという名称だけれど、防寒着としてもなかなかに優秀なのだ。
そして更には、ヘノグライダー――いわゆる、空の妖精の羽織る白い羽衣とされている巨大な布もまた、真っ白い布である。
真っ白い布ばかり着用しているのは主に一反木綿的な事情によるものなのだが、今となっては「白い布」もまた、桃子の冒険の日々を表すキーワードの一つと言えるのかもしれない。
「ところで。どうするんだ? 桃子がそのまま海に入れば。人魚姫になるのか?」
「さすがに、私が水に濡れたら変身するとか、そういうものじゃないとは思うけど……」
「まあいいか。とりあえず。水に入ってみるか」
「なんだか、ヘノちゃんと二人で海水浴に来られる日が来るなんて、不思議な感じだなあ」
荷物は砂浜の端に隠すように置いて、桃子は波打ち際を歩く。
季節は6月でまだ海水浴には早いかもしれないが、ひんやりした海水が素足に心地よい。
この日、ここを訪れているのは桃子だけだ。先週は柚花とニムもいたのだが、柚花はこの日、ギルドと魔法協会からの依頼で香川ダンジョンへと向かわねばならないのだ。
なので、柚花はいない。また、飛行機で香川県まで移動しているはずの柚花が香川ダンジョンに現れ次第、パートナーであるニムも柚花の元に飛んでいくつもりらしく、先週と違いニムの同行も得られていなかった。
なので、今ここに居るのは桃子とヘノの二人きりだ。
桃子とヘノは様々な場所を冒険してきた。森の中。草の中。水の中。土の中。雲の中。更には砂漠や雪の中もあるが、しかし海に来るのはこの瀬戸幻海が初めてだ。
ヘノと二人きりで浜辺を歩く日が来るなどと考えたこともなかったので、ダンジョンの中の海とはいえ、こうしてヘノと浜辺を歩いているこの状況がとても不思議に思えた。
「海水浴って。ヘノも知ってるぞ。みんなで。魚を食べるやつだな」
「かなり近いけど、かなり違うねえ」
ダンジョンの風の妖精であるヘノが「海水浴」を知らないのは仕方がない。
だがしかし「みんなで魚を食べる」という誤った知識はいったいどこから得たものなのだろうか。謎は深まるばかりである。
(……母様。私が、入っても。いいのか?)
「あ、ヒメちゃんの声! うん、おいで、おいでー」
しばらくヘノと二人で砂浜の波打ち際を歩いて波の感触を楽しんでいると、ふと。桃子の脳裏に、一人の少女の声が届いた。
それは間違いなく、魔法生物の一人である人魚姫の声である。が、なんとも奇妙なことに、その声は桃子の声と全く同じものだった。
先週、人魚姫から話を聞かされて桃子も驚いたのだが、琵琶湖の人魚姫という存在は誕生したその日から桃子とそっくりの姿をしていたらしい。
そもそも人魚姫の誕生は、りりたんからの依頼で「桃子自身が人魚姫になった」ことがきっかけだった。
その結果、実際に誕生した人魚姫は、まるで桃子の複製のような存在となったのだ。
異なるのは、目つきに口元の牙、肌の色と、胸のサイズくらいだろうか。また、性格も実際の桃子とはかけ離れている。
これは、琵琶湖ダンジョンの人魚姫に対して多くの人々の抱いたイメージが反映された結果なのだろう。どうしてこうなった、というような部分も少なくはないのだが、結果としてそうイメージされているのだから仕方がない。
「人魚姫のやつ。やっと来たのか」
(……いま。母様に、乗り移る)
桃子にだけ聞こえる声で、人魚姫が合図を送る。
すると、桃子の身体を保護するかのように、桃子のものと似て非なる魔力が発生し、桃子をゆっくりと包み込んで行く。
そして、光を発しながら、その魔力は桃子の身体に吸い込まれていき。
「凄いな。相変わらず。桃子はあっという間に変身するんだな」
ヘノがこの変身を見るのは二度目となるが、やはり風の妖精から見ても不思議な光景である。ヘノは感心したように、桃子が変身するその様を斜め上の空中から眺めている。
魔力を吸い込み終えた桃子の姿は、直前までとは大きく変わっていた。
肌は日焼けしたような小麦色。口元には牙のように尖った犬歯が見え隠れし、桃子と同じ顔をしている筈だというのにその視線は鋭く、戦士の瞳になっている。
そして何より、パレオの下から伸びた両脚がなくなり、そこには銀色の鱗を持ち、ギラギラと太陽の光を反射する、大きな魚の尾がついていた。
サカモトあたりがこの光景を見たのならば、変身ヒロインは実在したのだと、感動の涙を流したことだろう。
これが、人魚姫の憑依だ。今の身体は桃子の肉体でありながらも、人魚姫であるヒメの身体でもあるのだ。
「……母様。ヘノ。おまたせ」
「うん、いらっしゃい。今日も私の身体をよろしくね、ヒメちゃん」
「相変わらず。一人二役で。見てて愉快だな」
「私とヒメちゃん、合わせて桃魚姫だね!」
「……そうか。今の私は、桃魚姫か」
人魚の身体になった桃子は、人魚姫ことヒメと身体の持ち主である桃子、その二つの人格が同居した状態だ。
ヒメが話すときは表情が乏しく、冷たく殺伐とした空気すら感じる佇まいとなる。桃子が話すときは逆に、表情がころころ変わり、ふにゃりとした雰囲気が表に現れる。
二人合わせて「桃魚姫」というのはたったいま桃子が命名した名称だが、その桃魚姫は発言のたびに人格が切り替わる。それはもはや一種の曲芸染みた変化であり、ヘノはその不思議なやり取りを興味深げに、まじまじと眺めているのだった。
なんにせよ、これで海に潜る準備は万全だ。
今回は人魚姫の力によって、桃子は水中呼吸の魔法を必要としていない。なのでヘノは桃子から離れても構わない筈なのだが、あくまで定位置として、桃子の水着の胸元に身を隠す。
ヒメの身体つきになっている桃子には立派な胸がついているため、ヘノがフィットするための出っ張りにも困らない。なので、今回は海藻パッドの出番はなさそうだ。
ヘノが胸元に入り込んだのを確認すると、桃子は――いや、ヒメは迷いなく海へと頭から潜っていく。海中での身体操作は、桃子はヒメに一任していた。
ザブリと水へと潜ると、自然に水中から酸素を取り入れる身体へと変化していく。ヒメには首元に小さな溝にも見えるエラがあり、その器官を利用して水中での自然な呼吸を可能としていた。
人魚化すると水中呼吸の魔法のようにわざわざ口から大量の水を飲み込む必要がなくなるというのは、桃子にとって一番の恩恵かもしれない。
揺らめく海藻たち。不思議な形のサンゴたち。群れをつくり泳ぎまわる魚たち。ヒメに殴られ一瞬で消滅する魔物たち。
しばらく海の景色を堪能しながら進んで行くと、こちらの気配に気づいたのか、遥か先から一人の人魚が真っすぐに桃子たちの元へと泳いでくるのが見える。
青い髪の女性の上半身を持つ人魚の魔法生物。その能力から名付けられた名は、セイレーン。彼女はヒメの周りをぐるりと回るように泳いだ後、小麦色の肌をしたヒメへと甘えるように抱き着いた。
セイレーンの方が体格は大きなはずなのだが、子供のように甘えるセイレーンと、クールで動じない人魚姫の組合せというのはなかなか様になる。
「ヒメ! ヒメ! アイタカッタワ!」
「……今日は。母様が、遊びに来ると。約束してたからな」
セイレーンに抱きしめられているヒメは、まるでこの日訪れたのは桃子の意思に従っただけだとでも言うような言葉を吐く。
が、セイレーンのハグに対し己からそっとハグを返しているところを見るに、人魚姫としてもこのセイレーンに会いに来るのはやぶさかでなかったようだ。
これには、同じ身体の中からセイレーンとヒメのやり取りを眺めていた桃子もにっこりだ。
周囲には海の魚たちが泳ぎ、自分たち以外には人間はいない。
ダンジョンの外の世界に出れば、今はまだ天候の不安定な梅雨と呼ばれる季節だけれど、梅雨の存在しないダンジョン内の海は、実にのどかで麗らかな空間だった。
「モモコ、ヘノ。フタリモ、アリガトウ」
「ううん、いいのいいの。私もさ、セイレーンさんがヒメちゃんと一緒に遊ぶの眺めてるだけで、なんか嬉しいから」
そして、満足いくまでヒメ分を摂取したセイレーンは、今更ながらに桃子とヘノにも声をかけてくる。
尤も、桃子はヒメと一つの身体を共有しているので、ヒメの顔を見つめながら桃子に話しかける、という奇妙な状況ではあるが。
「おい。セイレーン。お前。この海のことは詳しいんだろ。何か。持ち帰れそうな食べ物はないのか」
「ヘノちゃん、いきなりぶっこむね」
「ウン! タベモノ、シッテルワ、ツイテキテ?」
ヒメの胸元からひょこりと顔を出したヘノの姿を、ジッと間近で眺めていたセイレーンだけれど、小さな妖精が「食べ物」を要求した途端、何かしら合点がいったようで、さっそく海の中を進んで行く。
さすがは、古くから人々が幾度となく夢想してきた人魚である。大きな尾びれを揺らしながら水の中を進んで行く姿は、まるで絵画のように美しく見えた。
澄んだ水の中。
セイレーンが桃子たちを案内したのは、海底に鎮座する岩礁である。
ゴツゴツとした大きな岩だ。海底の泥を浴び、その表面に藻や海藻が大量に付着している岩は、既にその本来の色も分からないような状態である。
そして、セイレーンはその岩の一つを指さして、桃子たちを振り返って見せる。
「コレ、コレ、タベルノ」
「おい。セイレーン。これは。岩だろ」
「……セイレーン。これは、岩だ」
「セイレーンちゃん、これは岩だよね?」
セイレーンの指さすそれは、どう見ても岩だった。
ヘノも、桃子も。そして人魚のヒメですら、口を揃えて「これは岩」だと指摘をする。
まさか、セイレーンがいくら人間と違う存在だからといって、岩を食べるというわけではないはずだ。きっと、何かの間違いだろうと桃子は考える。
そして、それは実際に何かの間違いだったようだ。
「チガウ! ミテテネ? ン……ッショ」
全員に「岩」呼ばわりされてもセイレーンは慌てない。どうやら、岩扱いされるであろうことは、初めから予想はしていたようだ。
しかしそのままセイレーンは、岩の一か所に指を立て、その部分を力任せに引きはがす。
華奢な女性の姿をとるセイレーンと言えども、立派な魔法生物だ。いや、それどころか胸には強大な魔力を内包する紅色の魔石が埋まっており、並の魔法生物を凌駕する魔力を保有している。素の腕力だけでも、人間とは比較にはならない。
セイレーンが岩を掴んで力むと、その部位がベキリと剥がれ落ちる。
「岩が。剥がれたな。なんだこれ」
「……セイレーン。この岩、食べるのか」
「チガウチガウ! コレ、カイナノ。ヒライテ、タベルノ。ミテテネ?」
サイズにして食パン一枚分くらいの大きさの、岩の一部にしか見えないもの。
やや細長い楕円の形状をしたそれを、セイレーンはヒメたちが見やすいように手で掲げて見せる。ヘノとヒメ、そしてヒメの中からそれを見ている桃子は、興味津々にセイレーンの動きを注視していた。
そして次の瞬間。セイレーンはその岩を、力任せにこじ開けた。
「え、もしかしてこれ……岩牡蠣?! うわ、すごい、全く気付かなかった!」
そう。桃子の言う通りである。
手のひらより大きく、ゴツゴツとしたそれは、岩ではなく二枚貝だったのだ。
セイレーンが力を込めて殻をこじ開けると、中にはふっくらとした白い貝の実が現れる。それはまさに、「海のミルク」として知られる、栄養豊富な食材、牡蠣だった。
桃子もあくまで知識としてだけれど、牡蠣の種類の一つに岩牡蠣というものがあることは知っていた。そしてそれが、素人目には海底の岩と殆ど区別がつかない存在である、ということも。
まさに今、目の前でセイレーンが見せてくれているものこそが、その岩牡蠣ならぬ「ダンジョン岩牡蠣」だ。
「本当だ。これ。岩じゃなくて。貝だったのか」
「……深潭宮では。見たこと、ない」
岩牡蠣というものをそもそも知らなかったヘノとヒメには、岩が貝に化けたように見えたのかもしれない。
殻の間から現れた肉厚な貝の実をセイレーンがつまんで引き剥がすのを、まじまじと眺めている。ナイフなどを使用せず、力任せにはぎ取っているので貝の至る所が潰れてしまっているが、それもまたワイルドな野性味だろう。
セイレーンはそのつまんだ牡蠣を、そのまま桃子の――いや、ヒメの口元に寄せる。
「コレ、タベルノ。ハイ、アーン」
「……あーん」
ヒメは、セイレーンに誘導されるがままに口を開き、生の牡蠣をその場で頬張る。
この身体は桃子の身体だが、桃子の精神が「食べよう食べよう」と乗り気なので、ヒメも遠慮せずに食べてみることにした。
初めて食べるダンジョン岩牡蠣は、琵琶湖ダンジョンで食べる貝と比べても、非常に濃厚で、コクのある貝だった。
「……むぐむぐ。うまい」
「ヘノモ。アーン」
「むぐむぐ。うまい」
ヒメに続いて、セイレーンはヘノにも同じように牡蠣の実を差し出す。
最初はそれをジっと見つめたあと、ヘノはぱくりと貝の実に噛みついた。
実はヘノは貝を生で食べるのは初めてのことだったが、その小さな頬っぺたを膨らませて口いっぱいで牡蠣を味わっている。どうやら悪くはないようだ。
「むぐむぐ。岩を壊せば。今の貝が出てくるんだな」
「エ……チ、チガ……」
「……むぐむぐ。もっと岩を、壊そう」
「エ……チ、チガ……」
桃子やセイレーンが止める間もなく、海底の岩がへばりついた岩牡蠣もろとも砕け散るまで、あと3秒のことだった。
【りりたんの朗読チャンネル】
おはようございます、こんばんは、りりたんです。
今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。
モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。
本日は、こちらの本。『海のあやかし』という、子供向けの怪談話を朗読していきますね。
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――最後に、漁師は言いました。「あやかしのあとは、熱いお茶が怖い」。
ふふふ。なんだか最後はどこかで聞いた別なお話のようになってしまいましたが、愉快なお話でしたね。
あやかしとは、今の怪談話にもあるように、海の妖怪や怪異の総称です。
ただ、鳥山石燕という江戸時代の浮世絵師が『あやかし』として巨大な海蛇の絵を描いているため、以降は巨大な海蛇の妖怪を『あやかし』と呼ぶこともあるようですね。
なお、本来的にはその巨大な海蛇は『イクチ』という、巨大でぬらついた海蛇の妖怪のことだと言われておりますよ。
一つの姿で、二つの名前。愉快ですね。
西洋では、セイレーンなどはその逆パターンですね。
もともとはハーピーのように鳥と女性の身体の魔物でしたが、中世以降では人魚の姿で描かれることが多い魔物ですよ。一つの名前に、二つの姿です。
あやかしとセイレーン。
ふふふ。奇しくも、ちょうど今週は尾道ダンジョン周りの話題でその名を聞く機会が多いようですね。
尾道ダンジョンの特殊個体『あやかし』は、最後は神弓士と呼ばれる凄腕の探索者の一撃によって屠られたと言いますね。
今はその方はお弟子さんを育てているのでしたか。果物の名前の女の子だったと思いますが……ふふふ、これは今は関係ないお話ですね。
二つの名前。二つの姿。
ダンジョンに現れた『あやかし』も『セイレーン』も。
もしかしたら、人々が気づかないだけで、或いはもしかしたら本人すら知らないような、不思議な二面性を持つ魔物だったのかもしれません。でも、両方を足してから割れば、ちょうど良さそうですね。
ふう、朗読をしたら唐突にうどんを食べたくなってしまいました。
え? 太る?
いえ、りりたんまだ若いので、夜中のうどんくらいは後からリカバリできるのですよ。羨ましいですか? ふふふ。