ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

314 / 624
人魚の罪と狸の成長

「そういえば。今日は。人間の探索者は。船を漕いでないんだな」

 

 太陽は南の空を過ぎ、少しずつ西へと寄り始めているが、夕方にはまだまだ遠い昼下がりの瀬戸幻海で。

 ふと、ヘノが呟いた。

 

「そうなの? まあ、第三層ってそもそもそんなに簡単に来られる場所じゃないし……この前の眠りの呪いのことが影響してるのかな」

 

 瀬戸幻海の海に浮き出ている岩礁の上で寛ぎながら、ヘノの呟きに反応したのは桃子だ。

 潮の香りが染み付いた岩礁の上で、桃子はヘノ、セイレーンとともに横になり、日差しを浴びていた。

 水中を泳ぐときはヒメこと人魚姫に身体の主導権の大半は渡しているけれど、今のように水の外で過ごす時間には桃子が主導権を任されている。

 

 ヘノの呟きは、人間の探索者についてのものだった。

 妖精の国からここへとやってくる道のりで、第二層で幾人かの探索者の姿を見かけたのは間違いない。

 けれど言われてみれば、この日は瀬戸幻海で探索者の姿を見ていない。

 

 尤も、桃子たちは殆ど海の中で過ごしているため、人間がいたとしても出会うことなどまずないのだ。なので、桃子にはいまひとつ先週との違いが判別出来ない。

 しかし、感知能力に長けたヘノが「人間がいない」と言うのならば、それは間違いのない事実なのだろう。

 この日、人間の探索者はこの海に出ていないようだ。

 

「ニンゲン、コノマエカラ、キテナイノ」

 

「やっぱり、未知の魔物を……まあセイレーンさんのことだけど、それを警戒してるのかな……」

 

「カワリニ。オトヲタテテ。ヘンナムシ。トンデルワ」

 

「変な虫……?」

 

 どうやらセイレーンから見ても、人間は少なくなっているのは事実であるようだ。

 人間が来ていない。そしてその代わりというと語弊があるかもしれないが、ここ最近は変な虫が飛んでいるのだという。

 桃子は周囲をぐるりと見回してみるが、少なくともこの岩の上から眺めたところで、流石にそう都合よく変な虫とやらを見つけることは出来なかった。

 

「変な虫って。なんだろうな。スカイフィッシュだったら。厄介だぞ」

 

「さすがに違うとは思うけど……なんか、気になるね」

 

 ヘノの言うスカイフィッシュとは、上高地ダンジョンに生息する原生生物だ。空の中を目にも止まらぬ速度で飛び回る、エビっぽい何かである。桃子は一度、そのスカイフィッシュの群れと激突し、一瞬で意識を刈り取られたことがある。

 桃子はその時のことを思い出すたびに、恥ずかしいやら、申し訳ないやら、複雑な感情が込み上げてくる。

 

「うーん、虫かあ」

 

 虫。カブトムシ。クワガタムシ。桃子はセイレーンが見たという虫について考える。

 海だからフナムシかとも思ったが、あれは空を飛べない筈だ。

 桃子の知らない虫かもしれない。ここはダンジョンなのだから、小さな虫のような魔物がいたとしてもおかしくはない。

 

 なお、実際にはセイレーンが見たものは虫ではなく、探索者たちが調査のために飛ばしているドローンカメラだ。そして、セイレーンがそれを見つけているということは、ドローンカメラもセイレーンの姿を捉えているということだ。

 桃子がその事に、この時点で気づいていれば――。

 この先訪れる未来の出来事は変わっていたかもしれない。

 

 

「わかんないや。探索者さんが今日はここに居ないことと関係してるのかどうかもわからないね」

 

「ニンゲン、ワカラナイ。キットワタシ、ウラマレテル」

 

「うん……そう、かもしれないね」

 

 

 

 決して目をそらしてはいけない事実が一つある。

 

 

 

 セイレーンは、魔物ではない。人間を襲う意志もなければ、会話を成り立たせる理性もある。

 けれど、彼女は既に『呪いの歌』によって人に害を為しているのだ。

 

 いくら本人にそのつもりがなかったとしても、いくら本人が孤独の中で無意識に歌ってしまったというだけだとしても。彼女が多くの人たちを「呪いの歌声」で眠らせてしまった事実は変わりない。そして、今もなお呪いで眠り続けている人がいるという話を、桃子も聞いている。

 その部分だけにスポットを当てるならば、間違いなくセイレーンは探索者たちにとって「敵」なのだ。人間を危機へと陥れる力を持つ、非常に危険な存在であることに間違いないのだ。

 

 実はすでに魔法協会やギルドのツテである程度の情報を流し、尾道ダンジョンギルドが早まった判断をしないよう牽制はしている。

 もしかしたら、この日も探索者が訪れていないのは、それが影響してのことかもしれない。こうして探索者とセイレーンが近づくことさえなければ、少なくともこれ以上の被害は発生しない。

 

 探索者が訪れなくなっているのは、一時的なものなのだろう。けれど、桃子はこの状況に安堵を覚えている。

 互いに近づくことさえなければ。これ以上の遺恨は生まれないのだ。

 

 

(眠っている人たちが、私と同じようにセイレーンさんの記憶を見て眠りについてるなら。その人たちはセイレーンさんが悪じゃないってことを知ってるはずなんだ)

 

 

 桃子は考える。

 

 セイレーンの呪いから目覚めるための薬は、桃子が知らない間にも、薬草の妖精ルイと緑葉の妖精リフィが主体となり製作してくれていた。

 彼女らにしてみれば、テーマを決めて薬草を作るという遊びの一環だったようだけれど、その恩恵は人間にとってとても大きい。

 

 最後の調整を終えたその薬は、今頃は香川ダンジョンを訪れている柚花の手に渡っている筈だ。柚花個人が尾道ダンジョンに対する影響力を持たずとも、柚花のバックには魔法協会がついている。

 魔法協会から支給されたアイテムという形ならば、出所不明な薬草のお香も信頼はされるはずだ。恐らくは、今日のうちにでも呪いで眠り続ける探索者たちの元へと届くことだろう。

 

 せめてそれまでは、何事もなく時間が過ぎてほしい、と。桃子は誰にともなく、祈りを捧げた。

 

 

 

 

 桃子がそのような思考に意識を飛ばしている間、身体の主導権はヒメが担っていた。しかし、桃子とヒメはいま、同じ身体に入っている存在だ。桃子が思考していることは、漠然とではあるものの、ヒメにも伝わっている。

 セイレーンの罪。人間との壁。それは、これから先もセイレーンがこの世界で生きて行くのならば、決して無視してはいけないことだと、ヒメも思う。

 ヒメはだから、刺すような無表情で、セイレーンを真っ直ぐにみつめた。

 

「……セイレーン。私は、お前のことが。心配」

 

「ヒメ……?」

 

「……人間は。呪いの歌を、歌ったセイレーンを。恨んでいる筈だから」

 

「ソレハ……」

 

 それは――。

 セイレーンは、言い訳を口にしようとして、やめた。

 セイレーンは、悪意を持って歌ったわけではない。ただただ、どうしようもない悲しみを声に載せていただけである。

 だからと言って、人間を呪ってしまったという事実は、消えることはないだろう。今も、どこかの誰かは。セイレーンに向けて、憎しみを向けているはずなのだ。

 

 悪いのは、自分の歌だ。けれど、自分は歌っただけなのに。なにもしていないのに、最初に武器を向けてきたのは――。

 セイレーンの脳裏に、悲しみが込み上げる。どうしようもない孤独感が込み上げる。そして、覚えのないはずの、多くの探索者たちの怒号が聞こえる。己を貫く、魔力を帯びた矢の記憶が浮かぶ。

 

 しかし、その永遠に沈んでしまいそうになる感情は、己の手を握るヒメの温もりで、霧散していく。

 今のセイレーンには、ヒメがいる。それだけで、悲しさも、孤独感もなくなる。強くあれる。

 

「……母様。どうにか、ならないか」

 

 セイレーンの葛藤をよそに。ヒメもまた、同胞の身を案じていた。

 身を案じて、でも、自分には殴ることしか出来ない。これはきっと、殴って解決できる問題ではない。

 ヒメは、人魚姫は。だから、誰よりも信頼できる、母を頼る。

 

「うん、実は考えてることがあるんだけど、聞いてくれる?」

 

 そして母はやはり、セイレーンを救う手立てを考えてくれていた。

 

 

 

 

「イキタイ! ヒメトイッショ! スキ!」

 

 桃子の考えていること。

 それは先日柚花とも話した内容なのだが、セイレーンも琵琶湖ダンジョンでヒメたちと共に暮らせないか、という提案だった。

 そしてその案には、当然のようにセイレーンが諸手を挙げて賛成している。

 

「うん、任せて! ……って言いたいとこだけど、すぐには難しいんだ」

 

「ガーン……」

 

 オノマトペを口で言いながらショックを受ける人魚というのを、桃子は生まれて初めてみた。

 

「でも、信頼できる、物知りの知り合いがいるからさ。今度、手立てがないか聞いてくるよ」

 

「……セイレーン。それまで、我慢してくれ」

 

「ワカッタ、ガマン、ガマン」

 

 ティタニアに相談したときは、ティタニアも一緒に考えてくれはしたものの、残念ながらいいアイデアが誕生することはなかった。転移の魔法を使っても、桃子の持つ魔石で転移できるのは遠野ダンジョンであって、琵琶湖ではない。

 けれど、ならば頼るべきはそのティタニアの母である、深海の魔女様だ。彼女は、ティタニアよりも遥かに高度な転移魔法を使いこなしていたはずだ。

 柚花伝いのやり取りだったが、彼女も二人目の人魚姫には興味があるようで、近いうちに様子を見に来てくれるつもりだという。

 

 人魚姫の願いを叶えるのが魔女の仕事だというのならば、セイレーンと言う人魚の願いだって叶えてくれてもいいだろう。

 物語の人魚姫は願いがかなったことで不幸になってしまう運命だったけれど、あの深海の魔女がわざわざ魔法生物を不幸な目に遭わせるということは無いと、桃子は考える。

 

 なんにせよ、また改めて。

 彼女が来たときにまた、詳しく作戦を考えていかねばならないなと。桃子は深海の魔女、りりたんの姿を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ってなわけで、今日は人魚になって色々泳いでたんだよ。はい、ポンコちゃんにもお土産の貝をあげるね」

 

「うわ、師匠、随分たくさん拾ってきたっすね。これ、全部ポンが貰っちゃっていいんすか?」

 

 休日の桃子は忙しい。

 日の出ているうちは尾道ダンジョン第三層『瀬戸幻海』にてセイレーンと大海原で遊び回り、日が暮れてからは妖精の国に戻ってポンコのカレーうどんの試食会だ。

 桃子の目の前には、うどん職人の師匠たちと同様の調理衣装を身に付けた化け狸少女ポンコが、大量の貝の入ったクーラーボックスをみて目を丸くしていた。

 

「あれから。桃子が知らない貝も。沢山あったから。手当たり次第。集めてきたんだ」

 

「中にはダンジョン特有の貝もあるかもしれないけど、大体は人間の師匠たちに聞けば食べ方を知ってるだろうから、聞いてみてね」

 

「ほえー。じゃあ、これはうどんの師匠たちにでも食べ方を聞いてみるっすよ。感謝っす!」

 

 ボックスには海水が満たされており、その中には最初に桃子が瀬戸幻海を訪れた日に壷焼きにして食べたサザエにはじまり、海底の岩から剥ぎ取った岩牡蠣、そしてしじみやあさりに似た、何となく食べられそうな貝が大量に沈められていた。

 強い毒性を持つ貝も含まれていたようだが、そのような貝は薬草の妖精ルイが全て楽しげに回収していったので、少なくともいまこの中に入っている貝は食べても問題ない貝なはずだ。

 この大量の貝も、桃子に渡してしまえばその大半がカレーの材料と化してしまうのだろうが、調理師である師匠たちに囲まれているポンコならば、また新しい食べ方を模索してくれるに違いない。

 

「よし。じゃあポンコちゃん、さっそくカレーうどんの調理を開始しよう!」

 

「はいっす!」

 

 ポンコはいよいよ6月末の『うどん大会フェス祭り』を明日に控えており、いまから彼女が作るカレーうどんは本番同様のものである。

 桃子としては今さらポンコのカレーうどんにあれこれ言うつもりもないし、そもそもこのタイミングで何かしら指摘されたとて、いくらなんでも今からレシピを見直す余裕などないだろう。

 が、これはポンコの気持ちの問題らしい。

 

 ポンコが持ってきたカレー汁の基礎となる材料は、化け狸の里の沼に生息する魚だ。桃子と初めて出会ったとき、何もわからないままに雑に煮込まれていた、あの魚だ。

 あの時は、桃子の助力があってそこからそれなりのカレーうどんを作ることが出来たけれど、ポンコは明日のうどん大会にて、それを自力で完成させようとしている。

 以前、長崎の事件のさなかにも一度だけ桃子に振る舞ったことのあるカレーうどんだけれど、これから製作するのはそれを更に磨き上げ、ポンコなりに高めていったものだ。

 

 ポンコはすでに、うどん四天王でもあるマグマ、えあろ、氷河、田中の四人の師匠から、大会に出場するための合格点は貰っている。

 だからもう一人、最初に手を差し伸べてくれた師匠である桃子にも合格点を貰いたい。そして、最初に力になってくれた恩人である桃子に、自分の成長をみて貰いたい。そう願う。

 

 その気持ちが、この試食会である。

 

 

「美味しくなれ、美味しくなれっ、ポンがお魚を美味しく調理するっすよ!」

 

 前はただただ煮込んでいただけの魚を、今では正確な知識を下敷きにして、丁寧に処理していく。

 泥臭さの原因のぬめりは、しっかりと取り除く。一方で、内臓は処理するものの、そのすべてを捨てはしない。内臓の持つ渋味や苦味を残すために、慎重に、丁寧に、使用する部分を選別していく。

 

 ポンコは、たったの半年で大きく成長した。

 

 桃子は、調理をするポンコの後ろ姿を見つめているだけだ。

 趣味でカレーを作っているだけの桃子と違い、ポンコにとってのうどんは母の思い出の料理であり、師匠たちとの絆であり、いまやポンコの人生の目標そのものだ。

 技量もまだ、拙いところがある。料理への知識も、未だ勉強の最中だろう。けれど、料理に向き合うものとしての心構えは、すでにポンコは桃子を越えているだろう。

 

 過去に手を差しのべた少女の成長に、桃子はにっこり笑顔を浮かべながら。

 調理部屋に立つポンコの背中を見つめているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【尾道ダンジョン専用 雑談スレ】

 

 

:なんか、たった一週間できな臭いことになってるな。

 

:まとめ。ドローンが撮影した青い髪の人魚は、尾道ダンジョンギルドは準特殊個体「セイレーン」と命名。昏睡している被害者の端末記録からセイレーンの歌声と思しき波長が残されており、それが呪いのトリガーになったと考えられる。ただし、現状は接触も討伐も一時的に禁止されている。

 

:情報通ニキ乙

 

:ダンジョン庁とか魔法協会からストップがかかってるんでしたっけ?

 

:魔法協会なら解呪できる人間もいるだろうから対処のために動いてくれるみたいなんだけど、腰を上げるのが遅すぎる

 

:そうなんだよね。どうやら、意識不明になってる探索者たちがちょっとヤバいっていう話だね。心拍数がどんどん低下してってるとかいう噂。

 

:あくまで噂だろ

 

:神弓士もその場に居合わせて昏睡してるって聞いた……

 

:あやかしを討った英雄が同じ海でセイレーンに呪われたのか。皮肉やね。

 

:俺も何回か助けてもらったよ。あの人、海中の魔物も射ることが出来るから一緒の船に乗ってるだけで本当に心強かったんだ。

 

:弟子の女の子いたろ、ちょっと不良っぽい感じの

 師匠がやられちゃってどうするんだろうな

 

:暗い話は苦手なんで、話を変えてもいーい?

 

:許す!

 

:第二層の渓流でガチの幽霊を見たかもしれない。女の子の幽霊。

 

:(それは暗い話じゃないのか?)

 

:誰もいないのに渓流の水がバシャバシャ弾けててさ。よーく集中して見てみたらねー

 

:見てみたら?

 

:緑の人魂を肩に乗せた、白い布を巻いた女の子が、水遊びしてた。

 

:人魂って肩に乗るのか

 

:なんか、可愛らしいじゃん。それ本当に幽霊なのか?

 

:お彼岸もお盆もまだ先なのに、時季外れの幽霊もいたもんだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。