ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「そういえば桃子。気のせいかもしれないけどな」
「ん、どうしたの? ヘノちゃん、改まって」
ポンコは桃子や師匠たちのように【カレー製作】や【うどん製作】のような裏技を使えない。
なので、彼女の料理はきちんと1から10まで時間をかけて作ることになり、その間は桃子たちは待ち時間が続く。
そのなかで、ヘノがふと、思い出したことを話し始めた。
「せいれーんのやつ。胸についてた石の色。前と。ちょっと違ってた気がするぞ」
「え、そうなの? 胸の石って、あやかしの紅珠だよね……?」
セイレーンは世にも珍しい、特殊個体である『あやかし』という強大な魔物の力の結晶たる赤い魔石を核にして生まれた魔法生物だ。
彼女の胸元には、まるで宝石を身体に埋め込んでいるかのように、その紅珠が一体化していた。
セイレーンの、生まれたその瞬間から保持していた、同族を求めるほどの強い自我も。ただ歌うだけで広範囲の人間を無力化してしまう強大過ぎる力も。全てはその『あやかし』の力をまるごと受け継いだことに起因するのだろう。
しかし、ヘノは、その胸に埋まっていた紅珠の色に変化があったのではないか、と言う。
残念ながら、桃子はそこまで前回の色を覚えておらず、更には今日も別段彼女の胸元に注視していないため、違いに気づくことはなかった。
感知に秀でたヘノのことなので、もしかしたら無意識的に色以外にも何かしらの違いを感じ取っていたのかもしれないが、しかし桃子にはわからないことだ。果たしてどうだったかなと、首をかしげるばかりである。
「まあ。気のせいだと。思うけどな」
「うーん、気になるけど――」
しかし、桃子がなにか言おうとした言葉は、すぐに元気な化け狸少女の声と、カレーうどんの芳醇な香りにかき消される。
「出来たっすよー。桃子師匠のアドバイスの通り、カレールーを別な会社の……ええと、なんだったっけ……とにかく、教えて貰ったやつに変えて、最後にがらむまさらを加えたんすよ!」
「うわ、美味しそう! 本当に、お店のカレーうどんみたいだよ?」
「たぬき。お前。随分とカレーうどんが。上達したな」
器は、大会でも使用予定の小さな紙製の器だ。うどん大会フェス祭りでは、様々な店のうどんを食べ回るため、一杯あたりの分量は少なく提供されている。
しかし小さい器ながらも、見映えからして、いつかの素人まるだしのカレーうどんではない。ほどよく艶のあるうどんと、それを浸すカレーは食欲をそそる芳香を醸し出している。丁寧に切られた小ねぎと、そして事前に準備していた乾燥キノコがうどんの上にきちんと添えられている。
それは、仮に店で出されてもなにも不思議ではない、見事な出来映えだった。
「うわ、いい匂い。じゃあ、いただきまーす!」
そのカレーうどんは、狸の里の沼でとれる魚を煮込んだ出汁がベースになっており、意図的に内臓のえぐ味や渋みを仄かに残した、ワイルドな味わいだ。しかし、それでいて決して雑ではなく、味の調和がとれている。
最初に桃子とポンコ二人で作ったカレーうどんがここまで進化したのだなと、桃子は感動せずにはいられない。
桃子はそれを、あっという間に完食して。
口許にカレーうどんの汁をつけたまま。満面の笑みで、ポンコに「合格」を言い渡すのだった。
「キューン……そのセイレーンさんっていう人は、父ちゃんも母ちゃんもいないんすねえ」
「うん、妖精のみんなと同じように、ダンジョン内で自然発生した生物……ってことになるのかな? 私もよくは分からないんだけどね」
ポンコが少し多めに作ったカレー汁は、その後多くの妖精たちが我も我もと飲みにやってきて、10分もせずに鍋は空になってしまった。
お腹を膨らせて満足したヘノは桃子のリュックをベッドにして眠っている。少し経てばまた起きて夜の畑のパトロールに出るだろうから、今はゆっくり寝させてあげることにした。
「ポンは生まれたときから父ちゃんがいて、母ちゃんがいて、爺ちゃんも、里の友達もいたっすから。一人きりなんて想像つかないっすよ。なんか、可哀想っすね……」
「ああ、そっか。化け狸は妖精とは違って、何もないところから生まれるんじゃなくて、ちゃんとご両親の愛の結晶として生まれるんだもんね」
二人で並んで調理器具類を洗いながら、桃子は尾道ダンジョンでの出来事をポンコにせがまれるままに聞かせていた。
ポンコが特に興味を持っていたのは、うどんでもカレーでもなく、桃子たちが新たに出会ったセイレーンという魔法生物の話である。
古くから脈々と続いてきた化け狸という一族にて、父と母の愛の結晶として生まれてきたポンコにとっては、どうやら生まれたばかりの魔法生物というものは気になる存在のようだ。
ポンコは、生まれてから孤独な日々を過ごしていたというセイレーンの話に同情してしまったのか、しょんぼりとその可愛らしい眉毛を下げる。
しかし、それにしても。
ヘノたちは、妖精のような魔法生物は一人で生まれるのが普通で、別段そこで仲間を求めることはないと言っていたけれど。
里の仲間とともに暮らす化け狸の例を考えると、一言で「魔法生物」と言ってもそこには様々な形態が存在するのだなあと、桃子は改めて不思議に思う。
「そういうわけで、ごめんね。明日はちょっと、ポンコちゃんの応援には行けないかもしれないんだ」
そして、ポンコに謝罪をする。
明日はポンコにとっては二度目のうどん大会フェス祭りだ。ある意味、ポンコの半年間の修行の成果が客の反応として表れる、まさに勝負の一日である。
ただ、桃子は尾道ダンジョンに行かねばならず、ポンコの応援に行くのは難しいと言わざるを得ない。
一通り洗い終わった鍋や調理器具についた水をふきんで軽くふき取り、最後に桃子とポンコは自分の手を洗って作業は終了だ。寝ているヘノを起こすのは可哀想なので、そのまま調理部屋の椅子に座って話し込む。
「桃子師匠は今ここで、しっかりと応援してくれてるから大丈夫っす、ポンはそれだけで十分頑張れるっすよ! ポンの分まで、セイレーンさんを元気にしてあげてくださいっす!」
「ん、ありがとうね。でも、その代わりと言ってはなんだけど、明日は柚花がおうどん食べに来るはずだからさ。是非とも美味しいのを食べさせてあげてね」
「もちろんっすよ! 柚花さんは大切な友達っすから、しっかり満足してもらいたいっすねえ」
桃子はポンコにとってはカレーの師匠である。マグマ、えあろ、氷河、田中という四天王たちも、ポンコのうどんの師匠だ。そして、師匠と弟子の間にはどうしても上下関係というものが存在してしまうものだ。
なので、もしかしたら柚花はポンコにとっては初めての、互いの関係性に何の隔たりもない人間の友達なのかもしれない。
師匠というポジションが嫌だというわけではないけれど、「友達」という関係性はちょっとだけ羨ましいなと。桃子はポンコの横顔を見つめて、心のなかでしんみりと思うのだった。
「でも、師匠は行く先々で危険な目に遭う人だから、ポンは心配っすよ」
「うーん、自分から進んで危険に飛び込んでるつもりはないんだけどねえ」
ヘノがまだ起きそうにないので、ちょうど調理部屋に置いたままになっていた瓶入りの乾燥食材をポンコと二人で咀嚼しながら、会話は続く。
この食材は、ヘノが気の向くままに様々な食材を乾燥させてまわったものだ。今ではヘノの得意料理ともいえるドライデーツにはじまり、様々な果物を乾燥させたドライフルーツたち。或いは、貝や魚を少し炙ってから味付けをして乾燥させた、特製の手作り珍味たち。
お酒が好きな探索者であるオウカや、常にお酒を飲んでいる妖精のクルラならば、これらの乾燥食材を酒のつまみにして楽しむのだろうが、酒が飲めない桃子はそのような楽しみ方はできない。
ただただドライフルーツや珍味を味わいながら、ゆったりと話に興じるだけである。
「……ねえ師匠。もし師匠になにかあったら、ポンは命がけで助けにいくっすからね」
上空の景色が星空となった妖精の花畑を眺めながら、ポンコがぽそりとつぶやいた。
「えっ、いや、命がけは駄目だよ? ポンコちゃんになにかあったら、それこそ色んな人が泣いちゃうんだから」
「でもね、ポンにとってはね? 師匠はそれだけ大切な人で、それだけの大きな恩があるんすよ。弟子って、そういうものだと思うっす」
普段はもっと元気で子供っぽいやり取りばかりしているポンコだけれど、この時のポンコは、少しだけ普段より大人に見えた。
ポンコは桃子のことを師匠と定めているけれど、しかし桃子はポンコにそこまで大したことを教えた覚えはない。
ただし、それでも。
桃子があの日出会わなければ、一人きりのポンコに手を差し伸べなければ、うどんやカレーについてポンコに教えなければ、共にクヌギを救うために行動しなければ。その場合は、今のポンコがいなかったのもまた、事実だろう。
うどん職人の道どころか、ポンコは何も出来ないまま、多くの大切なものを失っていたに違いない。
だから、それだけの恩義があるから。ポンコは弟子として、桃子の為に命を賭けられるのだ。
その言葉を受けて、桃子は少し考える。もし、桃子の師匠である親方が、どこかのダンジョンで命の危機に瀕していたとしたならば。
桃子は間違いなく、己の危険を顧みずに親方の元へと駆け付けるだろう。それはきっと、親方が桃子の第二の家族で、人生の先生で、大切な人だからだ。返しきれない恩義があり、その恩義はこれからもっと増えていく予定だからだ。
なるほど確かに、弟子は師の為に命を賭けられるものかもしれないと、桃子も納得せざるを得ない。
とはいえ、やはり桃子としてはポンコに自分のため危険な道など歩んでほしくはないのも事実。むしろ、漫画やアニメなら師匠が弟子を守って死んじゃう話が多いよね、などと見当違いな考えすら過る。
親の心子知らずとは言うけれど。互いの気持ちというものは、理解し合うのが難しいものだ。
しかし、確実に言える事としては。
どちらも、命をかける事態になどならないに限る、ということだろう。
「じゃあ、私は師匠として、ポンコちゃんのためにも無事に帰ってこないとね。帰ってきたら、カレーうどんを一緒に作ろうね」
「そうっすよ。師匠は呑気にカレーを作ってるのが一番っすよ。セイレーンさんにも師匠のカレーを食べさせてあげて欲しいっす」
カレーという単語に、反射的に眠っているはずのヘノが身じろぎする。
そろそろヘノも短い仮眠を終えて、起きてくる頃だろう。ポンコと桃子の二人が纏っていたシリアスな空気は、むにゃむにゃ言うヘノの寝言と共に大気中に蕩けていく。
シリアスが去った後に残るのは、カレーの話とうどんの話ばかりだ。
「うん。でも、どうなんだろうね。人魚ってカレー食べられるのかな? 貝なんかは海中で丸かじりだったけど……」
「そういえばそうっすね。水の中じゃ、カレーうどんも食べられないっすね」
「うーん、麺だけなら水中にも持ち込めるけど、うどんのお汁は無理だよね?」
しかし、いつもならば愉快なカレーとうどんの話題だけれど、二人とも難問に衝突してしまった。シリアスはまだ消え去ってはいなかった。
ポンコと桃子の二人は、うむむと真面目な顔で悩み始める。
「水中でも食べられるカレーうどんっすか。ヤバいっすよ、師匠。これ……とんでもない難問っすよ」
「これは、とんでもない難問だね……」
この、とんでもない難問が。
目覚めたヘノの「浜辺で。食べればいいだろ」という真理をつくツッコミで解決するまで、あと3分。
【尾道ダンジョン とある弓使いの手記より抜粋】
6月22日(土)
今日、先生は他の探索者の護衛として瀬戸幻海へと出向いていた。素材収集の仕事の護衛だそうだ。
さすがは神弓士さまだ。相変わらず、アタシと違って人望があり余っている。色んなパーティから引っ張りだこだ。
第一層で、日課のコウモリ魔物の討伐20匹完了。放った矢は22本。2発も外してしまった。先生の弟子としては恥ずかしいことだ。
追記:もう夜なのに先生からの連絡がなくて心配だ。
6月23日(日)
先生に何かあったらしい。
ギルドの職員に呼び出されて、病院まで直行した。
ベッドに眠る先生を見た。外傷などはないのに、アタシが何度呼び掛けても先生は返事をしてくれない。
何があった。何があった。何があった。
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6月27日(木)
まだ先生は目を覚まさない。病院の医者も、治癒の魔法士も首を横に振る。
これは、呪いというものだそうだ。瀬戸幻海で前から報告があった新種の魔物の仕業か?
呪いなら、その魔物を倒せば解呪できるはずだが、アタシがダンジョンに潜ろうとするが、ギルドの人に止められた。
アタシは先生を助けたいだけなのに、どうして行かせてくれないんだ。
6月28日(金)
学校はさぼった。まだ一学期だ、出席日数なんかどうとでもなる。昨年の留年ではぶん殴られたけど、その先生は昏睡状態だから文句も言われない。
ギルドには情報が集まっていた。魔物の正体は人魚。歌で敵を惑わす魔物で、セイレーンと名付けられたらしい。
先生の容態は悪化している。敵が海にいて近づけないなら、神弓士の弟子であるアタシがやるしかない。
6月29日(土)
魔法協会が送ってくれたお香は、残念ながら効かなかった。先生の容態は少しは良くなったらしいけれど、危険なことには変わりない。先生の両親と初めて顔を合わせたのが救急治療室だなんて、やめてよ。本当に。
もう、魔法協会を待ってはいられない。
先生、ごめんなさい、先生のパスを勝手に使ってます。ギルドのドローンカメラの情報がアタシの端末にも届くように細工をしました。
それと、先生の弓をお借りします。アタシがセイレーンを討伐し、先生を助けます。
身の程知らずと言われても、弟子を破門されても構わない。いま、先生を救えるならなんだってやってやる。
だから、起きて、いつものように「真っ直ぐに生きろ、檸檬」と叱りつけてください。