ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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うどん大会フェス祭り ふたたび

「お爺ちゃん、お久しぶりです。今日はたくさん食べましょうね!」

 

 

 

 桃子がポンコのカレーうどんを試食した翌日の日曜日。

 香川ダンジョンでは6月の『うどん大会フェス祭り』が開催されていた。

 第二層である闘技場の武舞台にはいくつものテントが並んでおり、腕に覚えのある探索者――いや、うどん職人たちが己の自慢のうどんを人々に振る舞っている。

 そんな闘技場の周囲を囲む観客席の一角にて。とある着流し姿の老人がうどん店のテント屋根を見下ろしていた。

 老人の口には葉巻が咥えられている。これは地上で市販されている葉巻ではなく、とある薬草の妖精によって作られた、瘴気に侵された肺を癒す効能を持つ特製の薬草タバコである。

 

 その老人に声をかけたのは、背中まで伸びる黒髪の左右に、ポイントでクリップリボンをつけている美少女だ。

 腰につけた革ベルトの左右には二本一対の双剣を佩いており、彼女もまた探索者であることが窺える。

 また、その胸元からは、蒼い光を纏う小さな水の妖精が、不安げな顔つきでちょこりと顔を出していた。

 

 つまりは、柚花とニムがうどんフェス会場で、化け狸の長へと声をかけたところである。

 

 

 

「た、狸さん、今日も、その服装なんですねぇ……」

 

「おう、柚花に水の妖精か。まあ、なんじゃ……お前さんがポンコに押し付けてきた今どきの雑誌とやらを参考に見させて貰ったんじゃがなあ、なんだかしっくり来なくてのう」

 

「まあ、無理強いはしませんよ。実際、着流しで葉巻を吸ってる姿が様になってて格好いいですしね。目立ちはしますけど」

 

「若い連中もお前の持ってきた雑誌を手に取っては、わしにもあれやこれやとようわからん服装ばかりを薦めてきよる。西洋の服装ってのは面倒臭くて敵わんよ」

 

 昨年末にこのフェスにて柚花が狸の長と初めて出会ったときも、長はこの着流し衣装だった。人間への変身は完璧だったというのに、服装が特異すぎて柚花には一目で化け狸だと見破られたのだ。

 あれから柚花もポンコたちとの交流が深まり、化ける際の資料として今時のファッション誌をいくつか提供したのだが、残念ながら長の好みではなかったようである。

 

 一方、化け狸の若い衆には、柚花の持ってきたファッション誌は好評なようだ。

 

 この観客席からポンコのカレーうどん店を見下ろすと、ポンコのサポートをしている狸の若い衆は、デニムをラフに着こなしたり、きっちりスーツで決めていたり、何故だか学生服を着ていたりと、人間に化ける上でも今時の服装を楽しんでいるようだ。

 あまりに店員の服装に統一性がなさすぎてポンコの店が悪目立ちしている気もするが、それで客の目を引けるならば、決して悪いことでもないだろう。

 

「まあ、また今度、もう少しフォーマルな服装が載ってる雑誌でも持ってきますよ」

 

「こ、こうして見ると……人間の皆さんは、毎日服を着るの、た、大変ですねぇ……」

 

「まったくだねぇ。毛皮がありゃいい狸は楽なもんじゃ」

 

 物心ついたときから毎日洋服を着ていた柚花としては、服を着ることそのものについてそこまで考えたことはない。

 なので、人間の服についてしみじみ呟く魔法生物たちの感覚が逆に斬新で面白くはあったが、いま話すべき用件はそこではない。

 

 

「まあ、服装の話はいいとして。実はですね、長に紹介したい子がいるんで連れてきちゃいました」

 

「のう柚花よ……紹介したい子とは、そちらの人間の娘の皮を被った化け物のこととは言うまいな。全く、お主らはやってくる度に厄介事を持ち込みよって」

 

「ふふふ。厄介事だなんて、酷い言いぐさではありませんか」

 

「よく言うわい。貴様のような化け物が出てくると知っておったら、今日は里で寝て過ごしたわい」

 

 ずっと眼下のテントを眺めたまま柚花と会話を続けていた狸の長だけれど、ここでようやく背後を振り返る。

 出来ることならばこのまま関わりたくなかったのだが、柚花が紹介すると言い出した手前、流石にこれ以上は無視も出来まい。

 長が腹を括って振り返ると、そこにいたのは深海のような瞳を持つ一人の少女である。間違いなく人間だが、しかしその奥底には、化け狸の長をも、更には妖精女王ティタニアをも凌駕する魔力の気配を感じる。

 

「そう言わないでください。私は化け狸の長とお話しするのが楽しみだったんですから。ああ、自己紹介が遅れましたが、私は先代の妖精女王ネーレイスと申します。人としては天海梨々。りりたんという名を持っておりますよ」

 

 それは、りりたん。

 柚花の後輩の一年生である天海梨々であり、各地のダンジョンで暗躍する深海の魔女であり、そして妖精の国の先代女王ネーレイスの転生体でもある少女だ。

 彼女は当然ながら学園の制服ではなく、しかしいつもの黒いドレス姿でもなかった。この日のりりたんは、丈夫な布地のワンピースに軽装のガード、そしてシンプルなデザインの魔法杖という、あくまで一般的な女性探索者に扮してこの香川ダンジョンを訪れていた。

 

「……で、先代女王とやらが、わしらに何用じゃ?」

 

「いえ。今日は一緒におうどんを食べて、仲良くなりたいだけですよ? その後は、人と狸で仲良く牛鬼のお話でもいたしましょうか」

 

「と、いうわけです。まあ先代女王とかなんとか言ってますけど、人間としては私の後輩なんで、気にしないでください! じゃ、うどん食べましょうよ」

 

「そ、そうですねぇ。う、うどんの香りが漂ってますし……い、行きませんかぁ……?」

 

 妖精の国の女王ティタニアとは友誼を結んだ化け狸たちではあるが、しかしその母、先代女王という存在は別だ。何を考えているかも分からず、そして明らかに異常な魔力を有するアンタッチャブルな存在。

 それを目の前にして、化け狸の里を護らねばならない立場である長に「警戒するな」というのが無理な注文ではあるが、しかし仲介役の柚花とニムの二人はあっけらかんとしたものだ。

 魔法生物同士のピリピリとした会話よりも、とにかくさっさとうどんを食べたいと顔に書いてある。

 これには、懐で術のための葉を握りしめていた狸の長も気が抜けてしまい、やれやれと集中していた魔力を霧散させる。

 

「全く。わしが突然出てきた化け物に戦慄しているというのに、お前らは、呑気じゃのう……」

 

「ふふふ。一緒に食事をとれば友達だと、誰かが仰っておりましたよ。いまは難しい話はやめて、さっそくおうどんを食べに下に降りましょう」

 

 このピリピリした空気を作り出した張本人であるりりたんまでもが、柚花たちに続いてのほほんとうどんテントの並ぶ武舞台へと降りていく。化け狸の長は小さくため息ひとつつくと、少女たちのあとに続いた。

 妖精の国の縁者は何を考えているかわからん、と。心の中で愚痴をこぼしながら。

 

 

 

 

「ポンのおうどんは、カレーうどんっす! どうぞ食べていってくださいっすよー!」

 

 

 

 

 四人の目的はうどん店であるが、やはり一番気になっていたのはもちろん、化け狸の少女ポンコのうどん店だ。

 

 とは言っても、もちろんポンコは化け狸という正体を明かしているわけではなく、あくまで探索者の少女という体での参加である。

 年齢的には探索者になる14歳にも満たない外見なので、頭からフードを被って幼い顔立ちを隠してはいる。

 しかしそれでも、声色やあらゆる言動が幼く、香川ダンジョンという場所柄もあり、見る人が見ればその正体も分かろうというものだ。

 

 尤も、このダンジョンの出口には化け狸についての記憶が曖昧になる術が施されている為、地上に出てしまえばポンコの記憶も曖昧なものとなるのだが。

 

 

 

 四人が店に入ったときは、ポンコは満面の笑みで迎えてくれた。

 

 他の客の手前、あくまで客の一人として対応されたけれど、祖父が客として訪れてきてくれたことが非常に嬉しかったのだろう。長のカレーうどんは明らかに他のものと違い、なみなみと注がれた大盛りだった。

 

 あくまでうどんを一杯食べるだけ。他の客も入る座席だから、長居はしない。

 柚花はカレーうどんを食べ終えると、ポンコに小さく手を振ってからカレーうどん屋のテントを出る。

 

「ふう……かなり美味しかったんじゃないですか? お孫さんのカレーうどん」

 

「まあ、さすがはわしの孫娘じゃな。あの麺をみたか? あれは既に一流の腕前じゃろう」

 

「こ、こっそり、妖精サイズの器も出してくれて、わ、私も食べられましたけど……カ、カレーにコクがありましたねぇ……?」

 

「ふふふ。長、着流しにカレーの汁が飛んでますよ」

 

「あー、カレーうどんあるあるですよね、それ」

 

 小さい器に一杯のうどんだ。たいした時間もかからず、各々がテントから出てくるとうどんの感想を話し合う。そこには、化け狸も、妖精女王もない。ただのうどんファンの姿がそこにあった。

 これこそが、このうどん大会フェス祭りの醍醐味であり、正しい姿であった。

 

「ふふふ。ポンコさんは、これから先まだまだ成長するでしょうね。妖精たちとポンコさんが友達になれたのは、非常に幸先が良いですね」

 

「……貴様、ポンコを利用する気ではあるまいな」

 

「いえ、ティタニアに頼りになる仲間が増えたことを喜んでいるのですよ。これからも、色々あるでしょうからね」

 

「ふん。全く、胡散臭いのう」

 

 しかし、目的であったポンコのカレーうどんを食べてしまえば、再びまたピリピリとした空気が戻りつつある。りりたんは相変わらず非常に胡散臭いし、狸の長はうどん一杯で警戒心を失うほど腑抜けてはいない。

 残念ながら、小さなカレーうどんの器一杯だけでは「一緒に食べればみんな友達」とはならなかったようだ。

 

 だが、一杯で駄目ならば、何杯も食べれば良いだけである。柚花は狸の長の腕をとり、行列の出来た中央部のテントへと引っ張っていく。

 

「ほら、お爺ちゃんもりりたんも。せっかくのうどんを食べたのにピリピリしないでくださいよ。私に免じて」

 

「ああこら、前も言ったがべたべたとくっつくでないわ。また妙な噂になるぞ」

 

「いいじゃないですか、どうせ単なる噂ですよ噂」

 

 柚花は、以前も長の毛皮に顔を埋めている姿を里の若い衆に目撃されており、「長の妾ではないか」という噂が流れている。

 もちろんそんな事実はないのだが、柚花はその噂があることを知っていて楽しんでいる節があるので、桃子などは呆れ顔だ。

 

「ふふふ。良かったではありませんか、ゆかたんは人間勢力における特殊個体と言うべき存在ですよ。狸の里の未来も安泰ですね」

 

「私、特殊個体なんですか?」

 

「ええ。ゆかたんと、あとももたんの同僚の方ですね。人間としてはおかしいスペックですし、貴女方を倒したら綺麗な魔石が出てくるかもしれません」

 

「魔石は出ないと思いますけど、良かったですねお爺ちゃん。私、凄いらしいですよ。噂に箔がつきますね」

 

「ええい、やめんか。ほれ、次の店にいくぞ」

 

 二人の少女のおふざけに呆れつつ。

 狸の長は、人間の少女二人に腕を引かれながら、中央部のテントへと歩いていく。もちろん、その姿はポンコの店を手伝っていた狸の里の若い男衆にも目撃されており、妾の噂は更に根強いものとなっていった。

 

 後日、狸の里では長に憧れる若い雄狸の数が劇的に増えるのだが、これはまた別な話である。

 

 

 

「ふふふ。さすがの私も、今日はうどんを食べすぎてしまいましたね」

 

「魔女さんも……た、沢山、食べてましたねぇ……」

 

 その後、うどん四天王の店を巡り、その他適当な店をいくつか巡ったら、さすがに柚花たちもお腹がいっぱいである。

 観客席へと登り、石の座席に腰を下ろしてしばしの休憩だ。

 

 柚花とりりたんはお腹がいっぱい。ニムもこっそり柚花のうどんを分けて貰っていたので、今は柚花の服のなかで一緒に休憩中だ。

 長はその正体が巨大な獣であるため、食べようと思えばまだまだお腹には入るが、もともとポンコの頑張る姿を眺めにきただけだ。わざわざ見も知らぬ人間のうどん店を巡るつもりはない。

 どちらかと言えば、食事を終えてからの、柚花を通じたギルドや魔法協会との意見交換こそが本番である。

 

「お爺ちゃん、うどんを通じて、人間と協力体制を強めるというのはどうですか?」

 

「そうじゃな。そう容易く人間に迎合する訳にはいかんが、うどんは認めんこともない」

 

「なんだかんだ言って、うどん四天王の店もまわって全部完食しちゃいましたしね」

 

 長が食べたうどんは五食のみ。ポンコのカレーうどんと、彼女の師匠であるうどん四天王の店で一食ずつだ。長にとっては、うどん目当てではなく、より近くでポンコの師匠とやらの姿を拝むのが目的だ。

 しかし、一通り見た現段階でなにも言わないところをみると、少なくともどの師匠も及第点は貰えたのだろう。

 

「ふん。そういえば、ポンコの師匠と言えばあの風の妖精つきの娘はどうした」

 

「あ、話を逸らしましたね」

 

 長が話を逸らすために持ち出した話題、風の妖精つきの娘。それはもちろん、風の妖精ヘノのパートナーである桃子のことだ。

 前回のうどん大会ではポンコの手伝いとして一緒にカレーうどんを作っていたのだが、今回はポンコの店は化け狸の若い衆が手伝っているため、桃子の出番はない。

 長は軽く周囲を見回すが、あの特徴的な魔力の持ち主はどうやらこの場には来ていないようだった。

 

「ふふふ、ももたんは今は尾道ダンジョンで生きたお魚を丸噛りしているところですよ」

 

「なんじゃ、ずいぶん奇っ怪なことをしておるな」

 

「りりたん、あなたリアルタイムでストーキング中だったんですね」

 

 ちょくちょく桃子の冒険を覗き見しているりりたんが言うには、どうやら自分達がうどんでお腹いっぱいになっているこの時間、桃子は生きた魚に噛りついているのだそうだ。

 りりたんの言葉に柚花は目を丸くするが、さすがに桃子が自主的にそんな真似をしているとは思えないので、おそらくは桃子ではなくヒメとしての食事風景のひとつなのだろう。

 水のなかに住まう人魚は、人間のように食材を焼いたり煮たりすることはない。もちろん海藻なども食べはするだろうが、基本的には魚介類を丸かじりらしい。

 

「先輩も人がいいですね、ホント。なにも食事まで人魚たちに合わせなくてもいいのに」

 

「ふふふ。でも意外と、ももたんも途中からはノリノリな感じでしたよ?」

 

「も、桃子さん……随分、ワイルドになっちゃったんですねぇ……」

 

 香川ダンジョンと尾道ダンジョン。日本地図でみれば目と鼻の先のような位置にあるダンジョンで。

 海のなかで魚を丸かじりしているであろう桃子へと、後輩たちは思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「桃子。随分。ワイルドになっちゃったな」

 

「うーん、ヒメちゃんの味覚だからかなあ。なんか、癖になる美味しさがあるね」

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