ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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のどかな時間と嵐の到来

「うわ、なんか……いきなり人間の足になると、歩くときに変な感じがするねえ」

 

 ここは桃子が拠点としている、瀬戸幻海の入り口の島の裏手にある、小さな砂浜だ。

 そのまっさらな砂浜には、たった今、新しい人間の足跡が刻まれているところだった。

 

 砂の上によたよたとふらついた足跡を残しているのは、小麦色の肌で、人魚姫のヒメを憑依させたままの桃子である。彼女の下半身はいま、魚の尾ではなく人間の両脚に変化していた。

 これは、人魚姫の特性の一つである。琵琶湖ダンジョンでの人魚姫は、魔女との取引を経て、人間の脚を得て陸上を歩けるようになったと伝えられている。その物語から生み出されたヒメもまた、人間形態へと変化することが可能だった。

 

「人魚姫。お前。人間の形にも。なれたんだな」

 

「……琵琶湖ダンジョンでも。上の階層を、歩いたりする」

 

「スゴイ! ヒメ、スゴイワ!」

 

 よたよた歩きの桃子の頭上を舞っているのは緑の光を纏う風の妖精ヘノ。

 そして、桃子の後ろからほふく前進のようにして砂浜をついてきているのはセイレーンだ。

 さすがにセイレーンは人間形態に化けるなどという器用なことは出来ないため、ズリズリと滑りながら、時にはビッタンビッタンと跳ねながらも、砂浜の上を進んでいる。その姿はさながらアザラシだ。

 

 ヘノに見守られ、セイレーンを率いて、桃子は人間の両脚でよたよたと、砂浜の端の草むらに隠してある自分のリュックへと向かって歩いていく。

 

「海から陸に上がるとさ、改めて感動しちゃうよね。これが人間の足かあ……って」

 

「桃子は。もとから人間だからな。忘れちゃ駄目だぞ」

 

 しばらく歩いていると、桃子もようやく19年以上共にしてきた人の両脚の感覚を取り戻してきたようで、歩き方も様になってきた。桃子がこのまま歩き方を忘れてしまうのではないかとヘノは心配していたのだが、杞憂で済んだようだ。

 

 

 今は、海中で食事を済ませたあとの休憩タイムだ。

 セイレーンやヒメは水中で休憩しても全く構わないのだが、桃子が個人的に端末で調べたいことがあるからと、この砂浜へと戻ってきたのだ。

 桃子はリュックから端末を取り出すと、手ごろな岩の段差を椅子にして腰を下ろす。

 腰を下ろした岩に桃子の髪から海水が垂れ落ち、サラサラの砂浜を湿らせる。

 

 

 

 桃子が端末をタップして何やら確認しているのを横目に、ヘノはちょこんと桃子の肩に乗る。

 今の桃子は人間の脚がついているが、肌の色は小麦色で、胸も膨らんでいる。肩の上から見える風景が普段とは微妙に違っていて面白い。

 

「なかなか。楽しい食べ方だったな。知ってるぞ。あれ。お刺身って言うんだろ」

 

「あはは、さっきのはただの生魚の丸噛りだから、お刺身とは言わないかな。ちゃんと包丁で切ったものがお刺身なの」

 

「でも。切るか切らないかなんて。口にいれたら。大差ないだろ」

 

「ええ……? まあ、たしかに、言われてみればそうかもね。でも、お刺身にしてはちょっと小骨とか内臓とかすごいかな」

 

「骨と内臓もくっついてて。普通より豪華な。お刺身なんじゃないか?」

 

「なるほどー」

 

 実は、先ほど海中で済ませた食事というのは、まさかの魚の丸噛りだった。

 というのも、そろそろ食事をとらないかという話題になったとき。驚くことに、セイレーンは器用に30センチほどの魚を素手で捕まえると、それにそのままかじりついたのである。

 更には、同じように魚を素手でとらえたヒメまでもがおもむろに魚に向けて口を開いたところで、同じ肉体を共有している桃子が慌ててそれにストップをかけた。

 第三者から見れば、一人で食べようとしながら自分で食べるのを拒否する不思議な光景になっていたことだろう。

 

 さすがに、現代日本で暮らしてきた桃子にとって、生きた魚を水中でとらえてそのまま噛りつくというのは想定もしていない食事だったのだ。

 例えば、それが岩牡蠣のような貝類ならばその場で食べることにもさほどの抵抗はない。しかし、その対象が30センチはある生きたままの魚となるとまた話が違う。

 

 だがしかし、憑依というのは不思議なものだ。

 いざ人魚姫の身体になったうえで改めて生魚を見てみると、それがなんだか美味しそうに見えてくるのだ。噛りつきたい欲求が生まれてくるのだ。

 心の中で、桃子は葛藤する。食べるべきか、拒否するべきか。平成生まれの文化的な現代人として育ってきた桃子にとっては、それは大きな問題であった。

 

 とはいえ。

 結果だけを述べると、桃子が葛藤している間にヒメが身体の主導権を握り、そのまま生きた魚に鋭い牙でガブリといってしまったため、葛藤もなにもないのだった。

 なお、生まれて初めて生きた魚を丸噛りした桃子の感想としては「なんだかワイルドで美味しい!」というポジティブな感想だったという。

 

 

 

「フワア……。ヘノ、ソロソロ、オヒルネ、シマショ?」

 

「あ、人魚でもそういう習慣はあるんだね」

 

「ふぁあ……。そういえば。眠くなってきたな」

 

 セイレーンはさすがに陸地の奥まではやってこなかった。

 先ほどは桃子の後をついて砂浜の上まで来ていたセイレーンだけれど、今はぎりぎり海水に尾が浸るほどの波打ち際で横になり、日光浴をしている。

 美しい女性の上半身に似合わず魚を丸かじりしていたセイレーンだが、どうやらおなかが膨れて睡魔が襲ってきたらしく、大きな欠伸が聞こえてくる。そういった部分は人間と大差ないのかもしれない。

 

 そして、セイレーンの眠気が伝染したか、ヘノも眠そうにひとつ欠伸をする。

 先ほどの食事では、さすがにヘノの身体では魚の丸かじりは出来なかったけれど、セイレーンやヒメが食べやすそうな魚の身の部分をはぎ取ってはヘノに分けてくれていた為、ヘノもお腹は膨れているはずだ。

 

 ヘノとセイレーンの二人がむにゃむにゃし始めると、桃子の中で静かにしていたヒメが表に出て桃子に声をかける。

 

「……母様。どうする? 寝るか?」

 

「ごめん、私は起きててもいいかな? 端末で確認したい情報があるんだよ」

 

「……そうか。わかった」

 

「あ、でもヒメちゃんはその間、寝てても構わないからね?」

 

「……わかった。じゃあ、眠ってみる」

 

 相変わらずの一人二役での相談が繰り広げられる。

 そして不思議な会話の結果として、桃子は起きて端末を確認し、ヒメは身体を桃子に任せて眠りにつくという器用な睡眠方法に決定した。

 

「ジャア、ヘノ。ワタシトイッショニ、ネマショ」

 

「せいれーん。お前。じめじめしてるから。寝心地悪いんだけどな。まあ。いいか」

 

「あはは、ヘノちゃん、気に入られちゃったね」

 

「ニムのほうが。人魚と。相性いいと。思うんだけどな」

 

 ヘノが桃子の傍らで寝ようとした所で、波打ち際で日光浴をしているセイレーンから誘いの声がかかる。

 水の中では、セイレーンにとっての一番が同胞のヒメであることは間違いないのだが、しかしともに行動している桃子とヘノもまた、彼女にとっては大切な仲間となっていた。

 セイレーンは「小さな妖精さん」を可愛らしいと感じる、人間に近い感性も持ち合わせているようで、やや過剰にヘノに構おうとするところがある。

 思えば、セイレーンは食事のとき、ヘノに魚の柔らかい肉の部分をひたすら与えていた気がする。もしかしたらあれは、セイレーンなりに子育てをしているような気持ちだったのかもしれない。

 

 日光に当たりながら横になるセイレーンに誘われたヘノは、渋々といった顔をしつつも、おとなしく彼女の傍へと飛んでいく。

 ヘノはどうやら、セイレーンのへそのあたりをベッドにすることに決めたようだ。

 砂浜に仰向けになって、空を眺めて目を閉じるセイレーンと、その腹部にちょこんと寝転がる風の妖精。セイレーンはくすぐったそうに小さく悶える。

 

 

「……セイレーンさん、友達が増えてよかったね」

 

 桃子はそんな魔法生物たちの姿を眺め、目を細めて小さく呟き。

 セイレーンたちが静かに寝息を立て始めるのを確認してから、自分も端末を操作するのだった。

 

 

 

 

 

【香川ダンジョン専用 雑談スレ】

 

:えあろが勝った! えあろが勝った!

 

:マグマの連勝阻止したのは紅一点だったか

 

:おめでとう

 

:結婚してください、年上が好みです

 

:俺も結婚してください、アラサー大好物です

 

:隠れえあろファンが続々と失礼な言葉でプロポーズしてて草

 

 

 

 

 

「わ、すごいすごい、えあろさん優勝したんだー」

 

 桃子が確認したかったもの。

 それはこの日、香川県のダンジョンで開催されていた『うどん大会フェス祭り』の結果である。

 残念ながら中継配信の類はなかったのだが、その代わりに掲示板のやり取りを覗いてみることにした。さすが、香川ダンジョンの雑談スレッドは、本日は『うどん大会フェス祭り』の話題で活気がある。

 

 そしてどうやら、すでに大会は終了し、優勝者も発表されたようだ。

 優勝者は風祭えあろ。うどん四天王の一人で、風属性の紅一点であり、そして桃子にとっては数少ない探索者の理解者の一人である。

 

 残念ながら、桃子に【隠遁】というスキルがある以上、もしかしたらえあろはもう桃子の詳細を思い出せはしないかもしれない。

 しかしそれでも、桃子にとってえあろは北海道カムイダンジョンの戦いで共闘した仲間であり、その後再び北海道を訪れた際には一つの部屋で夜中まで共に騒いだ友の一人である。

 連覇を逃したマグマには悪いが、彼女が優勝したというのは桃子にとっては嬉しいニュースだった。

 

「ヘノちゃんが風の魔力の運用とか教えてたし、それのお陰かなあ」

 

 二度目に北海道を訪れた際に、風属性の魔法使いであるえあろは、風の妖精ヘノから直々に風の操り方を教わっていた。

 専門的な話題だったので桃子には二人がどんな話をしていたのかは分からなかったが、ヘノの得意なつむじ風の魔法と、デーツやキノコを乾燥させる魔法についてあれやこれやとヘノがレクチャーしていたのを覚えている。

 そんなことを懐かしく思いながら、桃子は今もなおリアルタイムで書き込まれていく掲示板の書き込みに目を通していった。

 

 

 

 

 

:私はあのフード被った子のカレーうどん好きだったんだけどなあ

 

:あの子、えあろの弟子らしいで

 

:マジで、最高じゃん。田中にカップリング絵描いて貰わないと。

 

:地味な田中は今回も優勝逃したか。あいつ、いつも3位か4位だな。

 

:でも田中が冬に出した人魚姫×萌々子本、通販サイトのランキングで上半期の一位取ってたぞ

 

:さてはうどん職人より同人作家が本職だろ

 

 

 

 

 

「田中さん、そんなの描いてたんだ……」

 

 ポンコの話題が書き込まれて「おっ」となったのもつかの間、何故だか掲示板の話題はポンコのうどんの筆頭師匠である田中二郎の話題へと移り変わっていた。

 田中二郎。基本に忠実に製作する地道なうどんが売りの、地属性のうどん四天王。そして、美少女絵描き。

 彼がいわゆる同人活動なども行っていることは桃子も知識としては知っていたが、しかしまさかこんなところで『人魚姫』と『萌々子』の名が出てくるとは驚きである。名前の間にある『×』の意味はあまりよくわからないが、つまりはこの二人の組み合わせの漫画本ということなのだろう。

 それは是非とも見てみたいものである。機会があったら探してみようと、桃子は心に決めた。

 

 しかしスレッドの書き込み内容が、うどん大会から離れて田中の同人誌の話題にシフトしてしまったので、桃子は苦笑を浮かべつつも香川ダンジョンの雑談スレを閉じることにした。

 

 

 

「……あれ? 尾道ダンジョンの雑談スレも上がってきてる。って、なんかすごい勢いで書き込まれてない?」

 

 そして、掲示板のトップ画面に目をやると。

 そこには、今現在、桃子が訪れている尾道ダンジョンの雑談スレッドがトップへと上がってきているのを発見した。

 先日、柚花がここで情報収集として覗いていたスレッドだ。

 どうやら、該当のスレッドにはたった今も、リアルタイムで続々と書き込みが投下されているようだ。

 

 

 ぞくり、とした。

 

 それは、第六感と呼ぶべきものだろうか。

 嫌な予感が沸き立つ。

 

 つい今しがたまであった、香川ダンジョンの雑談スレッドでの楽しい気持ちは消え失せ、肌がピリピリするような、緊張感を覚える。

 

 

 桃子は、無意識に、唇をかみしめて。

 そのスレッドを選択し、書き込み内容を確認する。

 

 

 

 

 

【尾道ダンジョン専用 雑談スレ】

 

:ギルドがセイレーン討伐部隊についての通達

 

:現状どうなってるの? 情報通ニキいる?

 

:まとめ。魔法協会から支給された薬は容態は多少落ち着くものの目覚める気配なし。解呪を使える探索者でも呪いが強すぎてお手上げ。時間と共に呪いは強まってきているのが確認される。討伐部隊を組もうにも、あの広い海で歌を聞いたらアウトな敵を討伐する手立てを上層部で会議中。魔法協会からの横やりにはギルド長がブチ切れてテーブルを壊してしまいそれに副長がブチ切れ中。

 

:お前絶対ギルド職員だろ

 

:呪いって言っても寝てるだけなんじゃないの?

 

:生命維持装置に繋がれた奴らの前で同じこと言えるのか

 

:そしてつい先ほど、セイレーンが特殊個体として認定された、らしい。

 

:魔法協会のトップが来てくれりゃどうにかなるかもしれないが、急いでも数日はかかるってさ。

 

:呪いを解くのはセイレーン本体の討伐しか手立てが無いんじゃないかって状態だけど、現在は二次被害を警戒し第三層は出入り禁止。

 

:いまギルドのロビー。探索者と職員がもめにもめて警察がきた。

 

 

 

 

 

「そんな、嘘でしょ……」

 

 事態は、桃子の想像以上に悪い方向へと転がっていた。

 リフィとルイの作った薬は、残念ながら被害者たちを目覚めさせることが出来なかったようだ。彼女たちの知識と能力を知っている桃子はそれを信じたくはなかったが、しかし事実は受け止めなければならない。

 時間と共に強まる呪い。リフィたちが見逃していたとすれば、その可能性かもしれない。

 

 それでも。ティタニアやりりたんならば、特殊個体の呪いでも対処は可能だろう。桃子が頼めば、彼女たちは協力してくれるだろう。

 だが、現状でそのために動く猶予はどれほど残されているだろうか。

 

 そして。

 

 この一週間で、このダンジョンのギルドがセイレーンの正体までたどり着いていた。奇しくも柚花が便宜上つけた名前と同じものだが、それは彼女の性質を考えればそう名称づけられても不思議ではない。

 しかし、問題はそこではない。

 

 

 特殊個体として認定。

 

 セイレーンの討伐。

 

 

 

 視線の先で、ヘノとともに幸せそうな寝顔を見せている青髪の人魚。桃子の、新しい友達。

 彼女はこの日、人間の敵として、正式に認定されてしまった。

 人間たちが呪いを解く方法は、セイレーンを討伐すること。それしかない状況へと、人間側は追い詰められてしまった。

 

 静かだった浜辺に、風が吹く。その風は、先程よりも冷たく感じる。

 

 

 

 

 この海のどこかで。

 

 邪悪な海蛇の亡霊が、嗤って見ていることに。

 まだ誰も、気づけるものはいなかった。

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