ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
尾道ダンジョンには「神弓士」と呼ばれる、とあるベテラン探索者が在籍している。
彼は、この尾道ダンジョンにおいては多くの探索者たちから一目置かれている凄腕の弓使いである。
12年前、この地に現れた特殊個体「あやかし」。その巨大な海蛇とは、この地の多くの探索者たちが総力をあげて戦った。幾人もの探索者が傷を負い、そして冷たい海へと引きずり込まれ帰ってこられなかった者もいる。
その戦いの中で、あやかしに対し大きなダメージを与え続けてきたのがこの神弓士と呼ばれる探索者だ。
当時を知る者の証言によれば、最後にあやかしを消滅させたのは、神弓士の放った、絶大な魔力の込められた一矢だったと言う。
今や齢40を迎えなおその実力は衰えず、昨年は遠野ダンジョンにおける鵺の討伐メンバーに数えられていた。特定のパーティを持たず、分け隔てなく様々な探索者たちの後衛としてサポートし続けるその在り方は、今も多くの探索者たちから慕われている。
その神弓士は、あやかし討伐後。一人の少女の後見人となり、そして彼女を弟子として育成した。
弟子の名は、檸檬。
まだ学生の身でありながらも、艶やかな黒髪は半ばから金色へと染めあげられ、黒と金が混ざり合う独特の色合いのポニーテールとなっている。髪の間から見え隠れする耳には、自己主張のように幾つものピアスが飾られていた。
その外見からはアウトローなタイプに思われがちだが、実際に学生としてはその通りだった。留年を挟み今や高校生活も四年目と、教師たちの悩みの種だ。
しかし、弓使いとして積み重ねてきた努力と、己に手を差し伸べてくれた師への想いは、実に一途なものである。
今、彼女の手には、立派な魔石が嵌め込まれた一張の大弓が握られていた。
彼女は、檸檬は。今なおセイレーンの呪いにより生死の境を彷徨う師の大弓を無断で借り受け、一人、師の命を救うため死地へと向かっているところである。
「先生は、アタシが助けます……!」
第二層、尾道渓流洞。
檸檬が進むこの第二層は、生息している魔物の大半が水生の魔物だ。水辺に近付かない限りは、魔物の襲撃を受けることも滅多にありはしない。
だが、下層を目指すならば水辺は避けて通れず、必然的に魔物の襲撃も一度や二度では終わらない。
もしソロでこの階層を抜けようとした場合、よほどの才覚を持つ探索者か、或いは魔物からの攻撃を無力化できるスキルの持ち主でもない限りは、水生魔物相手に無傷で済むことはないだろう。
少なくとも、本来ならば弓使いが一人で挑む場所ではない。
『檸檬さん、許可できません! ギルドはまだ、第三層への侵入は禁止しています』
「悪ぃ、アタシ不良だからさ。大人の決めたルールを守って先生を見殺しにするくらいなら、ルール破っちゃうんだよね」
『……言いたいことはわかります、そこはギルドの非を認めざるを得ません。しかし、ソロで三層なんて危険です! その怪我も無視していいものではありません! せめて他のパーティと合流して――』
「そりゃないだろ。アタシが単独で戦った方がどうにか出来る可能性があるって、アンタもわかってんでしょ」
『それは……そうですが』
端末には、現在の第二層の最短ルートを示すマップが表示されている。
そしてその端末の画面端の小窓では、ギルドの職員との映像通話が繋げられていた。セイレーン討伐に動く他のパーティに隠れ、檸檬までもが単独行動で瀬戸幻海を目指していることが判明した為、彼女の担当である女性職員が説得の通話を試みたものである。
職員の見る通信映像では、檸檬はすでに幾度かの魔物の攻撃を回避できず、その身には決して軽いものではない怪我を負っている。
しかし檸檬は呼吸を荒くしつつも、その歩みを止めるつもりはない。
檸檬は、単独で尾道ダンジョンを進んでいる。
いくら人付き合いに難のある檸檬とはいえ、この状況ならば仲間を募れば賛同者がすぐに見つかっただろう。
けれど現実問題として、いま尾道ダンジョンに彼女のレベルに見合う仲間がいるかと言えば、否だった。むしろ、狙撃に特化した彼女のスキルを活かすには、単独行動こそが望ましいのも認めざるを得ない。
檸檬は、道のりで引き千切るように採取した薬草をまとめて口に放り込み、咀嚼する。刺激的なえぐ味が口内に広がり、つい顔をしかめるが、意思の力でその強烈な風味の塊を飲み込んだ。
『そんな薬草だけでは檸檬さんの身が持ちませんよ! 犬死にしたいんですか!』
「犬死にとか言わないでよ、アタシは猫派なんだ」
『そんな冗談を言っている場合では……』
まさに今、ギルドのドローンは、瀬戸幻海の入り口でもある島の裏手で眠りについているセイレーンの姿を捉えている。
魔法的なジャミングが為されているのか、画面はすぐにノイズがかかり、映像もほとんどが映らない。しかし、そこにセイレーンが隙を晒しているということだけは、間違いない。
これは、間違いなく。千載一遇のチャンスなのだ。
いま、特殊個体討伐の可能性のある探索者は、檸檬ただ一人だった。
特殊個体に感知されずにあの場所に辿り着けるだけの能力を持つのも、そして確実に傷を与えられるだけの力を持つのも、尾道ダンジョン最高戦力である神弓士が眠り続ける今では、その弟子たる彼女の他にはいないだろう。
しかし、ギルドの担当が把握している檸檬の性質が、この作戦の危険性を物語っている。
この弓使いの弟子は、自身が生きることに価値を感じていない。魔物との戦いの中に、死地を見出している。残念ながら、現代社会にはそぐわない気質なのだろう。
彼女は、唯一の師のためならば、そして己の定めた目的のためならば、いつ消えてもおかしくはない。そのような危うさがある。
『とにかくギルドは……私は、あなたの犠牲を望んではいません! お願いですから、立ち止まってください!』
「あーもう平行線! このチャンスを活かせんのは、現状アタシしかいないんでしょ? アタシなんぞの命ひとつで先生たちを救える可能性があんなら、ギャンブルとしては安いもんだろ!」
『檸檬さん! あなたの命だって決して――』
今日にも尽きそうな命が10。檸檬の命が1。
勝てば11の命が戻り、負ければ死者が1人増えるというだけの、ローリスク・ハイリターンの戦いだ。
檸檬は画面越しに啖呵を切ると、腰に掛けていた袋から耳栓と、そして特殊なダンジョン素材を使用した耳当てを装着する。
セイレーンの武器が歌だというのならば、その音を聞かなければ良い。物理的に耳を塞ぐというのは檸檬がとれる精いっぱいの対策だ。
それが果たしてセイレーンの歌に効果があるかどうかは分からないが、少なくとも端末から聞こえる職員の声はしっかりシャットダウン出来ているようだ。
金と黒の混じったポニーテールが、渓流の水しぶきに濡れ、首筋に張り付く。
顔にかかった水を振り払うように、無造作に腕で拭う。水と共に、赤い色が渓流に僅かに混ざる。
聴覚という五感の一つを封じてしまえば、渓流に潜む魔物との戦いはより不利なものになるだろう。が、しかし。それはもう問題ではない。
彼女の視線の先には既に、瀬戸幻海へと降りる階段が見えているのだから。
あとは、セイレーンを探し出し、師の弓で敵を射貫くだけだ。
檸檬の弓の腕前は師には遠く及ばない。しかし自慢ではないが、その攻撃能力だけならば生まれ持っていた優秀な素質もあり、この尾道ダンジョンに所属する探索者の中でも頭ひとつふたつ抜けた最上位に位置している。
もし、セイレーンが見た目通りに、人間並みの耐久力の魔物だったとするならば。檸檬の弓の威力なら、十二分に勝算はあるはずだ。
勝算。可能性。それは全て、あくまで希望的観測でしかない。
しかし、たとえそれが頼りない蜘蛛の糸だったとしても。
己より立派に生きてきたであろう大人たちに、失敗の、犬死にの可能性を論じられても。
檸檬にとって、そんなのは知ったことではない。
可能性がゼロでないなら、何としてでも、呪いの発生源である特殊個体の討伐を成功させる。
神弓士の弟子、檸檬は、ただ一人の師のため。
己の命の使い道を定め。煌々と、魂を燃やし、己の魔力を高めていく。
:緊急アラームきた
:なんだ、ギルドの乱闘でアラームなんてくるのか
:いや なんか騒ぎに乗じてセイレーン討伐に既に何人かが瀬戸幻海に向かっていったのが判明したって
:ギルド回線のドローンでセイレーンの現在位置が判明してるらしい
:なんで俺も呼んでくれなかったんだ
:二次被害が出るからだぞ
:ギルドに逆らってまで瀬戸幻海に向かっていく熱い輩は嫌いじゃないけど、勝算はあるのかよ
:潜っていったなかに、神弓士の弟子がいる
:あー
:あいつの狙撃なら、勝算はある・・・のか?
:頼むから魔物を倒してくれ。俺の弟がやられてるんだよ。母ちゃんがずっと泣いててもう見てられない。
:それは言っちゃ駄目だろ 自己責任で危機に陥っておいて、それを救うためにあの子を生け贄にするんじゃない
:まあ落ち着け
「これ、リアルタイムの書き込み……?」
桃子が端末をタップして画面を更新すると、更に見ている間にも書き込みが増えている。
セイレーン討伐。場所を特定。狙撃。
斜め読みをしても、少なくともそれが現状のセイレーンの安全を脅かしていることは理解できる。
そして、それと同時に。それが探索者たちにとっては一縷の望みであることも。
今の桃子はセイレーンの友人である。
この状況で、どちらが正しいかはわからないし、人としてどちらに賛同するべきかなどはすぐには考えられない。
「起きてヒメちゃん!」
ただ、友人をみすみす目の前で討伐されたくはないと、思う。
桃子は端末を放るように手放して、己の中で眠るヒメへと声をかけ、すぐさま立ち上がる。
悠長にヒメの応答を待っていられる状況ではない。ヒメの意識が覚醒するのを心で感じ、言葉を続ける。
「この場所、探索者に見つかってる! セイレーンさんが狙われてる!」
とにかく、セイレーンたちを起こすために声を上げる。
掲示板で名が上げられていた相手は弓使いだろう。ならば、どこからか離れた場所から狙いをつけるはずだ。
この砂浜は様々な場所からの死角になっている。しかしそれは逆に、この場所を狙える位置は限られているということだ。
桃子は周囲の景色を見渡し、そして一瞬。キラリとした光の反射が視界に入る。
この砂浜より、更に島の裏側へと向かった位置。海に向かい、切り立った崖のようになっている岸壁の上。
太陽の光を桃子へ向けて反射したのは、弓にはめ込まれた魔石だった。それに桃子が気づけたのは、全くの偶然だ。
崖の最前に陣どり、小さな砂浜を見下ろしている人影がある。
そこに立っていたのは、特殊個体「セイレーン」の命を狙う狙撃手だ。
金と黒の混ざったポニーテールが海の風に靡いているのが離れている桃子からも分かる。迷彩色をした装備の所々が赤黒く染まっているのが視認できる。あれが全て出血だとしたら、かなりの傷を負っているのかもしれない。
「……待って! セイレーンは魔物じゃないの! 敵じゃない! 話し合える! 呪いなら私が妖精の女王様たちに土下座してでも治して貰うから……!」
桃子はセイレーンを庇うように立ち、岬の高台に立つ弓使いの少女へと声を張り上げる。
しかし、その想いは狙撃手には伝わらない。
その射手は、真っすぐに、ぶれもせず。大弓を構えて、セイレーンへと狙いを定めている。
【隠遁】によって隠された桃子の声は、どれだけ必死に張り上げようとも、檸檬に届くことはない。必死にセイレーンを守ろうとする桃子の姿を、檸檬の瞳が認識することはない。
檸檬は、狙撃手はただ、隙を晒している特殊個体へ、魔力を宿した矢を向けて。
ギリギリと引いた弦から、その矢を放つ。
「……母様! 私が、やる!」
咄嗟にヒメが表に出て、肉体の主導権を握る。その両の拳に破壊の魔力を込める。
しかし、ヒメの拳は圧倒的にリーチは短く、遥か遠くに立つ狙撃手に届くことはない。相性は最悪だ。
そして、神弓士の弟子、檸檬の魔力を纏った矢が。
(セイレーンさん! ヘノちゃん!!)
砂浜に眠る、青髪の人魚に襲いかかる。
香川ダンジョンの闘技場では。
うどん大会の撤収作業をしていた探索者たちが、そして人間に混ざってその場にいた化け狸たちが、突如として重苦しい魔力に包まれて、場内は一時パニックに陥っていた。
『お母様、殺気を抑えて! ダメヨ!』
殺気の主は、りりたんだ。
化け狸の長、柚花、そしてりりたんの三者で、恐らく近く訪れるであろう牛鬼との決戦に向けての話し合いをしていた最中のことだ。
りりたんが突如として黙り込み、その身から殺気とも言える魔力を溢れさせたのだ。
とっさに臨戦態勢に入る化け狸の長と、母をどうにかしようと声をあげるルビィ。柚花の懐で恐怖のあまり水の魔力を漏らしてしまうニム。
そんな状況下で、りりたんの正気を取り戻させたのは、柚花だった。
「りりたん! りりたん! ……しっかりしなさい! 天海梨々っ!」
乾いた音が、りりたんの頬に弾ける。
柚花の平手打ちが、後輩である一年生の頬に炸裂した。
数秒ほど呆けると、りりたんは叩かれた頬に手を当て、呆けたままの表情で柚花を見上げる。
「今のはいたかった……。いたかったですよ、柚花さん」
「そりゃ、ビンタしましたから。冗談が言えるなら、もう大丈夫ですか?」
「ふふふ。私としたことが少々、取り乱してしまいましたね。申し訳ありません、狸の長。それに柚花さんにニムさん、ルビィも」
りりたんが微笑みを浮かべ謝罪すると共に、その空間に充満していた重苦しい魔力も霧散する。
闘技場にいた探索者たちはざわつき、周囲になにか未知の魔物がいるのではないかと慌ただしい様子になる。
化け狸の若い衆たちは術を行使するための緑の葉を構え、慌ててこの観客席へと駆けつけるが、狸の長にジェスチャーであしらわれていく。若い衆は解せぬような表情を見せつつも、長の指示に従い解散していく。
ポンコは闘技場から、涙目でりりたんと狸の長を見上げていた。
柚花の平手打ちで正気を取り戻したように見えるりりたんだが、しかし柚花は気づいている。
柚花を、「ゆかたん」とも「柚花先輩」とも呼ばない今のりりたんの言葉は、天海梨々の言葉ではない。今のは、先代女王ネーレイスの言葉だ。
恐らく、ダンジョンや魔法生物に関わることで、重大な何かが起きている。
「やれやれ。今ここで、狸と妖精の戦争が起きるかと思ったわい。して、何があった」
「いえ、なんでも……と、言いたいところですが――」
「先輩に、何かあったんですね?」
柚花が、真面目な顔で問いただす。
牛鬼の対策についての話は、このダンジョンや化け狸の里にとっては最重要事項だ。だが、そんな重要な話を進めながらもりりたんが他のなにかに気をとられるとしたら、桃子のストーキングに他ならないだろう。
柚花の鋭い指摘に、りりたんは否定もせず。ただ、目を閉じる。
おそらく、遠く尾道ダンジョンを覗き見ることに集中しているのだろう。その時間は数十秒――いや、数分にも及んだかもしれない。
「どうやら桃子さんも、人間たちも。そして私までもが、掌の上で踊らされていたようですね」
そして、ふう、と一息ついて目を開くと。
相変わらずの、何を考えているかわからない微笑みを浮かべて言葉を続ける。
「……まず、桃子さんは、大丈夫ですよ。無傷とは言いませんが、意外と元気です。ただ、間違いなく言えることが一つあります」
何よりも重要である桃子の無事が先に語られ、柚花の緊張は僅かながらも緩和する。
しかし、自分のいない場所での桃子の再びの緊急事態を予感した柚花は、態度こそ気丈に振る舞ってはいるものの、その唇を歪めている。その瞳の端が、悔しさからか、微かに潤む。
そんな柚花を見つめて。りりたんは静かに言葉を紡ぐ。
「現在、尾道ダンジョンにて、特殊個体『セイレーン』によるスタンピードが発生しようとしています」
柚花を見て、続ける。
「終息させるためには、特殊個体の討伐が必要となります」
それは、様々な悲劇が、歪められ、すれ違い。
そして引き起こされてしまった、残酷な未来である。
「あ、そうそう。りりたんが直々に出向いてどうにかしますから、ゆかたんは安心して待っていてくださいね? 下手にゆかたんが出向いたら、溺れちゃいますからね」
「……先輩を、お願いしますね」
「ふふふ。敬愛する先輩の頼みですから、後輩であるりりたんも尽力いたしますよ」