ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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 神弓士の弟子である檸檬は、既に射撃能力だけで言うならば一流だ。

 他のあらゆるものを捨てて、ただひたすらに師の教えに従い、魔物を射貫くことだけを続けてきたのだ。師匠譲りのスキル【鷹の眼】をはじめとした幾つもの狙撃スキルを会得している檸檬にとって、魔力とスキルによるサポートがあるならば、100メートル先で横たわっている獲物など外すことのほうが難しい標的だ。

 

「っ?! さては結界かなんかあんのかよ……!」

 

 しかし、渾身の一撃は、セイレーンの肢体に命中する直前、空中で弾け飛ぶ。

 何があったのか、分からない。確実に視えていたはずなのに、檸檬には矢が弾き飛ばされた経緯を「認識」出来ない。

 

「当たんないなら、結界が破れるまで撃てばいい!!」

 

 相手は認定されたばかりとはいえ、特殊個体とされる強大な魔物だ。檸檬とて、弓の一撃で容易く屠れるとは思ってはいない。結界か何かは分からないが、防御の手段くらいは用意されていて当たり前だろう。

 だが、檸檬は、ここに来るまでに既にかなりの血を流している。ギルドの担当には強がってしまったが、実際にこの傷は浅くないだろう。今も麻酔効果のある薬草を継続的に咀嚼しながら、無理をしているだけだ。

 時間をかけている暇はない。短期決戦で終わらせる。自分にはそれだけの力があると、師を救えるのだと、己を信じて矢をつがえる。

 

 弓に新たな矢をつがえ、一撃目以上の魔力を込めて、放つ。

 14歳から師の教えを受け5年の歳月が経った。5年。彼女が弟子入りしてからの期間は、ベテランからすれば短いものだろう。

 けれどその日々で、彼女は死と幾度も触れ合い、危うく二度と動けない身体になりかけることもあった。己の命を軽視するその在り方を巡り、師と大喧嘩をしたこともある。ダンジョンにかまけて学校を留年したときには、師に本気で殴られた。あまり思い出したくはない日々ばかりだが、しかしその積み重ねは彼女に間違いなく力を与えた。

 檸檬の放つ矢は、強大な魔物にも致命傷を与えるだけの力を持っていた。多少の結界など、破り貫くだけの威力を持っていた。

 

 更なる魔力を込めた次の矢ならば。強固な岩すら貫ける筈だ。しかし。

 弾かれる。何があったのか認識できない。

 

 右からの曲射。続いて左からの曲射。正面に何かあるならば、それを避ける軌道で貫けばいい。今の檸檬ならば、それを行うだけの技量はある。しかし。

 弾かれる。何があったのか認識できない。

 

 破れかぶれの連続射撃も、セイレーンの直前のなにもないはずの空間で、弾き飛ばされる。

 やはり、何があったのか認識できない。

 

「くッ……!! もしかして、あそこに別な何かがいんのかよ……?!」

 

 矢は、無限にあるわけではない。血液もまた、無限に流せるわけではない。このままでは戦う術を失ってしまう。自分の命くらい幾らでもチップにして賭けても構わない。けれど、だからと言って犬死には御免だ。

 ここまで来て何も出来ない。何も成せていない。胸に悔しさが込み上げようとするが、涙は狙撃の邪魔になる。心を無にし、己の感情を圧し殺す。狙撃手は、精密な機械でなければいけない。

 一度、射撃を止めた檸檬は、そこでふと思い至る。こんなとき、先生ならばどうするか。

 

 岸壁の上に、強い風が吹く。

 海風ごときで外すほど、矢に込められた魔力は弱くない。

 金色が半ば赤黒く染まったポニーテールが、強く風に吹かれて靡く。足元には、赤黒い水溜まりが出来ていた。

 

 空からは、陽の光が降り注ぐ。海は穏やかだ。

 檸檬とセイレーンを繋ぐ空間には、檸檬の射撃に込めた魔力の残滓が漂っている。

 

「見つけろ、見つけろ、見つけろアタシ……!」

 

 そこに「認識できない何か」があるのは間違いない。

 そして、そこに「認識できないものがあること」を認識したならば、それを見破るだけだ。

 まず、視ること。それが、彼女が師から学んだ弓使いの戦い方だ。

 

 檸檬はその眼で獲物を確実に捉えるためのスキル【鷹の眼】に魔力を集中する。

 認識できない標的を、認識するために。

 

 そして彼女は、更なる覚醒を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あの子、とんでもなく強い……!)

 

 それは、桃子の知るような矢ではない。桃子が常識としてイメージしていた「矢」というものは、これだけ距離が開いていれば少なからず山なりに飛ぶものである。と言うより、いくら射撃武器と言え、普通は100メートルはありそうな遠距離から狙撃を行える武器ではない。

 しかし、いま相対している狙撃手の放つ矢は、目にも止まらぬような速度を持ち、込められた魔力の尾を引きながらあたかも銃弾のように真っ直ぐこちらを射貫きにかかる。

 桃子はいつか、ヘノと共に見たことがある。深淵渓谷で鵺が討伐されたあの日、あの場に集っていた国内最高峰の弓使いたちはこのようなとてつもない威力の矢を放っていた。

 そしていま、セイレーンを狙っている狙撃手の少女は。間違いなく、その領域に踏み込んでいる。

 

 しかし。

 セイレーン目掛けて放たれる矢。その全てがヒメの拳で、あるいはそこから放たれる魔力の爆発によって弾き飛ばされていた。

 無呼吸のまま、ヒメは瞬き一つせず、集中を途切れさせる余裕もない。連続で撃ち出される流星のような矢を一つも漏らさず拳で殴り落とす、極限状態の戦いだ。

 

(ヒメちゃん……)

 

 素手で戦い続けるヒメの拳は無数の矢じりに切り裂かれ、赤い血が垂れ落ちている。この矢は、容易く魔法生物の身体を射貫く威力を持っている。桃子とヒメの膨大な魔力がかろうじて鎧となり、ギリギリで拳が貫かれるのを防いでいるに過ぎない。

 

 矢を迎撃する度に、ヒメの赤い血が飛沫となり海面に模様を描いていく。

 同じ身体を共有する桃子にも裂傷の痛みが伝わるが、しかしその痛覚はヒメが大部分を負担しているのだろう。桃子には見た目ほどに痛みはない。

 そして遠くに見える狙撃手もまた、満身創痍なのがこの距離からでもわかる。ヒメがあと少しでも耐えられれば、狙撃を続けることは不可能になるだろう。

 

 

 いま、状況を冷静に見渡せるのは、身体の内側からヒメを眺めている桃子だけだ。

 この攻防は、時間にして数分も続いていない。いや、もしかしたら1分にも満たないかもしれない。それほどに放たれた矢が疾く、それを迎撃するヒメの拳も常人には見えない速度のものだった。一瞬の攻防が、既に数十秒も続けられている状態だ。

 

(ヘノちゃん、お願い、起きて……!)

 

 この相手は、気配を消すスキルを所有している。桃子がその存在を発見できたのは、弓使いが来ていることを事前に掲示板で読み、知っていたからだ。

 少なくとも、魔法生物であるヒメはこの弓使いを直前まで感知できておらず、広範囲の感知を得意とするヘノが未だ眠っていることからしても間違いはない。

 とはいえ、この激しい攻防でのヒメの魔力に当てられ、ヘノとセイレーンはすぐにでも目を覚ますだろう。

 けれど、この弓使いは強い。

 ヘノが目覚めるまで、あと何秒かかるだろうか。一瞬の隙が命取りになるこの攻防では、ヘノの目覚めを待つための短い時間が、永遠にも思えた。

 

 

 

 しかし、ふと。強い海風が吹いた。

 それと同時に、熾烈だった矢の雨が、一時的に止まる。

 

「……母様。すまない、見つかった」

 

 短く、ヒメが呟く。

 桃子とヒメは肉体を共有している。だからこそ、ヒメの伝えたいことが桃子にも間違いなく伝わった。

 

 目が合う。

 崖の上で、血濡れになりながらも真っ直ぐな眼差しを向ける少女が、桃子を見ている。

 桃子と少女の視線が、交わる。

 

 

 

 狙撃手の少女に、いま。桃子の最大の砦である【隠遁】の認識阻害が、破られた。

 

 

 

 少女が、弓を構える。同時に、放つ。

 流れるような、戦いの最中でなければ見惚れてしまうような、美しい動作だった。

 そこに予備動作はなく、神がかり的な速度で、桃子を狙った矢が放たれる。

 

 疾かった。

 

 桃子の認知を越えた速度のそれは、ヒメの反応をも凌駕した。桃子とヒメの身体を貫こうと、光の線が奔り――。

 

 

 

 

 颶。

 

 

 

 

 そして、直前で。目の前で。

 そこに張られた風の盾によって、薄く凝縮された嵐によって、その矢は軌道を逸らされた。

 いつ、矢が通りすぎたのかも見えなかったが、桃子の背後の海面が数瞬遅れて爆発するような波をたてる。

 

「ヘノちゃん!!」

 

 桃子はそちらを見る余裕はない。けれど、桃子には分かる。血相を変えて、目覚めたばかりの風の妖精が全力で風の結界を張ってくれている。

 

「桃子! 何が起きてるんだ! 大丈夫なのか!」

 

「私はスパイシーに元気っ! セイレーンさんが狙われてるのっ!!」

 

 今朝、出発前にカレーを食べていなければ危なかった。

 

「ソンナ……ッ?! ヒメ!? ヒメっ?!」

 

 背後で、ヘノだけでなくセイレーンも目覚めた声が聞こえる。

 ヘノが守っている間にセイレーンが海底まで逃げてしまえば、これ以上の狙撃は不可能になるだろう。

 

 ならば、反撃のときだ。

 相手はどれだけ強くとも、弓使い。風の妖精であるヘノならば、相性はヘノの方が上だ。セイレーンを守りきることが可能な筈だ。

 

「ヘノちゃん、矢の対処はお願い!!」

 

 桃子は、ヒメは。

 狙撃手を無力化させるため、ヘノに声をかけるや否や海面へと飛び込むと、狙撃手のいる岸壁へ向けて高速で突き進む。

 何本かの矢が的確に水中のヒメの身体を狙って放たれるが、その全てが狙いを逸らされている。ヘノの風の結界で、矢を防ぐとはいかないまでもその軌道を阻害出来ている。

 

 ヒメと桃子は、射手の立つ岸壁までたどり着くと、そのままの速度で、そのままの勢いで。

 全力で、崖に、島に。

 魔力を練り上げた拳を、振り抜いた。

 

 瞬間。鈍い爆発音と共に。

 その岸壁は射手の少女もろとも、海へと崩れ落ちることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しまっ……!!」

 

 檸檬は半ば朦朧とした頭で、無心で二人目の、消える能力を持った敵へと矢を放つ。

 しかし、己の会心の一撃すら、不可視の盾により逸らされてしまった。檸檬の撃てる中でも最速の一撃だったというのに、見切られたのだ。

 

 もはや、敗北は明らかだった。

 しかしそれでも、諦めたくはない。ここで自分が諦めたら先生が死んでしまう。それだけは認められない。

 その想いだけで必死に海を駆ける人魚へと残りの矢を全て放ったが、しかしどうやら、相手のほうが上手だったようだ。

 

 崩れる足場。

 

 血を失いすぎて平衡感覚がなくなったのかと思ったが、しかしそうではない。どうやら、己の立っていた岸壁そのものが破壊されたようだ。

 無茶苦茶すぎんだろ、と。つい、こんな状況でも笑いが込み上げてしまう。

 檸檬は、笑いながら。そして全身を襲う浮遊感とともに。

 

 弓を構える。

 

「……舐めんなよ……!」

 

 落下するまで2秒はあるだろう。

 ならば、矢を放つことは出来る。

 

 檸檬は、スキルを発動させる。消耗があまりに激しいスキルだが、満身創痍で崖から落下しているのだ。もはや、消耗など考える意味もない。元から、帰り道など考えていない、全てを賭けた、オールインの勝負だ。

 スキル【魔力の矢】。引き絞った弦には、彼女の魔力のみで作られたエネルギーの矢が充填される。

 そしてそれを。敬愛する師を、自分を人として育ててくれた先生を、その力で呪い殺そうとしている憎むべき魔物――セイレーンへと向けて放った。

 

 レーザーのように直線の光が走り、それは。

 

 セイレーンから数メートルほど離れた海面を爆発させるだけに終わった。

 

 最後の矢が外れた原因は明白だ。

 悔しさ、悲しさ、虚しさ。そして、師への感謝と、全力で戦えた満足感。

 最後の最後に感情が抑えられず、彼女の瞳を潤ませてしまったからだ。

 

 涙は狙撃の邪魔になるとわかっていても、無理だった。

 

(……先生、借りパクしたまま消えちゃって、ごめんね……)

 

 最後に、命をチップにしてもなお、救えなかった恩師の姿を思い浮かべながら。

 無断で借りた恩師の得物を、死しても手放すまいと強く握りしめたまま。

 

 全身を襲う衝撃とともに、檸檬は。桃子とヒメをあわやという所まで追い詰めた強き狙撃手は。

 冷たい海へと落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

「アア……ナンテ……可哀想ナ子」

 

 セイレーンは、砂浜からその光景を眺めていた。視線の先では、人魚姫の拳により岸壁が破壊されて崩れ落ちていく。

 海中には桃子とヒメが。そして風の妖精ヘノも猛スピードでそちらへ向かい、砂浜にはセイレーンだけが残されている。

 

 崩れ行く崖の上にいた狙撃手の少女からは、孤独な、悲しみの感情がにじみ出ていた。

 セイレーンは、その少女が海へと落ちていく姿をじっと、眺めていた。

 

「……神弓士ノ、後継者……」

 

 誰もいない砂浜で。

 ぼんやりと、セイレーンは誰に言うでもなく呟いていた。

 先ほどの魔力の矢を間近で見たとき、セイレーンの脳裏には以前にも同じ弓で射貫かれた記憶が甦ったのだ。

 

「ワタシハ、悲シクテ……寂シクテ……ダカラ、人間タチヲ、海ニ引キズリコンデ……仲間ニシテキタ」

 

 覚えのない記憶。だけれど、覚えている記憶。

 冷たい海に、あらゆるものを引きずりこんで、水底で物言わぬ仲間にしてきた。だが、最後はあの矢で射貫かれて終わった。

 これは誰の記憶だろうか。セイレーンにはわからない。まるで、他人の記憶を見ているようだ。

 

 意識が朦朧としている。セイレーン本人も、自分が何を呟いているのかが理解できていない。

 まるで、他の誰かが、勝手に口を動かしているような気がする。

 セイレーンという自我を、ずっと隠れて見ていた誰かが塗りつぶそうとしている気がする。セイレーンの意識が、闇に沈んでいく。

 

 彼女は、ただぼんやりと。少女が落ちていった海を見つめていた。

 口許を、歪めながら。ニタリと、嗤いながら。

 

「コンナニ早ク、目覚メルダナンテ……マア、イイワ……」

 

 彼女の胸には。

 孤独や悲しさという、負の念が。目覚めの時を迎え、ただ邪悪に、渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル】

 

 パティシエのみんなお待たせ~! 皆のアイドル配信者、カリンだよ!

 はい、今日はね。見ての通り、ダンジョンじゃないです。リンゴちゃんのおうちから、自宅配信だよ。

 ほら、リンゴちゃんらしく、観葉植物もでっかいね。いい葉っぱの色してるよ。

 

 うん? 私服が可愛い?

 えっへへ、照れるな~。やっぱりさ、ダンジョンのアイドル衣装が可愛らしいのは当然だけど、こういう私服が可愛いのも――

 え? 私じゃなくてクルミちゃんのファン? なんだよー、もう! 帰れ! 帰れ!

 

『帰れ、じゃないですよカリンさん。人のファンだからって勝手に追い返さないで下さい。いていいですからね? 皆さん』

 

『っていうか、なんでテスト前の勉強会でいきなり配信してるのよ』

 

 う~……配信しながらのテストだったらパティシエさんと協力して100点中150点はとれるんだけどなあ。

 あ、パティシエさんたちにも一応説明すると、私たちの学校って週明けまで期末テストがあるんだよね。

 だから今日は、テスト勉強配信だよ! 勉強だヨ! 葉っぱだヨ! カリンは可愛いヨ!

 

『妖精さんの物真似は、他の人には全く伝わらないんですってば。パティシエさんたち反応に困ってるじゃないですか』

 

 残念だヨ。

 じゃなくて、カリンだってテストは頑張らないといけないから、今日は超真面目にやるよ!!

 

 

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 でね、噂では尾道のほうに、私たちと同じ高校生で、かなり腕のたつ後衛の子がいるんだって。

 しかもその子、名前がレモンちゃん。

 これってもしかして、フルーツ☆タルトの新メンバーとして勧誘すべきなんじゃない?

 

『カリンさん、知り合いでもない人の名前を配信でいきなり出すのはあまり良くないですよ』

 

『っていうか、あなた勉強はいつになったら始めるのよ』

 

 クルミちゃん、リンゴちゃん。カリンは思ったんだよね。パティシエさんも聞いてよ。

 物理とか化学とかってさ、ダンジョンで魔法使えばひっくりかえせる理論ばかりだし、学ぶ意味ってなくない?

 それに数学もさ、卒業後にこの公式を使うことって一生無いと思うんだよ。

 

『カリンさん、馬鹿の見本みたいなこというのやめて下さいよ、恥ずかしいから。わからないなら教えてあげますから』

 

『勉強しない理由を熱弁する人に、ろくな人いないわよね……』

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