ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
海に沈みゆく瀬戸幻海。
第二層へと続く階段も、すでに海面がせり上がってきている。
桃子は抱えていた狙撃手の少女を、近くに浮いていた船の上に横たわらせてから、改めて黒いドレスの少女――りりたんと向き合う。
りりたんが語るのは、尾道ダンジョンに生まれた魔法生物『セイレーン』の真実だった。
「過去にこのダンジョンでは、『あやかし』という海の魔物が討伐されました。話はそこから始まります――」
人間たちは、あやかしの討伐に成功した。
しかし、そのあやかしは、完全に消滅したわけではなかったのだ。己の力の核たる赤い魔石にその力と意思を残し、10年以上の期間を経て、復活を遂げたのである。
復活したその姿は、過去の巨大な海蛇の体躯からは、大きく変貌していた。あやかしは、より人間に近い『人魚』としての身体を造り出した。
己の溢れんばかりの瘴気は胸の核の内部に押しとどめ、外見上は人魚という魔法生物に擬態することで、体よく世界魔法協会の保護対象となり、この地を管理する妖精女王の眼をも欺き続けたのだ。
しかし復活したての身体――セイレーンの状態ではその力の制御も難しく、更にはその『あやかし』という真なる自我もすぐには新たな身体に馴染むことが出来ない。
その間、あやかしとして真に覚醒するまでの僅かな期間。その身体を運用していた仮の自我こそが、桃子たちの知る『セイレーン』である。
「セイレーンが歌で呪いを暴発させてしまったのは、あやかしとしては想定外の事態だったかもしれませんが、結果としてあやかしには都合よくことが運びました」
セイレーンによる呪いの暴発。
それは、己の覚醒に先んじて人間たちを敵に回すことにはなったものの、しかし天敵たる神弓士を真っ先に陥れ、更には妖精や人魚姫という協力者を得ることに繋がった。危うい綱渡りのような状況で、あやかしは勝利したのだ。
だが、それも終わりである。
あやかしにとっては、より時間をかけて支配を広めていくことが望ましかったが、しかしセイレーンが『あやかし』の記憶をはっきりと取り戻してしまった今、セイレーンの自我は、すでに用済みだ。
「――ですから、あれは既に『あやかし』そのものだと考えるべきです」
桃子は俯いたまま、りりたんの話を聞いていた。
暫く、何も言葉が出ない。
ヘノは口を閉じたまま、ずっと桃子の横に浮いている。彼女もまた、今の気持ちをどう処理したらいいのかわからず、ただ無言で浮くだけだ。
桃子の身体の中には同じ身体を共有しているヒメもいるが、彼女もまた何も言葉を発さない。ただ、黙って、りりたんの語るセイレーンの真実を聞いていた。
沈黙と、そして徐々に上がっていく海面の潮の音だけが周囲に響く。
未だ海面の上昇は収まらない。第二層へと続く階段は、徐々に海中へと飲み込まれようとしている。
その沈黙を破ったのは、半ば震えた桃子の声だった。
桃子は、りりたんの説明を信じられず――いや、受け容れられず。その声を震わせ、両手を強く握りしめて、思いの丈を吐露する。
「そんなの……だって……あの子、生まれてからずっと、一人で、寂しくて……あの悲しい記憶も全部、あやかしに……利用されてただけだったの……?」
「あやかしは、孤独や喪失という悲しみの念が集まり、形になった魔物です。貴女が見させられたという悲しみの念もまた、あれを形どる瘴気の影響だったのでしょうね」
「だったら、あの子は……私たちと遊んで、食べて、笑ってくれたセイレーンさんは……!! そんなの……そ……なの……」
言いたいことがまとまらない。
伝えたい言葉はあれども、全て、支離滅裂になる。
先代女王は、セイレーンをただの魔物を形どる『要素』としか見ていないけれど、桃子にとってはあれは友人だったのだ。仲間だったのだ。
仮に彼女の言葉が真実だったとしても。自分があやかしにまんまと騙され、利用されていたのだと言われても。桃子の心は、それをうまく飲み込めない。
「私がもっと早くに訪れていれば良かったのですが、桃子さんには悪いことをしてしまいましたね。お詫びというわけではありませんが、あとは私があれを滅しますから、安心してください」
違う。
違う。
自分はそんなことはこれっぽっちも、望んではいない。自分に代わって倒して欲しかったわけじゃない。
桃子は嗚咽を堪えながら、必死に首を横に振る。
セイレーンが、人間たちに死を振りまくあやかしの造り出した擬態だったとしても。
それでもセイレーンという幻の存在は、桃子にとっては守るべき友だったのだ。友人になってしまったのだ。
けれど、正しいのはきっとりりたんで。あの存在は討伐しなければいけなくて。
桃子の中で、正しさも、真実も、何もかもがわからなくなり、言葉も出なくなってしまう。
「……魔女様。私には、難しいことはわからない」
そんな沈黙を破ったのは、桃子の声だった。
いや、桃子は未だに言葉を無くしている。
なので、この淡々とした、それでも勇ましさを持つ桃子の声は、ヒメのものだろう。
ヒメは、桃子の身体で言葉を紡ぐ。
ゆっくりと、淡々と、魔女――りりたんの顔を真っすぐに見つめて、己の意思を口にする。
「……セイレーンは、仲間なんだ。あいつが、悪い事をしているなら。人間を、苦しめているなら。私が、怒らないといけない」
「ならば、だとしたら。どうしますか? 人魚姫」
「……だから。魔女様は、手を出さないでいてほしい」
ヒメは、強い視線でりりたんに訴える。
セイレーンはヒメにとっても、仲間だったのだ。同胞だったのだ。それが全てであり、あやかしがどうとか、魔物がどうとかは関係ない。
同胞たるセイレーンを断罪するのは、りりたんの役目ではない。自分がやらなければいけない。
ヒメはそう、訴える。
「良いのですか? 私ならば、確実にあれを消滅させることが可能なのですよ?」
ヒメにとって、それはとても辛い選択のはずだ。
わざわざ、自ら同胞を手にかける必要などないのだ。りりたんに任せていれば、目をつむっている間にも全てが終わるのだから。
「……構わない。私には、それしかできないから」
「人魚姫。貴女が彼女を討伐するということが、どういうことなのか。わかっておりますね?」
同族を手にかけること。その十字架は、どれほど重たいものになるのだろうか。
それは、ヒメが桃子の【創造】で作られた、本当の意味での人魚ではなかったとしても、だ。
しかし、りりたんはヒメの強い瞳を見て、確信する。
この人魚姫には、それだけの覚悟があるのだと。同族を手にかける、覚悟が。
「……わかってる。きちんと殴って、反省させて、連れ帰る」
前言撤回。覚悟とか言う前に、ヒメは話をあまりよくわかっていなかった。
「ちょっと、全然わかってないじゃないですか。空気ぶち壊しじゃないですか。桃子さん、ももたん、あなたは子供にどういう教育をしているんですか?」
「え、私とくに子育てとかしてないけど……」
わかってなかった。ヒメは黙って聞いていた割に、本当にわかってなかった。
討伐というのは、拳骨を叩き込んで反省させることではないのだ。命を奪うということなのだ。それを全然わかっていない。
つい数秒前に「この人魚姫には、それだけの覚悟がある」などと考えていた先代女王も、これには拍子抜けである。つい、りりたんのノリで突っ込みをいれてしまう。
親である桃子も、何も子育てなどしないネグレクト親なのでどうしようもない。
とはいえ、ヒメの天然のボケは、この緊迫した空気を崩壊させることに成功した。
具体的には、目の前の黒いドレスの少女がいま、先代女王から、りりたんへと変わったのだ。
「ねえ、りりたん」
桃子もまた、ヒメのお陰で自分を取り戻す。
泣いている場合ではない。少なくとも、セイレーンのことをりりたんに押し付けるのは、違う。
「私も……ヒメちゃんと一緒に、戦うよ。セイレーンさんのことは、私にだって無関係じゃないからね」
桃子は、人間の手からセイレーンを守ってしまった。あやかしを保護してしまった。
もし、セイレーンが人間の敵であり、倒さなければいけない存在だったとしたら、桃子の行動は人間への裏切りだろう。より多くの被害をまき散らす、悪行だったのだろう。
その尻ぬぐいは、自分の手で行うべきだ。
でも。
桃子はキッと顔を上げて、まだ目元も頬も濡れた跡が残っているけれど、りりたんに精いっぱいの不敵な笑みを向ける。
今もまだ、海は広がり続けている。間もなく、この上層へと繋がる階段も水没してしまうだろう。
けれど、この瀬戸幻海には今もまだ、太陽が昇っている。
暗闇に沈むには、まだ早い。
「私はセイレーンさんのこと、諦めないよ」
「じゃあ。桃子が諦めないなら。ヘノも。頑張るぞ」
桃子は、諦めない。落ち込むこともあったけれど、泣いて、心が崩れ落ちそうになることもあったけれど、それでも前向きに希望を信じてきたからこそ、今までやってこれたのだ。
それが、桃子だった。
そして、復活した桃子に付き従うように、ヘノも宣言する。桃子が諦めないならば、パートナーであるヘノも諦めはしないのだ、と。
そして、ヘノはついでとばかりに、自分が気づいていた情報を追加する。
「せいれーんの奴。悪い顔になってたけど。人魚姫に語り掛けるときだけは。いつもの。泣きそうな顔だったんだ。だからきっと。あいつも本当は。こんなことしたくないんだろ」
「は? えと……ヘノさん、それは本当ですか? 嘘ではなく?」
「ヘノは。そんなことで。嘘なんてつかないぞ。失礼な魔女だな」
どうやら、ヘノの発言はりりたんにとっても何かしら、想定とは違うものだったようである。
桃子たちの言葉に目を丸くしていたりりたんが、目を閉じ、何かを思案しだす。
もし、あやかしがセイレーンを掌握しきれていないとしたら。
あやかしの中で、未だセイレーンが抗っているのならば。
そして、十秒ほど思案して。りりたんが顔をあげたかと思えば、ずっと先代女王として固くなっていた表情を、ふにゃりと緩める。
「ふふふ。これだから、ももたん一味のおっかけはやめられませんね」
「あはは、りりたんもいい笑顔じゃん。ももたん一味っていう言い方はどうかと思うけど」
そうなのだ。りりたんは結局のところ、桃子のこういう所にハマって、ずっと追いかけ続けているのだ。
考えなしで。前向きで。理屈が通じなくて。突っ込みどころが満載で。「そんなことある?」というような驚きの連続で。とりあえずカレーを食べておけばだいたい大丈夫とか思っていそうな、緩い、緩い冒険譚。
既に存在していない過去の妖精女王ではなく、今ここにいる、日本人として生まれ育った天海梨々という少女が好きなのは、そのようなハッピーエンドだったことを、思い出す。
瀬戸幻海を飲み込む海は増しており、りりたんの漆黒のドレスの腰までをすでに濡らしているけれど。
それでも太陽は明るく、りりたんをも照らし続けていた。
「ももたん。取引をしましょう」
「取引って……」
すでに階段の半分が海面に沈んでいるため、りりたんは狙撃手の少女――名は檸檬と言うらしい――を寝かせた船に一緒に乗っている。やはり、ドレスのまま海水に浸かるのはりりたんとしても本意ではなかったようである。
そして、船に座って水中の桃子を見下ろすりりたんが持ち掛けたのは『取引』だ。
いつぞやの、琵琶湖での事件の際のやり取りを思い出す。
あの時も、りりたんは桃子に取引を持ち掛けてきたのだ。
桃子の願い通りに瀕死の探索者たちを救う代わりに、人魚姫として物語を紡ぐことを約束した。それが、琵琶湖での取引だった。
今は、その時と似ている。
「りりたんが、この方……檸檬さんをしっかりと、万全な状態まで治療して差し上げますよ。ももたんは、この人も救いたいのですよね?」
「うん。それは、お願いします。この状況じゃ、りりたんにしかお願いできないから」
一応、桃子がここまで檸檬を担いできた時点で、先代女王は簡単な治癒はかけてくれていた。しかしそれは、会話の途中に横で死なれてはたまらない、という消極的な理由であり、最低限の治療である。
それと違い、この取引ではりりたんはきちんと彼女を治療してくれるという。
「その代わり。ももたんは、私に可能性を見せてください。見ていてわくわくするような、最後まで諦めないお話をりりたんに見せてくれますか?」
りりたんは、桃子を試すように問いかける。
あなたにできますか? と。
希望を持ち続けられますか? と。
そんなのは、答えは決まっている。
「もちろん!」
桃子の肩では、ヘノが。心の中では、ヒメが。
桃子とともに、大きく頷いていた。
「で、本当に壊しちゃっていいの? これ、ダンジョンの階段だよ? 通路だよ?」
「ええ。このままですと、あやかしの瘴気がどんどん溢れ出て、第一層や、最悪の場合は地上まで悪影響がありますからね。被害を最小限にしたければ、ここで空間の繋がりを断ち切る必要がありますよ」
そして「最後まで諦めない」の第一歩。
それが、琵琶湖名物「ダンジョン破壊」である。本日は琵琶湖ではなく、尾道ダンジョンへと出張サービスだ。
りりたんが言うには、この海水がせりあがってくるスタンピードは、すでに第二層も侵食しているという。
今はまだ第二層にいる探索者たちが避難できる程度の水量だが、この勢いで水かさが増していけば、第二層はすべてが水に沈んだ洞窟となり、脱出できなかった探索者たちは帰る術を失うだろう。そしてそれに続き、第一層も同様だ。
それを防ぐためには、第二層と第三層の繋がりを切り離す必要があるのだという。
つまり、階段を壊せということだ。
「桃子。久しぶりに。ハンマーで。壁壊しだな」
「……母様。私も、力を貸す」
ヘノが、桃子のハンマーに風の魔力を纏わせる。
そしてヒメが、その両の拳に魔力を練り上げていき、その魔力は手に持つハンマーをも包み込んでいく。
ヘノとヒメ、二人の魔力がハンマーを包み込んだところで、桃子もまた己の魔力をハンマーへと注ぎこむ。
「これが私たちの、セイレーンさんを救うための第一歩! まずはダンジョンを壊すよ!!」
人々が安全に避難できるように。
これ以上、セイレーンが罪を背負わないように。
「せーの!!」
桃子は、ダンジョン階段の壁に向けて、そのハンマーを振り上げる。
「どっかーん!!」
桃子と。ヘノと。ヒメと。
皆で声を合わせてハンマーを叩きつける。
魔力の巨大な爆発は、見事なまでに迷宮の階段を崩壊させ。
そして桃子とヘノは琵琶湖のときと同様に、爆発に巻き込まれ「うわああぁぁ~」と悲鳴を上げながら、遥か後方の海へと吹き飛ばされる。
りりたんはその姿がやっぱりツボにはまったようで、大笑いしているのだった。