ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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海妖戦

「クフフフフ……アハハハ……!!」

 

「……あいつ。逃げてばかり、卑怯なやつ」

 

 すでに全てが海へと沈んだ瀬戸幻海の海中では、ヒメとあやかしによる戦いが繰り広げられている。

 けれど、それはヒメが圧倒的に苦戦を強いられる、一方的な防戦だった。

 いや、現状では戦いとすら言えないかもしれない。

 

 ヒメの武器であるその拳は、それこそ巨大な岩壁を破壊出来るほどの絶大な力を秘めている。桃子が全力を込めたハンマーの一撃に並ぶほどの、恐るべき破壊の力だ。

 だが、その威力の反面、非常にわかりやすい弱点も持っている。それは、リーチの短さだ。

 ただでさえ、人間の素手の攻撃など、弓矢や魔法はもとより、剣や槍と比べても圧倒的に届く距離が限られている。

 それが、桃子と同等の小さな少女の腕では、驚くほどにその拳の届く範囲は狭い。

 

 セイレーン――否、あやかしの胸に埋まっている紅珠を破壊するためには、それこそ互いの手が届く程に接近しなければならない。至近距離で殴り付けることで、ようやくその破壊の力を放出出来るのだ。

 勢い任せに突進し殴り付ければ攻撃は当てられるかもしれないが、狙うべきは紅珠の破壊のみなのだ。セイレーンを殺してしまうような迂闊な攻撃は、繰り出せない。

 

 一方、ヒメの手の内を知っているあやかしは、そう容易く近づかせてはくれない。

 呪いの歌がヒメに効果がないと判明した今、あやかしは至近距離で付かず離れず、この人魚姫をいたぶり倒すことに決めたようだ。

 先ほどから、常に一定の距離を保ち、次々に魔物を産み出してはヒメたちを襲わせている。

 

「くっ!! ……魔物が、多い……!!」

 

 ヒメは、雑多な海の魔物ごときに後れをとるほど弱くはない。鋭い牙を持つ怪魚も、頑強な岩の身体を持つ巨大な魚も、ヒメへと近づく魔物はことごとくその拳で瞬時に粉砕され、煤へと還っていく。

 しかし、それでも、決して優勢にはならない。

 

 まさに、多勢に無勢というものだ。いかに速く、破壊の力を秘めていると言えども、ヒメの身体には、左右一対の二本の腕しか生えていないのだ。

 リーチの長い角を持つ魔物が、拳をすり抜けた幸運な魔物が、そして死角から襲い来る魔物たちが、着実にヒメと桃子の肉体に傷を増やしていく。

 対するあやかしは、ニタニタと、余裕の笑みを浮かべていた。

 

「クフフ、コッチヨ、コッチヨ。届クカシラ?」

 

 奮闘するヒメをおちょくるように、からかうように。傷を増やしていく人魚の姿を愉しむように、あやかしは嗤っていた。

 これは、あやかしにとってただの余興なのだ。

 己を撃ち抜く力を所持する、憎むべき探索者「神弓士」はすでにセイレーンによって呪いに堕ちた。

 それに匹敵する力を持つ弟子の娘もまた、人魚姫との戦いの時点ですでに死にかけている。

 

 人魚姫という存在は、確かに想定外のイレギュラーではあった。

 しかし、そのイレギュラーはあやかしに有利に働く。セイレーンに情を持ち、人間たちから守り通すという、あやかしにとっては実に良い仕事をしてくれたものだ。

 あやかしは、この人魚姫の死をもって、己の復活とするつもりだった。この尾道ダンジョンを、踏み込む者全てを沈めていく、悲しみの呪いで満たすつもりだった。

 

 一方、ヒメは決め手に欠け、苦しい戦いを強いられていた。

 あやかしを追いかけようにも、魔物たちが行く手を阻む。その魔物たちを迎撃している間に、あやかしはヒメから距離をとる。

 ただひたすらに、そんな防戦が続いている。

 怪我も、疲労もたまっていく。いくら人並み以上にある桃子の魔力とて、無限に湧き出るわけではない。

 

「……セイレーン! ……セイレーン!」

 

 戦いながら。

 延々と湧き続ける魔物を撃退しながら、ヒメは、桃子は、セイレーンの名を呼び続ける。

 これがヒメの発する声なのかも、桃子の発する声なのかもわからない。

 二人はただひたすらに、目の前にいるはずの友に、あやかしの中にまだ存在しているはずの友に、呼び掛け続ける。

 

 しかし、呼び掛けに返ってくるのは、セイレーンと同じ顔を持つ存在の、邪悪な嗤いだけである。

 

「アナタモ、仲間ニ、ナリマショウ? ワタシノナカマヨ」

 

「……私は、セイレーンの仲間だよ! お前に用はない!」

 

 桃子と人魚姫の意識が混ざる。二人の想いがひとつになる。

 自分達は、すでにセイレーンとは仲間だったのだ。共に語り合い、共に遊び、共に食事をしたのだ。彼女はすでに仲間であり、掛け替えのない同胞であり、大切な友達なのだ。

 そこに、あやかしの入り込む隙などありはしない。

 

「クフフ……セイレーンナンテ、イナイ。アンナモノ、タダノ人形ヨ」

 

「……ふざけるな! セイレーンは、私たちの仲間だ!」

 

 あやかしが両手を掲げれば、その周囲には再び海の魔物が無尽蔵に湧いてくる。

 この海はすでにもう、あやかしの手の内だ。

 この場所で戦うということは、あやかしの腹の中で戦うようなものである。桃子とヒメの二人は、このままでは敗北しか残されていないだろう。

 

 けれど。

 友のため、同胞のため。諦めるわけにはいかなかった。

 

 青い世界で、海の中で。

 永遠にも思える戦いは、続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 桃子とヒメが苦しい戦いを強いられている頃。

 とある世界では、ヘノもまたツヨマージを現出させ、戦いの力を振るっていた。

 

「風の刃だ。これなら。その糸も。切断できるだろ」

 

 ヘノの視線の先には、呪いに蝕まれ、俯き続ける探索者たちが漂っている。そして、その身からは黒い糸が伸び、眼下の深淵へと繋がっていた。まるで、その糸に引き寄せられるように、探索者たちはゆっくりと深淵へと沈んでいっている。

 あの糸を斬るべきだと判断したヘノが、ツヨマージに力を溜める。そして溜まった力を放出させるように振り抜くと、そこから鎌鼬のごとき風の刃が発生し、黒い糸へと向かって飛んでいく。

 眼に見えぬ風の刃は別段何の妨害も受けることなく、眠り続ける探索者たちに繋がっていた黒い糸を次々と切り裂いていった。

 

「なんだ。ずいぶんと簡単に。切れていくな」

 

 強大な特殊個体が敵と考えて、反撃に備え身構えていたのだが、あまりにあっさりと糸が切れていく。むしろ、あっさりすぎて敵の罠を疑う程である。

 ヘノが知る由もないことだが、この呪いの世界に「精霊樹の加護に護られた妖精」が入り込むなどと、もともと想定されていないのだ。外敵を想定していないのだから、それに対する防御機能など、当然ありはしない。

 そして探索者たちに絡みついていた黒い糸は、ヘノが拍子抜けするほどに簡単に。全て、切断された。

 

 しかし、どうやら人間との間に繋がれた糸を切っただけでは、闇に蠢く海蛇にダメージは与えられていないようである。

 

『グウォォオォ!!』

 

「なんだあいつ。まだ元気だな」

 

 呪いの海蛇は、獲物と繋がる糸を切断されたことで、ようやく外敵であるヘノの存在に気づいたようだ。

 

 深い闇の中に蠢く海蛇は、巨大な唸り声をあげると同時に、漆黒の瘴気の塊をヘノへと飛ばしてくる。

 圧縮された呪いの瘴気は、並の人間がその身に受ければ、抗う間もなく廃人と化す程のものだろう。

 

 だが、それはあくまで並の人間が相手だった場合の話だ。

 神槍を携えた風の妖精にとっては、瘴気の塊を全て避けることも、風の魔力をぶつけて一つずつ迎撃していくことも、そして、風の結界一つでその全てを防ぎきることも、容易いことである。

 ヘノはこちらへ飛んできた瘴気に対するお返しとばかりに、倍以上の風の刃を発生させ、次々に呪いの海蛇へと射出していく。

 

 それは、ヘノの望むような手に汗握る戦いでもなんでもない。

 ただの、一人の妖精による一方的な蹂躙劇だった。

 

 

 

「……う……ここは……」

 

「俺たち……ずっと……」

 

 ヘノが一方的に海蛇をいたぶっていると、ようやく呪いによって眠り続けていた人間たちが意識を取り戻し始める。やはり、先ほどの糸が「呪い」だったようだ。

 ヘノは呪いの海蛇への攻撃の手を止めると、人間たちへと近づいていく。その間も相変わらず深淵のような闇からは呪いの瘴気が打ち込まれているが、ヘノが張った風の障壁によってことごとく瘴気の塊は弾き飛ばされていく。

 

「起きたか。人間たち。って言っても。ここはまだ。夢の中みたいだけどな」

 

「妖精か……驚いた。ああ……長い悪夢を見ていた。全てを喪い、一人きりで暗闇に落ちる夢を……」

 

「全部、見てたよ。あやかし……奴はまだ、滅んでいなかったんだな。ずっと、瀬戸幻海で、力を溜めていたのか」

 

 目覚めた人間たちは、ヘノの姿に一瞬だけ目を見開き、驚きを見せるが、しかしそれだけだ。

 全員が第三層までやってくる探索者だけのことはあり、すぐに各々が冷静になり、現状を理解していく。

 どうやら、彼らはずっと眠り続けながらも、そこであやかしと繋がることによって、この顛末を夢という形で見続けていたらしい。

 

 自分達が捕らえられていたのは、セイレーンという魔法生物の所業に見せかけた、あやかしの呪いだった。

 まんまと人間たちは、そして人魚たちは、あやかしの掌の上で踊らされていた。人間と人魚が争う姿は、あやかしにとっては愉悦以外の何物でもなかったことだろう。

 

「そうだ、あの子は、セイレーンは?! 俺、見てたんだ、セイレーンがあやかしに乗っ取られて、苦しむ姿を! セイレーンの、助けを求める声がずっと……!!」

 

「そうだ、それにあの子は……?! あやかしがずっと見ていたんだ、今はもう一人の人魚が戦っているはずだろう……!!」

 

 各々が勝手に独り言で現状を説明しながら狼狽える姿を、ヘノは半ば白けた目で見ていた。だが、彼らが事情を把握しているならば話は早い。

 ヘノにとって、現状の説明が不要なのは非常にありがたいことである。ヘノは、人に説明をするというのが非常に不得意なのだ。

 

「いいか。お前ら。ここはまだ。夢の中だ。まずはあいつを倒すぞ」

 

『グウァァアア!!』

 

 ヘノが、そして探索者たちが下方に広がる闇を見下ろせば、暗闇から身を躍り出しているのは、巨大な海蛇の姿である。

 あくまでここにいるのは本体から切り離された呪いの影だ。ヘノの防壁も破れずに、言ってしまえば先ほどからヘノ一人に容易くあしらわれている程度のものである。

 だが、それでも。ここにいる者たちを呪い、とり殺そうとしていた邪悪な存在であることには変わりない。

 

「あやかしか……!!」

 

「いや、あれは本物じゃない。恐らく、呪いの本体という奴だな。しかし、俺たちを陥れ、セイレーンを操っていた本当の黒幕の一部だ」

 

「よし。お前ら。ヘノが力を貸してやる」

 

 ヘノは、サービスだとばかりに人間たちの前にも風の結界を広げていく。これで、彼らがある程度自由に動いても、瘴気を防ぐことは可能なはずだ。

 近接戦闘の探索者はさすがに我慢してもらうしかないが、魔法を使う探索者や、遠距離に攻撃を飛ばす手段のある探索者、そして目の前にいる大弓を構えた探索者ならば、この結界越しでも海蛇と戦うことは可能だろう。

 

「本当は。ヘノが一人でやろうかと思ったけど。お前らも。一緒に戦っていいぞ。あいつ。弱くてつまんないしな」

 

「感謝する! 弟子に……義娘ばかりに戦わせてしまったからな。せめて、呪いの本体くらいは俺らが討伐しないと、義娘に合わせる顔もない」

 

 そして、夢の世界で。

 呪いから解放された探索者たちと、そして暴れん坊の風の妖精による、一方的な蹂躙劇が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、二つの戦いのさなか。

 陸地の消えた瀬戸幻海には、一隻の船が漂っていた。

 

「ふふふ。素晴らしいですね。どうやらヘノさんが、一番厄介だった呪いそのものを撃退してくれたようですよ。この展開はりりたんも想定していませんでした」

 

「おい魔女様。独り言の最中に悪いけど、こっちは準備完了だ」

 

 船に揺られているのは、二人の少女だ。

 

 片や、漆黒のドレスに身を包んだ魔女。彼女は船の端から海を覗き込んでいる。いや、実際には海ではなく、千里眼のスキルにより別な風景を覗き込んでいるのかもしれない。

 彼女は己の想像だにしていなかった展開に、楽しそうに笑みを浮かべている。

 

 片や、血で赤黒く染まった迷彩服の弓使いは、神弓士の弟子である檸檬だ。少女というには既に大人の仲間入りを果たしているが、年齢的には桃子の一つ下の学年であり、一年の留年を含みはするものの、柚花と同じく現役の高校生である。

 檸檬は、一人でほくそ笑んでいるりりたんをよそに、海水で濡れてしまった大弓のメンテナンスを終えていた。

 

 これは、師の使っている大弓を檸檬が勝手に持ち出したものだ。

 魔物に襲われようが、海に落ちようが、彼女がずっと、その手で離さず握りしめていた大切な武器である。

 

「過去のあやかしと違い、今回のあやかしはまだ地上に悪影響を出してはいません。今ここで倒せば、多くの人々を救うことに繋がります」

 

「ああ……」

 

 過去のあやかしの討伐には、長い期間がかかった。

 その間、地上の瀬戸内海にはダンジョンに収まりきらぬ瘴気が漏れ出し、近隣の海は長い冬を迎えていた。ひとつの悲しみが、次々と別な悲しみを生み出していった。

 しかし、今は違う。まだ、救える。

 

「では、貴女の力を存分に、りりたんに見せてくださいね。距離は大丈夫ですか?」

 

「ああ。ここからなら十分……アタシの矢は届くよ」

 

「あなたにとっても、ご家族の――」

 

「関係ない。ほら、やるぞ」

 

 檸檬は一度、深く息を吐き、余計な念を追い払う。狙撃手として、心を鋼のように研ぎ澄ませる。スキル【鷹の眼】を発動させた瞬間、彼女の視界は鮮やかに海中の敵の姿を捉えた。

 標的の姿を捉えるこのスキルは、それが海中の敵であろうと、一度捉えてしまえば逃さない。

 そして、今から彼女が使う矢は、魔力の矢だ。それが火の中であろうと、水の中であろうと、物理法則など無視して敵を射貫く、究極の矢だ。

 魔力消費の激しいスキルだが、魔力ならばいま目の前にいる魔女から無尽蔵に提供されている。魔力切れは、ない。

 

 いま。檸檬の眼は、海中で戦う二人の人魚の姿をしっかりと、捉えていた。

 

 

「ふふふ。失礼しました。では、大逆転と行きましょうか」

 

 

 海と空しかない、静かな世界に。

 魔女の楽し気な呟きだけが、響き渡るのだった。

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