ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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いつまでも、いつまでも

 過去。

 

 瀬戸幻海にてあやかしが暴れていた時期、地上の瀬戸内海にもその影響が現れていた。

 ダンジョンから溢れ出た瘴気の影響を受け、多くの水棲生物が弱っていき、海の恵みも消えていった。それは水棲生物に留まらず、その地に住まう人々の精神をも、徐々に蝕んでいく。

 

 当時、あやかしと戦った探索者の大半は、瀬戸内海を守るために集った若者たちだ。彼らは愛する故郷を守るために武器をとり、ダンジョンへと挑み。

 そして、決して少なくはない犠牲と共に、あやかしを討伐したのだ。

 

 その彼らの努力が、犠牲が、いま。

 再び、踏みにじられようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「アハハハハ……!!」

 

 海の中では、決死の戦いが繰り広げられていた。

 ヒメを囲うのは、数多の海の魔物たち。ヒメは拳を振るい続け、無尽蔵ともいえるその魔物たちを粉砕し続けている。

 しかし、あやかしが呼び出す魔物たちは、海に集まった瘴気の具現化した存在だ。

 その瘴気には、終わりが無い。

 

 悲しみは。人が生きている限り、消えることはない。

 

「くっ……!」

 

「ドウシタノ? モウ終ワリ? クフフフ」

 

 巨大な岩のような魔物たちが。肉を抉る牙を持った魔物たちが。鋭い角を持った魔物たちが。

 次々と、ヒメの身体に纏わりつく。

 どれだけ拳を振るっても、どれだけ魔力を振り絞っても、悲しみから産み出される魔物が減ることはなく、延々と続く魔物の攻勢に、ヒメだけが消耗を余儀なくされている。

 

(魔物が……こんなに……っ!! 悔しい、悔しい……!!)

 

 ヒメの戦いを内から眺めるだけの桃子には、出来ることがない。ただひたすらに、魔力を振り絞り、ヒメに提供することしか出来ない。

 すでに、小麦色の肌は傷だらけだ。いくら魔力で保護されていようと、スキルで頑強になっていようと、決してヒメは――桃子は、無敵の存在ではない。

 体中の傷から血が滲み出ており、辺り一帯の海には血の匂いが広がっていることだろう。

 

 しかし、心の中で桃子が悔しさのあまり呻いたとしても、現状は変わらない。

 ヒメの振るう拳の隙をつき、今度は鋭い槍のような角を持つ魔物がヒメの身体を貫かんと突進してくる。ヒメの迎撃も間に合わない。

 桃子は、迫る来る大きな痛みを覚悟する。

 桃子の視界に、悍ましい笑みを浮かべるあやかしの姿が映り込む。

 

 

 が。

 

 

「アラ?」

 

 

 ぼふん、という音とともに。

 桃子に傷をつけようとした魚は、突如そこに現れた泡の玉によって、見当違いの方向へと弾かれる。

 泡は当然、すぐに水面へと向かい上昇していってしまうが、しかし、二つ目、三つ目、それどころか何十もの泡が桃子の周囲に発生し、桃子を護る泡の膜となって襲い来る怪魚たちを牽制している。

 

 それは、大気の力。風を操る妖精の力だ。

 

「頑張ったな。偉いぞ。桃子」

 

「ヘノちゃんっ!!」

 

 桃子の水着の胸元から顔を出したのは、桃子の唯一無二のパートナーである、風の妖精ヘノだ。

 セイレーンの呪いの歌声により眠らされていたヘノが目覚め、ツヨマージを振りかざして、いくつもの泡の盾を発生させていたのだ。

 

 桃子の周囲では、ぼこぼこと空気の泡の玉が弾け続ける。泡は桃子を覆うカーテンとなり、近づく怪魚たちを牽制し続けている。

 だが、残念ながらそれは決め手にはなり得なかった。

 

 風の妖精であるヘノは、海の中では大した力を持ちはしない。

 泡で怪魚を弾き飛ばしたとしても、それで多少の時間稼ぎにはなるかもしれないが、その程度の攻撃ではあやかしに何の痛痒も与えはしないだろう。

 むしろ、小さな妖精の反撃を、あやかしは愉しそうにニタニタと嗤って眺めている。

 

「クフフフ、無駄ナ努力。役ニモ立タナイ風ノ妖精。アナタモ、ナカマニ――」

 

 

 

 しかし、あやかしの言葉は途中で止まる。

 

 

 

 ヘノの生み出した泡にまかれていた魔物たちが、あやかしの呼び出した怪魚たちが。それらが突如として、弾け飛んだのだ。

 泡のカーテンに覆われた怪魚たちが次々と弾け飛び、煤へと還っていく。

 

「こっちの。反撃だ。笑ってられるのも。今のうちだぞ。あやかし」

 

「ナ……! ナニガ……!!」

 

 あやかしは混乱しているが、何が起きたのかは桃子にも、そしてヒメにも分からなかった。

 しかし、一人だけ状況を把握しているであろうヘノが、あやかしに向けて堂々と言い放つ。反撃だ、と。

 ヒメの弱点はリーチの短さだった。だからこそあやかしは、周囲を魔物で囲うことで優位を保ってきた。

 その魔物たちが、次々に消滅していく。破壊されていく。

 

 そして、あやかしは見た。

 泡のカーテンの隙間に。太陽の光が揺らぐ海面から、海の底へと向けて幾つもの光の矢が降り注ぐのを。

 

 ヘノの泡は、ただの目くらまし。真の本命は、この降り注ぐ光の矢だ。

 

「え? これ……魔力の矢!?」

 

 桃子の脳裏に、先ほど死闘を繰り広げた、狙撃手の少女の姿が浮かぶ。

 この魔力の矢は、彼女が最後に見せたものだ。魔力で構成された光の矢が、桃子の周囲を包囲していた怪魚たちを次々と貫いていく。

 的確に、逃すことなく、魔物を消滅させていく。

 

「この上には。あの弓使いが来てるんだ。桃子の味方は。ヘノだけじゃないんだ」

 

 桃子はヘノの言葉に、上を見上げる。

 もちろん、ここからでは海上を漂う船は、そこにいるであろう少女の姿は見えない。

 

 けれど頭上からは、次々と。

 窮地に陥る桃子たちを救うべく、光の矢が降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 海上には、一隻の船が浮かんでいた。

 船の縁では、大弓を構えた檸檬がその両目を獲物を捉えるスキル【鷹の眼】で淡く輝かせ、次々とその目で捉えた標的へ向けて矢を放ち続けている。

 檸檬はすでに、先ほどのヒメとの戦いで手持ちの矢を全て使いきっていた。しかし、彼女の奥の手【魔力の矢】ならば、魔力のあるかぎり尽きることはない。

 それが炎の中だろうと、海の底だろうと。魔力で作られた矢は、物理法則など無視して標的を確実に貫いていく。

 

「あの魔物ども、無限に湧き出て来やがるな」

 

「ふふふ。私は手を出さない約束をしてしまいましたが、れもたんが周囲の魔物の掃除をするのは自由ですからね。その調子ですよ、れもたん」

 

 檸檬の魔力は、ヒメとの戦いでとうに尽きている。

 けれど、今は目の前に、無尽蔵とも思える絶大な魔力を持つ魔女がいるのだ。

 魔女から魔力を供給されている檸檬の【魔力の矢】は、尽きることなく生成され、海中に潜む魔物たちへと向けて降り注ぐ。

 

「頑張れ、頑張れ、モモコちゃん」

 

 今ならば。不意をつけば、檸檬の矢でセイレーンごとあやかしを討つことは出来たかもしれない。けれどそれは、あの子の求めるハッピーエンドではないだろう。

 あやかしと決着をつけるのは、セイレーンの友である彼女たちの役目だ。

 

 檸檬は、引き続き水面へと向けて、矢を放ち続ける。あやかしが無尽蔵に魔物を生み出すならば、こちらは無尽蔵に矢を放つだけだ。

 海の底で戦う少女の勝利を、奇跡を、祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

「オ、ノレ……神弓士ィィイッ……!! マタ、貴様ガ邪魔ヲォオ……!!」

 

 魔物を産み出しても、次々と降り注ぐ矢によってその全てが破壊されていき、あやかしは絶叫する。

 憎むべきは神弓士だ。海蛇の姿をしていたときも、あの光の矢が幾度となく己の邪魔をしたのだ。

 あやかしは、目の前の人魚姫ではなく、海上にいる神弓士へ――いや、彼が育て上げた次代の弓使いへと意識を向けた。それは、あやかしの根源たる悲しみではなく、純粋なる憎悪である。

 

 しかし、それはあやかしの見せた、明らかな隙だった。

 

「桃子。人魚姫。いまだ!」

 

「セイレーン……!!」

 

 その隙を、逃すわけにはいかない。

 桃子は、ヒメは、その拳に魔力を込め、海中を駆け抜ける。

 

 あの赤い石を、破壊しなければいけないのだ。

 それが、どのような結果に繋がるかはわからない。助けられないかもしれない。

 けれど、やるしかない。

 

「ウグ……貴様ラ、調子ニノルナァ!!」

 

 ようやくあやかしのもとへと辿りついたヒメだが、あやかしは特殊個体と認定される程の、多くの命を食らってきた強大な魔物である。

 セイレーンの身体という、以前と比べればはるかに脆弱な姿となってもなお、この存在は強者なのだ。

 魔力と瘴気がぶつかり、海中にいくつもの衝撃が迸る。桃子の魔力だけでなく、ヘノの魔力がヒメの拳へと供給される。それでもなお、あやかしの瘴気を破り切れない。

 

 魔力を込めたヒメの拳と、あやかしが作り出した瘴気の壁がぶつかり合う。

 あやかしの腕から赤黒い色をした鋭い鉤爪が伸び、ヒメを守る魔力の鎧を切り刻む。

 激しく、衝撃が弾ける。周囲の水が熱を持ち、激しい魔力の渦に巻き込まれ潮の流れが荒れ狂う。

 

「アァァァァアアアアア!!!!」

 

 至近距離で、あやかしの狂ったような叫びに、悲しみの呪いが重ねられる。

 セイレーンと同族であるヒメには呪いは効果を持たない。しかし、身体を共にする人間の心を再び悲しみで蝕めば、この人魚の動きを多少なりとも阻害できるはずだ。

 

 だが、呪いは桃子を蝕むことなく霧散していく。

 

 そう、呪いの根源は既に消滅しているのだ。ヘノと、そして呪いに落とされた探索者たちの手によって。

 風の妖精が目覚めたときに、あやかしは気付くべきだった。すでに、歌で呪いを広められるセイレーンという身体の利点を、あやかしは失っているのだと。

 

「オノレ、オノレ、オノレェェェエエエ!!!」

 

「しまっ……!!」

 

 しかし、いくら小さくなったとはいえ、復活したばかりとはいえ、呪いの力が消滅したとはいえ。あやかしはこの海を支配する特殊個体である。容易く懐はとらせない。

 あやかしの腕から延びた鉤爪が、凶刃が。瘴気の爆撃をその拳で防いだ直後の人魚姫の胴体へと振り下ろされる。

 反応が、一瞬遅れた。

 

 赤黒い鉤爪は、ヒメを。桃子を。切り刻もうとするが――。

 しかし、その凶刃がヒメの胸を切り裂こうという瞬間。あやかしの動きが、止まる。

 

「――ナ、ナンダ、身体ガ……!!」

 

 それは、時間にしてたった数秒。

 

 

 

 

 

「……ヒメ、オネガイネ……」

 

 

 

 

 

 狂女の如き憎しみの表情を浮かべていたあやかしの表情が剥がれ落ち。

 優しく、儚げな瞳が、ヒメを見つめていた。

 

 それは、セイレーンの最期の抵抗だ。

 あやかしの凶刃が、愛するヒメの命を奪うことだけは、それだけは。

 それだけは、セイレーンが。

 決して、許さなかったのだ。

 

 セイレーンは、腕を開き、ヒメへと己の胸をさらけ出す。

 

 いま、このとき、彼女の胸に埋まった赤い魔石を庇う存在は。セイレーンとあやかしの心臓を守る障害は。なにもない。

 

「……セイレーン。ずっと、一緒だ」

 

 ヒメが。

 その拳に魔力を宿し。

 

「ヤメロ、ヤメロ、ヤメロォォォォオオオッ!!!!」

 

 ヒメの、破壊の魔力を込めた拳によって。激しい光とともに。衝撃とともに。あやかしの心臓は。

 

 

 砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ狂っていた海底には、静けさが戻っている。

 この海を覆うあやかしの瘴気が浄化されていき、島々を飲み込んでいた海も、少しずつ。元の姿へと戻ろうとしている。

 

 海の底では、あやかしの紅珠が砕け散るとともに幾つもの光の玉が解放され、日の傾き出した空へと昇っていく。

 過去に、あやかしに沈められた魂たちが、天へと還っていく。

 

 あやかしの紅珠の破片は、潮に乗ってこの広い海へと散っていく。いつの日か、あやかしを構成していた負の念と共に浄化され、それらは全てこの幻海へと還るのだろう。

 

 

 

 

「ヒメ、ワタシ……シアワセヨ……」

 

「……セイレーン、ごめん、約束……守れなかった……」

 

 海の底では。二人の人魚が、静かに抱きしめ合っていた。

 セイレーンは、あやかしの滅びとともに、再び美しい尾鰭を持つ人魚の姿を取り戻す。

 

 しかし、彼女の身体もまた、ゆっくりと。光へと還っていく。

 セイレーンの身体が、少しずつ光の粒となって、消えようとしている。

 

「ダイスキヨ、ヒメ、ダイスキヨ……」

 

「……セイレーン。私も……大好き……大好き……だ……」

 

 セイレーンを救うことは、出来なかった。

 心臓を砕かれて、しかし、こうしてヒメと抱擁出来ていることだけでも、奇跡のようなものだろう。

 この時間はきっと、神様がくれたご褒美なのだと、セイレーンは幸せをかみしめて、消えていこうとしている。

 

 

 

 ヒメが、人魚姫が泣いている。

 

 同じ身体を共有している桃子には、その気持ちが、痛いほどに伝わってくる。

 初めて会えた同胞。同じ海を泳げる仲間。自分を愛してくれている存在。それを、ヒメは己の拳で、消滅させるしかなかったのだ。

 

「……っ駄目! セイレーン、消えないで!! 【創造】! 【創造】! お願い、動いて!!」

 

 ヒメが押し黙るとともに、今度は桃子が表へと出てくる。

 

 桃子は過去に幾度も、友となった魔法生物たちの最期を看取ってきた。

 その全てが哀しい記憶だけれど、それでも桃子の知る彼らは最後まで戦い、満足して散っていったのだ。コロポックルの少女は、優しい怪獣は、雷の妖精たちは、己の使命を全うしていったのだ。彼らは、やりきったのだ。

 

 それに比べて、セイレーンの辿った道は、あんまりではないか。

 利用されるためだけに作られたセイレーンは、いま初めて、自由を得たというのに。

 彼女の全ては、これからだというのに。

 

 桃子は。何度も、何度も、【創造】に呼びかける。

 短い期間ではあったけれど、共に泳ぎ、共に食べ、共に過ごしたセイレーンの姿を「ソウゾウ」する。

 彼女の元気な声を、彼女の楽し気な笑顔を、「ソウゾウ」する。

 それなのに。

 

 

 

 奇跡を生み出せるはずの能力は。【創造】は。何も答えてくれない。

 

 

 

「お願い……今、この時なの……動いて、動いてよお……」

 

 桃子の身体は、消えゆこうとするセイレーンを抱きしめている。

 心の中で、ヒメが泣き続けている。

 

 救えるのは、今だけなのだ。今を逃してはいけないのだ。

 セイレーンが消えてしまう前に【創造】さえ発動すれば、きっと、このセイレーンを助けられるのだ。

 

 それなのに。それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

「桃子。大丈夫だ」

 

 そんな桃子の耳たぶを引っ張るのは、ヘノだった。

 

「落ち着いてから。もう一度だ」

 

 ヘノの小さい手が、優しい声が。泣きじゃくる桃子を振り向かせる。

 

「ヘノちゃん、創造……動かな…て……セイレ……が……」

 

 海の底で。

 

 桃子の止めどなく溢れる涙は、潮へと還っていく。

 ヘノは、そんな桃子を慰めるように、桃子の頬にそっと優しく触れてから。

 片手に持ったものを、桃子へと差し出した。

 

「わかってるぞ。桃子。だからもう一度。これを使って。【創造】だ」

 

 それは、巾着だ。

 あやかしとの戦いに赴く前に、ヘノが魔力を失う事態が訪れても平気なようにと、りりたんが桃子に持たせてくれたものだ。

 

 そこには、艶やかに光る紅珠が一つ、入っていた。過去に人知れずりりたんによって討伐されていた、とある特殊個体の力の結晶である。

 深潭宮より更に深い深層、琵琶湖ダンジョン第五層を支配していた特殊個体『海の主』。魚人を統率し、水の流れを操るその力が、そこに凝縮されている。

 これは、水に棲まうものたちに力を与える、深紅の魔石だ。

 

「……紅珠……そうか、これなら……!!」

 

 桃子は紅珠を手に取り、祈るように。

 セイレーンの胸に。あやかしの紅珠が砕け散った心臓部に紅珠をそっと押し当て、再び強く祈りを込める。

 心臓を失ったセイレーンに新たな心臓を与える。そして、自由に泳ぐ彼女の姿を、自由に歌う彼女の姿を。強く、強くソウゾウする。

 セイレーンと人魚姫が、いつまでも、いつまでも一緒に、笑えるように。

 

「お願い! セイレーンを……友達を……助けて!!」

 

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【創造】に必要なのは、想いの力。純粋な魔力量。そして、核となる適切な素材があるに越したことはありません」

 

「どうした、急に」

 

 海上に浮かぶ船の上では、黒いドレスの魔女と、すでに満身創痍になっている狙撃手の少女が、空へと舞い上がっていく光の玉を見上げていた。

 それは、この海を呪っていたあやかしが滅んだという、何よりの証明だ。

 光の玉のうち一つが、船に揺られる檸檬に近づいてきて。まるで、成長した娘に最後の別れを告げるように、檸檬の周囲を旋回していったのが。

 とても、印象的だった。

 

 光の玉が空へと還っていくと、りりたんがまた、何やら意味ありげな台詞を呟き始めていた。

 

「ふふふ。私が直々に浄化した特殊個体『海の主』の紅珠は、彼女とも非常に相性がよいと思うのですよね。それこそ、悲しみに彩られた『あやかし』の魔石よりも」

 

「……」

 

「まあ、淡水のダンジョンを支配して『海の主』というのはどうかと思いましたけれど、なんにせよその力は本物です」

 

 りりたんの呟きの通りで、ヘノに渡した魔石は、やはりりりたんが意図的に選び出したものだった。

 海の命を司る魔石と、消え行く一人の人魚。

 りりたんに出来る手助けは、これで打ち止めだ。その上で更なる奇跡が起きるかどうかは、りりたんにすらわからない。

 

 けれど。

 

「桃子さんも、ヘノさんも、そして人魚姫も、やれることはやりました。あとはセイレーン、あなたの選択次第です。生きる意志があるならば――その手を伸ばしなさい、セイレーン」

 

 りりたんの問いかけは、今まさに消えようとしている一人の人魚に、届いているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 なお。船の上で、りりたんのポエムじみた呟きを聞かされていた檸檬は、実に白けた表情である。

 

「……なあ魔女様さ。アンタって、中二病?」

 

「は、はぁ?! な、何を言い出すのですか? 意味不明ですよ。りりたん、とても凄い魔女様なんですからね?! 聞いてます?!」

 

「いや、だってさ。いきなり海に向かって語り出すのとかさ、なんかそんな感じじゃん?」

 

「はぁ?! れもたん、戦争ですか? まさか、りりたんにさっそく挑戦状をたたきつけるというのですか? 勝負ですか? ガチなら私に勝てるとかお思いですか?」

 

「あー、ごめん、ごめんて! 怒んないでよ、アタシが悪かったから。畏れ多いことを言って申し訳ない、アンタは偉大で謎に満ちた、正体不明の魔女様だ」

 

「ふふん。まあ、そうでしょう? もう、二度と変なことは言わないでくださいね?」

 

 やれやれ、と。檸檬は心の中でため息をつく。

 命を救われるのと引き換えにちゃっかり檸檬の雇い主となってしまった漆黒ドレスの魔女様は、かなり面倒くさい性格をしているなと、檸檬は改めて確信する。もちろん、それは決して口には出さないが。

 

 口には気をつけねばならない。

 なにせ、ここは海のど真ん中で、オールもなしに小舟で漂流しているのだ。しかも、地上へと戻るための階段は崩れ落ちている。

 ここで魔女様を怒らせてしまえば、檸檬は本当の意味で地上へ帰る術を失ってしまうのだ。

 

 

「話は変わるけどさ。アタシ、あの子たちにどういう顔して会ったらいいと思う? 勘違いで殺しかけちゃったしさ、合わせる顔ないじゃん……」

 

「ふふふ。れもたんは手のかかる子ですね。言ったではないですか、あれこれと気にせずに一緒にカレーでも食べればいいのですよ。彼女たちには、恨みもつらみも、ありません。聞こえますか? この歌声が」

 

「……ああ。優しい歌だなって思うよ」

 

 りりたんに言われて耳を澄ませてみれば、確かに、どこからか美しい歌声が聞こえてくる。

 それは、決して悲しみの歌などではない。呪いの歌声などではない。

 

 優しく、喜びに満ち溢れた歌声が。友への愛を歌う歌声が。

 この広い、瀬戸幻海の海へと。響き渡っていた。

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