ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
【尾道ダンジョン専用 雑談スレ】
:もうギルドが大混乱でどうにもならない、せめてここだけでも情報交換の場にしよう
:現在、スタンピード発生中。なんだか水が溢れだして魔物が増えてるから、ダンジョンに入ってるやつがいたらすぐに退避推奨。
:12年前の状況を知ってる近隣住民もニュース聞いてギルドに駆け込んでて、その対応もあってギルド職員が足りない
:まって、スタンピード終わってるってよ
:どっちだよ
:さっきの地震はスタンピードと関係してるの?
:俺、あの地震と同じ感じの揺れを昨年の琵琶湖ダンジョンギルドで体感したことがあります。
:人魚 地震 ダンジョン崩落 う、頭が……
:ははは、まさかね
:呪いで寝てた連中が目覚めて、病院側も大混乱中よ
:とんでもない情報なんだけど、書き込んでいい?
:許す
:あやかしをセイレーンと人魚姫が協力して倒したらしい
:ちょっと何いってるかわからない。
:いや、呪いから目覚めた人たちが、口をそろえてそう言ってるんだ。俺は彼らの言葉をそのまま書き込んだだけ。
:あやかし? セイレーンじゃなくて?
:人魚姫って、琵琶湖の?
:さっきの地震、原因わかっちゃった☆
尾道ダンジョンのスタンピードは、その日の夕方には終息した。
第三層『瀬戸幻海』へと続く階段が謎の地震とともに崩れ落ち、具体的にそこでなにが起きていたのかは未だに判明していない。
ダンジョンに起きていた現象の調査なども含めて、尾道ダンジョンギルドは当分慌ただしい日が続くだろう。
まだ表立って発表はされていないけれど、既に呪いに冒されて眠っていた探索者たちも全員目覚めているはずだ。
特殊個体『セイレーン』が認定されたその日のうちに、短い時間とはいえスタンピードが発生し、そしてダンジョンの崩壊。
呪いに冒された探索者たちが目覚めたあと、ギルドにどのような報告をするのかは分からないが、少なくとも彼らの証言により『セイレーン』への誤解は解けるのではないだろうか。
唯一、『瀬戸幻海』に降りたまま行方不明になっている少女がいるけれど、恐らく今ごろは尾道ダンジョンギルド宛に、生存報告の連絡が届いている頃だ。
まさかの場所からの報告に、ギルドは混乱を極めるだろうけれど、朗報なのは間違いないのだ。ギルドには頑張ってもらうしかない。
そして、人知れず、特殊個体『あやかし』を討伐しスタンピードを終息させた探索者、桃子は――。
「疲れたあ……もう動けないよぉ、柚花ぁ」
「今回は、本当にお疲れさまでした、先輩」
夕日に照らされた妖精の国の花畑では、水着姿のままの桃子が心底くたびれた様子で大の字に倒れていた。
全てが解決したあと。ダンジョンの階段が何者かによって破壊され帰り道が消滅していたため、桃子はりりたんの転移魔法でこの花畑まで送り届けてもらったのだ。
そして、戻ってきた途端にこれである。
花畑に大の字になって倒れる桃子を、苦笑しながら柚花が労っている。
横になった桃子は、見るからに相当苦労してきたことが伝わってくる、大変な姿だった。
「先輩の水着、ボロボロになっちゃいましたね」
「そうなんだよねえ。また今度同じの買おうかなあ」
白いキャミソールタイプの水着のトップスに、下はスカート状のパレオのみ着用という、大の字になるにしては非常に開放的すぎる姿だ。
その水着は全体的にボロボロになるほどのダメージを受けていた。あちこちが破れ落ち、切り裂かれた無惨な姿だ。柚花はそれを見て、よく最後までもったものだとすら思う。
真っ白だった布地には痛々しい赤い染みが至るところに残っていた。見ようによっては、ホラー映画に出てきそうな姿である。
これはしかし、桃子とヒメの死闘の証だ。桃子が血を流し、ボロボロになるまで戦った証拠だ。
柚花は、この日ばかりは先輩がどれだけ駄目な感じでだらけていても、甘やかそうと決めた。
「うー、カレー食べたい……けど、動きたくない」
「そう言うと思って、調理部屋にすでに用意はしてありますよ。カレーライスじゃなくて、ポンコさんのカレーうどんの残りを譲ってもらったものですけど」
「うわあい、ポンコちゃんのカレーうどん大好き! 柚花も大好き!」
「じゃあ、温め直しますから、その間はおとなしくそこで診察を受けておいてくださいね」
「はーい」
カレーがあると聞いた途端に元気が出てきたのか、大の字に倒れていた桃子がガバリと起き上がる。元気そうでなによりだ。
とはいえ、満身創痍なのは変わりない。どうせカレーうどんを温める間はやることがないのだからと、柚花は桃子を押し止めて、その場に再び寝かしつける。
いま、桃子の左右には、桃子の体調を調べるために二人の妖精が待機しているのだ。うどんを待つ間に妖精たちによる診察を済ませてしまうのが、恐らく一番手っ取り早いだろう。
「ククク……その節は、私たちの薬が力及ばなかったようで、実に申し訳ないねぇ……」
「ごめんヨ。呪いを、甘くみてたヨ」
薬草の妖精ルイと、緑葉の妖精リフィ。
この二人は、今回の騒動の顛末を聞き、実にばつの悪そうな顔をしていた。
と言うのも、彼女たちの製作した『セイレーンの呪いを解く薬』こと薬草のお香は、探索者たちの呪いを解くことが出来なかったのだ。
全員がこの薬で呪いが解ける前提で行動していたため、最終的に色々と話がこじれてしまった原因となってしまったのは、間違いのない事実である。
普段は厚顔無恥な妖精たちだけれど、さすがに自作の薬が効かなかったことが原因で桃子が死にかけたとなると、申し訳なさが前面に出てくるようだ。
「まあ、仕方ないよ。まさかさ、あやかしの呪いだなんて、誰もわからなかったんだしね」
桃子の言うとおり、仕方ないことではある。
魔法生物の力が暴発しただけの呪いと、特殊個体が悪意をもって仕掛けた呪いでは、その質には天と地の差があるのだ。
今回の黒幕であるあやかしは、魔法生物の身体に潜むことで、柚花の【看破】やティタニアの感知、そしてりりたんの千里眼すら騙し通していたのだ。ルイとリフィがそこまで見抜けなくとも、誰も責めはしまい。
「それにさ、薬草のお香がなかったら、被害者の人たちは間に合わなかったかもしれないもん。二人とも、みんなをきちんと助けてくれたんだよ」
そして、桃子の言う通り。
あの薬草のお香は、呪いを完全には解けなくとも、軽減は出来た。もしあれがなければ、最終決戦までに被害者たちの命が失われた可能性もあるのだ。
とはいえ。妖精たちは、そんなことでは納得しない。
自分達の作った薬が、目的を達成できなかった。成功か失敗かで言えば確実に失敗であり、彼女たちにとってはそれは間違いなく、敗北なのだ。
「やっぱり、もっと脳みそが弾けるくらい強力な薬にしておけばよかったヨ。次はそうするヨ」
「そうだねぇ……人間の身体に遠慮しすぎたようだ……次はもっと、副作用など気にせずに……ククク」
「それはきっと、余計に大事件になっちゃうから、やめた方がいいね」
ルイとリフィは、反省がいきすぎて今度はマッドなサイエンティストみたいになってしまったが、これもまたいつもの妖精の国である。
「ふむ……ヒメくんの能力だったとは言え、かなり無理をしたようだねぇ。怪我こそ残っていないけれど、早めに休むことを、お勧めするのさぁ……」
「精神的には、全く問題なさそうだヨ。桃子は凄いね、どんな大変な状況になっても、ことが済んだらケロリとしてるヨ」
ルイとリフィは、決して愉快なサイエンティスト漫才をするために集まっているわけではなく、桃子の身体がダメージを負っていないかを調べるためにここにいるのだ。
しかし二人の見立てでは、多大なる疲労こそあれ、これといった怪我などは無さそうだ。健康でなによりである。
「よかったあ……一時は全身傷だらけでさ、ヒメちゃんは痛がる素振りは見せなかったけど、ぞっとしちゃったんだよ」
「そこは迅速に治療をしてくれた魔女に感謝だヨ」
全ての戦いが終わったあと、合流した際にりりたんがまっさきに治癒の魔法を使ってくれたのだ。
桃子の傷の痛みの大半はヒメが負担してくれていたけれど、ヒメだって全身痛かったはずなのだ。ここは素直に、りりたんに感謝する他ないだろう。
「しかし、明日あたりには、地獄の筋肉痛が……ククク」
「え? いまなにか言った?」
「ククク……見物だねぇ」
「え? なに? 怖い、怖いよルイちゃん!?」
何やら不穏な呟きも聞こえた気がするが、しかしルイが不穏な呟きを残すのもいつものことなのだ。
気にならないと言えば嘘になるが、桃子はいつも通りの妖精の国の姿に、心からの安堵を覚えるのだった。
なお、次の日にはものすごい筋肉痛になり、ルイの言葉の意味を1日遅れで理解することになるのだが、それはまた別な話である。
「桃子。いま戻ったぞ」
「も、戻りましたよぉ……?」
「あ、ヘノちゃん、ニムちゃん、お帰りなさーい」
桃子がルイたちと雑談に興じていると、そこにやってきたのは風の妖精ヘノと、水の妖精ニムの二人だ。
「リュックは。いまはやっぱり無理だな。今度また。階段が戻ったときに。探しに行ってみるぞ」
「か、階段は崩れてますし……お、大勢の探索者さんが来てて、こっそり移動するのも難しくて……」
「うーん、仕方ないねえ」
ヘノたちはつい今しがたまで、回収し損ねてしまった桃子のリュックを探すために尾道ダンジョンへと再度様子見に向かっていたのだ。しかしどうやら、リュックを探すどころか、現状では瀬戸幻海へと降りることそのものが難しいらしい。
事情があったとはいえ、それも全て、どこかの誰かが階段を破壊したせいである。滅茶苦茶なことをする者がいたものだ。
だが、困ったのは桃子だ。リュックがないとなると、探索者用の端末もなければ、探索者としての身元を保証するカードもない。
もちろん再発行は可能なはずだけれど、これはギルドで窓口によるお説教コースかなと、桃子は既に泣きべそ気分である。
そして何より、一番困ってしまうのはこの日着て帰るための服がないことだ。桃子の今の姿は全身が切り刻まれボロボロになり、あらゆる箇所が血に汚れた白い水着。しかもパレオの下は穿いてない。
「今日はこの格好で帰らないといけないのかなあ……」
「やめてください先輩、いくらなんでもそれで地上に出たら即座に警察に保護されるやつです」
声をかけてきたのは、カレーうどんを器にいれて運んできてくれた柚花だった。先程から桃子は花畑に寝転がっているだけだというのに、いたれりつくせりである。
温められたカレーうどんの香りが桃子の胃袋を刺激する。昨晩も同じカレーうどんを食べたので2日連続だけれど、ポンコのカレーうどんはとても美味しいので、連日でも全く問題ない。
「私が地上で買ってきてもいいですけど、なんなら今からオウカさんにでも連絡して、小梅ちゃんの子供服を譲ってもらいましょうか?」
「小梅ちゃんの子供服かあ……まあ、この際背に腹は代えられないかな」
ここから地上に服を買いに行くよりは、妖精の国から桃の窪地へ続く光の膜を抜け、そこで小梅の服を借りた方が圧倒的に早く済みそうだ。それどころかこの際、桃子が着て帰れるならばオウカの服を借りても問題ないだろう。
しかしなんにせよ、まずは食事である。
「まあ、連絡はしときますから。先輩はとりあえずカレーうどんを食べちゃってください。がっつかずに、ゆっくり食べてくださいね?」
「はーい。ずるずる。ずるずる」
この日は、まれに見る大変な1日だったけれど。沢山血を流して、沢山泣いて、沢山魔力も消費したけれど。
その分だけ。いつもの皆で食べるカレーうどんが、とても美味しかった。
電車の窓からは、夜の街並みが見える。
柚花と二人、電車に揺られながら、今日あったことについて話をする。
桃子の服装は、小梅のワンピースだ。ちょうど購入したてのジュニア下着のセットも譲ってもらえたので、今の桃子は本格的な小学生コーデなのだが、いつもと印象が変わらない。
「えあろさんのうどん、食べたことないんだよねえ。北海道ではマグマさんとの合作だったし」
「先輩だったら、会いに行けばいくらでもご馳走してもらえると思いますよ。ヘノ先輩も連れていったら、えあろさん大喜びしそうですよね」
「あはは、わかるわかる」
この日だけで様々な事件があったので、ずっと話していても終わらない。
次の日が平日でなければ夜通し柚花と話していたのにな、と桃子は少しだけ、残念に思う。
電車は途中の駅に止まり、多くの乗客が入れ替わる。ここにはスタンピードもない。呪いの歌もない。とても、平和な日常だ。
「そう言えば、その狙撃手の……檸檬さんでしたっけ? その子はどうしたんですか? 流石に、瀬戸幻海に放置したわけじゃないですよね?」
「ああ、うん。檸檬さんも、りりたんが転移魔法で転移させてあげたんだけど……」
桃子は、この日にはじめて出会った狙撃少女のことを想起する。
彼女は今ごろ、安全な場所に保護されているはずなのだが――。
「なあ、アンタ。ええと……座敷童子、だったっけ?」
『うん、萌々子だよ。よろしくね♪』
「へへっ、可愛いな。んで、アタシはこれからどこに連れてかれるわけ?」
『あのね、あっちにカラス天狗が出てて、みんなが苦戦してるから、手伝って貰ってもいい?』
「ん、わかった。空中の魔物はお姉さんに任せな。んで、結局ここはどこなんだ……?」
檸檬は、りりたんによって遠野ダンジョンまで転移されてしまったのだ。
すぐに萌々子がやってきてマヨイガの前線基地へと案内されていったらしいので、檸檬は今ごろは松茸ご飯でも食べている頃かもしれない。
「『行方不明者は、遠野の地で発見されるものと相場が決まっているのですよ。ふふふ』って言ってたよ」
「なんですかそれ。遠野ダンジョンを迷子の保護施設かなにかと勘違いしてるんですかね?」
「あ、うん。そうだねー」
桃子が棒読みで同意する。
しかし、この棒読みで同意を示す桃子こそが、実は遠野ダンジョンに遭難者をポイポイ連れて行っている主犯格なのだ。桃子も内心、行き先に困った人はマヨイガでいいや、とか思っている節がある。
なので、柚花の発言がやたらと耳に痛かった。
「ねえ、柚花」
「はい、先輩」
桃子の降りる駅が近づいてきた。
だから、桃子は。今日の別れの前に、柚花と約束をすることにした。
「今度さ、一緒に瀬戸幻海に泳ぎに行こうよ。私はヒメちゃんに力を借りて、柚花は水中呼吸の魔法でさ」
「うえー、例の、肺に水を注ぎ込む魔法ですか……」
いつか、瀬戸幻海で柚花も交えて一緒に泳ごう、と。
その約束を、取り付ける。
結局、先日の瀬戸幻海では柚花だけが砂浜で待ちぼうけだったけれど、桃子がヒメの力を借りられるならば、ヘノとニムは柚花のために水中呼吸の魔法を使えるはずなのだ。
季節は7月に入る。
まもなく、夏がやってくる。
友達と泳ぎに行くなら最適な季節だ。
「それでさ。みんなで泳ぐの。私と、柚花と、それと――」
「ヒメ、ヒメ。凄イワネ、大キイワネ」
『……ああ。ペルケトゥスっていう、友達なんだ』
全てが水に沈んだ階層で。
巨大な鯨が、優雅に水中を進んでいく。
「ヒメノ友達ナラ、ワタシモ、友達ネ。ヨロシクネ、ペルケトゥス」
『……よかったな。ペルケトゥスも、喜んでるぞ』
鯨の鼻の先には、二人の人魚の姿があった。
二人は鯨に手をそっと当てて、親しげに挨拶を交わす。
「コンド、瀬戸幻海デモ一緒ニ泳ギタイワ」
『……あの転移魔法の門。ペルケトゥス、通れるか?』
彼女たちは、これからもずっと、共に過ごしていけるだろう。
孤独だった人魚たちは、この日ようやく、孤独ではなくなった。
二人の人魚の姿を。
ダンジョンに棲まう巨大な鯨だけが、静かに、そして優しく。
ずっと、ずっと。見守っているのだった。