ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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お風呂と爪楊枝

「せ、先輩、絶対に私のこと、離さないで下さいね……!」

 

「うん、もちろん。私が柚花を離すわけないでしょ?」

 

「うぅ……す、素敵な絆ですねぇ……」

 

 この日、桃子は柚花を抱きかかえながら。

 吹きすさぶ風の中。大空を、雲の上を飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘノと二人で上高地ダンジョン第二層にある温泉を発見した次の日。

 桃子は、さっそく柚花とニムを連れて、再び上高地ダンジョンへと遊びに来ていた。

 

 昨日はあれから温泉の水を持ち帰り、水の妖精ニムや薬草の妖精ルイにその水質を見て貰ったのだけれど、結果としては人間に対して害のある水質ではなく、入浴しても問題ない温泉だということが判明した。

 むしろ、良質な魔力が充ち溢れており、地上の温泉とはまた違った意味合いで身体にも良い効果があるのではないか、との分析である。

 なので、翌日にはさっそく柚花とニムを誘い、再びこの大空を飛んでいるのだ。なお、柚花は空を飛べないので、移動時は桃子にお姫様抱っこをされる形である。

 

 ヘノの作る気流で、桃子と柚花の周囲には強風が渦巻いている。

 これはあくまでヘノが作り出している風なのだが、やはり空の上で強風に吹かれるというのはなかなかのスリルである。

 

「カ、カリンが飛んでる姿は気持ちよさそうでしたけど、いざ自分が運ばれると、これは……かなり、怖いですね」

 

「私も昨日は久しぶりに空飛んで、滅茶苦茶に怖かったよー。でも、大丈夫大丈夫。落ちるときは二人一緒に尻もちだね」

 

「いや、尻もちどころか落ちたら命はないですよこれっ」

 

 桃子は過去にも一度、カリンを抱き上げてヘノグライダーの二人乗りはしたことがある。

 あの時は桃子がカリンを無造作にお姫様抱っこするだけで、命綱も何もつけず、お世辞にも安全な運び方とは言えないものだった。

 けれど、今回は安全性も考えている。ちょうど昨日フラムが拾ってきたロープを固定するハーネスがあったため、それを点検修理したものを柚花にも装着してもらったのだ。

 

 ハーネスにより、柚花と桃子はいま運命の赤い糸ならぬ、探索者御用達のロープでつながった状態だ。これならば、桃子が手を滑らせたとしても、柚花だけが落ちるなどということはない。万が一落ちたとしたら二人一緒だ。

 無論、落ちるときは一緒だから安心などという理屈は通らず、ハーネスをつけたところで柚花は全然安心できていないわけだが。

 

「うぅ……こ、ここから落ちたら……ど、どこに落ちちゃうんですかねぇ……」

 

「お前ら。落ちる話。好きだな」

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、さすがにある程度飛んでいると、柚花も多少はこの状況に慣れてくる。

 雲の上を飛ぶ恐怖がなくなったわけではないのだが、桃子と共に周囲の状況を眺める余裕は生まれたようだ。

 

「ほら柚花、あっちあっち。あそこに温泉が湧いてるの」

 

「ああ……あの島ですか。本当だ、湯気が立ってますね。なんかすごくないですか?」

 

 昨日、桃子が見たものと同じ光景を柚花も眺めている。

 緑に覆われた島の中ほどから、わかりやすく湯気が立っている。これだけ離れた距離からも見えるということは、それだけ大規模な温泉が沸いているということだ。

 

「な、なんでお湯が沸くんですかねぇ。ふ、不思議ですねぇ……」

 

「この小さな浮島ですから地熱もなにもないでしょうし、やっぱり地上の温泉とは全く原理の違う、魔法的な温泉なんでしょうね」

 

「とりあえず。近くに着地するから。転ばないように。するんだぞ」

 

 水の妖精でもわからない、不思議なダンジョンの湧き水。もとい、湧き湯。

 ニムと柚花が共に不思議そうに首を傾げている間にも、ヘノグライダーは目的地へと到着する。

 

 そこには、上空から見た通りの、プールのような巨大な温泉と――。

 

 

 

 

「まったくもう。ももたん、ゆかたん、随分と遅かったじゃありませんか。りりたん、一人で待ちぼうけでしたよ」

 

 黒い髪をまとめてアップにし。

 すでに衣服は脱いで、身体にはバスタオルを巻き。

 横にはヒノキの桶に、まるいお盆。それに、市販の店で買ってきたであろう、食料品の入った袋を手に持ったりりたんが。

 

 完璧な入浴準備を終えて。

 両足をちゃぷちゃぷと温泉に浸からせた姿で、待ち構えていた。

 

 

 

 

「りりたん?! え、待って、どうしてここに?」

 

「色々つっこみたいところはありますけど……おおかた、先輩が温泉に来ることを事前に察知して、先回りでもしてたんでしょう」

 

「さすがは柚花先輩です。実はその通りですよ」

 

 りりたんの出迎えに、桃子は目を丸くする。

 同じく驚いてはいるものの、半ば納得顔を浮かべるのは柚花だ。

 ヘノとニムは、りりたんではなくりりたんの持っている市販の袋に興味津々で、人間たちの会話も聞かずにさっそく袋の中身を覗き込んでいる。

 

「魔女。なんだこれ。随分と。色々入ってるけど。おいしそうな香りがするぞ」

 

「お、お肉ですかねぇ……? そ、そっちの丸いのには、ツヨマージみたいなのがささってますよぉ?」

 

「ふふふ。お二人は相変わらず食いしん坊妖精ですね。今日はりりたん、皆で一緒に食べながら温泉に浸かろうと思い、唐揚げやたこ焼きを大量に買って来ましたよ」

 

「その服装といい、滅茶苦茶温泉楽しみにしてますね、りりたん」

 

「いつもは黒いドレスなんて着てるけど、りりたんもやっぱり日本人だね。しょうがないよね、日本人みんな温泉大好きだもんね!」

 

 柚花はりりたんの充実した準備の数々に呆れ顔である。

 一方桃子は、りりたんの来訪を知ってにこにこ顔だ。入浴という形は想像していなかったけれど、事件とか関係なくりりたんと一緒にダンジョンに訪れるというのは、桃子にとって「やりたかったこと」の一つだったのだ。

 意外な形で願いが叶い純粋に、嬉しくてにこにこしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 この浮島には、探索者たちは降りてこられない。りりたんが結界を張ってくれたので、魔物が寄ってくることもない。

 なので、この木々に囲まれたプール大の温泉は今、桃子たちだけの貸し切りである。

 なんなら自由にバシャバシャとこの湯の中を泳いだっていいのだ。もちろん大人たる桃子たちは、そんな子供のような真似はしていないが。

 

「魔力が。充実してて。なんだか。気持ちいいな」

 

「お、温泉って、魔力で包まれる素敵な場所なんですねぇ」

 

 妖精たちもまた、いつもの白い衣を消して、温泉の端の浅瀬で裸の付き合い中である。

 どうやらこの温泉は天然の魔力が多く含まれる、云わば『魔力の湯』とも言うべき温泉だったようだ。妖精たちは肩まで湯につかり、うっとりとした様子で、良質の魔力を全身から吸収していた。

 人間の少女たち三人も、湯舟に木製の盆を浮かべて、そこに各自が持ち寄った唐揚げやら、カレーおにぎりやら、ドライフルーツやらを乗せて、おいしいものを食べながらの温浴を満喫している。

 

「ゆかたん、もしかしてりりたんはお邪魔虫でした? ももたんと二人で裸の付き合いがお望みでしたか?」

 

「人をなんだと思ってるんですか。先輩とは時折妖精の国で水浴びする仲ですから、温泉くらいで目くじら立てませんよ」

 

「何の話してるの?」

 

「いえ、なんでも」

 

 そんな不思議な会話の中、ふと。

 桃子は、りりたんが足にまく形で装着している黒い布のようなものに視線を向ける。

 お風呂で服を脱いだ裸の状態なので、足だけにつけた黒い布が非常に目立っている。

 

「そう言えば、さっきから気になってたんだけどさ。りりたん、その足どうしたの? それってサポーター?」

 

「ええ。体育の授業で捻挫をしてしまって。しばらくサポーターをしておくようにと言われているのですよ」

 

「そっかー。体育の授業じゃ魔法は使えないもんね。りりたんも怪我なんてするんだねえ」

 

「そんなの絶対嘘じゃないですか」

 

 体育の授業での捻挫。理由としてはあり得ない話ではないかもしれないが、おそらく嘘だろうと柚花は判断する。

 先週は期末テスト期間で、体育の授業などはなかったはずだ。そうでなくとも、捻挫のサポーターをつけたまま温泉に浸かるなどということは普通はない。

 と言うより、半死半生の人間すら治せるりりたんが、自分の捻挫の自然治癒を待っているというのがまずおかしい。

 

「はい、ゆかたんも唐揚げをどうぞ。りりたんの一推しのお店のじゅーしぃな唐揚げです。いま咥えているのは期間限定のカレー味ですよ」

 

「はむ……あ、おいしいですね、これ……」

 

 しかし、疑問を口にしようとした柚花の唇は、先んじて爪楊枝に刺さった唐揚げで塞がれた。

 何を隠しているのかは知らないが、また何かしらの秘密主義で話す気はないのだろうなと柚花は判断し、おとなしくそのまま唐揚げを咀嚼する。

 りりたん御用達の店の唐揚げは、実際にジューシィで美味しかったが、横から物欲しげに唐揚げを見つめる桃子の視線が気になって、今一つ味に集中できないのであった。

 

 

 

 

 

 

「先輩、タオルがずれちゃってますよ」

 

「ありゃりゃ」

 

 温泉にはいるときは頭の上にタオル。

 最初に誰が始めたのかわからない風習だが、桃子も頭にタオルを乗せて温泉を全身で楽しんでいる。

 

「ふぅー……あ、そういえばさ。前から気になってたんだけど、りりたんに聞いてみてもいい?」

 

「はい? りりたんに答えられることならば、なんでもどうぞ」

 

 桃子は、今はクールダウンとして温泉の外の岩場に腰かけて、足だけを湯舟に入れているりりたんに聞いてみる。

 りりたんは手にはたこ焼きのパックを持ち、爪楊枝でぷすりと刺したたこ焼きを味わっているところだった。

 まさに、桃子が聞きたいのは、今りりたんが手に持っているそれに関わる話である。

 

「ツヨマージってあるじゃない? あれって、先代の女王様……つまりは、りりたんがティタニア様のために作ってあげたものなんだよね?」

 

「ええ、そうですよ? あれは……いつ頃だったでしょうか。随分と懐かしい話ですね」

 

「あれってさ。どうして爪楊枝そっくりに作ったの?」

 

「あ、私もそれは気になります。あれ、爪楊枝そっくりすぎて紛らわしいんですけど」

 

 桃子と柚花も、唐揚げやらたこ焼きやらを貰っていたので、今はそれぞれが一つずつ爪楊枝を持っていることになる。

 そして、そのどれもがヘノの持つ『神槍ツヨマージ』とサイズも見た目もそっくりなのだ。

 もし今、ヘノを交えて手にしている爪楊枝をシャッフルしたとしたら、桃子はそこからツヨマージを選び取れる自信がない。

 

 どうして、アイルランドやイギリスのダンジョンを住処にしていた妖精の国の女王が、爪楊枝そっくりのものを作りだしてしまったのか。

 リドルではないが、これはまさに『謎』なのでは、ないかな? とも思っている。

 

 問われたりりたんは、たこ焼きを咀嚼してから、ジッとその手に持つ爪楊枝を眺めて、首を小さく傾げている。

 前世の記憶を思い出そうとしてくれているのだろうか。しばらくそうしていたりりたんだが、ゆっくりと、口を開く。

 

「恐らく……ですけど、あれは、クリスティーナがまだ10歳くらいの頃だったとは思うのですよ。どなたか、珍しい客人が妖精の国へとやってきて、その方が爪楊枝を持っていたと思うのですが、何故だかあまり覚えていないのですよね……」

 

「そっかー、前世の記憶だし、ところどころは思い出せなくなってるのかなあ」

 

「クリスティーナ会長が10歳っていうことは、意外と近代なんですね」

 

 りりたんが、何かを思い出そうとして、爪楊枝を見つめていた。

 しかし自然とりりたんの視線は上がっていき、何故だか湯舟につかる桃子をジッと、見つめていた。

 

「そうだ、思い出してきました。東洋から来た……不思議な存在がいたんです。意味不明な言動が多くて……」

 

「え? なに? なんで私を見てるの?」

 

「まあ、先輩も確かに東洋出身の、意味不明な言動の多い不思議な存在ですしね」

 

「え? 今何か酷いこと言われてる?」

 

 そして、りりたんは、桃子を見つめたまま黙り込み。

 

 黙り込み。

 

 黙り込み。

 

「……っぷぷっ……ふふっ……ま、まさか、嘘ですよねっ……ピ、ピーチ……っぷふふっ」

 

 いきなり馬鹿笑いを始めた。

 

 りりたんが黙って桃子を見つめていたかと思ったら、突然噴き出して笑いだすのだから、これにはみんなびっくりだ。

 湯舟でうっとりしていた妖精たちもりりたんを振り返り、柚花の【看破】をもってしてもその真意が看破できず、恐らく笑われているであろう桃子としても、何がなんだかわからない。

 ただ、りりたんが突然おかしくなってしまったことだけはわかる。

 

 これは、緊急事態では、ないかな? 桃子の心のリドルが告げる。

 桃子は爪楊枝に刺さっていたたこ焼きのタコを口にぱくっと放り込むと、爪楊枝を片手に立ち上がり、慌ててりりたんへと駆け寄ろうとする。

 

 が、こういう場合は本来決して、慌ててはならない。

 天然の温泉である以上、足場がどうなっているかはわからない。水が透き通っているとはいえ、決して見通しが良いわけではない。

 例えば、足元が突然深くなっているかもしれない。

 例えば、尖った岩などで足を怪我するかもしれない。

 

「え、りりたん? どうした……ってうわぁあっ?!」

 

 そして、例えば。爪楊枝をもったまま表面が滑りやすい岩に体重をかけてしまい、それに足をとられて水しぶきと共にひっくり返って、その拍子に水を飲み込んでしまうかもしれないのだ。

 

 

 

 

「ちょ、先輩?!」

 

 桃子は、ごろりとした岩に足をとられて、見事に水しぶきと共にひっくり返ってしまった。

 幸い、頭を打ち付けたりはしていない。

 だが、勢い余って、水を飲み込んでしまった。

 

『ごぼごぼっ』

 

 水が肺に入り込む感覚。

 深潭宮で。尾道ダンジョンで。水中呼吸の魔法と共に味わった感覚だが、しかし今は水中呼吸の魔法は使っていない。

 このままでは、温泉で滑って転んで水を飲んで溺れてしまう。

 

 自分の緊急事態に、桃子の脳が加速する。

 水中の景色の全てがスローに見えた、その時。

 

 桃子の脳裏に、誰かの声が届いた気がした。

 

 

 

(……母様。私が、入る。落ち着いて)

 

 

 

 瞬時に、桃子が魔力を纏う。

 肌は小麦色になり、犬歯は牙のように鋭くなる。滑って転んだその足は、巨大な魚の尾ひれとなる。

 それと共に、苦しかった呼吸が楽になっていく。

 唐突に魔力の豊富なお湯を飲み込んでしまったからだろうか。少々頭がぼんやりして、現実感が薄らいでいるが、しかし意識ははっきりとしている。

 桃子はどうにか落ち着いて、その湯の中から上半身を起こすことが出来た。

 

「げほっ……はぁ、はぁ、ヒメちゃん? ごめんね、お風呂で滑っちゃっただけなんだ……けど」

 

 ここは大して深いわけではない温泉だ。上半身だけでも起き上がれば、そこには目を丸くして驚いている柚花たちが――。

 

「え……?」

 

 ――いなかった。

 

 

 確かに、自分は上高地ダンジョンの浮島にある温泉で転んだのだ。

 たった今まで、目の前には柚花がいて、りりたんがいて、ヘノとニムも湯舟でうっとりしていたのだ。

 

 桃子は混乱している。身体に入っているヒメも、状況をもとから知らないにしても、困惑の感情が隠せない。

 

 

 目の前には。柚花たちの代わりに。

 

 金髪の、どこかで見たことのある顔立ちの外国人の女児と。その横を飛ぶ、やはりどこかで見たことのある虹色の蝶の羽根を持った小さい妖精の二人組が。

 目を真ん丸にして、突如として現れた小麦色の肌をした人魚の姿を。池のふちから、ジッと見つめているのだから。

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