ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「……母様。ここは、どこ?」
「ごめんね、ヒメちゃん。私もよくわからないことになってるみたい」
ザブリと上半身を水面から出すと、そこにあるべき景色が一新していた。
自分が浸かっているのは、ダンジョンに湧き出ている湯の中であることには代わりない。だが、先程まで存在していた浮き島の木々がそこにはなく、全く見覚えのない景色が広がっていた。
空には青空が広がっている。地上に出てしまったのかとも思ったが、ヒメの感覚では周囲に漂う魔力を感じとれるため、ここは屋外タイプのダンジョンなのだろう。
周囲の地形は、岩場、と呼べばいいのだろうか。
六角柱のような形状をした岩で構成された不思議な地形だった。
地面には、六角形をした岩が敷き詰められている。更には、その六角柱が柱や壁のように連なって、様々な段差を産み出している。
桃子はどうやら、その岩場にひっそりと存在する水場……というか、岩場に湧き出る小さな温泉に居るらしい。
そして。
桃子たちのすぐ目の前には、見知らぬ少女と妖精がいる。少女は驚いた顔で桃子――いや、人魚姫の姿を見つめており、妖精はその少女を護るように前に出て、警戒心を露にする。
ヘノと同じくらいのサイズで、蝶の羽根を持つタイプの妖精だ。その羽根はとても美しく、光の加減によって虹色に輝いて見える。
ヘノの仲間には、あのような姿の妖精はいなかったはずだ。しかしその羽根の色合いは、どことなく見覚えがある。
そして少女のほう。ブロンドの髪に白い肌と、どう見ても日本人ではない少女だった。
日本人から見れば海外の子供は大人びて見えがちだが、それでもかなり若い年齢に見える。もしかしたら、小梅や茉莉子という小学生たちと同年代か、或いはそれよりも幼いかもしれない。
そしてやはり、その顔立ちもどこかで見たことがある。
『Who’s that!? ――mermaid? ――!?』
『Christina! ――!! ――?!』
『What’s ――Titania、――?』
『Hmm… ――Eastern languages――』
少女たちのやり取りは、実に流暢な海外の言語だった。
英語だとは思うのだが、桃子の耳でも発音の癖が強く聞こえたので、これは日本人が学校で習うアメリカ英語ではなく、いわゆるイギリス英語、あるいはそれに更なる別な言語のイントネーションが混ざったものかもしれない。
「どうしよう、日本語伝わるかなあ……」
残念ながら、桃子の語学力では少女たちの言葉もしっかりとは聞き取れなかった。そして恐らく、少女たちも桃子の呟きを聞いて怪訝そうな顔をするだけなので、日本語は伝わっていないのだろう。
だが。
「でもさっき、クリスティーナって、ティタニアって……言ってたよね?」
そう、わずかに聞き取れた単語。それは、桃子のよく知る人名だった。
クリスティーナ。世界魔法協会の会長であり、不老の魔女とも呼ばれる女性である。桃子の知る彼女は10代後半から20代前半のような若さを保っているが、実年齢としては少なくとも50年以上は生きていたはずだ。
そこで桃子は思い出す。この少女は、クリスティーナにそっくりなのだ。外見年齢こそ違えど、桃子の知るクリスティーナを若返らせればこんな子供になりそうだ。
そして、ティタニア。
言うまでもなく、ヘノたちの母たる妖精女王だ。虹色に輝く蝶の羽根が特徴的だが、まさにいま、目の前にいる妖精は、ティタニアと同じ羽根を持ち、そして顔立ちもティタニアそっくりだ。
身体のサイズも小さく、顔立ちもかなり幼くは見える。桃子の知る妖精女王ティタニアと比べてしまうと、必死にクリスティーナを護ろうとする姿はとても頼りない。
けれど、これは間違いなくティタニアだと、桃子は確信する。
「えと、じゃあ……じゃあ……」
桃子は混乱しつつも、頭のどこかでは冷静にこの状況について考えていた。脳裏にとあるSF用語が浮かぶ。
ダンジョンではどれだけ不思議なことが起きてもおかしくはないが、こんな出来事が実際に起こり得るのだろうか――とか思ったが、実際に桃子は50年の時を渡ってきた久世紅子という小学生を知っている。
極論を言ってしまえば、普通の小学生である紅子に起きたことなのだから、同様に普通の探索者である自分に起きてもおかしくはないのだ。
けれど、それでも桃子は安易にそれを信じられず、言葉がでない。
なので、桃子の代わりに。
「……母様。タイムスリップ、だな」
言葉の意味をわかっているのかいないのか、ヒメが。ボソリと小さな声で、呟くのだった。
桃子が上高地ダンジョンの浮島にある温泉で、つるりと足を滑らせた時間から、およそ400000時間ほど遡る。
この日も、都市部から離れた農村に住まう少女クリスティーナは、友達である妖精ティタニアと共に、ダンジョンの様々な場所を巡り歩いていた。
ティタニアとクリスティーナの出会いは、一年ほど前のことになる。クリスティーナの家の裏手に、いつの間にか現れた小さな洞穴。それは、未発見の小さなダンジョンの入り口だった。
好奇心のままに洞穴に入り込んだクリスティーナだが、そこにはまさに異世界のような迷宮が広がっていた。クリスティーナが恐怖を覚え、来た道を振り返るがもう遅い。複雑に光を反射する洞窟は、9歳の子供を迷わせるには十分なものだった。
魔物にこそ出会わなかったけれど、外へと繋がる道を見失い一人で泣いていたクリスティーナを、たまたま出くわした妖精であるティタニアが助け出したのが二人のはじまりである。
それ以降、親しくなった二人は、家の裏手の洞穴内で合流してはその都度ダンジョンを探索していた。
もちろん、危険な場所には足を運ばない。
極力魔物が少なく、そして他の人間たちにも見つからないような場所限定だ。
このクリスティーナという子供は当時から途方もない魔法の才能を秘めていたけれど、出会ったときはまだ年齢が10にも届かぬ子供である。いかに素質に恵まれていようとも、魔物と戦うには、まだ早い。
なので、魔法に秀でたティタニアがクリスティーナを護るようにしながらの探索が、彼女たちの主な遊び方だった。
母たる妖精女王ネーレイスの治めるダンジョンはしっかりと瘴気が浄化されており、それが地上に近い第一層ともなれば安全性も高い。支配域にはダンジョンの数も多く、まだ若いティタニアと幼いクリスティーナが冒険する場所には困らなかった。
人間社会ではイギリスだアイルランドだと、国境というルールによって自由に行き来できないダンジョンも、妖精たちに言わせれば等しくネーレイスの領域である。
妖精女王の国、ティルナノーグから各地のダンジョンを繋ぐ光の膜を通れば、イギリスだろうがアイルランドだろうが、自由に行き来が可能だった。
今日はそんななか、巨人の足跡とも呼ばれる不思議な石畳のダンジョンに隠された、温かい湯の湧く不思議スポットへと二人で遊びにきたところなのだが――。
ザブン、という音にティタニアたちが振り向くと、その湯の池から現れたのは、小麦色の肌をした人魚だった。手には白いタオルと、小さな木の棘のようなものを握っている。
その姿は、下半身は魚の尾ひれなのだが、上半身はまだ幼い子供のようだった。しかし、胸元には豊かな膨らみもあるため、人魚としては成人しているのかもしれない。
その長い髪はゆったりとした三つ編みに結い上げられている。目立つものとしては鋭い牙のような犬歯が見えたけれど、それくらいだ。あとは一糸纏わぬ姿の人魚だった。
ティタニアも、クリスティーナも、当然ながら人魚という存在は知っている。
物語としてもあまりに有名だし、ダンジョンに生息する魔法生物としても昔から知られており、実際の目撃例こそ殆どないものの、知名度としてはメジャーな種族のひとつだろう。
けれど。
『HIME―― WAKARANA――』
その人魚は、ティタニアたちには聞き取れない不思議な言語で独り言を呟いていた。
人魚というのはまさかこんな小さなお湯の池から現れる種族であるわけがないし、独自の言語を持っているなどと聞いたこともない。
ティタニアとクリスティーナは、それまでの会話も忘れ、唐突に現れた人魚に目が釘付けになる。
「誰?! 突然人魚が出てきたわよ?! 魔物じゃないわよね?」
「クリスティーナ、危険だから近づかないで。こっちを見てるわ!」
「なんて言ってたのかしら。ティタニア、意味わかる?」
「うーん……東洋の言語みたいで、全然わからない」
幼いクリスティーナを謎の人魚から護るように、蝶妖精のティタニアが前に出た。
この人魚は、妖精ほどの魔力は所持していないようだが、しかしその拳には途方もない破壊の力を感じる。迂闊に近づいてはならないと第六感が警告する。
若いティタニアは、この人魚がいったい何者なのか、クリスティーナや妖精の国ティルナノーグにとって害があるものなのか、必死に考えていた。
『DOUSIYO―― NIHONGO――』
ティタニアたちには聞き覚えのない言葉を口にする人魚。改めて、ティタニアはその人魚の挙動を確認するが、どう考えても非常に怪しい存在だった。
いきなりお湯から出てきたかと思えば、周囲の様子を見て、驚いたように目を丸くする。そして何を喋っているのかはわからないものの、独り言を呟くたびに表情が別人のように変わるのだ。実に不審である。
とはいえ、観察する限りは、焦っているのか、戸惑っているのか、なんだか不安げな様子に見える。少なくとも、敵対するような素振りはみえない。
だが、その手には武器のような小さなトゲを握っていた。
見た目だけで言えば、それはただの木を削り出したトゲにも見える。しかし、相手はダンジョンに住まう存在だ。あれが何かしらの特殊な力を持つ道具という可能性もあるのだから、油断はできない。
そして、その人魚が何を思ったか、自分達へと話しかけてきた。
『Titania……SAMA? Christina……SAN?』
「ねえ、ティタニア。いま、私たちの名前呼んでなかった? この子、なんだか不安そうだよ?」
「そう、ね。なんだか泣きそうな顔してるし、ちょっと……ううん、しょうがないわね」
この人魚はどうやら、自分達に敵対する気持ちはなさそうだ。
というか、先ほどからずっと不安げな顔で、いまにも泣きそうなのだ。ティタニアも警戒を解くわけにはいかないものの、しかしこれはちょっと可哀想になってきた。
クリスティーナを湯の中に入れるわけにはいかないので、ティタニアがまず、恐る恐るその人魚へと近づいていく。
「あなた、事情はわからないけれど……でも、その武器は没収するわ。敵意がないなら、せめて武器は手放しなさい」
何枚も重ねた防御の結界で身を護り、謎の人魚に近づく。
そして、パッとその手から、武器らしきトゲを取り上げると、ティタニアはすぐにそれを持って距離をとる。
『A……TUMAYOUJI……』
「ツヨマ……? まあ、いいわ。これはお母様に見せて、安全そうなら返して上げる。いいわね?」
「ねえ、ティタニア。その武器をネーレイス様に預けるなら、この人魚のこともネーレイス様に相談しようよ。この子、迷子かもしれないよ?」
「うーん……迷子、なんていうことがあるのかしら?」
ティタニアは不思議に思う。この岩場に隠れた湯の池は、他の海や湖と繋がっているわけではない。
なので普通に考えて、人魚が自分から訪れたわけでもない限りは、迷い込むなどということはあるはずがないのだ。
けれど、クリスティーナの言う通り、この人魚の不安そうな表情は迷子の子供そのものである。まるで、はじめて出会ったときの、洞窟に迷い助けを求めていたクリスティーナと同じ顔だった。
『Nereids……RIRITAN! RIRITAN!』
「な、なによ、りり……たん?」
「わからないけど、女王様に会いたい……のかな?」
人魚は、どうやらティタニアとクリスティーナの会話を断片的には聞き取れているらしく、二人が女王ネーレイスの名を出した途端に、その表情を明るくする。
もしかして、お母様の知り合いなのかな? と、ティタニアはうっすら疑問に思うが、しかし人魚の知り合いがいるなどとは聞いたこともない。
この場では判別できない以上、やはり女王ネーレイスに確認するべきだろう、というのが、ティタニアとクリスティーナの出した結論であった。
「こんにちは、私はクリスティーナ。あなた、お名前は?」
『NAMAE……MOMO……Peach! I am a Peach!』
「ティタニア、言葉が通じてるよ! あいあむあぴーち、って言ってる。この子、桃なんだって」
「そんなわけないじゃない。どう見ても人魚よ」
コミュニケーションは通じているようでいて、しかし意味までは通じていないようだ。桃は果物だ。この人魚はどう見ても果物じゃない。
ティタニアは、屈託なく笑い合うクリスティーナと自称「桃」の人魚を見やり、はてさてどうしたものかと、頭を悩ませるのだった。
それはそれとして。
人魚から没収した木のトゲは、妖精の身体に、なんだか妙にしっくりとくるサイズ感だった。