ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ティルナノーグへ

 見知らぬ岩場の温泉で。

 人魚姫の姿となった桃子は、幼いクリスティーナと、そしてまだ若いティタニアと向かい合っていた。

 

 なんの因果か、温泉で足を滑らせた拍子に一糸纏わぬ姿で過去の世界に放り出されてしまった桃子だが、その直前に人魚姫ことヒメが桃子に憑依してくれているので、一人きりではない。

 そして更に目の前には、見知った顔であるクリスティーナとティタニアの二人がいる。

 尤も、目の前にいるクリスティーナたちは遥か未来から来た桃子のことなど知るわけもなく、相手からすれば正体不明の人魚でしかないのだが、それはそれ、これはこれだ。

 

 今、この場所が西暦何年かはわからないけれど。

 それでも一人きりではなく、信頼できる誰かがいてくれるということは非常に心強いものである。

 

「……母様。爪楊枝、とられちゃったけど、いいのか」

 

「うん。まあ、たこ焼き食べてた爪楊枝だけど、武器だと思われちゃったのかもしれないしね」

 

 先ほどは、どういうやり取りによるものか、目の前を浮遊している若いティタニアにツヨマージならぬ爪楊枝を奪われてしまった。その際のティタニアの警戒っぷりからして、桃子が武器を所持していると思われたのだろう。

 この時代にツヨマージがすでに作られているかどうかはわからないが、あれをヘノをはじめとした妖精たちは『神槍』と呼んでいる。つまりは、妖精の目から見た爪楊枝は、槍なのだ。

 槍を持って出てきた人魚など、ティタニアが警戒するのも無理はないなと、桃子は少しだけ反省する。

 

 

 一方、まだ警戒心が強いティタニアに比べて、幼いクリスティーナは好意的に接してくれている。

 

「やったねヒメちゃん、言葉が通じてるみたい!」

 

「……よかったな。母様」

 

 そう。幼いクリスティーナが温泉の縁までやってきて、桃子に話しかけてきたのだ。

 突然名前を聞かれて頭の中が真っ白になってしまい、『アイアムアピーチ!』というぽんこつ英文を返してしまったのだが、幸か不幸か桃子本人も自分がなんと答えたかよく覚えていない。

 覚えておらずとも、クリスティーナは楽しそうな雰囲気なので、概ねコミュニケーションは成功である。

 

 

 

 

「ええと、まずはどうにかして、この二人にりりたんの所に連れていってもらおうね……」

 

 そう、先ほどのティタニアたちの会話から聞き取れた言葉の中に『ネーレイス』なる名前が出ていたのだ。

 桃子もその名は知っている。ネーレイスというのはティタニアの母親である先代女王の名だ。そしてつまりそれは、りりたんの前世の存在ということだ。

 もちろん、この時代の女王は桃子の知る天海梨々という少女ではないし、人間にさほど優しくないことも知っている。

 けれども、この状況を理解して解決できそうな相手など、女王ネーレイスのほかには思い付かない。

 

 桃子はヒメと小声で相談して、ティタニアたちに女王ネーレイスの元まで案内してもらう必要があると結論付ける。

 

「……母様。とりあえず、岩場に上ろう。ずっと湯の中じゃ、移動もできない」

 

「あ、そうだね。よいしょっと」

 

 桃子たちは、下半身を魚のそれから人間の両足へと変化させて、今度は滑らないよう慎重に温泉から上がっていく。

 身体を隠すものがタオル一枚しかないのはさすがにどうしたものかと思ったが、目の前には妖精のティタニアと幼いクリスティーナしかいないのだ。

 ここが温泉という認識もあり、桃子も、普段よりは裸であることへの抵抗が薄い。このまま町を歩いたりするのは論外だけれど、お風呂は裸が基本なのだ。

 ただ、それでも出来ればもう少し大きな布地か何か欲しいところだ。ここが温泉だからこそ裸でも構わない気がするが、このまま移動するのは正直言って嫌だ。

 素材でもあれば【加工】や【創造】で身を隠す布地くらいは作れそうなものだが、残念ながらこの周囲にはお湯と六角形の不思議な円柱しかなさそうである。

 

 一方、桃子がそのような想いに葛藤している間も、目の前では相変わらず癖の強い英語の会話が繰り広げられていた。

 

『Eh?!  Wait, what? something――?』

 

『What’s this――?  ――ability to hide――? Christina――spell――』

 

『……Ah―― That’s amazing――?』

 

『A mermaid――?  ――speak to Mother about ――?』

 

 どうやら、クリスティーナが何かに驚き、ティタニアがそのクリスティーナに対して何らかの魔法を使用したようだ。

 魔法を受けたクリスティーナは、相変わらず驚いた顔で桃子たちを見つめている。

 

「……母様。なんて言ってるか、わかる?」

 

「ごめんヒメちゃん、大してわからない……けど、多分なんだけど、クリスさんから私が見えなくなっちゃったんじゃないかな?」

 

 思い当たるのは【隠遁】である。

 先ほどまで、魚の尾ひれの状態ではクリスティーナは桃子の姿を視認していたはずだが、桃子が人間の脚になった途端に様子がおかしくなったのだ。

 そして桃子は思い出す。琵琶湖で、りりたんが捏造した人魚姫の物語を。

 人魚姫は、人間の脚を得るのと引き換えに、その影を失った。なので、人間の脚を得た人魚姫の姿は、人間たちから見えなくなってしまったのだ、と。

 

 つまりは、人魚姫たるヒメは、魚の尾ひれで泳いでいる最中は一般的な探索者からも視認できるが、人間の脚で歩き回っている最中は【隠遁】状態で認識されなくなる特性がある、ということだろう。

 

「……そういえば。そうだった」

 

「なんか、ややこしい体質にしちゃってごめんねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?! あれ? いま、そこに何かいなかったっけ?」

 

 クリスティーナが、その人魚の姿を見失ってしまったのは、人魚の尾ひれが人間の両足に変化した直後のことだった。

 ティタニアの目からは変わらず人魚の姿は見えているのだが、そこには確かに、その人魚を包み込むような奇妙な魔力が発生しているのが見える。

 どうやら、それがクリスティーナからの認識を阻害しているらしい。

 

 敵意がなさそうだから良いものの、姿を消す能力というのは厄介だ。このままではクリスティーナに危険が及びかねない。

 なので、ティタニアはクリスティーナの目もとに手を掲げて、一時的に妖精と同じものを見られるように魔法をかける。

 

「なんなのかしら。どうやら、気配を消す能力を持っているのね。落ち着いてクリスティーナ、魔法をかけるわ」

 

「……あ、見えた。すごいね、人から見えなくなる力があるんだね」

 

「そんな力を持った人魚だなんて、私も聞いたことないわよ。やっぱり、おかしいわ。お母様に相談してみないといけないわね」

 

 ティタニアは人魚という生物については詳しく知らないが、ここは母たる女王ネーレイスの領域だ。わからないことは、母に相談するに限る。

 好都合なことに、人魚は人間の脚で地上を歩くこともできるようで、あとをついてくるように誘導さえすれば、妖精の国ティルナノーグへと続く光の膜まで連れていくことも出来そうだ。

 

 見れば、人魚のほうも自分達についてくるつもりなのか、にこにこと笑顔を向けてくる。

 タオル一枚だけで、身体を隠しながら。

 

「あの、あのさ、ティタニア。連れて行くのはいいとして、その前に私の服をかけてあげてもいいかな?」

 

「……まあ、そうね。クリスティーナの上着なら、サイズもちょうど良さそうだし、かけてあげてちょうだい」

 

 クリスティーナがダンジョンの中を歩くときは、汚れても良いようにと丈夫なジャケットコートを羽織っている。クリスティーナはそのジャケットを脱ぐと、目の前のまだ水滴をたらしている人魚へと差し出した。

 いかに人魚とはいえ裸の女の子を連れてダンジョンを歩き回るというのは、人間であるクリスティーナには抵抗があったのだろう。

 

「ピーチさん、これ、着ていいよ?」

 

『YATTA!』

 

 ティタニアが見守る横で、クリスティーナが全裸の人魚にジャケットコートを手渡すと、その意思が通じたのだろう。人魚は喜んで、その袖に腕を通していくのだった。

 その姿は人魚というよりも、本当の人間の少女のように見えた。

 

 

 

 

 

「どこから、来たの?」

 

『I from JAPAN!(日本からきたよ!)』

 

「好きな、食べ物は?」

 

『Curry! Curries are the ultimate treat!(カレー! カレーは最高の御馳走だよね!)』

 

 一問一答だ。

 クリスティーナがゆっくりと、世間一般的にもわかりやすいだろう英文で質問をしていき、ピーチを名乗る人魚はそれに一つずつ答えていく。

 最初の挨拶こそは頓珍漢な『アイアムアピーチ』だったけれど、きちんとゆっくりと話せばこの人魚は英語での会話が可能なようだ。発音が所々下手くそだけれど、聞き取れるならば問題ない。

 特に、謎のスイッチが入るとやたらと饒舌になる。

 

『In Japan,we’ve got curry udon and curry soba,not just curry rice!(日本だと、カレーライスだけじゃなくてカレーうどんとかカレーのお蕎麦もあるんだよ)』

 

「ピーチちゃん、カレーのことになると凄く喋るね」

 

 妖精の国ティルナノーグへの道すがらでは、クリスティーナと人魚の間でそのようなやり取りが続けられていた。

 

「ねえティタニア、ピーチちゃんってジャパンから来てて、カレーが物凄く好きみたい。ジャパンって知ってる? サムライとニンジャとバトル・オブ・ザ・プラネッツの国だよ」

 

「なによそれ、随分と物騒な国ね。私は一生行くことはなさそうだわ」

 

 サムライ、ニンジャ、バトル・オブ・ザ・プラネッツ。

 最後のはティタニアはよく知らないが、どうやらクリスティーナも知っているそれなりに有名なアニメ作品らしい。現地の言葉では科学忍者隊とか言うのだそうだ。やはり物騒なタイトルだ。

 

「そもそも私は『カレー』がなにか知らないけれど、人魚は海にすむ種族だから人間の料理なんて食べないものよ。きっと、適当に言ってるのよ」

 

「そうかなあ。っていうか、ティタニアはカレーを知らないの? 今度つくってあげる!」

 

「え……ま、まあ……うん、クリスティーナが料理を作ってくれるの? 嬉しいわ……」

 

『Did you just talk about curry?(カレーの話してる?)』

 

 ティタニアは、人間の料理というのをほとんど知らない。

 なので、会話の流れではあるものの、クリスティーナが料理を作ってくれるという話に、ついつい、頬が緩んでしまう。

 

 このほころんだ表情を、クリスティーナに、そしてその横を歩く妙な人魚に悟られぬよう、振り返らずに、先頭に立ちティルナノーグへと続く帰路を進んでいくのだった。

 

 

 

 

 妖精の国ティルナノーグは、特殊な光の膜を通って転移した先にある。

 六角柱の岩で構成された不思議な岩場を進んだ先の、一見すると何もない空間。そこに、光の膜が現れる。

 

「ここを抜ければ私たちの国、ティルナノーグへと行けるのだけれど。絶対に、変なことはしないと約束してね?」

 

「ティタニア、多分ピーチちゃん、ティタニアの言ってることわからないんじゃないかな。ずっとニコニコしてるよ」

 

「はぁ……厄介ね。お母様はともかく、ルビィやフェイランあたりとトラブルにならなければいいんだけど……」

 

 ティタニアの心配、それはこの人魚が、妖精の国で変なことをしでかすのではないか、ということだ。

 母の名に反応を見せる奇妙な人魚。少なくとも現状では敵対する意思は感じないけれど、だからと言っておとなしくしてくれる保証もない。

 母たるネーレイスが動けばこのような人魚の一人くらいはどうとでもなるだろうが、一部の性格がきつい妖精たちに見つかったら、とても面倒臭そうだなと、光の膜を前にして小さくため息をつく。

 

「まあ、仕方ないわね。行きましょう」

 

「ピーチさん、こっちだよ」

 

『OK!』

 

 

 

 そして、案の定。

 ティタニアの嫌な予感というのは、ご丁寧に、まるでフラグを立てたかのように、よく当たる。

 ティタニアが、クリスティーナと、そして謎の人魚を連れて花畑に侵入して早々。人魚は妖精の洗礼を受ける。

 

 小さな矢だ。妖精の魔力が十分に込められた何本かの矢が、ティタニアの横を抜け、すぐ背後にいる人魚へ向かって飛んで行く。

 その矢は人魚を害そうというつもりはなく、人魚のすぐ足元に突き刺さる。だが、それは警告だろう。人魚の足下の地面が、バシュ、と音をたてて弾けていく。

 

「フェイラン! やめて頂戴、彼女は今からお母様の部屋に連れていくのよ!」

 

「知ったことか。フェイは怪しい侵入者から皆を守るように、女王様から頼まれてんだ」

 

『REMO――? NITERU――』

 

 上空から矢を放ったそれは、妖精サイズの小さな弓を構えた妖精だった。ティタニアがやめるように言うと、渋々降りてきて、睨み付けるように人魚を観察している。

 ティタニアはこの少女が人魚なのだと知っているけれど、いまの彼女は裸の上からクリスティーナのジャケットコートを羽織った小麦肌の人間の姿だ。なにも知らない妖精たちからみれば、不審なのは間違いない。

 弓で射られかけた人魚は、フェイランを見て何やらわからない言葉を呟いている。

 

「もう、相変わらず頭が固いわね。その母様のところへこの人魚を連れて行かなきゃいけないのよ」

 

「そいつ人魚なのかよ」

 

 弓を持った妖精、フェイランはティタニアの言葉に疑問を呈しながらも、一定の距離を空けてついてくる。どうやら彼女も、成り行きが気になるらしい。

 

「人間じゃないの?」

 

「人間だったら眠りに落ちてるはずヨネー?」

 

「人魚って地上を歩けるノネー」

 

「んふ、今日はウイスキーを飲みましょう♪」

 

「あぅ……し、知らない人……こ、怖い……」

 

 気づけば、小麦肌の人魚の回りには多くの妖精たちが集まっている。好奇の目を向けるもの、警戒心を露にするもの、なんだかわからないけど皆が集まるからやってきたもの、色々だ。

 そんななかで、これだけ大勢の妖精の姿を見ても驚きもせず、にこにこと笑顔を振り撒いているこの人魚はなかなか大物だなと、若きティタニアは、感心する。

 

 だが、そこに。人魚の魔力に。

 

 悲しみの感情が生まれ出ていることに、ティタニアは気づいてしまうのだった。

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