ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「……母様。大丈夫?」
「うん、びっくりしちゃったけどね。なんかあの妖精さん、檸檬さんと雰囲気が似てたよね」
ティタニアの国とはまた雰囲気の違う妖精の花畑を歩きながら、小声で桃子とヒメは会話をする。
同じ身体をシェアしている二人の会話は、第三者から見るととても奇妙な様子に見えるらしい。なので、出来るだけ小声で、表情を動かさないように気を付ける。
実はつい先ほど、妖精の国に足を踏み入れた直後に、桃子たちは妖精の攻撃を受けたのだ。
とはいっても、可愛らしい威嚇射撃だ。最初から当てる気のない攻撃だとヒメが判断していたので、桃子も安心して眺めていた。
そして、桃子たちに視線を向けているのは、弓矢を持った妖精、フェイランだけではない。
「……なんだか。妖精、多い」
「うん。多分、ティタニア様の国よりも大勢いるんじゃないかな。それこそ、成長した子の数が多いもの」
桃子がはじめてティタニアの妖精の国を訪れた頃を思い出す。あのときも、好奇心の強い多くの妖精たちに注目されたものだ。
そしてこのネーレイスの妖精の国では、あのとき以上の視線を集めている。
ティタニアの国では、小妖精からさらに成長し、強い自我を持つ子供たちというのは8人しかいない。既にいない子を数えても9人だ。
けれどどうやら、このネーレイスの花畑には、ここから見渡しただけでも優に10を越える大きなサイズの妖精たちの姿が見える。
中には、ティタニアの国にいる子たちとそっくりな少女たちもいて、桃子はつい頬を緩めてしまう。
が。
それと同時に、桃子の心には。
とても大きな、悲みの影が差す。
「……母様?」
ヒメが、桃子の心の変化に気づき、声をかけてくる。
桃子の悲しみが広がっていく。
桃子は、この大勢の楽しげな妖精たちを慈しむと同時に、思い出してしまったのだ。
彼女たちを待つ、運命を。
いま目の前で笑っている、大勢の幸せそうな妖精たち。
彼女たちは、そう遠くない未来に。ティタニアとクリスティーナだけを残し、大規模なスタンピードと共に滅びてしまう。
それは、桃子にとっては過去の出来事であり。この妖精たちにとっては、未だ確定していない、未来の悲劇だ。
「……ね、ねえ、ヒメちゃん。もし、もしだよ? 私が、いまのりりたん……ネーレイス様にさ。未来の……この国に訪れる運命を伝えたら、この子たちは助かるのかな」
「……難しいことは。ちょっと、わからない」
「あはは……ごめんごめん」
ヒメに話しかける声が、つい、震えてしまう。
未来の知識を過去に伝える。
それは、どのような結果を及ぼすのだろうか。
長崎で出会った50年前の少女である紅子は、うまく未来の知識を活用して現代をより快適に生きていた。
ならば、もし未来の知識を女王ネーレイスに託せば、どうなるのか。
結果として、ここにいる多くの妖精たちが救われるのではないか。それは、未来をより幸せにできるのではないか。
けれど、だ。
その場合、たった一人きりとなったティタニアが日本に来たことで生まれた、ティタニアの娘たちはどうなる。
ヘノはどうなる。
ニムは、フラムは、ルイは、クルラは、ノンは、リドルは、リフィは、エレクはどうなる。数多の小妖精たちはどうなる。
そして、彼女たちに救われた大勢の人々の運命はどうなる。
自分は、どうなってしまう。
それら全ての未来は、運命の天秤にかけるにはあまりにも重すぎる。
未来を守るためには、目の前の妖精たちの運命を見て見ぬふりしなければいけない。
見捨てないといけない。
そんな、重たい責任に気づいてしまった桃子の顔を。
若きティタニアだけが、怪訝そうな顔で見つめているのだった。
重い責任に心を軋ませている間にも、ティタニアに先導された桃子は女王の間へとたどり着く。
そこは間違いなく未来の日本で何度も訪れた女王の間なのだけれど、やはり桃子の知る場所とは所々が違っていた。
飾られた装飾や、所々の色合いなども違っている。が、何よりも。正面に座する女王の玉座が、ティタニアのものとは違い青い花弁の玉座となっているのが、一番大きな違いだろう。
「やっぱり、りりたん……とは違うね……」
そこに座るのは、女王ネーレイス。
桃子の知るりりたんの分身体、いわゆる妖精りりたんと全体的な雰囲気は共通している。けれど、なによりまず、年齢と、漂うオーラが違っていた。
どうしても子供っぽさが消えない妖精りりたんとは違い、いま目の前にいる女王は、長い間この妖精の国を治めてきたのだろうと思わせる、凛とした佇まいを見せていた。
彼女の膨大なる力が、正面に立つ桃子にもひしひしと伝わってくる。
彼女こそが。りりたんの、前世の姿である。
今この部屋にいるのは、女王ネーレイスと、娘であるティタニア。そしてティタニアに連れられた桃子だけだ。
桃子がティタニアの前へ立つと、それは始まった。
途方もない魔力による、威圧。
何かに縛り付けられたように、呼吸が苦しくなり、身体を動かすことも出来ない。ただ、そこに立っているだけでも冷や汗が流れ出す。
女王ネーレイスは、意図的に威圧をかけてきているのだろう。女王の纏う強大なオーラに圧され、桃子は、そしてヒメまでもがほぼ無意識に膝をつき、畏まってしまう。
頭を垂れ、頭が真っ白になる。幸か不幸か、先ほどまでの悩みも吹き飛んだ。
『Who are you?』
「は……は、はい! 私は……ぴ、ピーチ。アイアムア、ピーチチャイルド! 桃子です! 今は、訳あってアイアムマーメイドしてます!」
『――peaches, is it? ―― What a ――』
女王の問いは、シンプルだった。「何者か?」と問われた桃子は、慌てて己の名を名乗る。
アイアムア、ピーチチャイルド。
女王の醸し出す威圧の魔力に圧されて、もはや正しい英文などを思考する余裕はない。
女王の視線が桃子に突き刺さる。
この女王は、人間に壁を作っている。いまの桃子は人間でこそないが、恐らく女王ネーレイスからすれば正体不明の不審者であることは間違いない。もしかしたら、その本質が人間であることも看破されているかもしれない。
このままでは、相談どころではないだろう。桃子の頬に冷や汗が流れ落ちる。
しかし、その空気をどうにかしてくれたのは、桃子をここまで連れてきた若きティタニアだった。
『Mother,―― weapons――』
緊張した顔のティタニアが女王に差し出したのは、桃子から没収した爪楊枝だ。どうやら、危険なものでないかどうかを女王に確認してもらっているようだ。
不審な武器を持ち込んだ側として疑われている立場の桃子だけれど、しかしティタニアの介入は渡りに船だった。
というのも、ティタニアが話しかけた途端に、女王ネーレイスの威圧が消えたのだ。
どれだけ厳しい女王も、どうやら愛娘の前では多少は物腰が柔らかくなるらしい。そしてこれは、桃子にとってはチャンスである。
「あの、ディスイズ、ツマヨージ! 日本の爪楊枝っていう、日用品なんですっ! 食べ物を食べるのに使います!」
再びあの威圧感を叩きつけられてはたまったものではないと、桃子は半ば早口で訴える。ヒメも「……今だ、頑張れ母様」と、桃子の精神を身体の内から支えてくれている。
桃子は訴える。それは、日本の日用品の『爪楊枝』であって、武器ではないのだと。
もちろんティタニアも、そして女王ネーレイスも桃子の言葉の意味などわからないだろうが、しかし二人の視線が桃子に集まった。
伝えるならば、今しかない。
「わっ、私、未来から来たんです。アイフロム、フューチャー! アイホープ……バックトゥーザフューチャー」
『……From the future, you say?』
女王が、怪訝な顔をして聞き返してくる。「未来から来たといいましたか?」と。
それは、桃子にも伝わるよう、ゆっくりとした、わかりやすい英語であった。
パニック状態の桃子の拙い英語であるけれど、どうやら女王にはうまく伝わったようだ。
もしかしたら、女王のことなので読心の術などを併用しているのかもしれない。
ならば、伝えるのだ。
今の自分の状況を。
読めるのならば、心を読んでくれて構わない。
桃子は頭の中に、女王となったティタニアの姿を、そしてヘノをはじめとしたティタニアの娘たちの姿を思い浮かべる。
「アイフロムジャパン! アイノウ、フェアリークイーン、ティタニア。アンド……メニメニ……フェアリーズ……」
『Well now―― blessing of the fae――? ――believe it, but――』
驚きに目を見開き、女王ネーレイスが玉座から立ち上がると、桃子の前へとその黒い蝶の羽を羽ばたかせ、舞い降りる。
気づけば、桃子は金縛りをかけられたように、動けなくなっていた。ただ、妖精女王を見つめるしか出来ない。
至近距離で、妖精女王が桃子の瞳を覗き込む。
桃子の記憶を探るために。
桃子の全てを読むために。
女王の魔力が、桃子の内へと入り込む。
「アイノウ……アイノウ……ユア、デスティニー……」
どうにか動いた口で、桃子は最後に、言葉を伝える。
もう、隠し事は出来ない。
私は、あなたの運命を知っています。この妖精の国の辿る未来を知っています。
私は、この国の妖精たちも、未来の妖精たちも、みんなを助けたい。
心の中で。妖精たちの女王にそう語りかけた桃子の頬から、一筋の涙が、こぼれ落ちた。
「あ、あの……お母様?」
ガクリと、その場で眠りに落ちた人魚をじっと見つめている女王に、娘であるティタニアが恐る恐る声をかける。
ティタニアは、女王ほどに人魚の言葉が理解できたわけではなく、横に控えていた立場なので心を読む術も使っていない。
なので、今。なにがあったのかが、理解出来ていないのだ。
ただ、母たる女王が。真剣な、思い詰めるような。とにかく、ただ事ならぬ表情をしていることだけは、分かってしまう。
「そ、その、ごめんなさい。勝手に怪しい相手を連れてきてしまって……」
「ああ、ティタニア……いえ、怒っている訳ではないのです。彼女は、決して怪しいものではありませんでした。不思議な話ですが、このティルナノーグの加護を身に宿した人間です」
「人間? お母様、彼女はでも、人魚でしたよ? それに、どうして彼女がこの国の加護を……?」
「ふふふ。そうですね、説明がとても難しい。確かに、広い海を泳ぎ回る人魚の記憶はとても素敵なものでした」
ティタニアは、母の様子に首を傾げる。
人魚と目を合わせ、その記憶を読むところまではいつもの女王ネーレイスだったのだけれど、人魚の記憶を読み終えた後から、なんだか雰囲気が違う。
疑問は尽きないが、しかし相手は女王だ。娘とはいえ、ティタニアがいちいち口を挟んで良い相手ではない。ティタニアは疑問を胸の奥へと飲み込み、女王の言葉の続きを待つ。
「ただ……この少女の知識は、私たちが知ってはならないものでした」
「お、お母様……?」
女王ネーレイスは、ティタニアの眼を見つめる。
その表情は、何故か。とても悲しそうで、とても優しくて。
母が、じっと、ティタニアを見つめている。
「……ですから、ティタニアとクリスティーナの記憶を消してから、私自身の記憶にも封印術を施すことにします。そうしなければ、この時空の因果律が崩れてしまう」
「い、因果律? え? そ、そんな大変なことを……そ、それにその人魚は……って、あれ?」
女王が下した結論は「忘れること」だった。
未来を知ってしまうというのは、決して幸福なことではないのだ。
今ここで己が得た知識をもとに、仮にこの国を護り通したとして。その場合は恐らく、先ほどの人魚がこの過去へとやってくる未来が訪れなくなるのは間違いない。
そうすると、己の知識も消え去り、それまでの過去が書き変わる。
その時、なにが起きてしまうのかは、女王たるネーレイスにも分からない。全てが失われるかもしれない。無限に書き換わる時空の変動に耐えられず、この国の妖精たちが時空の歪みに飲み込まれてしまうかもしれない。それは、死よりも恐ろしいことだ。
だからこそ、彼女は未来の知識を使えない。使ってはならない。
女王の言葉を聞いて、ティタニアは改めて、今のやり取りがただ事ではなかったのだと理解した。そして、そこに眠っているはずの謎に満ちた人魚に顔を向ける。
が。
すでに、そこには誰もいなかった。
音もなく、眠っていた人魚の姿は消え去り。
人魚が羽織っていたはずの、クリスティーナのジャケットだけが、床に残されていた。
「ふふふ。どうやら、元の世界に戻れたようですね。このまま帰れなかったらどうしようかと思いましたが……良かったですね、桃子さん」
「え? お母様は、いまの人魚とは知り合いだったのですか?」
「さて、どうでしょう。いつか封じた記憶が戻ってくる頃には、その答えがわかるかもしれませんね。ティタニア」
「お、お母様……?」
ネーレイスとティタニア、二人きりの女王の間で。女王は、そっとティタニアを抱き寄せる。
知ってしまった未来の知識。それによれば、娘たちの中で、一番過酷な運命を背負うことになるのは、このティタニアだ。
滅びたこの国で、ただ一人残されてしまうのが、このティタニアだ。
己の記憶を封じるまでの、短い間だけでも。
女王ネーレイスは、愛おしい娘に訪れる運命を想い、そして彼女の幸せを願い。
ただ静かに、ティタニアの温もりを感じながら、その瞳を閉じるのだった。
「桃子。桃子。起きろ。起きろ。桃子」
ヘノの声がする。
頬をつんと、つつかれる。
頬をつんつんと、つつかれる。
頬をかなりしつこく、つつかれる。すると、頬への刺激を嫌がるように、桃子の意識が覚醒してくる。
「むにゃ……やめてよぉ……ほっぺた壊れちゃうよぉ……あれ? ヘノちゃん……?」
「うぅ……ちゃ、ちゃんと熱は冷ましたんですけど、まだ寝ぼけているようですねぇ……」
桃子が目を開くと、そこは見覚えのある空の下だった。
額にぴちょん、ぴちょんと冷たい水をかけられている気がする。冷たくて気持ちいいのと、落ち着かないからやめて欲しいのとで、五分五分だ。
ずっと昔、額に水滴を落とし続ける拷問があったはずだなと、桃子は頭の片隅で思い出す。もしかしたら自分はいまニムに拷問にかけられているのかもしれない。
冷静に状況を整理する。
桃子は横になって眠っていたようで、桃子の顔をヘノがじっと覗き込んでいる。その表情はとても必死で、今にも泣きそうな心配顔に見えた。
「あれぇ? 私、さっきまで女王の間で……」
ぼんやりと、桃子は記憶を辿る。
気づけばヒメとともに過去の世界にいたはずだ。小さいティタニアと幼いクリスティーナに案内され、過去の妖精の国へと足を踏み入れたはずだ。
そして、そこで女王ネーレイスと対面して……どうなったのだったか。そこで桃子の記憶があやふやになる。
「もう、先輩。心配しましたよ、温泉で滑って転んで人魚になったかと思ったら、今度はヒメさんの体質であっという間にのぼせて倒れちゃうんですから!」
「溺れなかったのは。助かったけど。人魚は。お風呂は苦手。みたいだな」
「うぅ……煮魚……」
どうやら、桃子はこの温泉で滑って転んで水を飲み、それをヒメが助けてくれたところまでは現実だったようだ。
その後、桃子は過去の世界に旅立っていた気がしたけれど、それは湯にのぼせたヒメと桃子が見ていた夢……だったのだろうか。
桃子はぼんやりとした頭で、考え込む。
「って、あれ? ヒメちゃんは……?」
「ふふふ。彼女なら、先に意識を取り戻したあと、私たちに挨拶をして帰還いたしましたよ」
「あ……りりたん……」
桃子はそこでようやく、思い出す。そうだ、この場にはりりたんもいたのだ、と。
つい、りりたんの瞳を見つめてしまう。それと同時に、夢だったのかもしれないが、あの世界の女王ネーレイスの瞳を思い出す。
けれど、りりたんの瞳には、女王とは違う桃子への優しさがあった。
「心配したけど。桃子が起きたなら。大丈夫だな。桃子。足元には。気を付けるんだぞ」
「うぅ……で、では私たちはまた、入浴しましょうねぇ」
妖精たちは、桃子が無事とわかるや否や、ちゃぷんと音をたて、再び温泉に飛び込んでいってしまう。
先ほどまで本気で心配してくれたのは分かるし、それはとても嬉しいことだ。が、無事とわかるや否やさっさと興味を失ったように湯船に戻ってしまうのは、なんだか桃子としては複雑である。
「先輩、まだちょっと意識が混濁気味ですね。頭とか打ってません? 大丈夫です? カレーおにぎり食べます?」
「あ、食べる食べる」
恐らく、柚花の瞳には、夢と現実が入り交じって混乱している桃子の感情が見えているのかもしれない。
尤も、桃子自身、いまの自分が喜んでいるのか悲しんでいるのか分からないのだから、柚花にすらこの感情は見通せないだろう。
どのような顔をしたらいいのかも分からないので、とりあえずカレーおにぎりをひとつ受け取って、一口食べた。
お米に詰め込まれたカレーの風味が美味しくて、自然と笑顔になれた。
温泉は、気持ちいい。
桃子は湯に浸かったまま、先ほどまで見ていた夢の世界について、想いを馳せる。あれは夢だったのだろうか。
記憶を辿る。あの場所にいた妖精たちの笑顔を思い返すと、胸にチクりとした痛みが過る。しかし、過去は過去なのだ。
桃子がなにをしようと、なにを思おうと。すでに何十年も前に、終わってしまったことだ。
視線の先では、柚花がドライフルーツを手にとって、ヘノとニムの二人となにか話し込んでいる。
桃子の横では、唐揚げでお腹いっぱいになったりりたんが、静かにくつろいでいた。
「あのねりりたん、私、夢を見てたのかもしれないんだけど……過去の――」
しかし。桃子の言葉の続きが語られることはない。
りりたんが、桃子の唇に人差し指をあてて、黙らせたのだ。
そして、桃子に代わるように、りりたんが言葉を紡いでいく。
「桃子さん。現代に生きるあなたが、過ぎた過去の存在にまで責任を抱く必要はないのですよ」
「あ……」
「あの後悔は、責任は、女王たる私のものです。貴女に譲る訳にはいかないのですよ」
「はい……ネーレイス……様」
その顔は、天海梨々という少女だけれど。その声は、女子高生のりりたんだけれど。
その瞳は、その言葉は。つい先ほど夢にみた人物のものだった。
あの夢は、夢ではなかった。
妖精女王は、やはり桃子の記憶を読んでいた。その上で、選択をしたのだ。ありのままの未来を受け入れるという、選択を。
桃子は結局、自分ではなにも選択出来ないまま、彼女に過酷な選択を押し付けただけだった。それに気がつき、胸に後悔が込み上げる。
しかし、そんな桃子の心情を理解しているのかいないのか、りりたんは言葉を続ける。
「タイムパラドックスは危険なものですからね。過去の私は、記憶を封じることにしたのですよ」
「そっか、なんかごめんね、結構迷惑な話だったんだね」
「それはもう、滅茶苦茶迷惑でしたよ。あと、いくらなんでも『アイアム ア ピーチチャイルド』はひどくありませんか?」
「……え?」
「だって『私は桃の子供です』って……ぷ……ふふっ……駄目です、思い出したら……また、笑ってしまって……ふふふっ」
桃子の脳裏に、記憶が甦る。
確かに、名前を聞かれたとき、そのような答えを返したかもしれない。あの時は頭が真っ白で、英語など考える余裕がなく、そのまま直訳で名乗ったのかもしれない。
桃子の顔が、徐々に真っ赤になっていく。
「あーちょっと、二人でなに楽しんでるんですか! 先輩が真っ赤じゃないですか?!」
「じ、実は……ももたんは、名前を聞かれて……ふふっ……」
「わー! わー! あれは頭がパニックになってただけなの! 違うの! 違うのー!」
さすがに、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
これは、曲がりなりにもミュゲットの後輩たる二人には知られたくはない醜態だ。
当事者であるりりたんに知られてしまったのは仕方ないとしても、この話を柚花だけには聞かせる訳にはいかないと、桃子は必死になって否定する。
柚花は柚花で、余計にその話を聞き出そうと躍起になり、りりたんはほくそ笑む。
もしかしたら、たった今。妖精の国の女王の間では、あるいは世界魔法協会の会長室では。
ふと、思い出した記憶によって。りりたんと同じように笑いをこらえきれなくなっている存在がいるかもしれない。
「うぅ……桃子さん、あんなに騒いだら……ま、また滑って転んじゃいそうですねぇ……」
「温泉って。騒がしい場所なんだな」
のんびりと、妖精たちが見守るなか。
空に浮かぶ秘境に存在する温泉は、華やかな少女たちの賑やかな声で、明るく彩られていくのだった。
幕間 テルマエ・モモコ 了