ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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幕間 テルマエ・モモコ2
SFカレー


「え? わ、私!?」

 

「あ、あー! もしかして、もしかして……!?」

 

 妖精の国の、寝室の裏にある小さな水場。

 多くの魚が泳いでいる湖と違い、ここは主に桃子と柚花が水浴びをするためだけに存在する、教室一つ分程度の広さの小さな水場である。

 その水場で今、寝起きの水浴びをしようと表に出て来た桃子と、服をびしょ濡れにして水から上がってきた桃子が鉢合わせしていた。

 

 ヘノが昨晩から一緒にいた桃子は、今から水浴びをしようと部屋を出る側の桃子。

 そして、突然どこからか現れたのが、服がびしょ濡れのまま部屋へ入ろうとしていた桃子である。

 

「どういうことだ。桃子が。二人いるぞ」

 

 これが見知らぬ誰かだったならば、ヘノも桃子を護るために躊躇なく魔法で吹き飛ばすなりをしただろう。

 だが、相手は桃子だ。魔物が化けているとかではなく、どちらの桃子もヘノの加護をその身に受けている。いくらなんでも、ヘノは自分のかけている加護を間違えたりはしない。つまり、どちらも本物だ。

 唐突に訪れた不可思議な状況を前に、ヘノは二人の桃子の間に入って、両者の顔を見比べる。

 

 近くで見ても、どちらも同じ顔だ。

 

「そんな……でも、私がここで……」

 

「待って待って! え、本当に私なの? なんで?」

 

「このままじゃ……大変なことに……時間軸が……いや、駄目……危ない……」

 

「うわ、私に無視されちゃった……」

 

 起きたばかりの桃子は、目の前に別な自分が存在していることに驚き、目を白黒させている。

 一方、びしょ濡れの桃子はこの状況を理解出来ているらしく、驚いていたのは最初だけで、あとはぶつぶつと何やら呟きながら考え込んでいた。

 ヘノは、とりあえずびしょ濡れの方を魔法で乾かしてあげたけれど、濡れ桃子はそれにも気づかないまま考え込んでいる。

 

「なんか。水から出て来た桃子は。凄く。独り言が。忙しそうだな」

 

「そ、そうだね……」

 

「あっ、説明もなくてごめんね! お喋りしてる時間はないの、きっと私、すぐに消えちゃうから!」

 

「あ、うんっ、考え中にごめんね! 考えがまとまってからでいいから!」

 

 桃子が話しかけ、桃子が謝罪し、それに更に桃子が謝罪する。

 桃子だらけで、ヘノはなんだか楽しくなってきた。とは言え、桃子が二人で会話をしていると、さすがのヘノもそろそろどちらがどちらなのか区別が難しくなってくる。

 どちらの声が桃子で、どちらの声が桃子なのかわからない。

 

「桃子同士。やっぱり。そっくりだな」

 

 桃子は桃子とそっくり。

 これが、本日のヘノの新たなる発見である。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、30秒ほどの沈黙を挟んで。

 

 ヘノとこちら側の桃子が黙って見守る中、びしょ濡れだった側の桃子がようやく顔をあげる。

 桃子が桃子の眼を見つめて、口を開く。

 

「あのね……私と、ヘノちゃんと、ニムちゃんと……あと誰だっけな、そうだ、窓口さんに伝えて!」

 

「窓口さん? う、うん」

 

 突然に出て来た窓口の名前にこちら側の桃子は少しばかり驚くが、しかし相手の勢いに押されてすぐに黙る。

 疑問はあるけれど、本題をそもそも聞いていない。今は静かに耳を傾けるべき時だ。

 そして、びしょ濡れだった桃子はそのまま続ける。

 

「あのね、言うよ!『今週は、絶対にスフレフロマージュカレーを食べないでね!』」

 

 スフレ・フロマージュ・カレー。

 略して、SFカレー。

 

 それを伝えられた寝起きのほうの桃子は、頭が真っ白になる。

 スフレフロマージュとは、いわゆるメレンゲやクリームチーズを混ぜてふんわりとした食感に焼き上げたチーズケーキのことだ。それ自体は、普通に美味しいスイーツである。

 そして、カレー。

 

 桃子は今まで、確かに色んなカレーを食べて来た。中には、第三者が聞けば『イロモノ』と断ずるようなものだってある。

 しかし、少なくとも。

 スフレフロマージュカレーなどというものは食べたことも、作ったことも、そして今後作ることもないだろう。そう、この時までは、そう断言出来ていた。

 

「スフレフロマージュは分かるけど、分かるけど! ……って、消えちゃった」

 

 寝起き桃子が、それについて問い質そうともう一度口を開きかけたときには、しかしどうやらタイムリミットが訪れていたようだ。

 びしょ濡れだった桃子は忠告の言葉を最後まで言い切ると同時に、音もなくこの水場から消失する。水場には誰も居らず、そこには揺れる水面だけがあった。

 

 なんだかわからないが、まさにSFである。

 

 

 

 

 

 

 

「びしょびしょの桃子。随分と。本気で。焦ってたな。すふれなんとかカレーって。そんなに危険なのか?」

 

「え? いや、そんなの一生食べないと思うけど。でも、今のってきっと……未来の私、なんだよね?」

 

 何がなんだかわからないまま、もう一人の桃子は消えていった。

 桃子に『スフレフロマージュカレー』を絶対に食べちゃダメ、と言い残して。

 しかし、実は桃子には今の現象に思い当たる節がある。

 

 それは以前、上高地ダンジョンの温泉で桃子が足を滑らせたときのことだ。桃子はその際に、ヒメと共に数十年前のダンジョンへと時間を遡ったことがある。

 もし、それと同じ現象がこの先の未来の自分に起こるのだとしたら。

 そしてその先で、過去の自分に何か大切なメッセージを残せるのだとしたら。

 

「あれ? でも、今のが未来の私だとしたら……え、もしかして私、スフレフロマージュカレーを食べて大変なことになっちゃったりするの?!」

 

「何だか。分からないけど。桃子が言うなら。嘘じゃなくて。本当に。危険なのかもしれないな」

 

「そ、そうだよねえ……」

 

 これが他の誰かが言った言葉ならば、もっと楽観的に捉えられたかもしれない。

 ただ、ほかならぬ自分の言葉だ。自分が、真剣に焦った顔で、自分自身に伝えてきた情報だ。

 いくらなんでも、これに不安を覚えずにいられる程、桃子は楽観的ではない。

 

「まあ。そんなに珍しいカレーなら。わざわざ作らなければ。食べる機会もないだろ。水浴びしたら。一旦地上に戻って。窓口にも。伝えておいたらどうだ」

 

「う、うん……そうだよね」

 

 果たして、未来の自分は何を知ってしまったのか。

 もし、自分がスフレフロマージュカレーを食べてしまうことによって、手に負えない事態に陥ってしまうとして。

 それが一体なんなのか、全く見当もつかない。

 

 ヘノと共に、水を浴びても。

 桃子の心の中のモヤモヤは、残念ながら水と共に流れ落ちていってはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで窓口さん、今週は絶対に『スフレフロマージュカレー』を食べないでくださいね?」

 

「……はい?」

 

「ええと、ですから、何かあってからじゃ遅いので『スフレフロマージュカレー』はやめてくださいね?」

 

「あ、はい。善処します」

 

 

 

 

「だからさ、柚花ももし私やニムちゃんが今週中のどこかで、『スフレフロマージュカレー』を食べようとしてたら、止めてね?」

 

「えーと、あ、はい。先輩ならどんなカレーを作っても今さらおかしくはないですけど、そんなの食べる予定があるんですか?」

 

「ううん、全然! 多分、未来の私だと思うんだけどさ。スフレフロマージュカレーなんて、どうして食べようと思ったんだろうね……」

 

「……」

 

「柚花? どうしたの? なんか『何言ってんだこの人』みたいな顔してるじゃん」

 

「先輩、こんな時だけ人の心を的確に読まないでくださいよ」

 

 

 

 

「和歌さん『スフレフロマージュカレー』って知ってますか? 食べたことあったりしますか?」

 

「ええと……食べたことはないですし、恐らく生まれて初めて耳にする単語ですねー」

 

「あ、それなら、良かったです。もし私がそれを食べようとしてたら、止めてくださいね。何が起きるのか分かりませんから」

 

「ええと……まあ、私は今の桃ちゃんに何が起きてるのか心配ですけれどねー?」

 

 

 

 

「窓口さん、明日で一週間ですっ。スフレフロマージュカレーは食べてないですよね?」

 

「あ、それは大丈夫なのですが。桃子さん、もし私がスフレフロマージュカレー? というのを食べていたら、何が起きてしまうんですか?」

 

「そ、それは」

 

「それは?」

 

「すみません、わかりません! ご、ごめんなさいっ」

 

「ま、まあ……桃子さんにも、色々ありますからね、ええ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、一週間が経った。

 

「やったよヘノちゃん、一週間たったよ!」

 

「やったな。桃子。一週間。すふれなんとかカレー。食べずに我慢したな」

 

「うん、なんだかんだで今週はずっとスフレフロマージュカレーのことばっかり考えちゃったよ。ついつい何パターンかレシピまで作っちゃった。危ないところだったね」

 

 妙に長く感じる一週間だった。

 未来からきた桃子の忠告通りに、スフレフロマージュカレーは最後まで耐えきった。

 

 というか、やはり普通に生活していればそのような特殊なカレーを食べる機会など皆無であった。

 誰と話しても、どの店を覗いても、ついついスフレフロマージュカレーの姿を追い求めてしまったものの、しかしそんなカレーはどこにもないのである。気になりすぎて、逆に自らレシピを作ってしまった程だ。

 結局のところ桃子の言葉通り、この一週間はずっとそれの事ばかりが脳内を埋め尽くしていた。これではまるで、恋のようだ。

 

「でも先輩。そのスフレフロマージュカレーのお話って、結局はどういうオチだったんですか?」

 

「き、気になりますねぇ……」

 

 この日は事情を聴いている柚花とニムも妖精の国に訪れている。柚花は桃子のみつあみを整えながら、ニムは柚花のクリップリボンを整えながら、桃子の話を聞いている。

 二人とも、その後の顛末には興味津々なようだが、しかしその話には顛末も何もないのだ。

 ただ、桃子がスフレフロマージュカレーについてひたすら考え込んでいた一週間があっただけで、そこには事件もオチもない。

 

「うーん、どうなんだろうねえ。食べる機会は結局一度も来なかったしね」

 

「結局。あのびしょ濡れの桃子は。何が言いたかったのか。全然。わからなかったな」

 

「うぅ……な、何だか、意味不明すぎて……ちょっと、怖いですねぇ」

 

「先輩、それって……」

 

 話しながら、例のびしょ濡れ桃子が現れた水辺の横を歩く。

 あれ以降、別な時間軸の桃子が現れるようなことなど無く、妖精の国は平和そのものである。

 小妖精たちは輪投げやかくれんぼ、時にはバナナっぽい皮滑り競争で盛り上がり。クルラは酔っ払い、リドルは謎を見つけ、フラムは武器を拾う。

 いつもの妖精の国の姿がそこにあった。

 

 桃子たちは、あれは結局何だったのかと。考え込みながら水場を歩く。

 しかし――。

 

「おい。桃子。ちゃんと前を見て歩かないと。転ぶぞ」

 

「え、あ、わっ……! バナナっぽい皮がっ……!?」

 

「ちょ、先輩?!」

 

 足下を見ていなかった。

 ちょうど、バナナ――もとい、バナナっぽい感じのダンジョン果物の皮が足下に落ちていた。小妖精たちが、片付け損ねたものだろう。

 

 桃子はうっかり、バナナっぽいものの皮を踏んづけた。それを踏んだら、どうなるか。

 言うまでもなく、滑る。コントの如く。レースゲームの如く。

 

 そして桃子は、激しい水飛沫と共に、小さな水場に落っこちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桃子は慌てて水場から上がる。ずぶ濡れになった身体で、ヘノたちの姿が見えないのに疑問を抱きつつも、とにかくタオルをとってこようかと寝室へと続く扉のドアをガチャリと開ける。

 途端に、扉の向こうから出て来た少女と目が合う。

 

 そこで、自分を見て驚いているのは、ヘノと共に現れたのは――。

 

「え? わ、私!?」

 

「あ、あー! もしかして、もしかして……!?」

 

「どういうことだ。桃子が。二人いるぞ」

 

 そこで、水場に落ちてびしょ濡れになっていた桃子は、即、この状況を理解できた。

 もしかして、今がその時なのか、と。

 もしかして、まさに今、一週間前のあの瞬間が訪れたのか、と。

 

 

 

「そんな……でも、私がここで……」

 

 しかし、これはどういうことなのかと桃子は考える。

 あの時の未来から訪れた自分と違い、自分は特に恐ろしい目に遭ったわけでもない。大変な事件に巻き込まれたわけでもない。

 というかそもそも、スフレフロマージュカレーを食べてはいないのだ。

 だから、過去の自分に残すメッセージなどありはしない。

 

 しかし、そこでもう一度、冷静になって考える。

 もし、自分がメッセージを残さなければ、ここにいるもう一人の桃子が何も知らないままスフレフロマージュカレーを食べてしまうのかもしれない。

 そうすると、桃子やヘノが大変なことに巻き込まれるのかもしれない。

 

 いや、それ以前に。いまびしょ濡れになっている自分自身と、部屋から出て来た桃子が別々の行動を行ってしまった場合、どちらの時間軸が本当の桃子になるのだろうか。

 映画などではテーマとして取り扱われる時間的矛盾。タイムパラドックスが起きてしまう。

 いや、駄目だろう。タイムパラドックスなど、危ないだけだとりりたんも言っていた。

 

 ――と、ここまで、桃子は一人で考え込んでいた。

 つい、口からぶつぶつと独り言を発して。目の前にいるもう一人の桃子の声にも気づかずに。

 

「うわ、私に無視されちゃった……」

 

「なんか。水から出て来た桃子は。凄く。独り言が。忙しそうだな」

 

「そ、そうだね……」

 

 しかしそこでようやく、目の前にいる自分とヘノのことを思い出す。

 

「あっ、説明もなくてごめんね! お喋りしてる時間はないの、きっと私、すぐに消えちゃうから!」

 

「あ、うんっ、考え中にごめんね! 考えがまとまってからでいいから!」

 

「桃子同士。やっぱり。そっくりだな」

 

 ここで一人でぶつぶつ呟いている場合ではないのだと。自分が出会った未来の桃子は、少し話していたらあっという間に消えてしまったのだ。

 恐らく、今ここにいる自分自身も、同じようにあっという間に消えてしまうのだろう。

 

 桃子は、考えた。

 恐らくだけれど、多分だけれど。歴史というのは、変えないほうが良いのだ。

 りりたん辺りに相談すれば的確な解決策を述べてくれるかもしれないが、残念ながら今ここにりりたんはいない。自分で決断せねばならない。

 

 ならば、桃子は歴史を変えないほうを選ぶ。

 というか、ここで歴史を変えることに、そもそも意味がない。

 

「あのね……私と、ヘノちゃんと、ニムちゃんと……あと誰だっけな、そうだ、窓口さんに伝えて!」

 

「窓口さん? う、うん」

 

 記憶を辿る。

 あの時の未来の自分が何を言いたかったのかは分からないけれど、それでも。

 あの時の言葉を再現するくらいのことは、出来るはずだ。

 

「あのね、言うよ!『今週は、絶対にスフレフロマージュカレーを食べないでね!』」

 

 伝えた。

 スフレフロマージュカレーが何だったのかは、自分にもわからないけれど。

 きっとこれで、正しかったのだろうと思いながら、桃子の意識は不思議な光に包み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってなわけで、過去の自分にも一応、同じことを伝えてきたよ」

 

 その後。気づけば再び水の中。

 慌ててそこから上がると、バナナもどきの皮を踏んで滑った時間からものの数秒しか経っていなかったらしく、目の前には愛すべき仲間たちの慌てる姿が待っていた。

 どうやら無事に『現代の世界』に戻って来れた桃子は、まるで夢のように過ぎていった過去へのタイムスリップについて、ヘノたちにも説明していた。

 

「薄々勘付いてましたけど、一週間前に先輩に言葉をかけてきたっていうびしょ濡れの先輩も、きっとスフレフロマージュカレーは食べていないんでしょうね」

 

「そうなのかな? ……そうなのか、そうだもんね。私、食べてないもん」

 

 考えれば、何だか頭が混乱してくる。

 自分は結局、スフレフロマージュカレーなるものは食べてはいないのだ。

 なので、警告の言葉こそ伝えはしたのだけれど、実はそれを食べるとどうなってしまうのかまでは把握していない。

 ただただ、聞いた言葉をそのまま伝聞として伝えただけである。

 

「なんだか。訳が分からないな。つまり。すふれなんとかって。なんなんだ?」

 

「け、結局、食べたらどうなっちゃったんですかぁ……?」

 

「結論から言うとですね。そんなカレーは元から存在しないんですよ」

 

「えーと……つまり、どういうこと?」

 

 そんなカレーは元から存在しない。

 彼女の推理は、こうである。

 

「つまりですね。歴史が変わることを恐れた先輩が、延々と一週間前の自分に『スフレフロマージュカレーを食べちゃダメ』という趣旨の伝言を残すループが存在しているんです。決して、伝言を残した本人がそれを食べたわけではありません」

 

「えー、そういうことなの? じゃあ、誰が最初にスフレフロマージュカレーなんて言い出したの?」

 

「どうなんでしょうね。他の時間軸とか、或いは並行世界だとかのことは私もわかりませんけど。ただやっぱり、1から10まで先輩だけで完結している話ですから、先輩が言い出したことなんだと思いますよ?」

 

「そっかー、私かー」

 

「先輩は先輩でも、パラレルワールドの、幾つか離れた世界の先輩かもしれませんけどね」

 

 他の誰でもない、桃子による言葉だったのだ。

 自分が食べていない料理の名を出して、それを食べてはいけないと過去の自分に伝える。伝えられた自分は、更に隣の世界の自分に伝え続ける。

 実に不毛で、何の中身もなく、そして奇妙な出来事だ。

 

「パラレルワールドの私って、いるのかな」

 

「前に水浸しの先輩に出会ったんですよね? それはきっと、ここと似てるけどちょっとだけ違う世界の先輩なのかもしれませんよ?」

 

 最初に、スフレフロマージュという名を出したのは誰なのか。

 この小さな円環のなかに、スフレフロマージュカレーを食べた自分は存在したのだろうか。

 いま自分が戻ってきたこの世界も、パラレルワールドのひとつなのだろうか。

 目の前にいる後輩たちも、数多のパラレルワールドに住む人間なのだろうか。

 考えれば考える程、喉につかえたような違和感が付きまとう。

 

 犯人たる桃子自身は、何も答えてはくれない。

 今日もいつもと同じ風が吹き、桃子の横を歩く後輩の髪についた橙の花を模した髪飾りを揺らしている。

 

「……ねえ、ところでさ。そんな髪飾りつけてたっけ?」

 

「やだなあ、先輩、これがこの世界の私のチャームポイントですよ。あーあ、戻ってくる世界、間違えちゃったんですね」

 

 桃子に笑いかける後輩は、しかし。どこか、初めて見る人のような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう少し不思議なお話。いかがですか? れもたん」

 

「いや……なんか全体的に不気味だし、終わり方が怖い。オチがスッキリしない」

 

「怖い話というのは大体そのようなものなのですが、れもたんの好みではなかったみたいですね。ちょびっとだけ残念ですよ」

 

「悪かったね。んで、今の話って……もしかしてだけど、実話なの?」

 

「ふふふ。作り話に決まっているじゃないですか。いくらももたんでも、そんな気軽に時間旅行なんて出来ませんよ。でも……」

 

「でも、なによ」

 

「いえ、円環の向こう側。ここと似て非なる並行世界のももたんは、今も時間旅行中かもしれませんよ?」

 

「へいへい。魔女様は相変わらず、想像力がお盛んなこって」

 

「ふふふ。きっと並行世界の桃花さんと柚子さんは、あちらの世界でも相変わらずシチューを食べているのでしょうね」

 

「……ホント、シチュー好きだよね、あの子たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   幕間 テルマエ・モモカ2 了

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