ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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丸焼きバード

「ほれ、カレーの嬢ちゃん。そろそろ焼けたじゃろ」

 

「師匠のための鳥の丸焼きっすよー」

 

「うわっ、うわっ、うわーっ」

 

 太陽が傾ききるよりも少し前の時間。昼の長い季節なのでまだ空は明るいが、やがて橙色へと変化していく時間帯だ。

 化け狸の長が利用していた東屋の前では、第三層『妖狸の森』にて狩られた原生生物である野生の鳥が絞められて、焚き火というには明らかに規模の大きい炎の中に放り込まれていた。

 

 大きな鳥だった。日本人の慣れ親しんだ鶏のような手軽なサイズなどではなく、それこそ桃子が両手でかかえてようやく持てるようなボリュームの鳥だ。

 海外で食されるターキーなどは日本のそれと比べて巨大な鳥肉だというけれど、もしかしたらそれと同じか、あるいはそれより更に大きいかもしれない。

 

 もちろん、その巨大な鳥をそのまま炎に放り込むわけではない。きちんと命を断ち切り、全身に生えている羽根などを丁寧に除外してからの丸焼きだ。

 化け狸独自の手法なのか、裸になった鶏の肉に大きめの葉を大量に張り付け、最終的には鳥肉を全て葉っぱで覆うようにしてから炎に放り込んでいた。

 化け狸は術を使うときに木の葉を媒体として利用するが、これももしかしたら妖術的な何かなのかもしれない。

 

 巨大な炎で、巨大な肉を丸焼きにする。

 今の時代では、ゲームや漫画でしか見ないような、少なくとも普通に日本で過ごしている限りは見かけることのないような、ワイルドで豪快な調理法である。

 この目の前の鳥の丸焼きは、この日、桃子のためだけに焼かれている。

 

「うわー……」

 

「どうした。桃子。鳥の肉が怖いのか? ヘノが全部。食べてやろうか?」

 

「うぅ……と、鳥さん、美味しそうな匂い……めそめそ」

 

「んふふ♪ 豪快だわ♪ 桃の窪地でも、こんな料理をしてる人はいなかったわね♪」

 

「すごいねぇ。羽根をむしって焼いてるだけなのに、いい匂いになるものだねぇ」

 

 妖精たちにとっても、焚き火で鳥を丸焼きにするような豪快な料理は初めての体験だ。それぞれが驚きを口にしている。

 焚き火といっても、庭先で焼き芋を焼くような規模の小さいものではなく、大きさでいえば房総ダンジョンのキャンプファイアーと同じくらいの火柱が巻き起こっている。まさに業火だ。

 火加減や焼け具合の調整がどうなっているのかは分からないが、きっとそこは化け狸に備わった何かしらの感覚で判断出来ているのだろう。

 

 桃子は、そのあまりの迫力に心を奪われる。

 そしてそれが、自分だけのための炎であり、桃子だけのための丸焼きだという事実を聞かされて、驚きやら申し訳なさやら興奮やらで、もはや言葉が出てこない。

 自分の背丈を容易く超えていく炎と、そこから漂ってくる焼けた肉の芳香を前にして、とにかく感嘆の声をひたすら上げ続けていた。

 

 

 

 

「最近は、ポンもこういうのをお手伝いできるようになったっすよ。前は、料理のこと何も知らなかったけど、今は里の大人たちにも色んなこと教えてもらってるっす」

 

「たぬき。お前本当に。料理が下手くそだったものな」

 

 この丸焼きの鳥肉は大人の化け狸たちが用意したものだけれど、この鳥肉の下ごしらえにはポンコも参加している。

 昨年末、桃子とヘノが初めて出会ったときのポンコは、料理のことを何も知らない少女だった。味付けも、セオリーも、料理の常識すら何も知らないまま、父を助けたいという一心で鍋に魚を入れて、ただひたすらにかき混ぜていたのだ。

 

 ポンコが料理を知らなかったのは、出来るだけ母と同じ運命を辿らせたくなかったという父と祖父のねじ曲がった愛情によるものだった。

 料理などして、亡き母である夕凪のようにポンコが人間に近づいてしまうことだけは避けたかったのだ。

 

 しかし、様々な出来事の末に、結果だけ見ればポンコはやはり母と同じ道を進み、様々な相手から料理を学んでいる。

 今ではうどん四天王はもとより、化け狸の里の大人たちからも、化け狸に伝わる料理というものを積極的に学んでいるようである。

 

 尤も、この目の前で大きな鳥が炎の柱に巻かれている状況は、一般的に「料理」と呼ぶべきものなのかどうかは怪しいところだが。

 

 

 

 

 桃子が見ている間にも、化け狸の大人たちが手際よく焚き火から大きな鳥を引っ張り出していく。

 肉に大量に張り付けられていた木の葉は、やはり化け狸の術のためのものだったようだ。全てを焼き尽くさんと言わんばかりの業火だったにもかかわらず、緑色の葉は先ほどと変わらぬ緑色を残している。

 あれならば、葉に包まれた鳥肉も、焦げたり炭化することはないのだろう。

 

 そして、その肉はドサリと重量感のある音とともに、桃子の前に差し出された。

 ここには大皿などと言うものはない。地面の上に巨大な樹木の葉を敷き、その上にほくほくの湯気とともに焼きたての鳥肉を配置しているだけだ。

 これで、化け狸特製、鳥の丸焼き料理は完成だ。

 

 もしかしたら素手で食べるものだったのかもしれないが、ポンコがうどん用の箸と小皿を準備してくれていたので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 

「じゃ、じゃあ……その、いただきます」

 

 調理の間にも、空は既に橙に染まり、明るいオレンジから夜の藍色へと変わる綺麗なグラデーションを描いている。

 未だ燃え続ける焚き火の炎に照らされて、桃子は地べたに腰を下ろした状態で、丸焼き鳥に視線を向ける。

 化け狸の葉っぱを使った妖術によるものなのだろうか、丸焼きのはずなのに表面は焦げることもなく、しっとりとした小麦色の鳥皮が覆っている。その質感は、照り焼きや蒸し焼きに近いだろう。

 皮には脂がじんわりと浮き出ており、下に敷いた大きな葉には鳥の脂が溜まり始めている。

 

 食事をするのは桃子だけ。

 妖精たちも、ポンコも、狸の長も。そして、遠巻きに見ている多くの化け狸たちも、静かに桃子の食事風景を見守っている。

 周囲からくるプレッシャーにも似た居心地の悪さを感じながら、桃子が鳥肉の腹部を箸で破り、そこから最初の肉を選び取る。大量の汁が溢れ出る。

 桃子は、ひとかけ選び取ったその肉を、口へと運んでいく。

 

 美味しい――はずだ。

 

 間違いなく、香りも、舌に感じる味覚も、美味しいものなはずなのだ。

 だが。

 

 桃子は周囲の目線が気になって、気になって、気になって。

 正直に言うと、味に全く集中出来なかった。

 

「ど、どうっすか? 師匠、美味しいっすか? 物凄く美味しそうっすね……!」

 

「あ、あの……それなんだけどさ、ねえポンコちゃん。このお肉物凄くでっかいし、小分けにしてさ、みんなで食べちゃ駄目かな? せっかくの御馳走なら、ポンコちゃんと一緒に食べたいなーって」

 

「え! ポンも食べていいんすか?!」

 

 口元によだれを垂らすのを我慢しながら、先ほどからずっと食欲を抑え続けていたポンコだけれど、桃子の発言に結局よだれが溢れてきている。

 この鳥肉は、桃子のために作られて、食べるのは桃子だけ。

 ポンコはそういうものだと思っており、まさか自分にも分けてもらえるだなんて思いもしなかったのだろう。よだれを垂らしながらの驚き顔がとても可愛らしい。

 一方、その祖父たる化け狸の長は「ふむ」と一言述べるだけで終わる。

 

「桃子は。カレーを作るときも。独り占めじゃなくて。みんなで食べるほうが。好きなんだ」

 

「も、桃子さんは、みんな仲良くするのが……い、一番好きですからねぇ……」

 

「ふむ、カレーの嬢ちゃんはそのような主義じゃったか」

 

 最初に群れのリーダーがエサを食べ、その食べ残しに他の仲間が群がる。そのような秩序を持つ野生動物は少なくない。

 しかし、桃子は人間だ。呑気で、平和で、人とふれあえない時間が長かったからこそ、皆でご飯を食べるのが大好きな少女だ。

 長の返事も待たず、ヘノをはじめとした妖精たちは、桃子とともに食事をとるために中央の肉へと群がっていく。彼女たちは、桃子がこういう提案をすることをはじめから予想していたのだろう。

 長は、やや苦笑気味に白い眉を下げて、よだれを垂らしている孫娘に声をかける。

 

「まあ良い、ならばポンコや。きちんとカレーの嬢ちゃんに礼を言うのじゃぞ」

 

「うん! もちろんっすよ! ポンっ!」

 

 ポンコは興奮のあまり、人間の少女姿から本来の狸姿に戻ると、ぴょんと桃子の元へと駆け寄っていく。

 桃子がほぐして差し出した鳥の肉を前にして、ハフハフと鼻息荒くがっつくその狸の姿は、飼いならされた従順な犬のようであったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 10分もすれば、そこは宴会場のような賑わいとなっていた。

 

 そもそもが、桃子一人で食べられるようなサイズの鳥ではなかったのだ。

 桃子が食べ残した分は化け狸たちで後程分け合う予定だったのかもしれないが、どうせ狸たちも食べるのならば、一緒に食べてしまえばよい。

 そんな桃子の提案を機に、妖精たちとポンコはもちろんのこと、離れて様子を見ていた化け狸たちも集まってきた。

 各々が木の実や魚を持ち寄り、気づけば酒樽が運ばれてきて、先ほどまでの桃子を遠巻きに囲っていた謎の儀式から一転、多くの化け狸の集まるパーティ会場と化していた。

 

「あちちっ、はふっ」

 

「桃子。ふーふーしてから。ゆっくり食べなきゃダメだぞ」

 

「うぅ……美味しいですねぇ。お、お肉なんて……めったに食べませんからねぇ……」

 

 中まで熱々の肉を小皿に乗せて、箸で程よくほぐしてから口に放り込む。

 調味料もなにもつけていない、ただの肉のみの味わいだけれど、熱さと共に口の中に広がる肉の野性的な旨みがたまらない。

 桃子の横では、ヘノが器用に風の魔法で鳥肉を切り刻み、仲間の妖精たちの分を取り分けていた。

 

 ニムの言う通りで、いまの妖精の国においては肉というのは滅多に食べる機会がない。

 もちろん、時折桃子が地上のスーパーで買ってきた肉をカレーの材料にしたり、あるいはハンバーグにしてドワーフに提供したこともあるけれど、少なくともダンジョンの原生動物を捌いて食べるということはない。

 それは桃子や妖精たちが菜食主義者というわけではなく、単に現代っ子の桃子が生きた動物を捕らえて捌いたり出来ないだけである。

 魚くらいならばどうにかなるが、やはりそれが哺乳類や鳥類となると、その命を奪うには心理的なハードルが高いのだ。

 

「不思議だよぉ。桃子さんも、相手が魔物だったら容赦なくハンマーで叩きのめせるのにねぇ」

 

「んふふ♪ 魔物は、瘴気を纏っているもの。感覚的に、他の生き物とは違うものなんだって、人間にもわかるものなのよ♪」

 

「へぇー、さすがクルラちゃん。神様だけのことはあるね」

 

 クルラの言う通り、目の前に現れたのが鳥型の魔物だったならば、おそらく桃子は迷うことなくハンマーを振り下ろすことが出来るだろう。

 その判断基準は何処なのかと考え始めると、しかし桃子自身にもさっぱりわからない。そういうのは、もっと頭のいい人たちの研究に任せたい。

 魔力や瘴気を視られる瞳を持たずとも、ダンジョンに入れば、肌感覚で魔物というものが理解できてしまう。ある意味では本能と言えるものなのかもしれない。

 

 もっとも、つい少し前に、無害な魔法生物に擬態していた強力な魔物に手痛い仕打ちを受けた直後なので、本能に頼ってばかりでは危険かもしれないが。

 

 

 

 

「カレーの嬢ちゃん。どうじゃ、たんと食っておるかい?」

 

「あ、長。なんかすみません、私のために色々と……」

 

「気にするでないよ。嬢ちゃんには、これからもポンコのことを頼まにゃならんからのう、前払いのようなもんじゃ」

 

 なんだかんだで、長もこの宴会の雰囲気を楽しんでいるらしい。

 いつもの薬草煙草は吸わずに、今は小さな焼き物の器を手にしている。中身はおそらくお酒なのだろう。

 

「むぐむぐ。桃子。何か。頼まれてるのか?」

 

「うん。ポンコちゃんが他のダンジョンを見てみたいらしくて、その引率を頼まれちゃったの」

 

 桃子は、肉を頬っぺたいっぱいに頬張っているヘノに掻い摘んで説明する。

 最近、ポンコが香川以外のダンジョンに興味を持ちだした。常ならば、香川ダンジョンで生まれ育った化け狸が別なダンジョンを訪れるようなことはない。しかし、妖精の国と友誼を交した今、その前提は覆される。

 妖精の国を経由すれば、妖精女王ティタニアの治める様々なダンジョンへと行き来が可能なのだ。

 もちろん、化け狸が自由に妖精の国を踏み荒らす訳にはいかないが、ポンコはすでに妖精の国の顔なじみだ。恐らく、ポンコが妖精の花畑を経由して別なダンジョンへと勝手に遊びに行ったところで、妖精たちは気にもしないことだろう。

 

 だからこそ、危険なのだ。

 

 ポンコが生まれ育ったこの香川ダンジョンの上層ならば、彼女にとって既に庭のようなものだろう。

 魔物の性質も知り尽くし、迷宮に迷うこともなく、一人で出歩いたとしてもよほどのことがない限りは無傷で帰ってくるだろう。

 だが、それは香川ダンジョン限定だ。

 ポンコは、香川ダンジョン以外のダンジョンに関しては全くの初心者なのだ。

 

 そんなポンコが一人で未知のダンジョンに足を踏み入れた場合、そこにはポンコが無事に戻ってくる保証など何もない。

 それを危惧し、ポンコが他のダンジョンを出入りすることを禁止する長と、他のダンジョンを探索してみたいポンコの間でちょっとした言い争いが勃発した。

 そして最終的には、人間の新人探索者がベテランの引率のもとでダンジョンに入っていくのと同様に、「妖精の加護を持つ桃子か柚花に引率してもらい、決して勝手な行動をとらないならば」という限定条件のもと、長もポンコの要求を認めたのである。

 

「まあ、そういうことじゃ。風の妖精には事後承諾になってしもうたが、ポンコをよろしく頼むよ」

 

「そうか。任せろ。ヘノが色々と。修行をつけてやるぞ」

 

 ヘノにとっては、桃子以外の同行者が一人二人増えたところで大差ない。

 むしろ、ポンコがダンジョン初心者だというのならば、しっかり修行をつけて強くしてやらねばとすら考えていた。

 

「ヘノちゃんって、たまにスパルタになるからなあ……」

 

「安心しろ。あのたぬきなら。少しくらい厳しくしても。大丈夫だろ」

 

 桃子の脳裏に、河童と戦わされた記憶、一反木綿ハウスに放り込まれた記憶、逆立ちでひたすら水を吐かされた記憶、他にも様々な散々な目に遭ったときの記憶が蘇る。

 ヘノの言う通り、ポンコは魔法生物である以上、並の探索者よりもはるかに強い存在ではあるけれど。

 願わくは、ポンコに変なトラウマが出来ませんように。

 

 桃子は苦笑を浮かべつつも、そろそろ冷めてきた鳥肉を炎で軽く炙りなおして。

 脂のしたたるそれを、美味しそうに頬張るのだった。

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