ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「――っていうことがあったんだよ」
『うわー、先輩ったら随分とまた、美味しそうなものを食べてきましたね』
化け狸の里で予定外の宴会に巻き込まれてから数日後、平日の夜。
桃子はその日の工房での仕事を終え、夜食としてオリジナルのスパイスを配合したカレーを作りながら、柚花と通話を繋げていた。
柚花と会話を続けながらも、桃子はスパイスの分量を量り、丁寧にメモを残していく。今回のカレーのテーマは「乾燥キノコ」だ。先日『妖狸の森』で拾った味がしなくて独特の匂いがするというキノコを乾燥させて持ち帰ってきているので、今週は連日それを活用した配合を模索中だ。
回線のむこう側にいる柚花は、電話口からも溢れ出る桃子のカレー熱をうまく受け流し、香川ダンジョンでの出来事に耳を傾けている。桃子の語る巨大な鳥の丸焼きを想像し、夕食を食べた後だというのに柚花は再び空腹感を覚えてきた。
『あーもう、羨ましいですね! 私も無理してでもダンジョンに行けばよかったなあ』
「えへへ、ゴメンね、私たちだけご馳走食べちゃって。お詫びってわけじゃないけど、今度どこかで七面鳥でも買っていって妖精の国で食べてみる?」
『魅力的な提案ですけど、妖精の国のかまどじゃ、オーブンみたいな丸焼きは難しいんじゃないですかね』
七面鳥の丸焼き、いわゆるローストターキーだ。
アメリカやカナダなどの諸外国では、感謝祭などで、それこそ日本では見ないような巨大なターキーを焼いて食べるという。
日本では、そこまでの豪快な料理を目にする機会などそうはない。そもそもそのサイズのターキーを丸焼きに出来るオーブンを備えた家など、日本では滅多にありはしないだろう。
それはティタニアの治める妖精の国でも同様だ。あそこには、大なべを火にかけるためのかまどしかないので、オーブンのサイズ以前の問題である。
「そこはほら。ノンちゃんに大きな窯を作ってもらって、火加減はフラムちゃんに頼んじゃおう。人間があれこれやるより、火のことは火の妖精に、でしょ」
『ああ、フラムさんなら面白い武器情報と引き換えにすれば喜んでやってくれそうですね』
かまどだけでなく、強い火力で料理を焼ける窯があれば、色々と料理の幅が広がりそうだ。
七面鳥の丸焼きだけでなく、それこそ自作のピザも作れるし、表面をこんがり焼いたカレードリアなども作れるだろう。パンを焼いたりもできるかもしれない。カレーパンという亜種に手を出すのも悪くはない。
そのように、桃子の脳内では想像がどんどん広がっていく。
捕らぬ狸の皮算用とはよく言ったものである。
桃子はポンコの毛皮を売り払う予定はないけれど、ついつい狸の皮算用を始めてしまうのだった。
『っと、話が逸れちゃいましたね。それで、なんでしたっけ? 吉野ダンジョンでしたっけ?』
そして、いつしか話の趣旨が脱線してしまったことに気づいた柚花が、脱線し続けていた桃子を正規の線路へと戻してくれた。
この通話の目的は柚花とターキーの話をすることではない。実は、桃子には柚花に相談したい事柄があったのだ。
「そうだそうだ、なんでもポンコちゃんがね、美食三銃士さんたちの美食会議を耳にしたらしいの。それによれば、吉野ダンジョンに新たな美食が産まれようとしているんだって」
『……』
「あれ? 柚花? 大丈夫?」
『あ、いえ。ちょっと気になるところがあって、ツッコミを入れるべきかどうか悩んでただけです。気にせずどうぞ続けてください』
美食三銃士の名前を出した途端、柚花は黙りこくってしまった。
最初にポンコから美食三銃士の名を聞いたときには、桃子も思考が止まってしまったものだ。きっと柚花もそうなのだろうと、桃子は理解する。
「じゃあ、続けるね。ええとね。ポンコちゃんが言うには――」
桃子が思い返すのは、ポンコに頼まれ、長を説得することになった際のやり取りだ。
初めこそ、何を説得すればいいのかどうか分からないまま長の前へと連れて行かれたわけだが、その後の説明によれば、どうやらポンコは香川ダンジョン以外の迷宮に興味を持っていたのだそうだ。
他のダンジョンを探索してみたいポンコと、それを許可したくない祖父。
話し合いの末に出た折衷案が「信頼のおける、桃子と一緒ならば許可する」といったものだった。
桃子としても、別にポンコと共に他のダンジョンに潜るというのは断る理由もない。特別危険な新宿ダンジョンのような場所ならば断わることもあるが、ただの食材探しならば危険な場所に行くことも無いだろう。
そう判断し、化け狸二人に対して大きくうなずき、了承の意思を示したのだった。
そして、ポンコが行ってみたいという、別なダンジョンについて。
「あのね、あのね師匠。ポンね、『吉野ダンジョン』に行ってみたいんすよ」
「よしのダンジョン? って、どこら辺だったっけ?」
「うーん、ポンも名前しか知らないっすね。爺ちゃんは知ってる?」
「地上の地理なんぞ、わしに聞かれてもわからんのう」
ポンコが行きたいのは『吉野ダンジョン』。桃子も知識としてその名称は知ってはいるものの、具体的にそれがどのような場所なのかまでは聞いたことが無い。残念ながら、桃子も地上の地理には疎いのだ。
しかし、今重要なのは吉野ダンジョンの位置ではない。
そもそも妖精の国を経由していける場所であれば、飛行機や鉄道などで移動せずとも、光の膜を抜けるだけで現地入りできてしまうのだから、地上の地図で場所を知る意味はあまりない。
「うーんうーん……まあ、場所はともかくっすね。美食三銃士が言ってたんすよ」
「ええと、まず聞きたいんだけど美食三銃士ってなに? 香川ダンジョンて、うどん四天王とか美食三銃士とか、そういうの多くない?」
「美食三銃士はっすね、前にポンが初めておうどんを出したときに食べに来てくれた三人組っす。あの人たち、各地でダンジョン食材を集める、ダンジョン食材の専門家だったんすよ」
「ああ、そういえばなんか、妙にキャラが濃いお客さんたちがいた気がする。そっか、あの人たちが三銃士なんだ……」
美食三銃士。
以前、桃子が初めてポンコと出会った日も、ポンコのカレーうどんをさっそく食べに来てくれた三人組の探索者がいたはずだけれど、どうやらあれが『美食三銃士』なる者たちだったようだ。
やや軽い印象を受ける、若い剣士。
物凄い知的で、インテリの雰囲気を隠しきれないメガネのエリート然とした探索者。
大きな体に、これまた大きな盾を装着したどっしりとした大男。
パーティにしては随分とキャラクターと年齢がかけ離れているトリオだと思っていたが、どうやらあれが『美食三銃士』という三人だったようだ。
「えあろ師匠の依頼を受けてキノコを探し出してくれたのも、あの三銃士の皆さんっす。なんか、スキルでそういうのが見つけられる人たちらしいっすよ」
「へえ、私が言うのもなんだけど、随分と面白いスキルがあるんだねえ」
「その三人が、美食会議をしているのが丁度聞こえてきたんすよ。『吉野ダンジョン』が呼んでる気がする、何か新たな美食の産声が聞こえる、って」
「び、美食の産声……」
「――っていう感じでね」
先日のポンコとのやり取りを思い出し、桃子はカレーの具材を炒めながら、柚花へと説明を続けていた。
「なんか、まさにまもなく美食が産まれようとしてるのが、吉野ダンジョンなんだって」
『それはまた……突っ込みどころが満載というか、なんというか』
「あはは……まあでも、ポンコちゃんと一緒に別なダンジョンに行くのは私としても別に断る理由はないからさ。一応事前に情報を知っておこうかなって」
桃子とて、さすがにポンコに伝聞で聞いただけの美食三銃士とやらの会話をそのまま鵜呑みにするほど能天気ではない。
もちろん、もし本当に吉野ダンジョンで新たな食材なり調理なりが誕生するのならば、それに興味がないと言えば嘘になる。
が、さすがに現段階の情報だけではそれを信じるための説得力に欠けている。
なので、今はまず、情報収集だ。
『ティタニア様は吉野ダンジョンについてなんて仰ってたんですか?』
「ティタニア様は、なんか吉野ダンジョンの状況は第二層までしか感じ取れないみたい。第三層から何かの気配は感じるけど、経路がちゃんと繋がってないんじゃないかって……不思議だよね」
『なるほど。じゃあ私が知ってる情報だけでいいならばお伝えしますかね。吉野ダンジョンの場所は奈良県、吉野山で――』
古くから修験者の聖地として崇められてきた奈良県、吉野山。
桜の名所としても有名な吉野山一帯には、飛鳥時代に建てられたという寺社が点在している。その中心となる金峯山寺は、今では世界遺産として登録されている。
その吉野山の修験者たちが祈りと共に通った修験道から脇に逸れた地に、いつの時代にか口を開いていた神秘の洞窟こそが、今の世で言うところの『吉野ダンジョン』である。
第一層は『修験洞』。長い歴史の中で、修験者たちの修行の地とされてきたこの洞窟の岩盤には、修験者たちの祈りを形にするかのように、数多の仏師たちの手によって様々な仏像の姿が彫られていることで有名だ。
多くのダンジョン鉱石が掘れるため、鉱石掘りの依頼を受ける探索者も少なくはない。
第二層は『サクラモリ』と呼ばれる自然タイプの階層だ。桜の名所である吉野山を再現するかのように、常に花を咲かせ続ける桜の木々が茂り、桜の迷宮を作り出している。
その美しさの反面、決してそこは安全な地形などではない。道などはなく、急斜面や崖なども多い、探索者にとっては難易度の高い地形と言える。
そして更に奥に存在する第三層。歴史的にはその存在を確認されてはいるらしいが、噂によれば過去の日本軍、あるいは日本政府によって、その入り口は閉ざされているのだという。
今ではもう、どこが閉ざされた入り口なのかも伝えられておらず、第三層への経路は令和の今となってもなお、不明とされている。
『――という感じです。ここで美食が産まれるのかどうかはわかりませんけどね』
「第三層は人為的に閉じられてるんだねえ。なんか、ちょっと不思議というか、不気味な感じもするね」
『明治だか大正だかに書かれた民俗学者の手記によれば、当時はまだ第三層はあったらしいですけどね。その後、軍だかが率先して封じるなんて、ただ事でない感じがしますよ』
「気になるね。まあ、気になるけど……深入りしないでおこうかな」
禁足地というものがある。
決して人が足を踏み入れてはいけない地。それは、安全性の問題、宗教的な問題、国際的な事情の問題など様々ではあるが、そのような土地というのは日本各地に存在している。
そして、この吉野ダンジョン第三層もまた、禁足地の一つなのだろう。
今の桃子と柚花は、ギルドや魔法協会、そして何よりダンジョンの魔法生物たちに伝手があるため、もっと時間をかけて調べれば何かしらの情報は得られるかもしれない。
だが、桃子は知っている。「知ってはならないこと」というのは、世の中に意外とあるものなのだ。
今回の目的はあくまでポンコの引率。もちろん興味はあるけれど、虎の尾を踏みに行く必要はないのだ。
そう、柚花にも宣言してみたのだが。
『先輩、それってフラグじゃないですか? 私、先輩がそんなこと言って結局最後は深入りどころか、事件の中心部で大暴れしてきた話をいくつも聞いてますよ』
「やめてやめて、なんか本当にそうなっちゃいそうだからやめて」
『りりたん曰く、先輩は楔だそうですからね。意味は分からないですけど、なんだか今の日本のダンジョン全体の流れっていうんですかね? それに、楔を打ち込んでいる中心部の一つが先輩らしいですよ』
「えー、そんなこと言われてもなあ。私、ダンジョンは壊すけど楔なんて打ち込んだことないんだけどなあ」
『普通はダンジョン壊さないんですけどね』
柚花の突っ込みは今日も冴えていた。
『まあ、第二層でしたら、崖とか斜面の足場にさえ気を付ければ、先輩とポンコちゃんなら大丈夫ですよ。桜が綺麗な場所だそうですよ』
「うん、わかった! ありがとうね、柚花」
柚花と話している間に、実はカレーも完成している。
十分に美味しいカレーにはなったのだが、しかし当初の目的である「キノコの風味を活かしきる」という意味では、まだまだこのキノコのスペックを発揮できていない気がする。
投入タイミングや火加減、戻し方もまだまだ工夫の余地があり、点数としては60点と言ったところだろうか。なかなか先は長い。
『あとは、そうですね。今ネットで吉野ダンジョンの情報を調べてたんですけど』
「うん、何かあった?」
『なんか、最後のニホンオオカミが捕獲された場所が近いみたいで、吉野ダンジョンギルドでもニホンオオカミグッズが販売されてるらしいですよ。まあ、ダンジョンには直接関係ないですけど』
「えー、グッズ売ってるの? ギルドも色々やってるんだねえ」
『まあ、公式マスコットとかでアピールするのもギルドの大切なお仕事なんですよ。房総ダンジョンギルドもドワーフとかハンバーグで頑張ってるじゃないですか』
「うーん、私としては複雑な話だなあ」
情報によれば、吉野山は桜の名所として知られる一方で、最後のニホンオオカミが捕獲されたとされる東吉野村とも距離が近く、ニホンオオカミが暮らしていた地域の一つだったらしい。かつてはこの山々には狼の遠吠えが響いていたという。
ギルドはそれをイメージキャラとして売り出しているようだが、人の手で絶滅させてしまった動物をイメージキャラにするというのは如何なものかと思う。
「ふーん、狼かあ……」
絶滅した、ニホンオオカミ。
吉野ダンジョンに直接関係があるわけではないのだろうが、何となく。
どこか遠くの、夜空の下で。月の下で。桜の木の下で。
狼たちが空へ向かって吠えている姿が、ふと。桃子の脳裏に映し出されるのだった。