ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「おはよっす! 師匠! 師匠! ポンはもう、準備万全っす! 出発はまだっすか?! まだっすか?!」
「むにゃ……今週は……むにゃ……」
「たぬき。残念だったな。桃子はこんな早い時間から。起きたりはしないんだぞ」
「キューン……早く来すぎちゃったすかー」
土曜日の早朝。
金曜日の夜のうちに妖精の国へとやってきていた桃子は、マシュマロとお餅と綿あめを足したようなベッド――桃子の言うところの『人間を駄目にするベッド』に包まれ、むにゃむにゃと寝言を呟きながら夢の世界に浸っていた。
この日はポンコを連れて吉野ダンジョンへと探索に行く予定日だ。
なので、早朝からさっそく元気いっぱいのポンコが桃子の元へとやってきたのだが、残念ながら桃子が起床するまではポンコの探索デビューはお預けである。
「むにゃむにゃ……スフレ……フロマージュ……食べちゃダメ……むにゃ」
「師匠ってば、なんか寝言を話してるっす。こうしてると、普通の子狸たちと変わらないっすね」
「今日は。なんだか変な夢でも。みてるみたいだな。起きるかわからないけど。つついてみるか?」
「ううん、寝かせてあげて欲しいっす。ポン、知ってるの。子供は沢山寝ないと、きちんと成長できないんすよ」
ポンコはそっとベッドに近づいて、布団の中でむにゃむにゃしている桃子の寝顔を覗き込む。
何やらスフレフロマージュがどうこうと妙な寝言を口走ってはいるものの、マシュマロベッドに包まれ気持ちよさそうに眠っている。その寝顔は穏やかだ。
ポンコは桃子のことを師匠として尊敬している。けれどそれはそれとして、桃子のことは同年代くらいの子供として認識していた。
気持ちよさそうに寝ている子供を起こすのは、可哀想だ。
なので、ポンコは桃子を起こすような真似はせず、それどころかずれてしまっている布団を桃子に掛けなおし、その寝顔を微笑まし気に眺め続ける。
「桃子師匠、気持ちよさそうに寝てるっすね。起こしちゃダメっすよ」
「なら。せっかくだから。たぬき。桃子が起きてから食べる。朝食とか。頼んでいいか」
「あ、それは最高っすね! まさにポンの出番じゃないっすか。じゃあ、さっそく調理部屋に行ってくるっすね!」
ポンコとヘノの二人でしばらく桃子の寝顔を眺めていたけれど、ふとヘノが提案する。
桃子は寝起きはかなりの間ぼんやりしているので、自分で朝食を作る習慣がない。
なので普段は妖精の畑で適当な果物をとり、それを朝食としているのだけれど、今日はちょうど調理人の卵であるポンコがやってきているのだ。
どうせここで二人で桃子を眺めているだけならば、桃子のための朝食を何かしら準備しておいたほうが建設的だろう。
思い立ったが吉日。善は急げと、ヘノの提案を聞いたポンコはさっそくやる気を出す。
ポンコは普段カレーうどんばかり作っているけれど、うどん四天王たちから様々な教えを受けている身だ。朝食として食べるのに向いているうどんの知識も、きちんと頭に入っている。
むしろ、今まで学んできたことを実践するいい機会だとばかりに、ポンコはさっそうと調理部屋へと駆けていく。
桃子が目覚めたのは、ポンコが調理部屋へと駆けていってから、しばらく後のことだった。
「なんか、すっごく不思議な夢をみてた気がするなあ。最後がなんか、すっきりしない夢」
「桃子。すふれなんとかって、寝言で繰り返してたぞ」
「あ、師匠! おはようっす! 朝食出来てるっすよー」
「あれ、ポンコちゃん? わ、すごい、朝食が出来てる」
起床こそしたものの、まだ半分眠っているような桃子をヘノが連れ出して、何はともあれ水浴びをさせるところが一日のスタートだ。
地上の気候が夏だろうが冬だろうが、妖精の国の気候は過ごしやすい一定の温度を保っているので、水浴びも苦ではない。
歯を磨いて、綺麗にした服に着替えて、みつあみを整えなおして。それら朝のルーティーンを経て、ようやく目が覚めてきた桃子が花畑へと顔を出すと、すでに調理部屋には桃子のための朝食が用意されていた。
「ポンね、ポンね、師匠の朝ご飯に、すっきりした冷やしおうどんを作ってみたっすよ」
「うわ、助かるよ。ありがとうポンコちゃん」
「たぬき。お前。カレーうどん以外も。作れたんだな」
「えへへ、これでもうどん四天王の弟子っすからね」
桃子の前に差し出されたのは、仄かに果物の香りが漂う、魚介の出汁を使った冷やしうどんだ。
レモンやすだちのような柑橘の香りが漂っている。もしかしたら、わざわざ妖精の畑からちょうど良い果物を探してきてくれたのかもしれない。
魚介の出汁やその他の調味料などは、調理部屋や氷部屋にあった材料を使用したのだろう。
朝はあまり身体がしゃっきりしておらず、あまり食欲もない桃子でも、このすっきりとしたうどんならば美味しく食べられそうである。
「すごい、これなら私でも食べられそう。じゃあ、おうどん食べたら、さっそく吉野ダンジョンの探索にいってみようね!」
箸をとり、さっそくうどんをすすってみる。
氷部屋でしっかりと冷やしていたのだろう、きゅっと引き締まった麺が、7月の朝の身体を引き締めてくれる。
妖精の国は一年を通して過ごしやすい気候だとはいっても、普段は地上で過ごしている桃子の身体は夏の季節に適応している。冷やされたうどんが、心地よい。
柑橘の風味がいいアクセントになり、冷やされた魚介のスープのうまみをより一層引き立てていた。
「起きたら手作りの朝食があるなんて、実家ぶりだよお。ずるずる、ずるずる」
「桃子。うどんを食べたら。さっそく吉野ダンジョンだな。荷物は大丈夫か? カレールーはあるか?」
「うん。リュックの中身もチェックしたし、お米もカレールーもばっちりだよ」
「桃子師匠は、カレーの材料を常備してるんすねえ。さすがはカレーの師匠っす」
今回は引率という話になっているけれど、桃子とて吉野ダンジョンは初めて足を運ぶ場所である。
今のところは第二層までしか拓かれていないダンジョンなので、そこまで危険な魔物はいないはずだけれど、それでも何があるかわからないのがダンジョンだ。
しっかりとご飯を食べて、エネルギーを補給して。
新たな探索へ向けて、桃子は気合を入れなおす。
この日はポンコの新しい門出なのだから、腑抜けてばかりはいられないのだ。
光の膜を抜けると、そこは桜の園だった。
桃子たちが姿を現したのは、吉野ダンジョン第二層『サクラモリ』の端に近い、とある高台だった。
いつまでも白く咲き続ける桜の森と、崖や斜面の多い、険しい地形。それがこの階層、サクラモリである。
高台から広い階層の景色を見渡せば、空は蒼く広がり、大気中には季節が春に戻ってしまったかというような桜の香りが漂っている。
吉野山を訪れた過去の修験者たちは、このダンジョンを神秘の力の宿る洞窟と考えていた。彼らは、このサクラモリに何を見たのだろうか。
ここが魔物の現れる危険なダンジョンでなければ、すわ仙界にでも迷い込んだのかと錯覚してもおかしくはないだろう。
「ここが。吉野ダンジョンか。なんか。花だらけなんだな」
「これが桜なんすねえ。なんだかあっちもこっちも満開じゃないっすか、すごいっす!」
「すごいね。これは山桜なのかな? 地形がものすごい凸凹してて歩くのは大変そうだけど、景色は綺麗なダンジョンだね」
見下ろす景色はその階層名の如く、一面の桜の森。
白い桜の花に、赤みがかった若葉が見え隠れしている。これは地上の桜で言えば、日本の固有種である山桜に近いものなのだろう。
もっとも、ダンジョン内の桜なので地上のものと比べれば品種は違うだろうし、そもそも地上の桜は永遠に花が咲き続けたりはしないのだが。
「桃子さんもポンコさんも、足元には気を付けるんだよぉ? そこの斜面は、崩れやすくなってるよぉ」
「ありがとう、ノンちゃん。今日はよろしくね」
「期待してるっす、ノンさん」
「地面のことは。任せたぞ。ノン」
「力になれれば、いいんだけどねぇ。せっかくだから、頑張るよぉ」
そして、この日同行している妖精はヘノだけではない。
ふんわりとした茶色の髪に、他の妖精たちよりも豊満なボディラインの、大地の妖精ノン。大地の力を司る彼女もまた、桃子たちと共にこの吉野ダンジョンへと訪れていた。
なぜノンが同行しているのか。そこに、深い理由はない。
ヘノたちがいざ出発しようというときに、たまたま出くわしたのがノンだっただけである。せっかくなので一緒にどうかと、その場で探索メンバーに勧誘してみただけのことだ。
ノンとしても特に断る理由がなかったので、この日は桃子たちとともに吉野ダンジョンを訪れることとなった。
「でも。足元が危険なら。身軽なほうがいいな。今日は最初から。軽めに。つむじ風の魔法をかけておくぞ」
ツヨマージを構えたヘノがそう言うや否や、桃子とポンコの両脚には緑の魔力を放つ小さなつむじ風が出現する。
障害物の多い森の中を移動することになるので、威力はやや抑え目だ。桃子たちの体感としても、心なしか身軽さが上昇した程度であろう。
しかし、階層の全てが自然のアスレチックとなっているこのサクラモリならば、この身軽さが付与されるだけでも随分と活動が楽になる。
「つむじ風の魔法って、便利でいいっすよねえ」
桃子としては慣れ親しんだつむじ風の魔法だが、それを不思議そうに見下ろしているのは化け狸のポンコである。
もとから人間よりも遥かに身軽な化け狸のポンコだが、足もとをみれば彼女の両脚にもヘノが付与した小さなつむじ風が渦を巻いている。
「最近ね、えあろ師匠もこれを使えるようになったから、マグマ師匠たちが喜んでたっすよ。一回の探索で移動できる範囲が、劇的に広がったって」
「えあろさんて、もうヘノちゃんの愛弟子だね」
北海道の摩周ダンジョンでの戦いの際、ヘノが桃子へと託していた魔石に込められた風の魔力を操り、桃子たちにつむじ風の魔法を纏わせたのは風祭えあろである。
彼女は、風属性の魔法スキルの使い手としては並のスキルしか所有していないけれど、風の魔力そのものを操れる稀有な存在だった。
その出来事をきっかけとして、えあろは何度かヘノから直接風の魔力の運用についてレクチャーを受けているのだ。本人たちがどう解釈しているかはともかく、師弟関係と呼んでも決して間違いはないだろう。
「キノコ乾燥女は。ヘノの弟子なのか。なら。ヘノのことは。師匠って呼ばせたほうが。いいのか?」
「ヘノさんが師匠の師匠で、師匠のパートナーだから……ええと、ええと。ポンもヘノさんの弟子ってことになるっすか?」
「でも。ヘノは。たぬきに。料理や魔法を教えた覚えは。ないぞ」
師匠と弟子。
ポンコには既に5人もの師匠がいて非常に複雑な環境なのだけれど、更に目の前にいる風の妖精がえあろ師匠の師匠であり、桃子師匠のパートナーである。
つまり自分にとってヘノはいったい何者なのか? ポンコは考えてみるが、よくわからない。脳内が混乱してくる。
そして当事者であるヘノもまた、不思議そうに首を傾げている。
困惑する二人。しかし、そこには解決の一手を導きだしてくれる存在がいた。
「ヘノとポンコさんはお友達でいいと思うよぉ? 呼び名とかも、そこまで気にしなくていいと思うよぉ?」
「そうだな。さすがにわかりづらいし。今まで通りで。いいか」
「そっすね!」
「お、なんか分からないけど、解決しちゃった? さすがノンちゃんだね、お姉さんぽいね」
結局、この場で唯一冷静に考えられるノンの一言で解決したのだった。
なお、この場で唯一の成人女性である桃子は、途中から耳に入る会話が右の耳から左の耳へと抜けており、そもそも話をきちんと聞いていなかった。
「よいしょ、よいしょ……っと。ポンコちゃんはさすがに身軽だなあ」
「師匠、もう少しっす! こっちの枝をつかんで、そこに足をかければ……はい、到着っすよ!」
探索とはいえ、移動を始める前に、まずはこの階層がどのような場所なのかをある程度は把握しておきたい。
桃子のその提案には異議もなく、ひとまず四人は高台の更に上。周囲の木々で一番高く、太い幹を持つ桜の木の上へと登っていた。
周囲を確認したければ、まず高いところから確認するべし。非常にシンプルな提案だ。
森に住む化け狸であるポンコはなんの苦もなくひょいひょいと木の上へと登っていき、桃子は仲間のサポートを受けてよじよじと桜の木を登っていく。
「向こうには川が流れてて、湖もあるねぇ。反対側は、崖が多くて、大変そうだよぉ」
「あっちの谷間に。ゴブリンが大勢いるな。たいした強さじゃなさそうだけど。数が多いぞ」
「ほえー、あそこでちょろちょろしてるのが噂に聞くゴブリンすか! なんか、初めて有名人をみた気分っす! せっかくなら、もっと近くでみてみたいっすね!」
「た、高くて怖いよー、行く場所決まった? もう降りていい?」
これだけの高所から見下ろせば、このダンジョンの構造もある程度は見えてくる。
この階層には、桜で覆われた山があり、同じく桜で覆われた谷があり、そこには水辺もあるようだ。あとで休憩をとるならば、その場所がいいだろう。
そして、本日の主役であるポンコは、まさかのゴブリンに興味津々だった。
ダンジョンに出没する魔物としては一番メジャーな存在であるゴブリンだが、言われてみれば香川ダンジョンでは出会った覚えはない。つまり、ポンコにとっては初ゴブリンである。
「じゃあ。たぬきのリクエストで。最初の目的は。ゴブリンの巣。観光ツアーだな」
こうして、最初に向かう場所が決定した。
目指すはゴブリンの集まる谷だ。ゴブリンそのものは大した強さでも何でもないが、集団に囲まれては厄介なので、事前に場所を確認できたのはありがたい。
よじよじ登るのは大変な木も、降りるのは簡単だ。つむじ風の魔法で身軽になった桃子ならば、ある程度の高さから一足飛びで着地出来た。
木から降りた一行は、高所から発見したゴブリンの群れへと向けて、意気揚々と歩き始めた。
「楽しみっすねえ、ゴブリン!」
「ゴブリンかあ、懐かしいな。私、前はゴブリンの巣に入り込んで、ゴブリンが集めた木材とかこっそり貰ってたんだよね」
「じゃあ。今日はゴブリンの巣をみてみるか。なんか。楽しそうだな」
「ゴブリンなんて、そんなに喜んで見るものじゃないよぉ? みんな、正気に戻るんだよぉ」
【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル】
パティシエのみんな、こんにちは! みんなのアイドル、カリンだよ!
今日は、前から計画してた、夏休みスーパー連日配信企画! 初日は砂丘ダンジョンのスペシャルリベンジ配信だよーっ!
ってなわけで、はい、自己紹介して。
『えーと、美少女配信者タチバナです。ちょっと色々とありまして、強引にカリンの大型配信企画に引きずり込まれました。予定をきちんと聞かされてないんですけど、どういうテンションで対応すればいいんですかね、私』
『本当にごめんなさい、タチバナさん。カリンさんがかなり無茶を言ったようで』
『私たちも、タチバナさんが参加するっていう話を聞いたのはつい今朝方だったのよ』
えっへへ、サプライズ大・成・功! あっ、タチバナが合流したときのリンゴちゃんとクルミちゃんの驚きのシーンも実はこっそりと撮影してたから、後でアップロードしちゃうね。
『カリンさん、正気ですか。あの地獄のような気まずい空気を世間に晒すんですか』
あはは、面白いよね。
クルミちゃんとリンゴちゃんは平謝りだし、タチバナは私にそれはもう冷凍庫みたいに冷たい視線を送ってくるし。
でも知ってるからね、タチバナは私のこと大好きなんだって!
『すみません、クルミさんリンゴさん。あなたたちの仲間、一発張り倒していいですか?』
『どうぞどうぞ』
『どうぞどうぞ』
えー! なんでーっ!?
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えっへへ、やっぱりさー、持つべきは友達だよね。
インディさんとジョーンズさんっていう、砂漠に隠れ住んでる砂漠の民のおじさん二人が、この乗り物、カートをくれました!
自転車みたいなペダルを漕ぐだけで猛スピードが出る面白い車で、免許もいらないよ!
これさえあれば快適に第二層の熱砂砂漠のオアシスまで走れるんだってさ!
『カリンさん、インディさんたちは砂漠に隠れ住んでるわけじゃないですよ』
『ついでに言うと、カートは貸してくれただけよ。なんで貰っちゃった風に話してるのよ、お馬鹿』
うえーん、相変わらずクルミちゃんとリンゴちゃんは辛辣じゃん。
ちょっとタチバナ、何をずっと上を見上げてるの?
『いえ、気のせいか……さっき空の上を白い布が……』
ほえ? 何も見えないけど?
眼科行ったほうがいいよ、タチバナ。
『クルミさん、リンゴさん。この子だけ砂漠に放置してもう帰っていいですかね?』
『仕方ないですね』
『しょうがないわね』
なんでー?!