ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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サクラゴブリン

「ここら辺のゴブリンは、全部倒せたみたいだよぉ」

 

「やったっす! 勝利っす! ポン、はじめてのゴブリン討伐に成功したっす!」

 

 ゴブリンの集団が潜んでいた谷間では、つい先程まで大規模な討伐作戦が繰り広げられていた。

 倒れた木々、崩れ落ちた岩、強烈な衝撃により破壊しつくされたバリケード。

 それらの痕跡は、激しい戦いがそこで行われていたことを示していた。

 

 

 

 

 ――その戦いが始まるより、少し前のこと。

 

 

 

 

 桃子たちがゴブリンの群れを目指してサクラモリの崖を下り、山と山の間に位置した深い谷間へとやってくると、そこにはちょっとしたゴブリンの一大集落が出来上がっていた。

 集落とは言っても、魔物であるゴブリンが文化的な生活をしているわけではない。周囲の森から拾い集めた倒木や大きめの枝を束ねてバリケードを作り、そこを拠点として辺り一帯のゴブリンが集まっているだけである。

 

 はじめは遠くからそのゴブリンの群れを呑気に眺めていた桃子たちだったが、しかしどうも、想像以上にその数が多かった。

 房総ダンジョンに時折現れるゴブリンの群れが、多くても20匹程度の集まりだ。それに対し、この谷間のゴブリン集落はいくつかの群れが合流して作り上げたもののようで、下手をすればその数は3桁を超えている。

 いくらなんでも、この規模の群れは危険である。単体として大した強さを持たなくとも、それが100を超える集団で襲ってきた場合は探索者にとっても十分過ぎるほどの脅威だ。

 もし、それだけの数の魔物に奇襲を受けたならば。それがいかな実力あるベテラン探索者だったとしても、無事で済むことはないだろう。

 

 このままでは、このサクラモリを訪れている探索者に危険が及ぶ。

 そう判断した桃子たちが、先んじてこの場でゴブリンを討伐してしまおう、という結論に至ったのは至極当然のことであった。

 

 幸いにも、妖精を引き連れた桃子はゴブリンなど歯牙にもかけない程度には、強い。

 桃子がヘノと力を合わせたならば、それは破壊の暴風となる。最初から最後まで、己の存在の認識すら許さずにゴブリンの群れを殲滅することも可能だろう。

 また、妖精であるノンも、化け狸であるポンコも、人間である探索者たちより遥かに強い魔法生物たちだ。奇襲を受ける側ならばまだしも、奇襲をかける側としては十分な戦力だった。

 

 

 

 

 そして、結果だけを言うならば、奇襲は成功した。大成功と言っていい。

 

「ポンコちゃん、大丈夫だった? なんかポンコちゃんだけ標的にされちゃったね」

 

「桃子は相変わらず。気づかれもしなかったな。ゴブリンが全部。たぬきばっかり見てたぞ」

 

「ポン、全然へっちゃらっすよ! 数は多かったけど、ゴブリンが強くなくてよかったっす。それに師匠たちも手助けしてくれてたっすからね」

 

 いかに数が多かろうと、突然の奇襲を受けたゴブリンたちはろくに反撃も出来ない烏合の衆と化していた。

 妖精二人に化け狸一人、そしてハンマーを振り回す姿の見えないヤバいなにかが一人。それらが奇襲をかけ、好き放題に暴れたのだ。群れが殲滅されるまでにかかった時間は、ものの数分である。

 

 つむじ風の魔法で機動力を得た桃子は、ゴブリンが集まる中心部を駆け抜けながら一方的にハンマーを振り回した。

 哀れ、桃子の姿を認識できなかったゴブリンたちは、ハンマーの衝撃で煤に還る瞬間まで、自分に何が起きたのかも理解できなかったことだろう。

 

 ヘノは桃子と共に駆け抜けながら、ゴブリンが群れをなす桜の谷間に好き放題に暴風を吹き散らかす。

 鎌鼬のように真空の刃を作り出した方が効率的にゴブリンを殲滅できたかもしれないが、力任せの暴風で吹き飛ばすほうがヘノの好みだった。

 

 吹き飛んだゴブリンの頭上の崖からは、次々と岩が降り注ぎ、巻き込まれたゴブリンたちを容赦なく煤へと戻していく。これは大地の妖精、ノンの能力で引き起こされた落石事故だ。防御に偏った彼女の力も、こういう形でならば攻撃に転じることが可能だ。

 

 そんななか、唯一の想定外があったとすれば、ポンコが一人ゴブリンに囲まれてしまったことだろう。

 

 考えれば当然なのだが、桃子がいくらハンマーを振り回して暴れ狂ったところで、【隠遁】によってゴブリンは桃子を認識できない。ゴブリンの目には、ポンコ単独による強襲に見えたことだろう。

 結果として、暴風や落石、見えないハンマーを逃れたゴブリンたちは、襲撃者たるポンコへと挑みかかる。ポンコが大量のゴブリンに囲まれてしまったときは、桃子もさすがに肝が冷えた。

 

 だが、ポンコは子供とはいえ、長い歴史を持つ大妖怪「化け狸」の娘である。

 武器こそ持たないものの、その手の爪と鋭い牙があれば、ポンコは十分に戦える。また、木の葉を媒体とした化け狸独自の妖術も使えるため、ポンコは見た目から受ける印象よりも遥かに強いのだ。襲撃で混乱したままのゴブリンに後れをとるようなことはない。

 まさに、ポンコとゴブリンの戦いは、森に棲むものとしての格の違いを見せつけるかのような、圧倒的な戦いだった。

 

「でも、桜の木がめちゃくちゃになっちゃったね……」

 

「ダンジョンの木だし。そのうち勝手に。生え変わるだろ」

 

 結果だけみれば、桃子もポンコもほぼ無傷。対してゴブリンは全滅。そして周囲の桜の木々はハンマーと暴風と多数の落石でボロボロの、まさに目も当てられない状態だ。

 いくらダンジョン内とは言え、周囲の自然環境に対する被害がとんでもないことになっていた。もしここに植物の妖精たちがいたならば、長いお説教が待っていたかもしれない。

 ただ、自然環境へのダメージはさておき。今回の戦いそのものは、カレーチームの圧勝だったと言ってよいだろう。

 

 

 

 

「あたりにゴブリンは残っていないみたいだよぉ。とりあえず、落ちてる魔石は拾っておこうねぇ」

 

「うーん、ゴブリンはさすがにクズ魔石ばっかりだね。まあ、仕方ないか」

 

「ゴブリンて、クロムシよりも価値が低いかもしれないっすね」

 

 魔物を倒したら、魔石を回収。これは探索者としては基本中の基本である。

 とはいえ、魔石の回収は義務ではないので無理して拾う必要はない。ただ、この魔石は探索者にとっては大切な収入源なのだ。拾わないよりは、拾っておいた方がよい。

 

 しかし、森の中に散らばった小石なので、全てを拾うことはさすがに難しい。そして拾えたとしても、残念ながらその大半が小さくひび割れたクズ魔石だ。

 これはこれできちんとお金にはなるし、それこそ桃子の働く工房などでは消耗品として使用されるものなので無駄ではないのだが、成果としてはやはり物足りなく思う。

 ポンコの言う「クロムシ」というのは香川ダンジョンに生息する瘴気の塊のような、黒くて小さい魔物のことだ。討伐後の魔石の質を比べた場合、クロムシのほうがいくらかゴブリンよりは上質な魔石を落とすようだ。

 

「たまに。強いゴブリンも。いるけどな。そういうのは。ちゃんとした魔石を落とすんだ」

 

「強いゴブリンって、どういうゴブリンなんすか? 大きくて、筋肉がすごいんすか?」

 

「ええとね、大きくてちょっと頭もいいの。たまに武器を持ってたりするよ? 何を隠そう私のハンマーも、もとはゴブリンのだったからね」

 

 魔石を拾い集めながら、桃子が語る。

 桃子の愛用しているハンマーも、実はもともと魔物――ゴブリンの持っていた武器である。

 房総ダンジョンにもごく稀に現れる、武器持ちの特殊タイプのゴブリン。その稀少な魔物が所有していたこのハンマーは、桃子が【隠遁】状態のまま投石器で強襲し、結果的に奪い取ったものなのだ。

 

 ハンマーを所有するゴブリン本体は煤に戻ったものの、武器はそのまま消えずに残ったので、これ幸いと桃子はそれを今日まで使わせて貰っている。

 もしその時のゴブリンの武器が大剣だったならば、桃子はそのまま大剣使いになっていたことだろう。

 

「不意打ちで投石して武器を奪う人間なんて、桃子さんくらいだろうねぇ」

 

「桃子は。こっそり。人のものを持っていくの。得意だからな」

 

「あの、ヘノちゃん。事実だけど、事実なんだけど。もうちょっとオブラートに包んで表現して欲しいなあ」

 

 他者から姿を認識されない【隠遁】は、悪用しようとすればいくらでも悪用できてしまう能力である。

 なので、桃子はやろうと思えば他の探索者から勝手に物品を奪い取ることもできるし、悪意をもって危害を加えることも可能である。

 桃子がそれを行わないのは、彼女が善性の存在だからこそだ。

 

 ちなみに。そのように明確な悪意をもってスキルを使用するような輩も、残念ながらいないわけではない。

 しかしそのような輩は、有志の探索者たち、ギルドや魔法協会、ダンジョンを守護する魔法生物たち。そしてあるいは、ダンジョンのどこかで日頃から朗読配信をしている、魔女と呼ばれる少女。

 そのどれかの逆鱗に触れ、密やかに粛清されているのだが、そのような裏の世界は桃子が知る必要のないことだろう。

 

 もっとも。

 桃子には、七輪から松茸をちょろまかしたり、焼き豆を勝手に食べたりというつまみ食いの前科があるため、ヘノの言葉をあまり強く否定できないのだった。

 

 

 

 

「じゃあ、ゴブリンも一掃したことだし、ここら辺でキノコ探しでもしてみようか」

 

「そうだな。適当に。歩きながら。色々探してみるか」

 

 ポンコのゴブリン討伐デビューも終えて、ようやく本日のメインの目的である食材探しへと取りかかる。

 とは言っても、どこに何があるのかもわからない初見のダンジョンなので、目的地もない。

 気のむくままに、気まぐれのままに。ふらふらと、探索開始だ。

 

「鳥とか小動物も捕まえようと思えば捕まえられそうっすけど、師匠はそういうのは苦手っすか?」

 

「うーん……ごめんね、やっぱり私、目の前で捕まえて絞める……ってなると、苦手かな。お店で買うお肉は抵抗ないんだけど……」

 

 根が獣であるポンコとしては、野鳥や小動物を捕らえて食べることにはさほど抵抗が無い。だが、今回は引率である桃子の望みもあり、生き物の捕獲はやめておくことにする。

 目の前で原生生物を仕留めることに抵抗を覚える探索者は多いのだと、ポンコは知っている。なんなら、桃子だけではなく、ポンコの師匠の中ではえあろも同様のタイプの探索者だ。

 となるとやはり、桃子でも受け入れられる魚介類か、キノコのような菌類か、木の実や葉っぱのような植物性の食材を探すことになる。

 

「ここは桜の木ばかりだから、食べられる木の実とかはなさそうだねぇ」

 

「さくらんぼでも実ってくれたら良かったんだけどね。いつまでも花が咲いてる桜だから、実がなったりはしないのかな」

 

「なるほどー、花が散らないのも考えものっすね」

 

 桜の実というのは、花が散ったのち、受粉した花の子房だけが成長して実になったものだ。

 この階層の桜が、花が散り、そして実が育つといった季節の循環を持つ樹木だったならば、その循環のなかで実をつけたのかもしれない。だが、永遠に花が咲き続けるこの階層ではそれも期待できないだろう。

 仮に実がなったとして、それが食用に耐えうるかどうかはまた別な問題点になるのだが、なんにせよ現状のこのサクラモリでは木の実に期待できないのは確かである。

 

 なので、必然的に。

 桃子たちが探すのは、樹上ではなく、足元。

 桜の木の下に繁っている低木や、倒木に生えるキノコなどが、今回のメインターゲットとなる。

 

「桃子。あっちにも。倒れた木がいくつかあるぞ」

 

「お、じゃあそれも確認してみようか。美味しいキノコがあればいいなあ」

 

「師匠、なんか薬草っぽい葉っぱもあったっすよ。いい匂いがして、うっすら魔力が籠ってるっすね」

 

「面白いよぉ。桜の香りが、薬草にも宿ってるみたいだねぇ」

 

 キノコというのは倒木に生えることが多い。なので、まずは倒木を探しつつ、ついでに薬草っぽいものも収穫していく。

 ポンコが見つけてきたのは、見た目だけで言うならば他のダンジョンでも採取できる薬草と変わりはないように見える。

 しかし、それに鼻を近づけてみればなるほど確かに、その薬草からはうっすらと桜の香りを感じとれた。

 もしかしたら、この階層に満ちている桜の魔力が、小さな薬草にも影響しているのかもしれない。

 

「桜の香り……かあ。そういえば、桜の花も食用になるんじゃなかったかな? あと、桜の葉っぱも一応塩漬けにして食べたりもするし、食べられるかな?」

 

 桜。

 桃子はふと思う。この階層では、桜の花は果てしなく咲き続けている。散り続けている。

 実ではなく、花を食材として利用することは可能だろうか、と。

 昔から、桜の花や葉は塩漬けにされ、お茶や和菓子にも使われている。花はまだしも、葉に至っては桜餅の葉っぱという形で全国的にも知れ渡っているほどだ。

 

 もちろん、あくまでそれらは主に香りづけ程度の用途である。桜の花を主食にするような料理など聞いたこともない。

 けれど、香りづけ程度だったとしても、やってみる価値はありそうだ。

 

「桜の花なら。いくらでもあるな。あとで。カレーの材料にでも。してみるか?」

 

「桜カレーっすか? どんな味になるんすかねえ」

 

「えへへ、やっぱり新しいダンジョンに来ると、カレーのインスピレーションが湧き出てくるね! なんか、やる気出てきちゃった」

 

「桃子さんは、本当にカレーが大好きなんだねぇ」

 

 キノコを探していたら、何故か桜の花を食べることになってしまったが。

 もしかして、「美食が産声を上げる」というのは、こういう些細な思い付きを示す言葉だったのかな? と。桃子は頭の片隅で考えるのだった。

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