ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「これで、この子の怪我は治癒いたしました。少なくとも、生命の危機は乗り越えたでしょう」
「ククク……毒も受けているようだから、解毒の薬草をこれから調合することになるけれどねぇ。良いサンプルになったよぉ……」
妖精女王ティタニアの治める妖精の国、その女王の間にて。
吉野ダンジョン第二層『サクラモリ』で保護した小さなオオカミの子供は、無事、女王ティタニアの魔法により傷を癒すことが出来た。
また、傷口から入り込んでいた毒物があるようだが、薬草の妖精であるルイが解毒薬を調合してくれることになった。
解毒が終わるまではまだ注意せねばならないだろうが、しかし。
少なくとも。
小さな命は、救われた。
治療を終えた女王ティタニアは花びらの玉座へと戻っており、玉座を見上げる床の上にオオカミの子供が寝かされている。
子供オオカミの周囲には、サクラモリでの一連の出来事を見てきたヘノとノン、そしてオオカミの解毒を任されているルイがその小さな獣を囲うようにして集まっている。
その後ろからは、心配げにももポン姿のままのポンコがずっと、床にしゃがみこんでその様子を覗き込んでいる。
「あの、ありがとうございます! それと、ごめんなさい! 私、勝手に妖精の国に動物を連れ込んじゃって……」
そして、オオカミの子供の治療がいち段落して心が冷静になってくると、桃子は今更ながら、自分がやってしまったことに気が付いた。
何も考えずに妖精の国にオオカミを連れ込んでしまった。
本来、桃子という人間は、妖精の国にとってはあくまでヘノのパートナーとしてのゲストである。決して、この花園の住人ではない。
だというのに、勝手にこの国に妖精以外の生き物を連れ込み、あろうことか、その動物の治療をこの地の女王に頼み込んでいるのだ。
何のために、この国が見えない光の膜によって隠されていたのか。
どうして、眠りの魔法によって保護されているのか。
それを冷静に考えれば、ゲストでしかない桃子が勝手に他の存在を引き入れるなど、本来はあってはならないことなのだ。
「そういえば。そうだな。すまん。女王」
「わ、私もごめんなさいだよぉ」
そして、桃子の言葉に反応してヘノとノンも母たる女王へと謝罪する。ヘノの謝罪はずいぶんと軽い口調であり、ことの重さを認識しているのかとなると、非常に疑わしいが。
「ポンが、ポンがお願いしたっす! 師匠たちを怒らないであげて欲しいっす!」
そして、続いてポンコも女王ティタニアへと頭を下げる。
ポンコは『サクラモリ』から引き続きももポン姿のままなので、桃子が二人で女王に頭を下げている光景がそこにある。
ティタニアは、ちょっと面白いな、と思った。
「おやおや、反省しているようだが……しかし、ヘノとノンはともかく、桃子くんたちは、自分の立場というものを忘れてしまっていたのかねぇ……?」
「ほ……本当にごめんなさい」
「ごめんなさいっす、ポンが悪いっす……」
「ククク……言葉だけでは、説得力がないねぇ。ここはひとつ、新作の毒でも飲んでみて貰えれば、信用できるのだがねぇ……」
「さてはこいつ。適当に理由をつけて。新作の毒を飲ませたい。だけだな」
桃子たちの謝罪に対し、ティタニアが口を開く前に、声をあげたのは薬草の妖精ルイである。
ルイは、口では桃子とポンコを責めたてるような物言いをしながらも、実のところヘノの言う通りで適当に理由をつけているだけだ。
すでに懐から新作の毒薬を取り出し、そわそわとしているのがその証拠だ。
「ふふふ。ルイ、あまりいじめないであげてください。私は怒ってなどいませんし、貴女も怒ってはいないでしょう? あと、桃子さんに毒を盛るのは程々にしないと駄目ですよ?」
(いや、私に毒を盛るのは程々じゃなくて、全面禁止にしてください!)
桃子は心のなかで滅茶苦茶にツッコミをいれたが、しかし今の自分は謝罪している立場だ。神妙な顔をしていなければならない。
ツッコミが顔にでないように、態度にでないように。桃子はいま、ものすごい精神力で我慢している。
「今回は緊急事態だったのでしょう? それに、同行していたノンが問題ないと判断したのですから、桃子さんたちが謝ることなどありません」
「キューン……感謝するっす……」
ノンへの信頼感が垣間見えると同時に、ヘノに対する絶妙な信頼のなさが垣間見えた気がしたが、桃子は口をつぐむ。
このメンバーのなかでは一番のよそ者であるポンコはティタニアの寛大な対応に恐縮しきりで、ルイも渋々といった様子で新たな毒薬を懐にしまい込む。
「仕方ない、女王に言われてしまったことだし、今はやめておくかねぇ。毒は薬にもなるのだけれどねぇ……ククク」
「全く。ルイは相変わらず。ろくでもないやつだな。ここの妖精はろくでなしばかりだぞ。大丈夫か」
「ヘノは鏡をみた方がいいよぉ?」
そして、全く悪びれていないヘノを、ノンがたしなめる。
穏やかな呼吸で眠りこけるオオカミの子供を囲って、緊迫していた女王の間には、少しずつ、いつもの空気が戻ってくるのであった。
「桃子。それ。何を飲んでるんだ?」
「これ? ルイちゃんが、新作の薬草のお茶をいれてくれたの。なんだか香りが独特で、炭酸みたいに舌にピリピリしてて、意外と美味しいよ」
「そうか」
その日の夜。
調理部屋の大鍋で、『サクラモリ』から持ち帰った桜の花びらを使った桜カレーを大量に作り、妖精たちみんなのお腹がパンパンになったあと。
桃子が利用している寝室には、新作の毒入り茶を美味しい美味しいと飲んでいる桃子とヘノだけではなく、何人かの仲間が集まっていた。
「そ、その子がオオカミなんですかぁ? ね、寝てますねぇ……」
「ふーん、ぐっすり寝てるヨ。でも、そんな動物連れてきて、どうするつもりなのヨ」
「し、師匠、どうしたらいいっすかね。ポン、そこまで考えてなかったっす……」
寝室のベッドの脇には小さな籠が作られて、その籠をベッドにして傷を癒したオオカミの子供が寝息をたてている。
それを囲うように覗き込んでいるのは、水の妖精ニムと、緑葉の妖精リフィ、そして化け狸のポンコである。ポンコはさすがにももポンへの変化は解き、自分の姿となっている。
今は桃子とポンコを中心に、この小さなオオカミをどうするべきかを話し合っているところである。
「オオカミって、群れで生きてる生き物なんだよ。だから、もしこの子がオオカミなら、仲間がいると思うんだよね」
「わんこ、仲間がいるっすか! よかったっす、わんこは一人きりじゃないんすね」
「その犬。わんこっていう。名前にしたのか?」
「女の子だったんで、ポンコとわんこっす。名前も似てて、ポンと姉妹みたいじゃないっすか?」
「狸とオオカミの姉妹って、なかなかない組み合わせじゃん」
オオカミの子供――もとい、わんこ。ヘノは『犬』と呼んでいるが、恐らく生物としてはオオカミに近いダンジョン生物だろう。
彼女はいま、傷口から体内に流し込まれていた毒の影響で、深い眠りについている。
毒そのものは薬草の妖精ルイの調合した解毒薬で時間と共に回復していくだろうが、しかし今すぐ復活とまではいかないようだった。
桃子の知識が確かならば、オオカミというのは群れで生活する生き物だ。
ダンジョン内で出会ったわんこが地上のオオカミたちと同じような動物だというのならば、もしかしたら吉野ダンジョンにはわんこの仲間の群れがいるのかもしれない。
母オオカミは救えなかったけれど、しかしわんこは無事だ。毒が抜け、体力が戻り次第、仲間のいる群れに戻してあげた方が良いだろう。
なお、ポンコ自身の強い希望により、わんこの世話はポンコが担当することになっている。
なので、この日ポンコは化け狸の里には戻らず、わんこにつきっきりだ。
一方、なぜ寝室にニムとリフィがいるのかと言うと――。
「ところで、ニムちゃんとリフィちゃんはどうだったの? 砂丘ダンジョンまで遊びにいってたんだよね?」
「やっぱり、いくらカリンがいるからって、砂漠なんて気軽に行く場所じゃないヨ。枯れるかと思ったヨ」
「うぅ……ゆ、柚花さんとは会えましたけどぉ……あ、熱くて、蒸発するかと思いましたよぉ……めそめそ」
「お前ら。苦手なのに。よく砂漠なんか。行ったな」
この日は、柚花とカリンがコラボという体でともに砂丘ダンジョンへと潜っていたために、彼女たちはその姿を眺めに砂丘ダンジョンまで行っていた。
今は、その報告というか、土産話を桃子に伝えにやって来たところである。
砂丘ダンジョン第二層は『熱砂砂漠』。水の妖精にも緑葉の妖精にも優しくないその環境は、恐らくこの二人にとっては大変なものだったのだろう。
水や緑が存在しないどころか、終わらぬ熱波の降り注ぐ環境だ。オアシスというスポットがなければ、妖精二人はとてもではないが近付こうとも思わなかっただろう。
この日の出来事を語る彼女たちの言葉には、熱砂砂漠に対する文句がやたらと多かった。
それでもなお、無理をしてでも自分の大切な少女たちの身を眺めに行っているのだ。
ある意味、危うい愛情の深さである。
ルイの言葉ではないが、人間に心を焼かれてしまった妖精というものは、実に危ういものなのだなと。
妖精たちの話を聞いていた桃子は心の隅で、深く思う。
なんにせよ、少女たちが夜に寝室に集まったならば、それは女子会だ。パジャマパーティだ。
この夜は、ポンコも交えて砂漠の話やカリンたちの話、カレーの話やデーツの話で、夜中まで盛り上がるのだった。
「師匠、師匠! 見て、見て、わんこが目を覚ましたっすよー!」
「残念だな。たぬき。桃子はまだ目を覚ましてないぞ。昨日は夜更かしもしたしな」
早朝。
桃子のベッドの脇では、まさに前日とほぼ同じようなやり取りが繰り返されている。
マシュマロと餅と綿飴を融合させたような謎素材のベッド――桃子曰く『人間を駄目にするベッド』に駄目にされた桃子が、すやすやと、口許からよだれをたらしながら熟睡している姿。
それを、ヘノとポンコが覗き込んでいた。
昨日と違うのは、ポンコは自分の姿ではなく、桃子の姿を借りたももポン姿で、その尻尾には目覚めたばかりのわんこが寄り添っているという所だろう。
まだ体力こそは戻りきっていないが、それでも傷は塞がり、毒も大分抜けたようだ。
何者かに襲われ、目の前で母を失ったわんこの心の傷は、昨晩ちょうどここを訪れたリフィの魔法によって保護されている。
母親のことを忘れたわけではないものの、わんこの心は緑葉の魔法に支えられる形でしっかりと立ち直り、今はポンコの尻尾を母親代わりにして戯れているようだ。
「キューン……師匠は本当に、朝はずっと寝てるっすねえ」
「それが。桃子のいいところだぞ」
「師匠、たくさん寝て、大きく成長するといいっすね」
桃子と同じ顔をしたももポンが、熟眠している桃子の顔を覗き見る。第三者からみればすわ分身かと思うような光景だろう。
一方、その間もももポンの尻尾にはわんこがじゃれついていた。
「桃子は多分。ちょっとやそっとの睡眠時間じゃ。大きくならないけどな」
「こんど、眠くなっちゃうキノコとかプレゼントしてみるっすよ」
「なんだそれ。面白いな。きっと。桃子も喜ぶぞ」
きっと、桃子がこの会話を聞いていれば「やめてやめて」と慌ててポンコの提案を却下したことだろうが、残念ながら夢の世界の桃子にはこの会話も聞こえていない。
もっとも。昨晩は、ルイが手渡した新作の毒の入ったお茶を美味しく味わって飲んでいた桃子だ。眠くなるキノコ程度では桃子には全く効かないのだろうなと、ヘノは漠然と考えていた。
【りりたんの朗読チャンネル】
おはようございます、こんばんは、りりたんです。
今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。
モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。
ふふふ。今日は、大正時代の民族学者さんの手記を入手したので、それを朗読しようかと思いますよ。
あまりに古い言い回しが多いので、りりたんが現代語訳してあげるサービスつきですよ。
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4月9日。
今日は、吉野の修験者たちの言う、修験洞へとたどり着く。
生憎、私は少し進むことしか許されなかったけれど、この洞窟の奥にはこの世のものではない、仏の世界が広がっているのだと言う。
修験者たちの幾人かは、その地にわたり住み、現世からは離れて生きるのだと言う。
4月10日。
地元の僧の話を聞くことが出来た。
あの洞は、香川や遠野、長崎の地にある洞と同様のものだ。諸外国の言うところの、ダンジョン、というものである。
中には悪鬼が潜み、とても人の入り込む場所ではないと聞く。
だが、洞の中でしか手に入らぬ不思議な石、そして地上ではみることのない植物がそこには存在しているらしい。
夕餉に出された茸もまた、私がはじめて食すものであった。
修験者たちにハクロウダケと呼ばれるその茸は、恐らく私の人生で食べた中でも、最上の味ではなかろうか。
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ふふふ。
吉野山の修験洞。今で言う、吉野ダンジョンのお話ですね。
ハクロウダケ。
古来、神格化したニホンオオカミが白狼と呼ばれることがあったようですが、もしかしたら吉野ダンジョンで販売されているニホンオオカミグッズは、このハクロウが由来になっているのかもしれませんね。
りりたんも、民族学者も舌をまくキノコの味が気になりますよ。機会があったら、りりたんも食べてみたいですね。
ふふふ。こちらの手記はまだ続いておりますから、次の配信でも続きを読んでいこうかと思いますよ。
次話更新は2月24日(月)23時となります