ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「お待たせー、ポンコちゃん。朝食ありがとうね!」
桃子が朝の準備を終えて出てきたのは、すでに昼近くになった頃だった。
起きて、水浴びをはじめとした朝の準備を一通り終えて、ヘノに髪を乾かして貰って、着替えを手伝ってもらって。
そして昨日と同様にポンコが作ってくれていた朝食を食べ終えたら、こんな時間になってしまった。
「あ、師匠、おはようっす! 準備はバッチシっすか?」
「うん、私はバッチシ! ……なのはいいんだけど、ポンコちゃんはまだ、その姿なの?」
「そうなんすよね。実はちょっと困ってるんす」
準備を終えた桃子がやってきたのは、妖精の畑の脇に設置されたベンチである。
そのベンチには、畑を見下ろすような形でポンコが座っているのだが――。
「キャウ! キャウ!」
ポンコ――いや、そこにいたのは桃子にたぬ耳とたぬ尻尾がついた少女、ももポン。
そして、ももポンの大きくふわふわの尻尾にじゃれついているのが、元気になったオオカミの子供、わんこである。
本来ならば原生生物であろうとも、この花畑では眠りの花粉の魔力によって眠りについてしまうはずだが、何故だかわんこは元気いっぱいである。元気なのは良いことだと、桃子は元気なわんこの姿にニッコリ笑顔だ。
「この犬。ももポンの尻尾を気に入ってるから。たぬきが。元の姿に。戻るに戻れないんだ」
「なるほどね」
ももポンというのは、人間への変身を失敗した状態だ。そして、その状態のポンコ――ももポンには、非常に大きくふさふさの尻尾が付いている。
ポンコがもっと成長すれば、意図的にそのような獣人姿にも化けられるようになるだろうが、現状では桃子の【隠遁】と競合させてあえて失敗するしか、このような巨大でふさふさの尻尾を入手する手立てがなかったのである。
どうやら昨晩はこの大きな尻尾に包まって朝まで眠っていたらしく、今ではこの尻尾を母親代わりにしているようだ。
「わんこちゃん、元気になったねー」
「リフィが。この犬の。心の傷だかを。塞いでるらしいからな」
「リフィちゃんには感謝だねえ。今度お礼に、カリンちゃんグッズを買ってこないといけないかな」
昨日は何者かに襲われ、そして愛する母オオカミを目の前で亡くしてしまったわんこだ。本来ならば、もっと深い心の傷や警戒心を持っていてしかるべきなのだが、そこはさすがの魔法の力だった。
精神に作用する魔法を得意とするリフィが、昨晩の女子会ついでにこのわんこにも魔法をかけてくれていたのだという。
決して母オオカミのことを忘れてしまったわけではないはずだ。けれど、リフィの魔法はわんこの傷ついた精神を保護し、支えてくれている。
今はまだ、リフィの魔法頼りだ。けれど時間が経てば、リフィの魔法が解けたとしても、わんこは自分の足だけで前へ進めるようになるだろう。少なくとも、桃子はそう信じている。
桃子としては、母オオカミのことを考えるとやはり、わんこが元気だからと言って素直に笑顔を浮かべるのは難しい。どうしても、救えなかった負い目というものがある。
それでも、しゃがんで桃子がそっと指を近づけると、わんこはその指先に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぎに来てくれるのだ。そんな可愛らしいわんこの姿を見ていると、やはり頬が緩んでしまうのだった。
「この犬。桃子が相手だと。あまり警戒心がないんだな」
「桃子師匠が安全だと思ってるんすかねえ」
「もしかして、私とポンコちゃんの区別がついてないんじゃないかなあ」
なお、この妖精の国には妖精の魔力が充満しているため、桃子の周りに妖精が集まらずとも【隠遁】の効果は大分弱まっている。
結果として、よほどぼんやりした生き物でもない限りは桃子の姿は認識出来ているらしい。
「ところで。わんこちゃんは連れて行くの?」
この日。
曜日としては日曜日なので、桃子はこの日も本来、ポンコの引率役としてどこかのダンジョンへと出かける予定ではあった。
しかし、昨日の今日だ。とてもではないが心機一転、新しいダンジョンで楽しく探索、と言う気分にはなれない。
むしろもう一度『サクラモリ』へと赴いて、わんこの家族――オオカミの群れを探そうという方向で、桃子とポンコは話がまとまっていた。
そこで問題になるのが、この小さなオオカミの子供、わんこである。
家族を探すための探索とはいってもだ。母オオカミを傷つけた正体不明の敵もわからない状態で、魔物たちの潜むダンジョンへこの小さなわんこを連れて行くのは、やはり普通に危険だろう。
そして、言い方は悪いかもしれないが、物理的にも足手まといなのは間違いない。
なので、桃子はそれについて確認したのだが、ポンコはゆるりと首を振る。
どうやらポンコも、今回わんこを連れて行くつもりはないようだ。
「ポンも考えたんすけどね。やっぱり、わんこを連れて行くのは心配なんで、妖精の国でお留守番をしてもらうっす」
「そっか。まあ……それはそれで、ちょっとだけ心配だけどね」
「大丈夫っすよ。ティタニア様に相談してみたんすけど、女王の間で見ていてくれるって言ってたっすから、大丈夫っすよ」
「そっか。ティタニア様が見ててくれるなら大丈夫だろうけど。なんか、いいのかなあ」
さすがに、いくら小さな子供オオカミと言っても、わんこが肉食動物の子供なのは間違いない事実である。
なので、危機感の薄い小妖精たちが戯れている花畑にわんこを放すのは、さすがにちょっと怖いなと、桃子も思っていた。
だが、女王ティタニアが見てくれているのならば問題はないだろう。むしろ、妖精女王のほうがうまくわんこに躾をしてくれるかもしれない。
桃子としてはそれはそれで、勝手に連れて来た動物の世話を女王にお願いするという状況に恐縮してしまうのだが、ティタニア本人が良いというのならば良いのだろう。
あるいは、もしかしたら。
基本あの部屋から出ることのないティタニアにしてみれば、逆にいい刺激になるのかもしれない。
ティタニアとて、もしかしたらこっそり子犬のようなわんこと遊びたいのかもしれない。そうだとしたら、邪魔をしてはいけない。
桃子はそうやって、出来るだけポジティブに考えてみることにした。
ポジティブに考えたら、何も問題はないような気がしてきた。
「まあいいか! 心配なさそうだし、頼っちゃおうね!」
「ちょうど今日は、なぞなぞ妖精のリドルさんと、お酒妖精のクルラさんと、毒妖精のルイさんが女王の間で一緒に見てくれるらしいっすから、大丈夫っすよ」
やはり、問題だらけな気がしてきた。
「なんだか。ろくでもない面子しか。残ってないな」
「やっぱり心配になってきたなあ……」
自我の育った8人の妖精たちのうち、ヘノを除いた問題ある妖精ランキングのトップ3が揃ってしまった。
前言撤回、やはり心配である。
せめて、女王ティタニアが。彼女たちの手綱をうまく握ってくれることを祈ろうと、桃子は心に決めた。
「キューン……やっぱり、悲しいっすね」
安心して――とはいかなかったものの、子オオカミのわんこを女王ティタニアの間に預けてからやってきたのは、吉野ダンジョン第二層『サクラモリ』。永遠に花の咲き続ける桜の迷宮だ。
つむじ風の魔法をその両の脚へと纏い、木々を抜け、真っすぐに飛ぶように駆け抜けて。
桃子たちは桜の香り漂うこの階層に降り立ち、まずは昨日の現場であるオオカミ母子と出会った地点へとやって来ていた。
ノンが作ってくれた墓石には、桜の花びらがはらはらと被さっている。
辺りに充満していた鉄の匂いは、すでにない。この階層に漂う桜の香りと、この階層を吹き抜けるそよ風によって、初めから何事もなかったかのように血の匂いは消え去っていた。
桃子は墓石の上にかかっていた桜の花びらを軽く払い落してから、妖精の国に咲いていた綺麗な花々をまとめて、墓石の前へと寝かせる。
そして、ももポン姿を解除したいつものポンコと桃子が、しっかりと墓石に手を合わせる。
「桃子。カレーおにぎりの墓でも。そうだったけど。石に向かって。手を合わせるのは。どんな意味があるんだ」
「んー、対話……かな? まあ、カレーおにぎりのお墓には対話も何もないんだけどさ。オオカミのお母さんに、わんこちゃんのことを報告してるの」
「なるほどな。わかった。ヘノも。あの犬のこと。伝えておくか」
「うん、ありがと。犬じゃないけどね」
桃子の言葉に納得し、素直に手を合わせるヘノ。
恐らく、心の中ではオオカミの子供であるわんこについて、色々なことをお墓に向けて報告してくれていることだろう。
ヘノの言葉も、オオカミの母親にはきっと伝わっているに違いないと、桃子は思う。犬呼ばわりして怒られなければいいなと、桃子は思う。
「さて、と。オオカミの仲間を探したいところなんだけど、そもそもこの階層にオオカミなんていると思う……?」
「そこなんすよね。そんなのがいたら、匂いでわかるはずなんすけど……」
「風で感知してみても。そんな気配。感じられないぞ」
そして、墓参りを終えて。
この日はまず母オオカミの墓参りからスタートした一行だが、今日の目的はまた別にある。
それは、オオカミ探し。
厳密には、わんこの母が所属していたであろう、オオカミの群れ探しだ。
まさか、このダンジョン内に母オオカミと子オオカミしか存在していないということはないだろう。子供がいるならば、最低でも父オオカミくらいはいる筈だ。
とはいえ。
この広い階層にて。何のヒントもなく、オオカミの群れを探し出せというのが無理というものだ。ポンコの嗅覚でも、ヘノの感知でも見つからないのだ。いたとしてもよほど巧妙に隠れてしまっている。
そもそも、ここ数十年でこの地を訪れた探索者が、誰一人オオカミの報告などしてはいなかったのだ。そう簡単に尻尾を掴ませるとは思えない。
墓石の前のひらけた空間から、周囲に広がるサクラモリの景色を見渡すと、そこはまさに、ちょっとした仙界か何かのような場所である。
山あり谷あり、起伏が多い険しい地形を埋め尽くすように、桜の花が咲き乱れているのだ。
「ここって、相変わらず現実離れした風景だよね。他のダンジョンも現実離れはしてるけど……」
桃子の見て来たなかでの『現実離れしているダンジョンランキング』では、ヘノの生まれた場所でもある上高地の大空のダンジョンが圧倒的一位ではあるのだが、このサクラモリもなかなか上位を狙えるかもしれない。
全てが水に沈んだ深潭宮や、超巨大迷路屋敷のマヨイガと比べて、どちらのほうが現実離れしているだろうか。
それぞれジャンルが違っているので、脳内ランク付けがなかなか難しい。
「桃子。何考えてるのかわからないけど。ぼーっとしてる場合じゃないぞ。近くに。人間の探索者たちが来てるぞ」
「さすがヘノさんすね。ポンよりも感覚が鋭いっすね」
「たぬき。お前はもっと。修行しないとダメだぞ」
吉野ダンジョン第二層『サクラモリ』奥地にひっそりと存在する、とある湖の畔。
ここにいま、若くて性格の軽そうな剣士、眼鏡をかけた理知的な魔術師、大柄で盾を持った大男の三人が訪れていた。
「なあ、多分ここら辺じゃねーか? 俺の【美食の羅針盤】だとこっちの方角だと思ったんだけどよ」
「残念ながら、私のスキル【美食の砂時計】によれば、その美食がこの辺りに発生したのは少しばかり前の時間のようですね。早くて、昨日、長くても一週間程度でしょうか」
「二人とも、こちらだ。これを見ろ」
大柄な男が呼び掛けた先には、明らかに人工的に作られたかまどがひとつ、存在していた。
自然の風景しかないこのダンジョンにおいて、それは明らかに異質な代物である。
「このかまどで、何者かが美食を産み出していたということだろう。我が【美食の加護】はおぬし等のように詳しいことは分からんが、しかし間違いなく美食の運命を感じるぞ」
この美しくも険しいダンジョンを抜けて来た三人だが、彼らにとってこの湖の畔は今回の探索の目的地の一つだった。
彼らの持つスキル【美食の羅針盤】は美食の方角を示し、【美食の砂時計】は美食の時を教え、【美食の加護】は美食との縁を強くする。
それぞれがダンジョン内での食に関わる稀有なスキルだ。そしてその稀有なスキル全てが、この場所にあった美食の存在を示している。
彼らは、美食三銃士、と呼ばれる三人パーティだ。
その美食三銃士が、とある人工的な調理場の跡を囲んでいた。
「うおっ、なんじゃそりゃ、すっげえガチのかまどじゃんかよ。流石おっさんの加護だな、ちょうどいいから俺らもこのかまどを使わせて貰おうぜ」
「ふむ。しかし、このようなダンジョン内で、ここまで立派なかまどが存在するとは……いささか不自然と言うか、美食のオーパーツと言わざるを得ませんね」
「ふむ、美食のオーパーツ、か。我らにとって、吉と出るか、凶と出るか……か」
オーパーツ。それは、本来その場所にあるわけのない、高度な技術を持った加工品などを示す言葉だ。
そして、この険しいダンジョンの奥地に存在する、精巧につくられた四角い岩をしっかりと組み立てて作ったであろう、立派なかまど。少し形を変えさえすれば、ピザを焼くための簡易的な石窯にもなり得るほどの、完成度の高い人工物。
これはまさに、ダンジョンに隠されし、小さなオーパーツなのである。
「果たして、これはいったい何なのか。私は、このオーパーツが大地を司る妖精が気まぐれに製作した調理場だと言われても、驚きません」
「ぬぅ……」
「おいおい、いいからさっさと飯にしようぜ? とりあえず水でも汲んでくるからよ、準備はまかせっぞ?」
ノリの軽そうな剣士だけが、そのかまどについては深く考えずに、まず自分たちの食事を作るために動き出したようだ。
そしてそれに流されるように、他の二人も順に動き出し、それぞれの準備を進めていく。
「師匠っ、師匠っ。あれが美食三銃士っすよ!!」
「あー、どこかで見たことある人達だと思ったよ。それにあの場所って、私たちが昨日、桜カレーを作った場所だよねえ」
離れた崖の上から湖のほとりを見下ろすと、ヘノたちの言う通りにこんな奥地だというのに探索者グループがやって来ている。
そして、その姿は桃子も見覚えがある。過去に、香川ダンジョンでポンコのカレーうどんを大絶賛していた、やけにキャラの濃い三人組だ。
彼らこそが美食三銃士だという話は以前にも聞いていた筈だが、しかしたった三人でこの険しいサクラモリを抜けてこの湖までたどり着いたとするならば、彼らは意外にも本格的な実力を持つパーティということなのだろう。
その彼らが見ているのは、昨日、桃子たちがカレーを作るために使ったかまどである。
大地の妖精ノンが作り出した、まさに人ならざる力による魔法のかまどだ。
「美食のおーぱーつ、とか言ってるっすね」
「うーん、壊すのは勿体ないからって残しておいたんだけど、こうして考えるとちょっと怪しすぎたかな。美食のオーパーツになっちゃったかー」
「あのかまどは。ノンが組み立てたものだからな。すごいんだぞ。そこら辺の。かまどなんか。目じゃないんだぞ」
ノンの手柄を語るヘノもなんだか自慢げだ。
ヘノは基本的にドライで、仲間を褒めたりすることは少ない妖精だ。けれど実はこれでも、仲間の妖精のことは大好きなのである。
桃子がそんな風なことを思っているとは気づきもしないヘノは、桃子の肩に乗っかって、言葉を続ける。
「それより桃子。あれを見てたら。お腹が空いて来たぞ。そろそろ。どこかで。カレー食べないか?」
「そっすねえ、なんだか、お腹が空いちゃったっす」
「じゃあ、妖精の国に戻ってカレーにしようか。なんか、このダンジョンでいま料理すると、あの人たちに見つかっちゃいそうだしね」
さすがは美食三銃士。
遠くから眺めている間にも、彼らの持ち寄った食材、そして彼らがこのサクラモリで手に入れた食材の数々で、何だか分からないがとにかく美味しそうなものを調理していることだけは理解できた。
このまま上から彼らを覗いていても、ただただお腹が空くだけなのは間違いない。
というか、既にヘノはもとより、ポンコも、桃子も、彼らを見ていたらお腹が空いてきてしまったので、本日は一度妖精の国に戻ったほうが良いのだろう。
本音を言えば、桃子は彼らの料理をもう少し間近で覗いておきたかったのだけれど、空腹が我慢できないのだから仕方がない。桃子の相棒は『くいしんぼ妖精』という怪異でもあるのだ。
桜チップの燻製でも試してみようかと、桃子たちは適当な桜の枝や花びらを袋に詰めてから、この日は自分たちの帰る家である妖精の国へと、足を向けるのだった。