ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「犬のやつ。随分と。元気になったな」
「うぅ……さ、最初は、小妖精の子たちも怖がってましたけど……な、慣れてきましたねぇ」
桃子が電波を通じて遠く離れた柚花の愚痴を聞いている、ちょうどその頃。
すでに日も暮れた妖精の国では、ヘノとニムの二人が連れ立って女王ティタニアの間を訪れていた。
女王の間には、数日前から子供オオカミのわんこが住み着いている。
桃子がいた土日の間は桃子の寝室に寝泊まりしていたわんこだが、今は女王の間に設置された桃子手作りのわんこの犬小屋――否、オオカミ小屋が彼女の寝床となっている。
昼の明るい時間には、わんこを女王の間から妖精の花畑へと連れ出して、そこで戯れている多くの小妖精たちとも交流を持たせるようにしている。
わんこは今も、夜だというのに女王の間を訪れている小妖精たちとともに、追いかけっこで遊び回っているところだ。
始めて出会った日。息も絶え絶えで瀕死の状態だった姿が、今ではまるで嘘のようである。
『キャー! キャー!』
「ギャウッ! ギャウッ!」
ヘノたちの見守るなか、小妖精たちがキャーキャーはしゃぐ声が女王の間に響き渡る。
彼女らはここが女王の間だということを全く気にする様子もなく、追いかけっこで縦横無尽に室内を飛び回っていた。
なお、追いかけっこと言っても、オオカミが小さな少女を追いかけているわけではない。その逆で、先ほどからひたすら逃げ回っているのは、わんこである。
ギャウギャウ騒ぎながら逃げるわんこを、小妖精たちがキャーキャー騒ぎながら追いかけ回していた。
「最初は。小妖精が。食べられるんじゃないかと。心配したけどな」
「ど、どちらかと言うと、小妖精たちのほうが……い、いたずらしてて、わんこさんが大変そうですねぇ」
「まあ。犬のほうも。楽しんでるみたいだし。大丈夫だろ」
いくら子供のオオカミと言っても、サイズとしては猫や小型犬よりは大きい。その口を開けば小妖精などは一口で容易く飲み込まれてしまうだろう。
当初はそんな「うっかり丸飲み事件」が発生しないかとドキドキして見守っていたヘノたちだけれど、わんこは小妖精に危害を加えることもなく、うまく妖精の国に馴染んでいた。
むしろ、わんこは危害を加えるどころか、危害を加えられる側となっている。
小さな毛皮のなかに小妖精たちが入り込んできたり、小妖精の集団に尻尾を引っ張られたり、ちょうど良いベッド扱いされていたり。
そして、いま目の前にある光景のように、鬼ごっこの標的としてひたすら追いかけ回されたり。
小妖精を相手にした場合、わんこのほうが苦労をしているのは間違いなさそうだ。
一方で、そのわんこの暫定保護者であるポンコは、女王の玉座の前にてティタニアに呼ばれ、彼女の対面に腰を下ろしている。
ティタニアの前の床にちょこんと腰を下ろしているその姿は、ももポン姿ではない。変化を解除した、いつものポンコの姿だった。
初めの数日はももポン姿でわんこと接していたのだが、さすがに桃子がいない期間までずっと桃子に化け続けるのは難しかったのだ。
なので今では変身を解いて、素のポンコの姿を見せている。
最初は見知らぬ姿を警戒され、わんこに距離をとられていたのだけれど、いまでは妖精たちの助力もあり、安心できる相手の一人として懐かれているようだ。
女王の玉座の前には、ポンコ、女王ティタニア、そして初日にわんこの治療を手伝っていた薬草の妖精ルイの三者が集っている。
呼び出されたポンコは呑気に遊び回る小妖精たちを眺めていたが、ティタニアは何やら神妙な面持ちだ。
「ポンコさん。実はわんこさんのことで、保護者であるあなたには伝えておこうと思うのですが……」
「ククク……あのオオカミの子供は、どうやら少々、奇妙な状況にあるようだねぇ」
「え? わんこが奇妙なんすか? 何かあったっすか?」
ポンコにとっては、わんこはまだ出会って数日ながらも、可愛い妹分である。
化け狸の里には、ポンコよりもさらに小さな子狸たちがいる。桃子の目からはまだまだ幼い少女として映っているポンコだけれど、里においては、すでにポンコは子狸たちのお姉さんでもあるのだ。
そしてそれは里の子供だけではない。尻尾を振りながらポンコに懐いてくるわんこもまた、子狸たちと変わらぬ妹分だ。
ポンコはすでにわんこのことを、大切な家族として扱っていた。
そのわんこの『奇妙な状況』である。ポンコとしても、他人事ではない。
「この花畑は、本来ならば侵入した人間や原生動物は、眠りの魔法を含む花粉によって守られています」
「そういえば、聞いたことあるっす。鎧のサカモトさんがずっと眠ってたんすよね」
「ククク……彼のいびきは本当に、うるさかったねぇ……」
この花畑は、部外者の侵入を許さないように作られている。
例えば、招かれざる客――人間が侵入したとしても、この花園に充満する花の香りを嗅げば、すぐに深い眠りに落ちてしまうだろう。
あとは女王ティタニアの魔法でこの地の記憶だけを忘れさせ、もとのダンジョンに放り出すのである。
それこそ昨年も、ダンジョン内で発見した妖精のあとを追って偶然にこの国へと入り込んでしまったという、とある全身鎧の人物がいた。
彼は【魔法耐性】という強力なスキルが悪い方向に影響した結果、この女王の間まで辿り着き、そしてこの場所でとうとう半年間に及ぶ眠りについてしまった。
その逸話は、桃子とヘノの出会いのエピソードの一環としてポンコも耳にしている。
「えと、えと、じゃあわんこはどうしてその魔法で寝てないんすかね?」
「実は、問題はそこなのです。どうやら彼女は、何らかの魔法生物の加護を持っているか……あるいは、庇護下に入った種族のようなのです」
「魔法生物っすか? でも、でも、え?」
魔法生物の加護を持っている存在。
それは、ポンコの知り合いで言えば、桃子や柚花が当てはまるだろう。
彼女たちは、風の妖精や水の妖精と個人的な結び付きを持ち、その身が妖精の力によって保護されているため、この妖精の国への侵入が可能となっている。
ティタニアの見立てでは、このオオカミの子供もまた同じく、何者かによる加護で護られているのではないか、ということだった。
しかし、ならばそれは。どこのどんな存在によるものなのか。
真っ先に頭に浮かんだのはわんこの母にあたるオオカミだが、彼女は遺体を残して亡くなったのだ。魔法生物ならば、肉体としての遺体は残らない。
あの母オオカミは魔法生物ではなく、肉体を持った原生生物だったことは、疑いようがない。
となると、他の何者かがあのダンジョンにいたことになるのだが――。
「そう、キミたちが探索したという第二層『サクラモリ』には、そのようなものはいない。ならば、オオカミくんはどこから来たのか……ククク」
「それは……第三層、っすか」
「かの地の第三層への入り口は、何かしらの手段によって、人為的な封印を施されているようです。しかし、もしその封印が弱まっているとしたら……」
「オオカミの母子が通る隙間くらいは、出来ているのかもしれないねぇ……ククク」
ティタニアたちは、桃子から話を聞いている。
この日本にティタニアが訪れるよりもずっと昔。日本の政府や軍によって、吉野ダンジョンの第三層は『封印』されたのだ。
もし、その封印が、解けかけていたのなら。
オオカミたちだけでなく、軍が封印しようとした『なにか』もまた、目覚めてしまうのかもしれない。
いくらポンコが呑気な狸娘と言っても、ダンジョンに住まう魔法生物だ。ダンジョンには、多くの脅威が潜んでいることくらい承知している。
ポンコが生まれ育った香川ダンジョンですら、牛鬼という脅威が潜んでいるのだから。
ならば、吉野ダンジョンには、人間たちの手で『封印』されるほどの恐ろしいなにかがいるのだろうか。
そこまで考えて。
ポンコの背筋には、冷たい汗がひとすじ、流れていった。
「あいつら。なんか。難しそうな話を始めちゃったな」
「ど、どうしましょうかぁ……わ、私たちも、参加したほうがいいですかねぇ……?」
ポンコたちが第三層の封印について話し合っている頃。
ヘノとニムは、遊びつかれて眠ってしまったわんこの毛繕いをしながら、玉座の前で深刻な表情を浮かべているポンコたちを眺めていた。
封印がどう、魔法生物がどうと、ところどころ言葉が聞こえてきはするのだが、なんだか難しそうなのでヘノはほとんど聞いていない。
難しいことを考えるのは、面倒臭いのだ。
「いらないだろ。難しい話のときは。頭のいい連中に任せたほうが。だいたい。うまくいくんだぞ」
「そ、それならヘノは行かないほうがいいですねぇ……」
「そうだぞ」
「さて……ポンコくん。もう一つだけれど、先日は桃子くんの手前、黙っていたことがあるのだけれどねぇ……」
「え、なんすか? まだなにかあるんすか?」
「あのわんこくんだが、少しばかり厄介な状況にあるようだねぇ……ククク」
「え、厄介ってどういうことっすか? もしかして、何か深刻な病気にでもかかってるんすか?!」
第三層の『封印』を想像して寒気を感じていたポンコだったが、どうやらわんこについての話はまだ終わっていないらしい。
ポンコは、勿体ぶった言い方の薬草の妖精ルイの小さな身体を手に掴んで、全身を揺すって話の続きをせがむ。
「あわわわわ……私を掴んで揺らすのはやめたまえ……クク……ク……」
「え……あっ、大丈夫っすか?! ごめんなさいっす! ポン、興奮するとつい興奮しちゃうんすよ」
「だろうねぇ……」
我に返ったポンコによってルイは解放されるが、狸の手のひらでシェイクされるのはなかなかのダメージがあったようで、心なしかルイはふらついている。
「やれやれ……ひどい目にあったのさぁ……」
「こほん。ポンコさん。オオカミの子供――わんこさんの負っていた傷は、覚えておりますか?」
「ええと……なんだか、後ろ脚の付け根から、ざっくりと切れてたっすね」
ポンコに揺すられてダウンしてしまったルイには苦笑を見せたティタニアが、しかしすぐに真面目な表情に戻り、ルイの説明の後を継ぐ。
わんこの傷。それは、ポンコの記憶ではかなり深い切り傷だったように思う。
獣の牙や爪ではなく、落石や倒木に巻き込まれたわけでもなく。スッパリとした傷だ。
たしか、すでに息絶えていた母オオカミのほうも、今になって思い起こせばそのほとんどが切り傷のようなものだったはずだ。
そこまで考えたところで、ティタニアの言葉がポンコの時間を止める。
「恐らくあれは……人間の武器によるものです」
「……え?」
それは、ポンコにとっては青天の霹靂のような。
思考の片隅にも存在しない話であった。
「ククク……あくまで『おそらく』ではあるけれどねぇ。あの切り口は、魔物の爪や牙ではあり得ないものだったのさぁ……」
人間の武器。
そうだ。森にすむ獣は、刃物など持ちはしない。
ゴブリンなどの人の形に近い魔物は刃物を用いることもあるが、あの階層にいたゴブリンは、そのような危険な武器は所有していなかった。
もちろん、探せば桃子たちが出会わなかっただけで、あのダンジョンには武器を扱う魔物がいたかもしれない。
けれど。ポンコも認めざるを得ない。
武器を持ち、原生生物を殺しうる存在など。
人間が一番、怪しいではないか。
「じゃ、じゃあ……わんこは、わんこの母ちゃんは、人間に……襲われたんすか?」
「その可能性は、ないとは言い切れません」
「ククク……さすがに、この話は桃子くんには伝えられなくてねぇ……」
人間。
彼らは、ポンコにとっては愛すべき隣人だった。
ポンコの母である夕凪は、人間の友を得て、人間とともに牛鬼と戦った。その人間たちは後にポンコの師となり、愛情深くポンコに指導をしてくれている。
だから、ポンコにとって。
人間がわんこの幸せを奪ったという、その可能性は。
とても。受け入れがたい、可能性だった。
「キューン……」
ポンコは、項垂れて。
ただ、ただ。
人間というものについて、考え込んでいた。
「たぬきのやつ。なんか。深刻そうな顔して落ち込んでるな」
「ど、どうしましょうかぁ……わ、私たちも、慰めてあげたほうが、い、いいですかねぇ……?」
眠りこけるわんこを水洗いして遊んでいたヘノとニムが顔を向けると、花びらの玉座の前ではポンコが項垂れ、ペタリと床に崩れ落ちるように、力なくしゃがんでいた。
他人の気持ちにはほぼ無頓着なヘノですら、一目で『落ち込んでいる』とわかる有り様だ。
わんこの濡れた毛並みを全身でわしゃわしゃするのをひとまずやめて、ヘノたちはしばし考え込む。
「困ったな。慰めるって言っても。何があったのか。わからないんじゃ。慰めようもないな」
「そ、それもそうですねぇ……じゃ、じゃあ私たちは、いつも通りに……し、しておきましょうかぁ」
「そうだな」
考えること。数十秒。
その結果出した答えは、なにもしないこと。
いつも通りでいたほうが良い結果に繋がることも、世の中には往々として存在するのである。
「で、でも……わ、私って、い、いつもはどうしてましたっけぇ……? うぅ……い、いつも通りって、何をしたらいいんですかぁ……?」
「おろおろしてる今のニムは。完全に。いつも通りだぞ」
「じゃ、じゃあ……だ、大丈夫ですねぇ、安心しました……」
「なに安心してるんだ。おろおろしなきゃ。いつも通りじゃないだろ」
「うぅ……ど、どうしたら……めそめそ」
「めそめそしてると。いつも通りの。ニムだな」
「な……なら安心ですねぇ……」