ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
『先輩はどうなんですか? 例の、吉野ダンジョン。ポンコさんと美食を探しに向かったんですよね?』
「あー、うん。そうなんだけど……」
シャワーあがりの下着姿のまま、扇風機の前で麦茶を飲みつつ。
だらしない姿でくつろぎながら、のほほんと。
桃子と柚花の通話は続いていた
『なにかありました? なんだか先輩にしては珍しく、随分と歯切れが悪いですね』
「あはは、柚花には隠し事はできないなあ。実はね、色々あってね」
『なら、その色々を聞かせてくださいよ。気になるじゃないですか』
「えーと……色々は、ねえ」
先ほどまでは柚花と『フルーツ☆タルト』メンバーの話で盛り上がっていた桃子だけれど、いざ今度は自分が吉野ダンジョンでの出来事を聞かれると、途端に歯切れが悪くなってしまう。
吉野ダンジョンでは、色々。そう、本当に色々とあったのだ。しかしそれは、柚花とカリンの色々とあって聞いていて楽しい話とは方向性が違う「色々」だ。
残念ながら、吉野ダンジョンであったことはお世辞にも楽しい話ではなく、どちらかと言えば気分がどんよりとする話だ。
ゴブリンの群れを討伐したまではいい。桜カレーを作った話も問題ない。けれど、その後のニホンオオカミの母子の話は、とてもじゃないが楽しく話せる話題ではない。
何せ、子供を残して母親が亡くなってしまった話なのだから。
なので、桃子はついつい話題を胡麻化してしまう。
「……お昼に起きたら朝食にポンコちゃんのおうどんが出てきて美味しかったです」
『お昼ならそれは昼食です。次はちゃんと朝に起きましょうね。それで先輩、もしかして何か話しづらい出来事があったんですか?』
誤魔化しきれなかった。さすがは柚花である。
「えと……あのね、暗い話になっちゃうんだけど、柚花はそれでも構わない?」
『もちろんです。先輩が落ち込んでるなら、それを私にも聞かせてください。一緒に落ち込みますから』
「ふふ、ありがと、柚花。じゃあ……最初からね。ヘノちゃん、ノンちゃん、ポンコちゃんと一緒に『サクラモリ』に入ったんだけど――」
はたして柚花が鋭いのか、自分がわかりやすいのか。
以前にもこのようなことはあった気がする。地上の電話口では柚花の【看破】など発動しようがないというのに、柚花には桃子の葛藤が透けて見えているのかもしれない。
桃子はだから、心を落ち着かせて。柚花ならきちんと真面目に聞いてくれるはずだという、安心感とともに。
吉野ダンジョンで起きた出来事を、一つずつ、語っていく。
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『なるほど。先輩、つらかったですね』
「ううん。私なんて、痛い思いもしてないし、実家に帰ればお母さんもいる立場だし、つらかったのは私じゃないよ。本当に、私はたまたま居合わせただけだから……」
『それでもですよ。つらそうな先輩を私が労いたいだけですから、謙遜なしで受け取ってください』
つらかったんですね、と。柚花にそう言われて、桃子は自分は何もしていないのだと、ただの傍観者だったのだからと、謙遜する。
怪我をしてもいない。
わんこやポンコのように母を亡くしたわけでもない。
そんな自分が悲観しようなどと、烏滸がましいとすら思っていた。
けれど、それでも。柚花に言われて、ストンと今の感情が腑に落ちる気がした。
きっと、それでも自分はやっぱり、つらかったのかもしれない。
「そっか……私、つらくてもいいんだね」
『本当は、つらい思いなんてして欲しくはないですけどね、私は』
「うん……」
しばらくの沈黙。
窓の外からは、大きな音を鳴らして走り去る車の音や、夏休みで元気に笑いあう学生たちの声が聞こえてくる。近隣の家屋からは、空調の室外機の鳴らす重低音が響き渡っている。町が、生きている。
けれど、この桃子のいる空間だけは。不思議と、外から切り離された空間のように、穏やかな沈黙が過ぎていた。
そして、口を開いてその沈黙を破り捨てたのもまた、柚花である。
まるで気を取り直すかのように、いつもの調子で疑問を投げかけてくる。
『さて、労いはともかくとして。そのわんこさんって、ニホンオオカミなんですかね?』
「あー、どうかな。もしかしたらハスキー犬とかだったのかもしれないけどね。ハスキー犬とオオカミじゃ、私じゃ見分けつかないもん」
『まあ、仮にハスキー犬だとしてもサクラモリにいる筈のない動物ではありますけど……』
それは全く柚花の呟きの通りで、わんこが犬であれオオカミであれ、今まで一切報告のなかった原生動物が突然見つかるというのは非常に不自然な話である。
吉野ダンジョン第二層『サクラモリ』には、少なくとも先日調べたときには、野犬の情報などはなかったはずなのだから。
もちろん、原生生物の全てが情報として載っているわけではない。
だが、野ネズミやリスのような動物ならばまだしも、それがオオカミやハスキー犬のような大型の原生動物だとしたら、その情報は存在してしかるべきなのだ。
わんこの正体が犬であれオオカミであれ、はたまた全く違う種類のダンジョン特有の固有種であれ。
あの母子は間違いなく、『サクラモリ』にとってもイレギュラーな存在なのは、間違いない。
そして、その上で。
桃子のやりたいことは、何も変わりはしない。
「オオカミか犬かはともかくさ。私、わんこちゃんの仲間を探してあげたいんだよね。犬科動物なら、多分群れで生活してるんだろうし」
『そうですね、オオカミに近い犬科動物なら、群れで生活してる可能性は高そうです』
これはさすがに都会育ちの桃子とて知識で知っている。本来オオカミというものは、群れで行動する習性があるものなのだ。
一匹狼などという言葉があるけれど、群れから外れた一匹狼はとてもではないが生きていくのは難しい。
そして、わんことその母は、限りなくオオカミに近い見た目をしている以上、性質もオオカミに近く、群れで生活していたものと考えられる。
そうでなくとも、わんこには母親がいたのだから、どこかに父親が存在しているのは間違いないのだから。
「とは言っても、結局わんこちゃんの仲間は、まだ見つかってないんだけどね……」
『そういえば、サクラモリにはその後にも調べに行ったって言ってましたね。その時はおかしいこととかはありませんでした?』
「うん。ポンコちゃんと一緒に改めてサクラモリを調べてみたんだけど、オオカミの姿はなかったんだよね。美食三銃士が、私のカレーかまどを見つけて美食オーパーツだって興奮しながら美食を作ってたくらいで、別におかしいことはなにもなかったんだよね」
『「おかしいこと」の定義がジワジワと揺らいできましたね』
柚花に言わせれば、桃子の語っている話は純粋な意味で『おかしいこと』なのだが、しかしオオカミの群れの有無という観点では、何の変わった出来事も見つけられなかったのもまた事実である。
日本語とは難しいものだ。
初めこそはほとんどシャワーから出たままの姿で通話をしていた桃子だけれど、さすがにいつまでもその恰好で通話を続けるのもおかしく思い、今はショートパンツタイプのルームウェアに着替えている。
桃子が着替えている間、柚花は柚花で桃子の着替える衣擦れの音をBGMにして、改めて吉野ダンジョンについて調べてくれていた。
『どうやら少し前まで吉野ダンジョンはダンジョン変動が活発だったらしいですね。で、これはあくまで現地の探索者たちの噂程度ではあるんですが、ダンジョン変動の影響で第三層への道がひらかれてるんじゃないか、なんて言われてますよ』
「え、第三層って……ずっと昔に、政府だか軍だかに封じられた、っていうところだっけ?」
『はい。で、これはあくまで憶測の域を出ませんけど、もし第三層への階段がどこかに口を開いているのだとしたら……』
「あ、そうか! わんこちゃんの仲間!」
吉野ダンジョン第三層。
それは、はるか昔の昭和の時代までは存在しており、ある時期になんらかの理由があり、政府が主導してその入り口を閉ざされたという。
ダンジョンを閉ざす。
桃子は岩壁を破壊することによって過去に深潭宮や瀬戸幻海を閉ざしたことがあるが、簡単に言ってしまえば、政府が行ったのはそれと同じことなのだろう。
桃子の場合はダンジョンの階段をダンジョンの岩壁で蓋をしただけなので、ダンジョンの自動修復力によってすぐにその蓋は消え、ダンジョンは時間とともにもとに戻っていく。
けれど、そこにダンジョン内の岩壁ではなく、地上から持ち込んだ壁や鋼、岩などで閉じることができたとしたら。
その場合はもしかしたら、空間と空間の繋がりが立ち消えて、女王ティタニアですら見通せない密室がそこには作られるのかもしれない。
そして今。その封印に使われた壁や岩に、少しでも隙間が開いているとしたならば。
下層に住んでいた原生動物が抜け出せる程度の穴が、開いているならば。
『あくまで、仮の話です。でも、仮にオオカミたちが第三層に住んでる原生生物だと考えると、辻褄は合うんですよね』
「第三層、かあ。魔物と違って、原生生物は移動しようと思えば階層を普通に移動できちゃうもんね」
『はぁ……どうせ先輩のことだから、もう三層まで探索することは頭の中で決まっちゃってるんですよね? 何があるか分からないから、やめた方がいいですよ、って言われるの分かってて』
通話先の柚花が、やもすれば不機嫌そうな声色で、桃子を責めるように言う。
桃子の脳裏には、少し怒ったような、でも心配を隠し切れない柚花の視線が浮かんでくる。きっと、通話の先にいる柚花はそのような目をしていることだろう。
いつものことと開き直るわけではないけれど、柚花を心配させてしまうのは今に始まったことではないのだ。
「えーと、うーんと……うん、ごめんね」
『まあ、いいですよ。私も先輩のことは理解してるつもりですし』
電話口で、声に間が空く。
音声としては入ってこないけれど、きっと今、ホテルの客室内で大きくため息でもついているに違いない。
『それにまあ、政府に封印されたって言っても、昭和より前は普通に繋がっていたたはずの階層ですしね。三層ならまだ、先輩をどうこうできる魔物も多くはないでしょうからね。最悪、どっかのストーカー朗読魔女が動いてくれるでしょうし』
「凄い言われようだね、りりたん」
調べによれば、昭和に閉ざされるまでは、第三層まで潜る探索者――いや、その当時は日本に探索者というシステムはなかったはずだが、なんにせよ生きて帰ってくる人間がいたという記録もある。
なので、決して入れば二度と還れないといった魔界のような階層ではないのは、間違いない。
あとは、ヘノやノンといった妖精たちがいるのならば、さすがに第三層の『なにか』に後れを取ることもないはずだ、と思う。
もっとも、それで柚花の心配がなくなるわけではないのだが。
「うん。でも大丈夫。ちゃんと、危険そうなら深入りしないように気を付けるよ」
『その信用がゼロなんですけどね。ちゃんと帰ってきてくださいね。それで、しっかりあとで私を抱きしめること。約束できますか?』
「うん、約束する! 約束する……けど、抱き締めるって?」
『何言ってるんですか! 必要な約束ですよ!』
「あ、はい」
最後の最後で、なんだか今回の話には関係のない約束をしてしまった気がする。
だが、それで柚花が安心できるならば、安いものだろう。
桃子はそんなことを思いながら。
なぜか通話口で憤慨している柚花に、ぺこぺこと謝るしかないのだった。
【りりたんの朗読チャンネル】
おはようございます、こんばんは、りりたんです。
今日も静かなダンジョン内で、朗読をしています。
モンスターとは戦いません。探索もしません。朗読をしていきます。
ふふふ。今日は、先日朗読した民族学者さんの手記の続きを朗読しますよ。
りりたんが現代語訳してあげるサービスつきですから、感謝すると良いですよ。
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4月17日。
明日、前々から話に聞いていた、洞窟の奥に住んでいた修験者と会えることになった。
修験洞の更に奥。仏の世界で生きることを決めていた修験者。
彼らのうち何人かは、しかし、心を病んで地上へ戻ってくるという。
先日世話になった僧の計らいで、紹介してもらえることになったのだが。
はてさて。
心を病み、人と会うことを恐れるようになったという。一体何があったというのだろうか。
4月18日、
僧に連れられ、山中の庵を訪れた。どうやら、ここにその修験者が住んでいるのだという。
すでに世は大正だというのに、その庵は長かった明治を飛び越えて安政かはたまた天保か。ともかく、随分と年季の入った佇まいの隠れ家であった。
裏手には畑があり、何かしらの野菜が作られている。
その修験者は、心が壊れていた。
というのも、私どころか、顔見知りであるはずの僧すらも恐れられていたのだ。
私としては、修験洞の奥に何があるのかを詳しく聞き出せる機会だと意気込んでいたものだが、これでは何も聞けそうにはないと、落胆である。
ただ、それでも。いくつかの話は聞き出せた。
修験洞の奥には、桜の園があるという。そこでは、世を捨てた修験者たちが暮らしているのだそうだ。
人の形をした獣も存在するらしい。私にはとてもではないが、そのような場所で過ごそうという気持ちが理解できそうにはない。
そして、その修験者はこうも言っていた。
桜の園は、地獄の上に存在する、と。
自分は、桜の園より奥にある地獄を見てしまい、人間が恐ろしくなったのだ、と。
そこで彼は震え始め、それ以上の会話は不可能となった。
4月19日。
昨日の修験者が彫った木彫りの像を、僧が見せてくれた。
どのような仏像かと思い拝見したが、それは意外なことに、勇ましく佇む、狼の像である。
僧が言うには、修験洞の奥、桜の園から戻ってきた者たちはみな、その狼を『ハクロウ様』と呼んで崇めているそうだ。
桜の園。そして、地獄と、狼。
興味は尽きないが、残念ながら私にはその魔界まで足を運ぶ力も勇気もありはしない。
のちの世の、私よりも勇ましい研究者に、是非ともその真相を探り出してほしいものである。
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ふふふ。
民俗学者というのも、忙しいですね。
この修験者の言う『地獄』とは、現代で言う吉野ダンジョン第三層にあたる階層のことでしょう。
第三層というのは大体の場合は、地獄というほどの階層ではありません。もちろん命に関わる危険はあるものの、それでもまだ人間の探索者たちでも戦えるレベルの魔物がメインの階層でしょう。
ならば、何がその地を『地獄』としたのか。何故、のちの政府が階層ごとの封印を決めたのか。
ふふふ。怖いもの見たさではありませんが、興味が引かれてしまいますね。