ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「じゃ、いつものやろうぜ! カメラも録画スイッチおっけーよ」
吉野ダンジョンギルドの受付を抜けた先。第一層『修験洞』内の開けた空間に、若い男性の声が響く。
無造作に整えた毛先はカラフルに染められ、ダンジョンの中だというのにアクセサリを身に着けて。そして、洞窟では全く役に立たないであろうサングラスがおまけのように頭の上に飾られている。いかにも『軽い』風貌の若者だ。
とてもではないが、過去の仏師の彫った彫像の並ぶこのダンジョンにはそぐわない風貌である。
けれど、彼の手にはしかりと鈍く光る剣が握られており、彼が繁華街の客引きではなく、ダンジョンに訪れた探索者であることを思い出させた。
そんな彼と共にいるのは、古めかしいレトロデザインの丸眼鏡をかけた、杖を持つ神経質そうなオールバックの男性。
そして、大きな盾を構えた、漫画に出てきそうな目の細い日本男児といった古めかしい顔つきの巨漢。
そんな、キャラクター性がどう見てもちぐはぐな三人組が、横に浮かせたドローンカメラの前で向き合い、各々の武器や盾を手に持ち掲げている。
彼は、フウと一息ついたかと思えば。その軽そうな風貌には似合わない、凛とした声を張り上げた。
「鋼の刃は俺の誇り。敵を斬り裂き、道を拓く剣。幾多の困難を越え、俺らの名を食の歴史に刻みこむ」
剣を掲げた若い男性探索者は、その剣を高く掲げて宣誓する。
その剣で、道を切り開き。幾多の困難を越えると。
「魔力の光は私の誓い。知恵の灯は道を照らす。私の魔法で未来を紡ぎ、勝利と実りの収穫をもたらしましょう」
杖を掲げた真面目そうな男性探索者は、その杖を高く掲げて宣誓する。
己の魔法と知恵で、未来へ続く道を照らすと。仲間に恵みをもたらすと。
「鋼鉄の盾こそ我が決意。悪しきものより盟友を守り、立ちはだかる岩山たらん。命果てるとも、食の喜びは決して折れぬ」
盾を掲げた大柄な男性探索者は、その盾を高く掲げて宣誓する。
その盾とともに、仲間を守る壁となり、岩となり。何があろうとも決して折れぬと。
三人は、その剣を、杖を、盾を重ねて、言葉を続けていく。
「決して、人の道を踏み外さず――」
「決して、友の手を離さず――」
「決して、共に掲げた理想を忘れず――」
「我ら、美食の絆に導かれし美食三銃士、ここに契る! すべては美食へ続く道のために!」
剣を。杖を。盾を。
それぞれを高く掲げて、最後の台詞では三人の声が綺麗に被る。
まるでそれは、美しい歌劇の1シーンのような、不思議な魅力を放っていた。
たまたま居合わせた一般の探索者たちが、遠巻きに見つめ、最後にぱらぱらと拍手を送った。
――と。
それまでの張りつめた空気とは裏腹に、剣を持つ若い探索者はへらへらとした笑みを浮かべて、周囲のギャラリーたちにポーズを決めて返してから、端末で先ほどの映像の映りを確認する。
「っし、っと! 今日の取れ高オッケーっすよん♪ へっ、オレちゃんしっかりよく映ってる」
「やれやれ。この儀式のときだけはレンジくんは真面目になりますよね」
儀式の最中と終了後の若い男性――レンジのギャップに、丸眼鏡の男性がやれやれと、ため息をついた。
どうやら、仲間の彼から見ても、この性格の豹変具合は呆れたものだったようだ。
「違うぞユキヒラ。レンジの本質は真面目な若者だろう? 先月入手したばかりの薬草の本は、既に注釈だらけで、見事にボロボロになっておるからな」
「確かに。ワンさんの言う通りですね。つまり、レンジくんのこの『ちゃらい』キャラクターは、本来生真面目なレンジくんにとってのもう一つのキャラクター。あえて被っているペルソナ、とでも言いましょうか」
「やめーや! 俺のアイデンティティ崩壊させんなし。今の会話はあとで編集ンとき削除すっからな!」
丸眼鏡の神経質そうな魔術師ユキヒラと、巨漢の盾兵ワンさん。
その二名と、ノリの軽い若き剣士、レンジを合わせた三人組。
彼らこそは、その道では知られているダンジョン食材ハントの専門家『美食三銃士』である。
そして、先ほどの互いの誓いを読み上げる儀式が、知る人ぞ知る『美食三銃士』の出陣のルーティーンであった。
ルーティーンを終え、周囲のギャラリーに軽く手をあげてみせてから、三人はダンジョンの奥へと進んでいく。
軽口を叩きあう三人と、それを追いかけるように飛翔するドローンカメラ。
ギャラリーたちはしばらくの間、名残惜しそうに、ダンジョンの奥へと向かうその背を眺めているのだった。
彼らはダンジョンを進んでいく。
すでにマップが頭に入っているのだろう。目指すべき食材が存在しない第一層『修験洞』はほぼ一本道で迷うことなく通り抜けていき、既に第二層『サクラモリ』へと彼らは降り立った。
このサクラモリは、そこらの探索者が見れば桜の木ばかりで大したものがないように見えるが、美食三銃士にしてみれば美食の宝庫のような階層だ。
そもそも、桜の花や木の幹に至るまでが、彼らにしてみれば食材である。つまり、食材だらけの階層だ。
とは言え、いくら食べられようが必要ないものまで採取しない。カバンが無駄に膨れ上がるというのは、ダンジョンにおいては致命傷に繋がりかねない。
そんななか、巨漢の盾役――ワンが、先ほどの幹を眺めたまま、「むう」と悩んでいる。
「ワンのおっさん、何を考えこんでんのよ」
「いや、この桜の木だが。サクラチップにして豚の一つでも燻製すれば、香川ダンジョンのあの小さな娘のカレーうどんにちょうどよさそうだと思ってな」
「ああ、なるほど。しかし彼女はどうやらダンジョン産の食材にこだわっているように見受けられますから、市販の豚肉は使用しないのでは?」
「こだわりじゃ、しゃーねえけど、勿体ねえなあ。ワンのおっさんの味覚がそう言うなら間違いねーのにな」
彼らの語る香川ダンジョンの小さな娘というのは、うどん四天王の弟子として先日のうどん大会フェス祭りにも出場していた、カレーうどんを専門で製作しているポンコという名のうどん職人の少女のことである。
彼女は、香川ダンジョンのうどんファンの中では、ある意味では有名人だ。
うどん四天王全員が弟子と公言しており、その本人はまだあどけなさの残る少女なのだ。それがダンジョン内でカレーうどんを作っているのだから、有名にならないわけもない。
「それに、彼女は――」
そして、ポンコという少女には非常に大きな秘密がある。
それも、ほぼ暗黙の了解と言えるほどに、香川ダンジョンの探索者たちにはバレバレの秘密が。
しかしそれでも、暗黙の了解は、口にしてはならないことである。
「おっとユキヒラ、それ以上の詮索はマナー違反じゃん? 俺らはただ食材集めて、うまいもんを食うだけっしょ」
「そうだぞ。我らは、料理人の詮索などはせぬ。そういうパーティであろう?」
「……ふふ、そうですね。私としたことが、道を踏み外すところでしたよ。レンジくんとワンさんには感謝、ですね」
化け狸の住むダンジョンで『ポンコ』である。本名なのかもしれないが、色々と隠す気がなさそうなその名前。
そしてこの美食三銃士は知っている。彼女は昨年末、『ももポン』という別な名前、別な顔をしてカレーうどんを製作していたということを。
他者の姿をとり、名前がポンポン言っており、そしてダンジョンに入れるわけもない小学生程度の少女。更に言うならば、彼女を地上で見た者はほぼいない。
それだけの状況証拠がそろっていても尚、詮索してはならない。
それが、香川ダンジョンにおけるうどんを愛するものたちの、暗黙の了解だった。
険しい桜の森は続く。
早朝からダンジョンに入ったが、時刻にすれば今は既に夕方といった時刻だろう。
ずっと歩いていたわけではない。途中の食事休憩にはかなりの時間を充てている。美食三銃士と名乗るだけあって、彼らは食事には妥協を許さない。
しかしそれもあり、桜を照らしていたダンジョン内の空の色がだんだんと橙色に染まりつつある。
恐らくこのままいけば、この日も目指すべき『謎の食材』は見つからないまま、この桜の園で野営となるだろう。
そんな風にレンジが考えていると、ふと。
違和感を覚えた。
「……ユキヒラ、ワンのおっさん。わかるか?」
「ええ。【美食スキル】がいま、謎の反応を見せましたね」
「これは……どういうことだ?」
レンジのスキル【美食の羅針盤】が。
ユキヒラのスキル【美食の砂時計】が。
そして、ワンのスキル【美食の加護】が。
そのどれもが、謎の反応を見せている。
これは、彼らの探している『美食』の存在を示す反応だ。それぞれのスキルが、それぞれの形で、『美食』のありかを示している。
彼らはこれまでも、巨大昆虫の闊歩するダンジョンの巨大な里芋や、幻の海に沈む貴重な岩牡蠣など、三つのスキルを駆使して様々な食材を見つけてきたのだ。
そして、そのスキルが反応を見せている、ということは――。
「おいおい、マジかよ。探してた美食ちゃんがこの近くにあるってぇのかぁ?」
「いや……しかし、反応はありますが、しかし奇妙な反応です。まるで、近くにあるけれど、近くにない。幻をつかむような反応ですね」
「うむう、奇怪な」
普段ならばそれぞれのスキルの差異こそあれ、近くに食材があれば感覚的にそれが把握できるのだ。
しかし、今回は強い反応を見せているにもかかわらず、近くにその食材があるとは思えない。
スキル所有者にしか分からない、非常にもどかしいスキル反応を見せている。
「なんにしても、尻尾を掴んだことだけは間違いないっしょ。行くしかねえよ、ユキヒラ、ワンのおっさん」
「うむ。それもまた真理」
たとえ異常な反応だとしても、反応があるならばそれを探さない理由はない。
今いる場所のすぐ脇には、木々に隠され、日も当たらずに鬱蒼とした土地がある。
怪しむべきは、やはりその森の中だろう。
場所さえわかれば、確認すること自体はたやすいことだった。
三人は手分けして、各々の武器を使い獣道を切り開く。
そして、彼らは見つけてしまう。
「……実は、心のどこかで『もしかして』とは思っていたのですよ。封印された第三層の存在と、最近の変動の規模が無関係とは思えなかったものですから。しかし、いざ本当に眼前に真実が現れると、なかなかどうして、いうべき言葉が見つからないものですね」
「めっちゃ喋ってるじゃねえか」
木々に隠され、太陽から隠されるように存在していた斜面に、ぽかりと空いた、穴。
それは、間違いなく第三層へと続く洞窟だった。封印されていたという第三層への道を、発見してしまった。
「何はともあれ、ギルドにこの座標だけは連絡しておかねばなるまいな」
その洞には、多数のコンクリート片が散らばっている。これはどう見ても、人為的に持ち込んだものだ。
更にその奥には、やはり明らかに人工的に設置したと思わしき分厚い金属の扉が鎮座している。その扉には何かしらの紋様が描かれており、更にはいくつかの大きな魔石がはめ込まれているのが見て取れた。もしかしたらそこには、魔術的な何かしらの力が存在していたのかもしれない。
しかし、扉は既に歪んでおり、その扉としての使命はもう果たせていないようだ。
恐らく、ダンジョン変動にてこの洞窟も形状が変わってしまったのだろう。次なる階層と繋がる道を封じる鋼の扉は、すでに半分ほどひしゃげ、小さくない隙間が出来ていた。
それこそ、その身を壁に寄せれば、原生動物のような獣ならば普通にそこを抜けられてしまうくらいには。
「どうすんだ? 第三層の入り口を見つけちまったわけだけど、勝手に入っても大丈夫だと思うか? ユキヒラ、ワンのおっさん」
「政府主導で封じた、という噂ではありますしね。何があるか分からない以上、いくら美食のためとはいえ、私たちが独断で侵入するべきではないと、私は考えますが」
食材に関しては人並み以上の経験を積んでいる彼らだが、ことダンジョン探索においては、たった三人で一流のパーティほどの力量を持つわけではない。
また、ギルドのように専門の調査ドローンなどを所有しているわけでもない。所持しているのは、所詮は自分のすぐ近くを飛ばす配信用ドローンカメラにすぎない。
ここは、食材は一度諦めて、戻ってギルドに報告をするべきという判断は、この場においては間違いなく、正しい判断だ。
「新たなる食材への興味は尽きぬが、仕方なきこと。これはもはや美食の問題ではなく、ダンジョンの問題であるからな。我らが勝手に奥へと――」
奥へと進むべきではない。年長者であるワンもまた、そう言葉を続けるつもりだった。
けれど、言葉は続かない。
静かな森の中で、彼らには聞こえてしまった。
『……ケテ……』
「お、おい……ユキヒラ、ワンのおっさん。い、今……何か言ったか?」
「いや、我ではないな。と言うより、声の発生源は……」
『タス……ケテ……』
聞こえてしまった。
今度は、先ほどよりもはっきりと。
いま目の前にある、歪んだ鉄の向こうから。
洞穴を吹き抜ける風に運ばれて、声が届いてしまった。
誰かの、助けを求める声が。
「ゆ……ユキヒラ、おっさん……!」
顔面を蒼白にしたレンジが、判断を求めるように年上の仲間二人を振り返る。
いくら様々なダンジョンを経験してきたレンジとて、まだ彼は二十代に入ったばかりの年齢だ。一般的な社会で言えば、学校を出たばかりの新人か、あるいはまだ社会に出る前の年齢である。いざというときの判断に、年配の二人を頼ってしまうのは仕方がない。
一方、レンジから判断を求められた、彼よりも長い人生を生きている二者は――。
「確かに、間違いなく聞こえました。この穴の向う……恐らく第三層から、風に運ばれ誰かの声が聞こえてきました。助けて、と」
「ギルドに応援要請……など、悠長に時間をかけている場合ではない、か」
ごくり、と息を呑む。
確かに、助けを求める声だった。だが、しかしだ。
美食三銃士である彼らが、何日もかけて探索して回った結果、ようやく見つけた第三層への扉だ。少なくとも、彼ら以外の探索者がこの辺りまでやってきている形跡などなかったはずだ。
それに、いくら歪んで隙間が出来ているとはいえ。扉は、閉ざされているのだ。
その、誰もいる筈のない扉の向こうから聞こえてくる。助けを求める声。
ユキヒラも、ワンも。
その不可解な状況に、つい二の足を、踏んでしまう。
ギルドに、座標だけは情報として送信しているのだ。それで十分、義務は果たしているのではないか。
心のなかで、そのような言い訳が木霊する。
けれど。
「……っし! 俺は行くぜ、人の道が優先だ! 後悔はしたくねえ!」
この場で真っ先に決断できたのは、皮肉にも一番若く、経験の少ないはずのレンジである。
いや、この場合は『若さゆえ』と言うべきかもしれない。彼は、震える声で、しかし。己の理想から目を逸らしはしなかった。
レンジの決断に、年配二人は顔を見合わせてから、緊張を誤魔化すかのように苦笑を浮かべてみせる。
「やれやれ。そうですね、危うく誓いを忘れるところでしたよ。『決して、人の道を踏み外さず。決して、友の手を離さず』」
「そして、『決して、共に掲げた理想を忘れず』か。そうだな、助けを求める声を無視するなど、我らが理想の姿ではありはせぬ」
「おっさんたち……」
仄かに震えるレンジの肩に、それぞれが手を当てる。
我ら三人は、仲間を見捨てない。仲間の手を離さない。
助けを求める声を、見捨てない。
「行きましょうか、レンジくん。第三層へ」
彼らは、理想を胸に、ゆっくりと。
歪んでしまった鋼の扉に手をかけて。
いま、第三層の扉が開かれた。
――しかし、彼らは知らなかったのだ。この第三層が。その昔、修験者たちの中で。
絶対に見てはならぬ、聞いてはならぬ。そして、立ち入ってはならぬ『禁足地』とされていたことを――。