ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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うちの師匠は多分人間

「うわー、わんこちゃん元気になったねえ。ふわーっ、わんわんっ、わんわんっ」

 

 桃子が一週間ぶりに妖精の国へと入ると、そこには一匹の子犬――いや、子オオカミがいた。

 その明るい灰色の毛皮を纏った子オオカミは、子供とは言っても一般的な猫や小型犬より一回りは大きなサイズである。それが勢いよく飛び掛かってきたら、小柄な桃子にとってはなかなかの質量だろう。

 

 まさにその子オオカミが、興奮気味に花畑を駆け抜けて、勢いよく桃子の胸に飛びついてきた。

 

「ギャウッ! ギャウッ!」

 

「おーよしよし、わんわん、わんわんっ! ぎゃうぎゃうー!」

 

 小さなオオカミに飛びかかられ、押し倒される形で桃子は花畑に転がってはしゃいでいる。

 子オオカミも桃子を襲うわけではなく、花畑に転がる桃子にその鼻先を押し付けて、クンクンと鼻息荒く、しきりにその匂いを確認している。

 

 その子オオカミは言うまでもなく、一週間前『サクラモリ』にて瀕死の状態で救助された、わんこである。

 

「ギャウ! ギャウ!」

 

「んー元気になりまちたねえ! わんわん! わんわん! あはははっ、ぎゃわわーん」

 

「桃子。どうした。とうとう。人の言葉。忘れちゃったのか」

 

「師匠。正気に戻るっすよ。師匠は一応は人間なんすからね」

 

 花畑でわんこのなすがままに押し倒され、キャッキャと犬語ではしゃいでいる桃子を眺めているのは、桃子のパートナーである風の妖精ヘノと、わんこの保護者であるポンコの二人だ。

 二人とも、桃子が動物の子供を前にすると少々おかしいテンションになることは以前から把握しているので、桃子が唐突におかしくなっても、慌てず騒がず冷静に対処が可能だ。

 

 ヘノたちから向けられている怪訝そうな視線に気づいているのかいないのか、桃子はわんこに匂いを嗅ぎ尽くされてご満悦だ。

 

「えへへ、わんこちゃんったら、今日は私のこと大好きすぎじゃない? 前はこんなに熱心に嗅がれなかったのに」

 

「師匠、わんこはスパイスの香りに興奮して嗅いでるだけっすね」

 

「桃子。さては。ここにくる前に。カレー作ってきたろ」

 

「そっかー、カレーの臭いに反応してただけかー」

 

 言われてみれば、わんこは桃子の匂いを興奮気味に嗅いでいるだけで、顔を舐めるとか手を舐めるとか、よくある「犬が大好きな人間に甘えるアピール」がない。完全に、スパイス臭を嗅いでいるだけだ。

 桃子はがっかりと意気消沈しながらも、わんこが満足するまではなすがままの状態で、衣服についたスパイスの香りを好きなだけ嗅がせてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 妖精の花畑にやって来て早々から存分にわんこと遊んだ――嗅ぎ回られたとも言う――桃子だが、実は本日の目的はわんこと遊ぶことではない。

 ひと通りわんこが満足して桃子から離れたので、早速本日の用件のために動き出す。ポンコとヘノ、そして乗りかかった船として本日も合流してくれたノンを伴い、桃子たちは『サクラモリ』へと向かう。

 

 今回もまた、わんこの家族――オオカミの群れの捜索だ。

 なお、当のわんこは危険があってはいけないので、やはり妖精の国でお留守番である。

 

 

 

 この日は、完全に手探りだった先週とは違い、桃子は平日の間に情報を集めてきていた。まずはヘノたちと、その情報の共有をしなければいけない。

 桃子は、ポンコたちと共に『サクラモリ』へとやって来ると、桜の木々の間を歩きながら、柚花に聞いた情報を三人に語り始める。

 

「実はさ。この吉野ダンジョンについて、柚花にも相談してみたんだけどさ。ポンコちゃんたちも聞いてくれる?」

 

「あ、実はポンも師匠に聞きたいことがあるっす」

 

「あ、そうなの? ええと、どうしようか」

 

「えと、とりあえず師匠の話を先でいいっすよ」

 

 どうやら、ポンコはポンコでなにかしら平日の間に調べてくれていたようだ。

 なので一同は、この美しくも険しい桜の園を歩きながら、互いの情報交換から始めることにした。

 

 そして、自分が集めてきた――厳密には、その大半が柚花に聞いた話と柚花による憶測だが――この吉野ダンジョン『第三層』についての話を、語り始める。

 

「うん、じゃあね。実はこのダンジョン、すこし前から大規模なダンジョン変動があったんだけど――」

 

 

 

 

「――っていうわけで、第三層に続く道がどこかで出土しちゃってて、そこからオオカミのお母さんたちは出てきたんじゃないかなって思うんだ」

 

 人間の手で閉じられたという第三層に繋がる入り口が、大規模なダンジョン変動によって開かれてしまったのではないか。

 そして、第三層に住まう原生生物だったオオカミの母子が、その穴を抜けてこの第二層『サクラモリ』へとたどり着いたのではないか。

 桃子はそのような憶測を、一つ一つ、同行者たちに伝えていく。

 

 桜の香りが充満するこの階層の険しい地面を、あてどなく、すすみながら。

 

「なるほどだよぉ。ダンジョンは、勝手に動いたりするからねぇ」

 

「そっか。やっぱり……そういうことなんすね」

 

「言われてみれば。今日は。前と比べて。この階層の魔力の質が。変わってきてる気がするな。階層が。繋がってきてるのかもな」

 

 反応は三者三様だ。

 純粋に、桃子の語る憶測に納得しているノン。

 なにかしら、腑に落ちたような顔で考え込むポンコ。

 そしてヘノは桃子の憶測を裏付けるように、この階層に漂う魔力の質の変化を口にする。

 もし第三層への階段が出現しているならば。下層へ続く道が、その口を開いているならば。

 感知能力に長けたヘノがその場所を特定するのは時間の問題だろう。

 

「おいたぬき。お前も何か。話があるんだろ。この前。女王たちと話してただろ」

 

「えと、はい。実は、二つあるんすけど……」

 

「うん。じゃあ、ポンコちゃんのお話も聞かせてくれる?」

 

 そして、続いてはポンコの話を聞く番だ。

 先程まではあてもなく歩いていた一同だけれど、今はヘノが皆を先導する形で先頭を進んでいる。

 木々のなかをゆっくりと進んでいくヘノを追いかけながら、桃子とポンコは会話を続ける。

 

「まず、一つ目がわんこのことっす。わんこはどうやら、何かしらの魔法生物の加護を受けているらしくて――」

 

 

 

 

「――てなわけで、この吉野ダンジョンのどこかに、オオカミに加護を授けてる誰かがいるはずなんすよ」

 

 ポンコは、女王ティタニアから聞かされた話を桃子たちに説明していった。

 

 わんこに妖精の国の眠りの魔法が効いていなかったのは、何者かに加護を受けているのが理由であること。

 その加護を与えている何者かが、この吉野ダンジョンに存在するのだろう、ということ。

 そして、現在訪れている『サクラモリ』には、そのような存在はいない、ということ。

 

「なるほどな。つまり。どういうことだ」

 

「第三層にねぇ、オオカミに加護を与える魔法生物がいるっていうことだよぉ」

 

「そうか」

 

 話半分にしか聞いていなかったヘノに、ノンが噛み砕いて説明する。

 先程の桃子の話と今のポンコの話を合わせて考えれば、つまりはノンの説明どおりだ。ここではなく、第三層だ。そこに、オオカミに加護を与える未知の魔法生物がいるのだ。

 

「ポンコちゃん、そういえば話は二つあるって言ってたじゃない? もうひとつは、なんだったの?」

 

「あ、その……師匠に聞きたいことがあるっす」

 

「え? 私に……?」

 

「師匠って、多分人間っすよね?」

 

「え、多分もなにも、私はほぼ人間だと思うけど……」

 

 一同は、桜の木々に覆われた険しい坂を下っている。

 宙を舞う妖精たち二人が先導し、その後ろをポンコと桃子が話を続けながらゆっくりと足場を選んで降りていく。

 そんななか、ポンコは。

 

 不安げに、カレーの師匠の顔を覗き見る。

 ポンコにとっては一人目の、大切な人間の、恩人の表情を。そっと、覗き見る。

 

「もし、わんこの母ちゃんを殺したのが、人間だったとしたら、人間がオオカミに刃を向けていたとしたら……」

 

 女王ティタニアと、薬草の妖精ルイが言っていた。

 わんこの傷は、人間の持つ武器によるものだ、と。

 

「もし、人間とオオカミが敵対していたら……師匠は……どうするっすか?」

 

 ポンコは、森に棲むけものだ。

 桃子は、街に住む人間だ。

 どれだけ信頼しても、どれだけ恩を感じても、けものと人間は違う生き物なのだ。

 

 だから、もし人間とけものが争うことがあれば。桃子は、どうするのだろうか、と。

 ポンコは、不安を隠そうともせずに、思い詰めたような表情で、問いかける。

 

 

 ――師匠は、人間とけもの。どちらの味方っすか?

 

 

 しかし、ポンコにとっては重要な意味を持った質問だったのだが、桃子の返答は実に軽いものだった。

 

「えー、そんな所に遭遇したら、オオカミをいじめるのはやめてもらう、かなあ?」

 

 桃子の答えは至極単純。『やめてもらう』の6文字だ。

 

 これが地上の話ならば、また話は違うだろう。

 人間の生活を脅かす動物や、下手をすれば人の味を覚えてしまった肉食動物は、どうしても駆除対象となってしまうものだ。それが人間のエゴだとしても、人間社会の恩恵で生きている桃子には、それを否定することはできない。

 

 だが、ダンジョンの原生動物となれば話は違う。

 彼らは、人間の土地を脅かすことはない。そして、魔力が主なエネルギー源である以上、餓えて人間を襲うようなことも恐らくはないはずだ。

 

 もちろん、人間側が狩猟として原生生物の命をいただくことはあるけれど、少なくとも意味もなく争う理由などというものはないはずだ。

 

「さすが桃子さん、答えが簡単だよぉ」

 

「それって褒め言葉?」

 

「キューン……で、でも師匠、人間が……人間は……」

 

 探索者の誰しもが、桃子のように心が広いわけでもない。

 見知らぬ肉食獣を前にすれば、魔物か原生動物かなど判断している余裕もなく、己の武器を振りあげる探索者の方が、もしかしたら多いかもしれない。

 だから、ポンコは桃子に意見をしようとするが、しかしうまく言葉が出てこない。

 

「たぬき。桃子は。だいたいこんな感じだし。心配なんて。することないぞ」

 

「ねえねえ、私っていま褒められてるの?」

 

「キューン……桃子師匠……」

 

「うわあっ、どうしたの?! 急に抱きついたら、危ないよ?!」

 

 険しい坂道を下っている最中、実は桃子は自分の足場を確認するのに必死で、先程からのポンコの不安げな表情も、思い詰めるような必死な顔も見ていない。

 なので、感極まったポンコにハグをされても、慌てるだけで、ポンコの気持ちなど全く理解していないのだった。

 

「ポンコさん。桃子さんは、坂道を下るのに必死で、なにも考えてないんだよぉ? だから、深く考えるだけ損なんだよぉ?」

 

「え、なんなの? みんなで私のこと褒めてくれてたんじゃないの?」

 

 坂道を、滑らないように、転ばないように。桃子はただ、話をしながらも慎重に集中して降りていただけなのだが。

 気づけば周囲の魔法生物たちから、褒められたり、褒められてなかったりと、わけのわからない桃子であった。

 

 

 

 

 

 

 

「桃子。見つけたぞ。この前来た時にはわからなかったけど。今日は。魔力の流れがあるぞ」

 

 そして、山を下り、谷を越えたその先。

 そこには、ぽっかりと口を開いた洞穴が存在していた。

 

 なかには大きな鋼の扉が存在しているが、しかし度重なる変動によってその鋼は既に歪んでおり、扉も開いてしまっている。

 周囲には、ボロボロに劣化し崩れたコンクリート片が転がっているのが見える。恐らく、鋼の扉で閉ざした上からコンクリートを流し込み、その二重の蓋でこの洞窟を封じていたのだろう。

 

「第三層だねぇ。この扉も、人工の石も、人間たちがわざわざ運び込んだものなんだろうねぇ」

 

「そうか。ダンジョンのものじゃないから。勝手に。修復されたり。しなかったんだな」

 

 人魚姫が崩落させたダンジョンは、日数こそかかったけれどダンジョンに備わっている修復能力によりいまでは元のダンジョンの姿を取り戻している。

 しかし、それとは違い。外部から人為的に持ち込んだ鋼の扉やコンクリートという人工物は、多くの場合はダンジョンの修復対象とはならない。だからこそ何十年もの間、誰にも見つからずに封印の役目を果たすことができたのだ。

 

 しかし、その人工的な封印も、風化という敵には敵わなかった。

 すでに、この第三層へ続く道は開いている。

 地上のギルドがこの状況を把握するのも、時間の問題だろう。あるいは、既に地上ではこの事実を認識しているかもしれない。

 

「この奥に、わんこの家族と……わんこたちに、加護を与えてる相手がいるんすね」

 

「それに、封印をしなきゃならないほどの、何か、があるんだよね……」

 

 ごくり、と唾を飲み込む。

 初めてのダンジョンを訪れるときに緊張するのは、いつものことだ。しかし、人為的に封印されていたという歴史は、桃子の緊張に拍車をかける。

 

「よし。とりあえず。どうするかは。降りてから考えよう」

 

「わ、わっ、ヘノちゃん待って待って! せめて、もう少し慎重に、慎重に行こうよお!」

 

「ヘノさん、思いきりがいいっすね! さすがっす!」

 

「ヘノは相変わらずせっかちだよぉ」

 

 しかし、桃子が緊張している間にも。

 緊張するくらいならさっさと向かうぞ、と言わんばかりに。緊張など見せもしないヘノが、すいすいと奥へと入っていってしまう。

 

 結局、シリアスに覚悟を決める余裕もなく、桃子たちはヘノを追いかけ、鋼の門を潜り抜けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【フルーツ☆タルト所属 カリンの配信チャンネル】

 

 

 こんにちは、カリンだよー!

 

 フルーツ☆タルトあんどタチバナのスペシャル夏休みコラボ配信、今回は長崎ダンジョンだよー!

 ええとねえ、ここはなんか、歴史あるダンジョンで、その昔……ええと、隠れきりたん? が建てた教会があるんだってさー。

 

『カリンさん、キリシタンです。きりたんって誰ですか』

 

『多くの人が関わってきた歴史なんだから、そういうのは間違えちゃダメよ、お馬鹿』

 

 ごめんよぉ、直前までカンペで覚えてたんだけどなあ。

 とにかくね、ちょっと坂がめちゃくちゃ多くて大変な土地なんだけど、教会までいくと絶景なんだってよ!

 

『ビリッ』

 

 ぎゃっ!?

 

 なに?! タチバナ、いま私のこと殺そうとした?!

 

『ああ、すみませんカリン。いまあなたの後ろにゴーストが出ていましたもので、簡単な電気で追っ払いました』

 

 え、こわー。

 ありがとうタチバナ、でも私ごと電撃うつのやめてね?

 

 えっとね、この長崎ダンジョンにはゴーストとか悪霊とか、下層にいくとゾンビっぽいのとか、吸血鬼がいるって話だよ。怖いねえ。

 

『ゴーストといっても、取り憑かれても気分が悪くなる程度の呪いで、意外と実害は少ないらしいですけどね』

 

『そうそう、ダンジョンのゴーストは地上では日光で消えちゃうって話だから、それほど慌てなくてもいいのよね』

 

 お、クルミちゃんたち博識だねー。

 タチバナはなにか長崎ダンジョンで知ってることはある?

 

『そうですね……最近噂になってる都市伝説ならありますよ。この長崎ダンジョンには少し前から、笛の音に関わる不思議な話があるんです』

 

 へぇー。

 

 その話って長い?

 長いなら今度でいい?

 

『カリンさん、自分で聞いておいてその対応はひどくないですか?』

 

『ごめんなさいタチバナさん、この子なりに進行しようとはしてるのよ……』

 

『はぁ……いや、いいです、気にしてませんから。今晩カリンが寝る前に、トイレに一人でいけなくなるような怖い話として聞かせてあげますよ』

 

 え? なにそれ、楽しみ!

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