ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「随分と。暗い階層だな」
「ヘノちゃん、待って待って、一人でいかないでー」
「なんだかちょっと、暑いっすね」
歪んだ鋼の扉を潜り、二つの階層を繋ぐ通路を降りた先。
そこは、まるで静寂が支配しているような、暗い森だった。
空には星空が広がっているが、緑の葉の密集した森のなかでは、星の光は地面まで届かない。
鬱蒼と繁る木々と、そして少々ジメジメした空気で、蒸し暑さすら感じる階層だ。
そしてなにより、暗い。
ダンジョン特有の魔法光が所々に灯ってはいるものの、その数は非常に少ない。
全く先が見えないということはないけれど、しかし周囲の大半が夜の闇に覆われていると言っても良さそうだ。
その暗い森を前にして、風の妖精ヘノは躊躇なくその森の中を進んでいく。
闇の中で目立つ緑色のヘノの魔法光を追いかけ、あとに続く桃子も恐る恐ると闇夜の森に踏み込んだ。
「ねえ、ヘノちゃん一旦ストップしよ? いまリュックからランタン出すからさ」
「わかった。そういえば桃子は。暗いところ。苦手だったな」
「うん。苦手なのもあるし、さすがにここまで暗いと前に進めないよ」
桃子は、暗い森が苦手である。
と、いうより。真っ暗な闇夜の森を照明もなしに突き進んでいける人間の方が少ないのではなかろうか。
夜の森にランタンもなく突き進めそうな人間など、桃子の知り合いでも、不思議な力で闇を見通していそうなりりたんやクリスティーナ、同じく【看破】で闇を見通しそうな柚花に、もしかしたら同じく視ることに特化したスキルを所有する檸檬、いくらでも自前で煌々とした灯火を作り出せる和歌、くらいである。考えてみると意外と多かった。
しかし、彼女たちと違って桃子は暗い森など見通せないため、周囲を照らす灯りは必要だ。
「リュックは私が照らしてあげるよぉ」
「ありがと、ノンちゃん」
「夜の森……っすねぇ。魔法光も少なくて、確かに夜目が利かない師匠は危険っすね」
ノンが発する黄色い光を光源にして、背負っていたリュックから探索者用のランタンを発掘する。
小さいランタンではあるが、セットされている魔石に魔力を込めれば、ボウ、とガラスのなかに魔法の光が灯る。これは、電力を使わないためにダンジョン内でも長く使用できるダンジョン用ランタンだ。
魔法の揺らめく光で、桃子の周囲が多少は明るくなる。魔法の光なのだが、ガラスのなかにはオレンジ色の光がまるで蝋燭か松明のように揺らめいている。
「ランタンが明るくて。ちょっと。目立っちゃうかもな」
「うーん……さすがに明るさの調整機能まではないんだよなあ。私が持ってたら【隠遁】でランタンも認識されないとか、そういう都合良いことってない?」
「灯りを持ってる桃子さん本人は認識できなくても、その周囲が明るいのは不自然だし、やっぱり目立つと思うよぉ」
「そっかあ」
「じゃあ、ポンがランタンを持つっすよ。師匠は見つかったら危険っすからね」
「じゃあ、ポンコちゃんに甘えちゃおうかな」
桃子がこの闇夜の森でランタンを持つと、【隠遁】で消えているはずの桃子の存在が、周囲だけが明るくなることによって露になってしまう。
なるほど、そういうこともあるのかと桃子は自分の能力の新たな発見に納得しつつ、ポンコにランタンを手渡す。
この場合はランタンを持っているポンコが逆に目立ってしまうことになるが、ポンコの身体能力ならばいざというときにはランタンを捨てて逃げられるので、桃子が目立つよりは安全だ。
「ヘノちゃんはここね」
「わかったぞ」
ヘノには桃子の肩に座っていてもらう。ヘノは放っておくと一人でどんどん先へと行ってしまうので、定位置にいてもらうのが一番だ。
ポンコが周囲を照らし、ノンがポンコのサポート。桃子は二人についていき、ヘノは桃子の肩の上。完璧な布陣だ。
「あ……これ、桜の木だ」
森を歩いているうちに、桃子はふと、気付いたことを口にする。
暗く、全貌まで見通せなかったために今まで気付かなかったのだが、この森に生えている木々の大半は、桜だ。
永遠に花を咲かせ続けている『サクラモリ』の木々と比べ、この森は青々とした葉で覆われているために随分と印象は違うけれど、その独特のごつごつした幹は、第二層『サクラモリ』にて何百本もみてきたものと同一である。
「ホントだ! 言われてみたらサクラモリと一緒っすね!」
「葉っぱが多くて。気付かなかったな。ここには花が。咲いてないんだな」
「それに、なんだかこの階層は第二層と比べると暑いからねぇ。印象が随分と違うよぉ」
「それっすね。なんかちょっとここ、暑いっすよ」
桃子の呟きを聞いた一同も、それぞれが反応を見せる。どうやら、桃子だけでなく他の三人ともが、ここの樹木が桜だということに今ようやく気付いたようだ。
しかし、同じ桜だとしても、これだけ環境が違っていれば気づかないのも仕方がないだろう。第二層と第三層で、その階層の季節感が全く違っているのだ。
「あ……そっか、ここって地上とおんなじで、夏なんだね」
まもなく8月。地上の首都圏ではすでに、エアコンがなければまともに眠れやしないような熱帯夜が続いている。この階層は地上ほどに極端な熱帯夜でないにしろ、それに近いのだ。つまり、夏の夜である。
桃子の場合は、蒸し暑い夏の夜などここ最近は毎晩のことなので、この階層の蒸し暑さにもさほど違和感を覚えはしなかった。けれど、ダンジョン内で過ごす魔法生物たちにとっては、この蒸し暑い熱帯夜というものは珍しいようだ。
ダンジョンといっても、そこの気候は様々だ。なかには、地上の気候と同様に『四季』をもつダンジョンもあるけれど、そういった場所は非常に稀である。
だいたいの場合はダンジョンの階層というものは気候が一定なので、『夏の夜』というものをヘノたちは知らなかったのだ。
「夏って。知ってるぞ。昼間は砂丘ダンジョンの熱砂砂漠みたいに。暑いのが続くんだろ」
「それはすごいよぉ。砂漠出身のリドルが喜ぶねぇ」
地上はさすがに『熱砂砂漠』ほど暑くはない。なんだか妖精たちが盛大な勘違いをしている。
だが、ちょっとした悪戯心が湧き出てきたため桃子は黙ってこのまま聞いてみることにした。会話に口を出さずに、ポンコの持つランタンの灯りを頼りに、ザクザクと森の中を進んでいく。
暗闇の中で、魔法生物たちの『夏談義』は進んでいく。
「水とか飲まないと、大変なことになるんだよねぇ」
「そうだぞ。あっという間に。からからに乾いた。ミイラになるんだぞ」
「でも、ポンは砂漠も一度くらいは見てみたいっす! 砂がたくさんあるなら、砂浴びすると気持ち良さそうっすね!」
「熱さで。死ぬから。やめた方がいいぞ。たぬきミイラが出来上がるぞ」
「キューン……死にたくはないっすよ。地上の夏って危ないっすねえ」
「地上の人たちは、よく夏に、生き残れるねぇ。みんな、死と隣り合わせに生きてるんだねぇ」
「ミイラってゾンビの仲間っすか? 師匠に、ゾンビが溢れかえった街の話を聞いたことあるっすよ」
「よくわからないけど。そうなんじゃないか?」
「ゾンビは怖いねぇ。地上はゾンビが多いんだねぇ」
「なんか、私が最初に訂正しなかったから、夏に対する誤解がどんどん膨れ上がってきちゃった……」
しばらく魔法生物たちの会話を放置している間に、だんだん話の方向がおかしくなってしまって桃子は恐怖すら覚える。桃子はゾンビが溢れかえるB級映画のような街になど住んだ覚えはない。
さすがにこれ以上の誤った知識が広まってしまうとあとあと面倒くさそうなので、桃子も今さらながら口を挟むことにする。
夏は怖くない、夏は襲ってこない、ミイラはいないしエアコンで倒せる。
はたして、魔法生物たちは桃子の説明で正しい認識をもってくれただろうか。誤解が膨らんでいないだろうか。それは神のみぞ知ることである。
「まあ地上の季節については今度説明するとして。どう? ヘノちゃん、周囲の様子とかって、何かわかる?」
「それなんだけど。なんだか。変な瘴気がこもってて。ちょっと風がわかりづらいな」
暗い森を歩いてきた一同だけれど、こう暗いと果たして周囲に何があるのかもよくわからない。
木々の間が開けた場所で立ち止まると、感知能力に秀でているヘノに注目する。しかし、桃子の肩の上でツヨマージを掲げたヘノも、調子が悪いのかうまくこの場所では風を感じ取れないらしい。
不思議そうに首を傾げてから、ヘノは桃子の肩の上で、すくっと立ち上がる。
「仕方ない。空から少し。みて回ってくるぞ」
「うん。気を付けてね、ヘノちゃん」
そして、言うが早いか、ヘノは吹き上がる風と共に木々よりはるかに高い空へと舞い上がる。
急な風に一瞬目を閉じてしまった桃子が次に目を開けたときには、見慣れた緑の光は遥か上空へと舞い上がってしまったようだ。
相変わらずの行動の速さに、呆れるやら感動するやらの桃子だったが、しかしヘノが戻る間にも何か出来ることはないかと考え、その場に残っているポンコとノンにも話を聞いてみる。
「ポンコちゃんとノンちゃんは、どう? なにか気づいたことはある?」
「私は、あまりわからないねぇ。地面は、第二層のサクラモリとあまり変わらない気がするよぉ?」
「そっかー」
桃子の問いかけにも、大地の妖精であるノンは首を横に振る。
階層が違っていても、この三層の土地自体はどうやら第二層の桜の咲き乱れる土地とさほど変わらないようだ。
暗くて全容は見えないものの、桜の森が繁るこの場所は、第二層『サクラモリ』と条件的にも近いのかもしれない。
そして、次はポンコだ。桃子はポンコに視線を向ける。
「ポンは……なんか、この階層に漂う匂い、嫌いかもしれないっす」
「匂い? なにかわかるの?」
「なんていうか、クロムシみたいな匂いがするっすよ」
クロムシ。それは、香川ダンジョンに出現する小さな魔物の名である。
小さな闇の塊のようなそれは、大体の場合は単体ではなく群れで発生し、標的に躍りかかる、実に厄介な魔物だ。
クロムシの厄介なところは、それが目的とするのが物理的な攻撃ではなく、相手に取り憑いてその身を構成する瘴気で相手の身体を内部から蝕むその性質である。
人間ならば地上で日光浴でもしていれば多少の瘴気は浄化できるが、地上に出られない魔法生物たちにとっては天敵のような存在だ。
桃子もクロムシそのものは何度かみたことがある。けれど、桃子の記憶するそれは小さくて黒いモヤモヤの塊のようなもので、あれに匂いがしたかと問われると首を傾げてしまう。
「クロムシって匂いするんだ?」
「化け狸の天敵っすからね。ポンたちが小さい頃は、最初にあの匂いを教え込まれたっす」
「なるほどー」
天敵だから、最初に覚えなければならない。
化け狸の長ですらクロムシに侵され肺病を患い、ポンコの父親であるクヌギに至っては瘴気に心を侵されるまでに至ったのだ。
それが身体の小さな子狸では、無事では済まないのだろう。
桃子とポンコ、そして宙を舞うノンは、ヘノを待つ間に木々の間のひらけた空間を見つけて、雑談に興じていた。
その油断が、原因だったのだろう。
クンクン、と。
ポンコが鼻をならしたかと思えば、手に持つランタンを足元に放り出し、桃子を守るように前に出る。
目を丸くして驚く桃子の前で、暗い森に向かって威嚇の声をあげる。
「ぐルルルル……! 師匠……っ! ごめんなさいっす、囲まれてたっす!」
「え……?!」
「た、大変だよぉ?! き、気付かなかったよぉ」
桃子も慌てて立ち上がり、ハンマーを手に構える。
暗闇の先までは見通せない桃子だが、しかしなにかがあればすぐにハンマーを振るえるように、構え、魔力を込める。
しばしの沈黙。
ランタンの灯りに反射するように、桃子たちを囲う襲撃者の瞳が光る。オレンジ色の光を反射するそれは、力強い野生動物の瞳だ。
瘴気を纏う魔物でないために、妖精であるノンですら気付くのに遅れてしまったそれは、オオカミの群れだった。
「し、師匠! これオオカミっすよ、戦っちゃダメっす!」
「で、でも、どうしよう、なんかすごく威嚇してるよ!?」
「ど、どうしたらいいのよぉ?」
木々の間から姿を現したオオカミたちは、その体勢を低くして、今にも飛びかからんという様子だ。
しかし、困ったのはポンコたちである。
これが魔物ならば、こちらも本気で戦うだけである。
ヘノは不在ながら、ポンコも桃子も普通に戦ったら強い。また、ノンの力があれば、相手の動きを阻害する壁や障害物を自由に作り出せるので、地の利で劣ることもない。
だが、そもそもの目的として、桃子たちはこのオオカミの群れに会いに来たのである。
わんこの家族であるオオカミたちを探しにきたというのに、そのオオカミたちと戦ってしまっては、本末転倒もいいところだ。
ここにきて、いざというときに相手を穏便に無力化する方法を考えていなかったことを反省する。
「ポンコちゃん、【隠遁】が効いてて私は大丈夫みたいだから、ポンコちゃんは木の上とかに……!」
「そ、そうだよぉ。桃子さんは壁で守るから、ポンコさんは安全なところに避難するといいよぉ」
「ううん、オオカミたちに会いにきたのに、逃げちゃ意味がないっす! ……ねえ、ポンは敵じゃないっすよ! ポンは……っ!」
「グワウッ!! グルルル……!!」
どうやら、オオカミが標的にしているのは人間の少女姿をしているポンコただ一人。姿が認識できない桃子はもちろん、ダンジョンに住む妖精であるノンも彼らにとってのターゲットではないようだ。
ポンコは必死でオオカミたちに声をかけるが、しかしオオカミは人の言葉など理解できない。ポンコの呼び掛けには、オオカミのうなり声だけが返ってくる。
「ポンコさん、危ないよぉ、人間の姿で完全に警戒されてるよぉ」
「警戒……警戒……あっ、そうだ! 師匠!!」
「え?! ひゃっ?!」
この緊迫した状況で、ポンコは唐突に背後を振り返ると、ハンマーを構えた桃子に飛び付いてハグをする。
それと同時に、ボフッという布団を叩いたかのような音が響き、湯煙のような白い煙が桃子とポンコを包みむ。やがて、煙がはれるとそこには――。
「ももポンっす!」
そこに現れたのは、今の桃子と全く同じ姿の少女。
いや、桃子の頭に狸の耳が生え、腰元からは巨大な、もふもふの狸の尻尾が生えた、たぬき桃子。
少女と狸のコラボレーション。
桃子とポンコの合成キャラクター。
その名も『ももポン』が、今度は吉野ダンジョン第三層に降臨した。