ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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そこに巣食うモノ

 美食三銃士の手当てそのものは、さほど難しいものではなく、順調に進んでいった。

 

 衣装は多量の血で汚れており、負った傷もひとつやふたつではなく、痛々しい状況ではある。

 けれど、幸運によるものか、それとも彼らの魔力による身体強化の賜物か。そこに致命傷と呼ばれるような怪我はなく、化け狸の秘術や桃子の持つ応急処置のセットだけでもどうにか対応が可能な範疇であった。

 

 どちらかと言えば、傷そのものより、そこから入り込んだ毒のほうが遥かに危険である。

 

 

 

 

「ヘノちゃん、包帯そっち持っててね」

 

「任せろ。包帯持ってるのは。得意だぞ」

 

 成人男性3人分の衣服を脱がすのに少々手間取ってしまったが、怪我そのものは桃子の持ち込んでいた応急処置セット――包帯や治療用の軟膏、それに定期的に採取して常備していた薬草の類により、最悪の事態は免れた。

 治療用の薬は最新のものにギルドで交換してもらったばかりなので、効果は抜群である。大きめの裂傷も、拙いながらもポンコが化け狸の秘術と称して葉っぱで塞いで回ったので、傷口が開くこともなさそうだ。

 ニムやルイのような治癒の魔法こそ使えないけれど、これだけでも一時的な手当てとしては十分なものだった。

 

 問題は、どちらかと言えば毒のほうである。

 

 毒というのは、厄介だ。というのも、ギルドで購入できるような『解毒薬』というのは、一般的に言う上層、つまりは第一層や第二層でよく見かける魔物の持つ毒に対する薬でしかないのだ。

 それ以外の、各ダンジョンに潜んでいる特殊な敵の毒というのは、各ギルドでその専用の解毒薬を購入しておく必要がある。

 

 そして言うまでもなく、まだ人間側に解析されていない未知の毒というのは、解毒薬が存在しないに等しい。

 

「ルイから、念のために余分に貰っておいてよかったねぇ」

 

「そっすね。ルイさんには、爺ちゃんの煙草といい、今回の解毒薬といい、頭が上がらないっす」

 

 彼らは、幸運だった。

 

 ポンコが所持していた解毒薬。それは、わんこの食らっていた毒を薬草の妖精ルイが解析し作り出した、この階層に潜む敵の毒に対する唯一の特効薬なのだ。それは、地上には未だ存在していない解毒薬である。

 もちろん、わんこの毒と彼らの毒が同様の敵によるものならば――という前提の処置ではあるが、どうやら彼らの容態をみる限りでは効果があったようだ。

 

 そして、彼らにわんこと同じ解毒薬が効いた、という事実は。

 それは、ひとつの真実を示していた。

 

 

 

 

 

「――それで、わんこちゃん……えと、子供のオオカミのほうは助かって、今は妖精の国で過ごしています」

 

『そのようなことがあったのですね……そうですか、あの娘が……』

 

 三人の治療がひとまず落ち着いた桃子たちは、オオカミたちの守護者であるハクロウにここまでやってきた経緯を説明して聞かせていた。

 第二層『サクラモリ』にて、血まみれの状態で倒れていた母オオカミのこと。彼女の最期。

 そして、どうにか命を救うことが出来た、その子供のオオカミのこと。

 子供オオカミを仲間の元に帰すために『サクラモリ』を調べていたら、この第三層へと続く扉を発見してしまったこと。

 

 ハクロウは、その巨大な身体で。静かに、桃子たちの話を聞いていた。

 己の眷属であるオオカミの最期の様子に、真剣に耳を傾けていた。

 

 見れば、周囲のオオカミたちもジッと桃子たちの話を聞いている。いや、実際には周囲のオオカミたちの大半は桃子の姿がそもそも見えておらず、桃子の話など聞こえているわけもない。

 しかし、もしかしたら。守護者たるハクロウの様子から、何かしらを感じ取っているのかもしれない。

 

「わんこの母ちゃんは、ポンたちがたどり着いたときには、もう……」

 

『いいのですよ、狸の姫。あの娘は、子供を守り切ることが出来たのです。あなた方が気を病むようなことはありません』

 

 耳を伏せて項垂れるももポンの姿に、オオカミの主ハクロウは優しく声をかける。

 オオカミの娘が亡くなったことは、仕方ないことなのだから、と。

 

「あの……それで、ハクロウ様、ごめんなさい。オオカミのお母さんは私の独断で第二層にお墓を作り、埋葬してしまいました」

 

「墓があるのは。綺麗な。桜の下だぞ」

 

『……桃子さんが、謝る必要はありませんよ。あの子は生まれてからずっと、この夜空しか知りませんでしたから。第二層の明るい空の下で眠りにつくことが出来て、きっと喜ばしく思っていることでしょう』

 

 原生動物のオオカミたちは、命を失ってもそこには肉体が残る。残ってしまう。

 もしかしたら、この地にはこの地なりの埋葬方法があったのかもしれない。桃子はそれを無視してしまった。

 けれど、やはりハクロウは、桃子たちを責めることもなく。あるがままに、母オオカミの運命を受け入れていた。

 

 

「そっか……この階層のオオカミさんたちは、明るい空を、みたことないんですね……」

 

「キューン……お日様を知らないっすか……?」

 

『ええ。この階層で暮らしているオオカミたちは、ここで育ち、ここしか知らずに生きてきましたから。夜空こそが、私たちの空なのですよ、狸の姫』

 

「ここしか知らずに生きてきた……っすか……」

 

 母オオカミにとっては、この夜の階層こそが、世界の全てだった。

 

 そして。

 

 暗い夜空しか知らなかったオオカミが、最期には明るい空の下で眠りについた。

 あの母オオカミが、死の間際。白く広がる昼の空を見て何を思ったのかまでは、分からない。

 

 けれど、昼の空を、綺麗だと。素敵だと感じてくれていればいいな、と。桃子は思いを馳せる。

 

 

 

 

 

「ところで。こいつらは。なんでこんなに。怪我をしてたんだ?」

 

 しんみりした、ジメっとした空気をあっさり吹き飛ばしてくれたのは、やはりヘノである。さすがは風の妖精だ。

 ヘノは、包帯を巻いて眠りについたままの美食三銃士を見下ろしている。

 

 彼らの容態を悪くしている大半は毒だったが、しかし体に残された傷跡もまた間違いなく、痛々しいものだった。

 特に、一番身体の大きい男性は皆の壁になったのだろう。刃で切り裂かれたかのような多くの裂傷が残されていた。

 

「そういえば、三銃士さんたちの傷って、全部切り傷だったね。オオカミと争ったとかじゃなくて……」

 

「そうだよぉ。大変な傷跡だったよぉ」

 

 衣服を脱がした下にあった傷口は、致命傷でないとは言っても、それでも実に痛々しいものだった。

 刃を振るわれて、斬り裂かれ、突き刺され。

 彼らを襲った「なにか」の残忍さがそこから窺い知れる。

 

 ダンジョン内では、桃子は滅多なことでは怪我もしない頑丈さを手に入れており、彼らの壮絶な痛みがどれ程のものだったのかは想像もつかない。

 それでも、桃子は善良な人間だ。彼らの痛みを、他人事として無視はできなかった。

 怪我人の処置をしながらも、その残酷な傷口の有様には危うく桃子自身がショックで貧血になりかけ、無意識にも彼らが痛みで呻く声を聞けば、痛くもないはずの桃子のほうが涙をこぼしてしまう。

 そうして、どうにか一通りの処置を終えたのだ。

 

 桃子が処置の際に確認した傷口は、確かに、間違いなく、鋭利な刃物による傷口だった。

 そして、その話に狸の耳をピクリと反応させたのはももポン姿のポンコである。

 

「やっぱり……美食三銃士を襲ったのは、わんこの母ちゃんを襲った奴と、同じ犯人なんすよね」

 

『……ええ、恐らくは』

 

 ポンコが、やや緊張気味に声をあげる。

 彼女はずっと、気にしていたのだ。わんこと、その母を襲った犯人が何者なのか。あの残忍な行いが、本当に人間によるものなのか、どうか。

 だがしかし、ポンコのその悩みはここで急展開を迎えることとなる。

 

「オオカミじゃなくて、人間の美食三銃士が刃物で切り付けられたって……どういうことっすか? いったい、相手はどこの誰なんすか?」

 

 オオカミとたまたま遭遇してしまった探索者が、剣を抜いてオオカミと戦ったという話だったならば。感情の面ではともかく、理屈としてはポンコとて理解はできる。

 ポンコだって、自分に危害を加えかねない獣に襲われたならば、自己防衛で戦うこともあるだろう。それは、仕方のないことなのだ。

 

 だがしかし、今ここで倒れている三人は人間だ。それも、並の探索者よりは実力を持った人間だ。

 それの三人が、この第三層でこんな酷い有様になっている時点で、その犯人がたまたま遭遇してしまった探索者だったなどという説はあり得ない。

 

「おい。はくろう。そいつらについて。教えろ。桃子が襲われたら。大変だからな」

 

「そうだねぇ。敵がいるなら、護るためにも、知っておきたいよぉ」

 

「そうっす! わんこと、わんこの母ちゃんは、美食三銃士の皆さんは、誰に襲われたっすか!」

 

 考えるのが面倒臭くなってきたヘノが、はっきりしないハクロウに詰め寄る。その後ろでは、ノンも気になっているらしくヘノに同意を示している。

 そしてもちろんポンコは、わんこの母の仇の話なのだ。気にならないわけもなく、ヘノと同じように巨大なハクロウの鼻先に詰め寄り、その犯人について問い詰めている。

 一方桃子は、犯人よりも怪我人三人の容態のほうが心配だったので、怪我人たちの元に残ったままぼんやりと皆の会話を聞いていたのだが――。

 

『……桃子さんは、聞く覚悟がありますか?』

 

「え、私……ですか?」

 

 ハクロウが、巨大な白い毛皮の神獣が。

 真っすぐに、妖精でも、化け狸でもなく、人間である桃子を見つめていた。

 

 桃子は最初、ポカン、と呆けていた。

 しかしすぐに、そのハクロウの問いかけがとても大切なものなのだと気づく。背筋を伸ばし、ハクロウを真っすぐに見つめ返す。

 

『この話は、人間であるあなたにとっては、重荷となるかもしれません。それでも貴女は、聞く覚悟がありますか?』

 

 桃子は、思う。

 自分は人間の代表でもなければ、人間として何か大きなことを出来るほどの権力者でも、組織のリーダーでもないけれど。

 これはきっと、今この場にいる人間として、魔法生物たちの仲間として。きちんと最後まで聞かなければいけない話なのだ、と。

 

 だから、しっかりと、頷いて見せる。

 

「……はい、教えてください」

 

 そして、桃子たちは。

 この第三層の真実を知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吉野ダンジョン、第三層。

 この階層には、オオカミの住まう山林地区とは別に、山々に挟まれる形で平坦な盆地が広がっている。

 

「ここが。その。敵の巣だな」

 

「たしか、美食三銃士さんの荷物が奪われちゃったんだよねぇ」

 

 彼らに応急処置を施した桃子たちは今、この平たい盆地へと足を運んでいた。

 と言うのも、あのあとハクロウが語った美食三銃士を襲った敵というのは、この平たい土地に生息しているのだという。

 そして更には、実は彼らの武器や荷物が魔物たちに奪われているため、それを取りかえしてあげてほしい、との依頼を受けたのだ。

 オオカミでは、奪われた所有物の区別などつかないため、それを桃子たちに依頼するというのは、理に適っている。

 

 ヘノとノンがふわふわと宙を舞い、平地を進んでいく。そして、彼女たちの眼前には、一匹の大きなオオカミが妖精たちを先導するように歩いている。

 この獅子のごとく大きな体格を持つオオカミは、ハクロウがつけてくれた道案内係だ。

 

 彼は比較的ハクロウに近い存在であり、どうやら【隠遁】状態の桃子の姿も、ある程度ならば認識できているらしい。

 夜の魔法光の色に照らされて、白銀の毛並みが、まるでうっすらブルーに輝いているように見える。美しいオオカミだなと、桃子は思う。

 残念ながら、ハクロウのように人の言葉を話せるほどではないので意思疎通は難しいが、少なくとも桃子たちの事情を察するだけの知性は持っているようだ。

 彼は時おり、後ろを歩く桃子たちの様子を振り返っている。気の利いたオオカミである。

 

 

 ランタンの光を頼りに夜の荒れ地を進んでいる桃子は、妖精たちとオオカミの少し後ろをゆっくりとついていく。

 

 この第三層には、時刻を表す陽の光がない。

 実際の時刻で言えば今はまだ夕方ごろなのだが、しかしこの第三層を訪れてからはずっと夜空しか見ていないので、桃子の時間感覚はすでに滅茶苦茶だ。今が何時なのかさっぱりわからない。

 

「キューン……師匠、大丈夫っすか? 敵が出たら、ポンたちが守りますから、無理しなくていいっすからね」

 

「うん、ありがと。でも、いまの所は大丈夫だからね。まださ、敵の実物を見たわけじゃないしね」

 

 ハクロウの語ったこの階層に出てくる敵は、桃子にとってはあまり気持ちの良いものではない――らしい。

 実のところ、ハクロウからそれを聞いたとしても、実物を見ていない桃子にはまだ実感がないのだ。

 

 しかし、ポンコもヘノたちも、しきりに桃子を心配する様子が窺える。

 

 

 

 

「なんか。泥沼が広がってるな」

 

「これ、知ってるよぉ。田んぼって言うんだよぉ。見たのは初めてだけどねぇ」

 

「畑と似てるけど、違うんすねえ。どっちにしても、何のお手入れもされてないみたいで、ぐちゃぐちゃっすけどね」

 

 ヘノとノン、そしてポンコが、この盆地に広がる景色について各々の感想を言い合っている。

 盆地に広がっている、泥沼。

 大地の妖精であるノンだけは、どうやら知識として知っていたようだ。そう、これは田んぼだ。この盆地には、広大な田んぼが広がっていた。

 首都圏に住まう桃子が実際に目にする機会はあまりないけれど、それでも今までに何度か遠出したときなどには見たことがある風景だ。

 

 とは言っても、今は七月。

 本来ならば荒れた泥沼などではなく、緑の稲が茂っているはずの季節だが、残念ながらこの第三層の田んぼは実際に稲作に使われているわけでないらしい。

 誰が使うわけでも、何を育てるわけでもなく。ただただ、そこにあるだけの田んぼだった。

 

 ダンジョンの中に広がるその景色に、桃子の胸には得も言われぬ気持ち悪さが込み上げてくる。

 

「気をつけろ。あそこの建物から。敵が出てくるぞ」

 

 そして、田んぼのあぜ道を抜けた先。

 そこには、ヘノの言う通りに『建物』がいくつか、存在している。

 

 薄暗い魔法光で照らされた、古ぼけた木製の建物。

 現代の家屋ではなく、見るからに時代を感じる藁ぶき屋根の古民家である。

 廃屋、ともいえるその佇まいだが、しかし皮肉にも、それは廃屋ではなく、今もしっかりと利用されているようだ。

 この第三層に巣食う敵。瘴気の化身、魔物たちの棲み処として。

 

「グルルルル……」

 

「オオカミさんも警戒してるよぉ。桃子さんは、私と一緒に下がっていようねぇ?」

 

「そっすよ。師匠はノンさんに壁を作ってもらって、目を瞑っていてもいいっすからね。ハクロウ様も言ってたっすよ、人間はアレに近づくだけでもよくないって」

 

「う、うん……」

 

 桃子は戦うべきではない。

 それは、巨大な銀毛の守護獣、ハクロウの助言である。

 

 この第三層の魔物に、人間は近づいてはいけない。それは、古くから。この階層が封印されるより以前の、吉野ダンジョンが修験者たちの修行場だった頃から、彼らに伝えられている言葉だったそうだ。

 

「なるほど。すごい擬態だな。あいつら」

 

「あれが、あれが、元凶の魔物なんすね!」

 

 ヘノたちが、古民家から現れた魔物たちの姿に驚き、目を見開く。

 そして、その背後でそれを見た桃子は、言葉も出ずに、息を呑む。

 それは。その姿は――。

 

 

 質素な和服の原型ともいえる小袖に股引姿の男性。

 木綿の野良着に猿股姿の若者。

 女性や子供の姿もあり、皆が皆、古びた和服に身を包んでいる。

 

 

 吉野ダンジョン第三層。古くは『ヒトザト』と呼ばれる階層だった。

 そして、そこに住まう敵の名は。

 

 

 ニンゲン。

 

 

 それが、過去に数多の修験者たちを恐れさせ、その心を狂わせてきた、まさに呪いのような魔物の名であった。

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