ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ニンゲンたち

 暗い星空の下。

 明かりの灯らぬ真っ暗な古民家から、ゆったりとした足取りで現れた数多の人影。

 それは、まるで江戸時代や戦国時代の農民のようだった。

 

 質素な和服の原型ともいえる小袖に股引姿の男性。

 木綿の野良着に猿股姿の若者。

 女性や子供の姿もあり、皆が皆、古びた和服に身を包んでいた。それらの衣装はどれも質素で、くたびれ、擦り切れたものである。

 彼らはそれぞれに、手に鎌や包丁のような刃物、あるいは鍬や棒といった道具を手にしていた。どれもが武器にもなり得るものばかりだ。

 

 俯きがちに何かを呟きながら、夜の荒れ地をゆっくりと歩み寄る姿は、さながら海外のゾンビ映画のワンシーンのようだ。

 それが、この第三層『ヒトザト』に潜む瘴気の魔物。訪れた人々に害を成す邪悪な存在。

 

 ニンゲン、である。

 

 

 

 

「こいつら。武器を持ってるんだな。あれに。毒があるのか」

 

「ガルル……擬態がうまいけど、ポンにはわかるっすよ! こいつら、クロムシと同じ、瘴気の匂いがぷんぷんするっすよ!」

 

「ガルルル……ウー……」

 

 ポンコはももポン姿から、いつものポンコ本来の少女姿へと戻り、鋭い爪と牙をむき出しにして威嚇する。

 ヘノは当然、ツヨマージを構えて周囲の風の力を集め始める。ヘノを中心に、広範囲に巨大な風の渦が産まれている。

 案内役としてついてきてくれた体格の大きなオオカミも、腰を低くし、迫りくるニンゲンたちを睨みつけている。

 ヘノたちはそれぞれに、武器を構え、牙をむき。じわじわと近づいてくるニンゲンたちへと戦意を向ける。

 

 一方、「今回は戦うな」と言われている桃子と、防衛向きの能力である大地の妖精ノンは、ヘノたちの背後からこの階層の魔物――ニンゲンの姿を目撃していた。

 

「に、ニンゲン……あれ、本当に魔物……なんだよね」

 

「桃子さん、駄目だよぉ。あれは、あまり桃子さんは、直視しちゃいけないよぉ」

 

 桃子は目を見開いて、建物から出てきた魔物、ニンゲンの姿を凝視する。

 それは、紛れもなく『人間』だった。

 不思議な話だが、ダンジョンでは、探索者は本能的に魔物と原生生物を見分けることが出来る。それこそ、遠野ダンジョンに出没する山姥や井戸の怨霊などはその見た目だけならば人間と同じ造形である筈だが、しかしあれを人間と感じる探索者はいない。ヘノたちに言わせれば、人間でも瘴気を感じ取っているのだろう、という話だ。

 

 だが、しかし。

 

 いま、この吉野ダンジョン第三層に出没している『ニンゲン』たちには、その不思議な本能が、魔物を区別する感覚が、一切働かないのだ。

 理屈や状況だけを見れば、あれは確実に魔物なのだ。そしてよくよくその姿を見れば、動き方や焦点の合わない目つきなど、人間として考えると不自然な所が多い。

 けれど、それでも。

 

 桃子の本能が、あれは人間だと、自分の仲間なのだと、間違った認識をしてしまう。

 

 

 

 敵の瘴気を見破ることが出来るヘノとポンコは、目の前に現れたニンゲンたちがどれ程『人間』に似ていたとしても、それが魔物だと割り切っている。

 どれだけ精巧に人間の姿かたちを模したところで、ヘノたちの瞳にはそれが纏う瘴気がはっきりと見えているのだ。それこそ、瘴気の塊のような魔物であるクロムシと同じように。

 ヘノとポンコは、そして案内役として同行していたオオカミは、桃子が目を覆いたくなるくらいに、あっさりと。軽々と。人間と同じ姿をしたニンゲンたちを、それぞれの力で倒していく。

 

『タスケテ……アァ……アアァァァ!!』

 

「こいつら。弱いくせに。うるさいぞ」

 

 ヘノの暴風が。風の斬撃が。ニンゲンの身体を吹き飛ばし、武器を持った腕を切り落とし、煤へと変えていく。

 

『イタイ……ヤメテェ……イタイヨォ……!!』

 

「人間そっくりな声を上げるのをやめるっす! このっ、このっ、しつこいっすね!!」

 

 ポンコが爪を立てて、力任せに引きちぎるように腕を振るい、ニンゲンの胴体を袈裟斬りに切り裂いていく。開かれた腹部から漏れ出るのは臓器ではなく、漆黒のモヤばかりだ。

 

『タスケテ……タスケテェ……』

 

 一方的に蹂躙されているニンゲンたちは、口々に助けを求めている。痛いと、つらいと、その声を聞くものに訴えている。

 しかしこれは、本当に感情を持ち、助命を懇願しているわけではない。これは、ただの人間に擬態した鳴き声である。言ってしまえば、耳を傾ける必要など一切ない、ただの雑音だ。

 だが、ヘノやポンコにとっては容易く無視できる雑音だったとしても、純然たる人間である桃子にとっては、そう簡単なことではない。

 

「や、やだ、嫌だよ……やめて、やめて! 人間の声で助けを求めないで……ッ!!」

 

「ノン! 桃子にこいつらの声。聞かせるなっ! 呪いの一種だ!」

 

「わかったよぉ!」

 

 尾道ダンジョンにて、呪いの歌声を体験したことのあるヘノがすぐに反応した。この魔物のうめき声は、呪いの魔力が混ざっている。

 

 桃子の傍についていたノンが、ヘノの呼びかけに反応し大地の魔法を行使する。

 周囲の土が、泥が、岩が、地面から浮上し、そしてそれが板状となり、桃子の周囲を囲う。

 大地の妖精ノンによって造り出された、桃子を護る物理的な土の壁だ。

 その壁は防音の効果も持ち合わせているようで、先ほどまで耳にこびりついてとれなかったニンゲンの声も薄れていく。

 お蔭で、桃子が呪いに侵されパニックに陥る事態は阻止できたようだ。壁に囲まれ、地面にへたりこみながらも、どうにか冷静さを取り戻している。

 

「うぐ……ごめん、ノンちゃん……」

 

「大丈夫、大丈夫だよぉ。桃子さんは、何も見ないで、聞かないでいいよぉ」

 

 土の壁に囲まれて、桃子はその場に蹲る。

 あの声は間違いなく、人間が助けを求める声だった。人間が苦しみを訴える声だった。

 少なくとも、人間の耳にはそう聞こえるように、あの声は造られていた。

 

 桃子はうずくまったまま、両手で耳を塞いでいる。桃子にはまだ、あの声が聞こえてくる気がするのだ。ニンゲンたちの、助けを求める声が。

 瀬戸幻海を陥れた『あやかし』ほどの強力な呪いの声ではない。けれど、それでも。本能へと訴えるニンゲンの呪いに、吐き気が込み上げ、ガタガタと身体が震える。

 

「な、なんで……わ、私……あれが、魔物ってわかってるのに……」

 

「あれは、人間を騙すための姿をした、瘴気の塊だよぉ。人にだけ効果が出る、呪いのような魔物だよぉ」

 

「うぐ……怖かった……怖かったよぉ、ノンちゃん……」

 

「大丈夫だよぉ。大丈夫、大丈夫」

 

 ノンが桃子を心配し、桃子の肩に着地して、必死に耳を塞いでいる桃子の手をぺたぺたと触ると、桃子の心にようやく安心が戻ってくる。

 いつもならば桃子の肩はヘノの特等席だが、今はノンがそこに居座ったとしてもヘノとて文句を言うことはないだろう。今は特等席の独占権よりも、桃子の精神を落ち着かせることが最優先だ。

 それだけ、あのニンゲンたちの姿は。彼らが発する呪いを含んだ声は。人間である桃子に対して効果覿面だった。

 

 気づけば、知らず知らずのうちに桃子の頬には涙が溢れていた。

 

 

 

 

「あいつら。弱いくせに。人間に化けるのだけは上手だったな」

 

「悔しいっす! ポンは去年までちゃんと人間に化けられなかったのに、なんであんな魔物が人間そっくりになれるんすか!」

 

「うー……気持ち悪い……ヘノちゃんとポンコちゃんがいてよかったよ……」

 

 ヘノとポンコ、そしてオオカミの活躍により、近くの古民家から現れたニンゲンたちは一掃できた。

 

 ニンゲンは、鎌や包丁などの武器を持ち、更にはその刃が強力な毒を持っている以上、危険な魔物であることは間違いない。

 だがしかし、ヘノやポンコにとってはそれでもなお、大した敵ではなかったようだ。人間に擬態し、人間を呪う声の影響さえ受けなければ、根本的な魔物としてのスペックは貧弱なもので、ゴブリンにすら劣る魔物なのだ。

 

 もっとも、その「人間に擬態する」能力こそが、人間にとっては一番厄介なわけだが。

 桃子はすでに、戦ってすらいないというのに疲れ切った顔だ。頬も濡れ、目元も赤く腫れている。

 

「あのニンゲンとかいう魔物の呪いは、桃子さんには相性が最悪だったみたいだねぇ」

 

「どうした。桃子? 桃子? 大丈夫か? ヘノがついてるからな? 大丈夫だからな?」

 

「えへへ……うん、ヘノちゃんがいてくれるなら、私は大丈夫だよ」

 

 憔悴した桃子の様子に気づいたヘノが、慌てて桃子の肩に飛び乗り、間近から桃子の顔を心配げに覗き込む。

 さっきは肩にノンが乗ってくれて心が落ち着いたけれど、やはりヘノのほうがしっくりくるなと考えながら、桃子は安堵の微笑みをヘノに向ける。

 桃子が言う「ヘノがいてくれるなら大丈夫」という言葉は、決してリップサービスではなく、桃子の本心なのだ。

 

 離れた場所にある別な古民家には更なるニンゲンが潜んでいるのかもしれないけれど、今回目的としている古民家を根城にしていたニンゲンたちは、一通り煤へ戻すことが出来た。

 あとは当初の予定通り、魔物――ニンゲンたちが奪って行ったという、美食三銃士の荷物を探し出し、持ち帰れば今のところはミッションクリアである。

 

 

「グルルルル」

 

 そんな桃子を、横から見ているのは道案内として選ばれた大きなオオカミだ。本当に大きいオオカミで、直立した桃子と目線の高さが変わらない。

 

 このオオカミは、魔力が非常に強く、彼らの守護者であるハクロウに限りなく近いオオカミだ。

 なので、完全とは言えないかもしれないが、彼にはヘノと戯れる桃子の姿が見えている。

 

「師匠、師匠! このオオカミさん、多分背中に乗れって言ってるっすよ? 師匠は小さいっすから、乗せて貰ったらどうっすか?」

 

「そうだな。今は。桃子も弱ってるし。乗ったほうがいいだろ」

 

「え、いいの……? じゃ、じゃあ、遠慮なく……」

 

「ガウ」

 

 桃子も、一般常識としてオオカミが人をのせて運ぶ動物ではないことくらい承知はしている。

 けれど、目の前にいるオオカミは、もはや獅子か虎かといったサイズの動物だ。桃子が背にのったところで、なにも負担など感じそうにない。

 なので桃子は遠慮なく、その背で運んでもらうことにした。

 

 おそるおそるその背の白銀の毛皮に腰を下ろす。安定性のために、両腕を広げてオオカミの首元に抱きついた。

 

「えへへ、けものの匂いがすごいけど、ぬくぬくするじゃん」

 

「桃子さん、元気になってよかったよぉ。」

 

「知ってるっすよ、あにまるせらぴーってやつっすよ。えあろ師匠もよくポンの毛皮でせらぴーしてるっすからね」

 

「案内のオオカミさん……名前がないと不便だね。銀の毛皮だし、ギンロウさんって呼んでいい?」

 

「ガウ」

 

 先ほどの『ニンゲン』のショックは大きかったけれど。

 それはそれとして、こんなに大きな動物の背中に乗れる機会など、普通に生活していてもなかなか訪れないものだ。

 けもの特有のにおいで、お世辞にもいい匂いとは言えないけれど。その野生の匂いと、ギンロウの体温は。しおれてしまった桃子の心を、ゆっくりと温めてくれるのだった。

 

 

 

 そして、古民家の室内を探すこと数分ほど。

 

「あった、これが奪われてた荷物かな?」

 

「人間の荷物を奪っていくのはゴブリンとかと大差ないんすねえ」

 

 ダンジョンの上層に現れる魔物としては有名なゴブリンも、探索者のもつ荷物を奪い去っていくという習性がある。

 大体の場合、その奪った道具を使いゴブリンが何かをするわけでもないし、荷物はゴブリンの巣に放置されるのがオチである。ゴブリンの巣を見つけて取り返せば、なんの被害もなく荷物は戻ってくることが多い。

 桃子も人知れず、房総ダンジョンのゴブリンの巣から回収した探索者のアイテムを、ギルドを通じて所有者に返却して回ったものである。

 

「多分だけどねぇ。あれは、姿かたちが人間なだけで、中身はゴブリンなんじゃないかねぇ」

 

「じゃあ。本当の名前は。ニンゲンじゃなくて。ニンゲンゴブリンだな」

 

「さすがヘノちゃん、分かりやすい! 略してニンゴブだね! もしくはニブリン!」

 

「なんだかかわいい名前になっちゃったよぉ」

 

「師匠たち、ニブリンでもゲブリンでもいいっすけど、荷物を回収したら洞窟に戻るっすよー?」

 

「はーい」

 

 探索者三人分の荷物だ。そこには彼らの武器である剣や杖に加えて大盾まであり、なかなかの量だったのだが、身体の大きなギンロウの背を借りれば問題なく全て回収できそうだ。

 あとは、これらの荷物を持って、ハクロウの洞窟へと戻るだけである。

 

 常に夜空なせいで現在時刻がよくわからないが、しかし元気が戻るに従ってお腹が空いてきた。もしかしたら、そろそろ夕食時なのかもしれない。

 ハクロウの洞窟に帰還したら、怪我人でも食べられるカレーでも作ろうかな、などと桃子は呑気に考えながら、ギンロウの背に揺られて運ばれていく。

 

 回収したばかりの、美食三銃士のものである探索者専用端末に。

 ギルドから、大量のメッセージが届いていることに気づくのは、これよりもう少し先のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【筑波ダンジョンギルド公式 ライチちゃんの筑波チャンネル】

 

『この番組は、皆様の探索を支え、未来を切り開く。ダンジョンテクノロジーの最先端、筑波ダンジョンギルドの提供でお送りいたします』

 

 

 おいーっす、視聴者の若造連中、今日も元気にネットサーフィンしとるかー?

 はい、わしじゃぜ。筑波ダンジョンの植物系天才ロリババアことライチちゃんじゃぞ。ボインちゃんじゃなくてすまんの。あとキリ番報告は不要じゃぜ。

 おう、さっそく冒頭から視聴者どもが湧いてんなぁオイ。

 はたして若造どもの何割がわしの幼女姿目当てなんじゃろうなァ。かかかっ。

 

 あーさて、とりあえず恒例の説明文を流すぞー。ポチっとな。

 

『このチャンネルは、筑波ダンジョンの開発した最新技術や探索サポートアイテムを紹介する番組です。

 MCは筑波ダンジョン所属の植物学者、ライチちゃんです。見た目は幼女、中身は生意気盛りのご老体なので、仲良くしてあげてくださいね』

 

 ふん、相変わらず頭がどうかしてる説明よのぉ、オイ。

 

 あん? 初見の視聴者が来てるようじゃなー。

 

 なんで幼女が司会者をやってるのかって?

 カカカッ、わしゃおぬしらよりはババアだぜ。筑波ダンジョンギルドの広報担当の連中がよぉ、公式でチャンネル作るまでは良いとして、配信をするなら見た目も重要だとか抜かしよってな。

 結局、全員で責任を押し付けあった結果、一番見目麗しいわしにお鉢が回ってきたって寸法よぉ。

 

 わしゃこんな広報配信をするために幼女になってるわけじゃあねえんだが、まあ仕事じゃからな。こんな仕事でも研究費の足しになるってもんじゃぜ。

 ま、おぬしらは、わしのことは敬意をもってライチ博士と呼べよ?

 

 あ、ライチちゃんに踏んでほしい? はい、変態はアカウント凍結な。ポチっとな。

 あ? 管理者権限だぁ? こちとらダンジョンテクノロジーの最先端じゃぞ? 舐めたらいかんぜよ。

 

 はい、そろそろ本題じゃな。本日は新商品――ではなく、この夏にまた新しくなった応急処置セットの紹介じゃ。

 いつもの包帯に消毒液。ここら辺は地上のもんと変わらんから説明は省くぞ。

 

 

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 はい、てなわけでおさらいじゃ。

 

 基本の応急処置セット。こっちの薬草軟膏と、汎用解毒アンプルが、最新のものになっておるから各々ギルドで最新のものに取り換えて貰うんじゃぞ。

 地上で保管した場合は半年もすれば効果が薄れるから注意すること。

 新種の薬草の合成に成功したからの、今回の軟膏は……トブぜぇ?

 

 薬草と言えば、そうじゃなあ。

 

 次の放送では、尾道ダンジョンで噂になっとった、薬草香でも説明してやるかのう。

 魔法協会が支給しとった代物とは違うけどな、あれを解析して似たような効果のもんは筑波ダンジョンでもすでに開発済みじゃ。

 精神に影響したちょっとした魔法や呪い、あとは単なる寝坊助にも効果テキメンじゃぜ。

 

 魔法協会が支給した例の危険物を作った連中は、被験者の頭のネジをぶっ飛ばすつもりで作ったのかもしれんがな。わしの調合したもんならねじが緩む程度で済むから安心じゃぞ?

 ま、あの危険物を製作したのがどこのどいつかは、何となく心当たりがあるんじゃが。クククじゃねえんだわ、アホたれめ。

 

 ま、詳しくは次回の放送でな。

 

 では、若造ども。次回の放送まで無事に生き残るんじゃぞ。死ぬことは許さんぞ。

 ではの。

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