ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
ちょきちょき、ばっさり。
洞窟内では、大きな三つ編みの根本にばっさりとハサミをいれて、ボリュームのある三つ編みがばっさりと地面へ落ちる。
後に残るのは、多少乱雑ではあるものの、肩のあたりで髪を揃えた、ボブカットとなった桃子の珍しい姿だ。
今までずっと、桃子といえば大きな三つ編みという印象を持っていた妖精たちは、髪を短くした桃子の姿を物珍しそうに眺めている。
「へぇ、桃子さんは短い髪型も意外と似合うんだねぇ」
「ノンの言うとおりだな。でも。なんだか。桃子じゃない。別人みたいになっちゃったな」
「ポンはももポンっすから、実際に別人っすけどね」
「髪型がおかっぱっぽくなったし、もしかしたら私より萌々子ちゃんに似てるんじゃない?」
現在、ハクロウの洞窟内ではポンコが桃子に化けた半獣のたぬき娘、ももポンの断髪式が行われていた。
ももポンの背後に立ち、そのボリュームある三つ編みの根本に大胆にハサミをいれていたのは桃子だ。
自分と同じ姿をした相手の、自分と全く同じ髪の毛をばっさりとカットする。なかなかできない経験である。
何故、このような断髪式が行われているのか。
時間を少々遡る。
ニンゲンたちの巣から、美食三銃士の所持品を持ち帰った桃子たちだが、実は桃子たちが不在の間に、三銃士の一人であるレンジが意識を取り戻しかけていたのだという。
今はまた眠りに落ちているが、再び彼が意識を取り戻すのは時間の問題だろう。
そこで問題になったのが、誰が彼らの世話をするか、である。
怪我人の世話をするのは当然だ。ただし、桃子もポンコも非常にワケアリな立場なため、この場で美食三銃士の世話をするのには向いていなかった。
まず、相手から認識されない桃子はそもそもコミュニケーションに難がありすぎるので真っ先に脱落だ。
そして次にポンコだが、うどん職人見習いのポンコは彼らと元から顔見知りなため、こんな場所で顔を見られるのは少々まずい。
間をとって「ももポン」姿ならば大丈夫かというと、ももポンは狸の耳と尻尾以外はあくまで桃子の再現である。万が一にもこれから先、桃子と美食三銃士が顔を合わせる機会があった場合、余計な混乱を引き起こしてしまうのは間違いない。
そこで桃子たちが出した結論は『ももポンの変装』であった。
「じゃあさ、ノンちゃんが作ってくれた塗料で、顔に紋様でもつけてみようよ。けものの姫って感じで。昔そういう感じの映画があった気がするし」
「色は、こういった赤い粘土でいいかねぇ?」
桃子は鏡写しのように自分と同じ顔をしているももポンを振り向かせ、無造作に粘土で作られた塗料を顔に塗っていく。
イメージは、過去にみたアニメ映画のヒロインだ。森にすむ、けものたちに育てられた強い女性。そのイメージで、ももポンの顔に荒々しく紋様をいれていく。
桃子とて、最初に髪の毛にハサミをいれる際には、これでも遠慮がちだったのだ。自分に化けた姿とはいえ、女性の髪を大胆に切断するのは気が引けた。
しかし、一度髪を切ってイメージチェンジしたももポンの姿を前にすると、あとは意外とノリノリだった。
ここでどれだけ髪を切ろうが化粧を施そうが、ポンコが術をとけばこの変化は解けるものなのだ。
開き直ればあとは、自分と同様の姿がどれだけイメージチェンジ出来るのか試してみたいという、クリエイターとしての創作意欲がとめどなく湧き出てくる。
今回のテーマは『けものの姫』だ。
無害の権化だとでも言うように、のほほんとした癒し系なももポンの顔立ちも、塗料によるメイクの影響で、心なしか気の強そうな印象になっていく。
「けものの姫か。いいんじゃないか。こいつ。一応。たぬきのヒメなんだろ」
「え、ポンはこの恰好のときは『けものの姫』を名乗ったほうがいいっすか? わかりました、ポンはけものの姫っす!」
メイクを終えた桃子が、【加工】を駆使して植物の蔦を編み込んだ髪飾りを製作している間、ポンコはされるがままになっていた。
どうやらいまのポンコは『けものの姫』という名称で確定したようだ。
「姫つながりで、人魚のヒメちゃんと名前が少し似ちゃったね」
「あの人魚も。桃子と同じ顔してるんだし。同じようなものだろ」
「ポンが言うのもアレっすけど、師匠ってそっくりさんがたくさんいるっすね」
「桃子。その調子で。たくさん増えていくといいぞ」
「私が増殖してるわけじゃないんだけどなあ」
桃子を素体として、それがおかっぱ頭の幼女になれば座敷童子の萌々子。褐色肌でジト目にしたら人魚姫。
もしかしたら桃子が知らないだけで、既にどこかのダンジョンには『白い羽衣をまとった空飛ぶ桃子』や、『頭から白い布を被った、なんだかわからない桃子』がいるのかもしれない。
気づけば、どんどん桃子が増えていくな、と。
ヘノは愉快な想像を働かせて、楽しい気分になっていくのだった。
『皆さん。そろそろ人間たちが目を覚ましそうですよ?』
そんな、桃子たちの和気あいあいとしたやり取りに声をかけてきたのは、それまで静かに彼女らの姿を眺めていたオオカミたちの守護獣、ハクロウだ。
「あっ、はい! すぐそちらにいきます!」
ハクロウの横には、藁のベッドに寝かされていた美食三銃士の面々がいる。
すでに応急処置を終えた彼らは万全とはいかないまでも、安静にしている分には命の心配はない。ニンゲンたちの武器に付着していた毒も、すでにルイが解析した解毒薬があったので、回復は時間の問題だ。
桃子たちがそちらを振り返れば、三人のうちの一番若い剣士の男性、レンジが包帯だらけになったその身をよじっていた。
「……う……俺はいったい、ここは……」
「大丈夫っすか? ここはオオカミの秘密洞窟っすよ」
「へ? あ……」
「怪我は薬草とか回復薬で応急処置はしたっすけど、毒がまだ残ってるんで、無理はしちゃ駄目っすよ?」
目を覚ましたレンジの横に、けものの姫となったポンコが駆け寄る。
いまのポンコは肩までのボブカットにした桃子の顔に、粘土の塗料で何らかの部族を思わせるメイクを塗りつけ、植物の蔦で作られた冠飾りを身につけた、獣耳、獣尻尾の獣人少女である。
着用していた服装も、この変装に合わせて変化させた。いまの服装は荒い布地の、弥生時代を思わせる貫頭衣だ。これは、ポンコが器用にも『服装だけを別なものに変化させた』ものである。
定期的に『夜のももポンコスプレ大会』を開催してきた成果がこのような形で現れた。コスプレの術を鍛えてくれた柚花に感謝である。
「……あんたは……いや、そうだっ、ユキヒラとワンさんは……!!」
「ああ、無理しちゃダメっすよ。他の二人は横でまだ寝てるっすから、安心してください」
「……そっか、悪ィ……助けて、くれたんだな……あの頭おかしい農民連中から……くそ、チクショウ……」
レンジは、目の前の半獣少女の姿に、そしてその背後に佇む5メートルはありそうな巨大なオオカミの姿に一瞬たじろぐが、状況からして彼女が敵でないとすぐ理解したのだろう。大人しく、少女の言葉に耳を傾ける。
少女の言うとおり、レンジの横には大切な仲間たちであるユキヒラとワンの二人が寝かされていた。彼らの身体中に丁寧に包帯が巻かれているのを見て、レンジは安堵する。
周囲には、包帯まみれの仲間に、謎の獣人少女と巨大なオオカミ。離れた場所からはこの巨大オオカミの部下らしき数匹のオオカミたちが、レンジたちを遠巻きに眺めていた。
そして何故だか、巨大オオカミの脇には石のかまどがあり、そこでは鍋でクツクツと何かが煮込まれていた。カレーのような香りもするが、しかしこのような場所でカレーなど存在するのだろうかと、疑問も同時に浮かび上がる。
なんにせよ、美食家として非常に鼻をくすぐられる芳香が、洞窟内に広がっているのは間違いない。
レンジは未だ毒が抜けきらず朦朧とした意識の中で、この状況を理解しようと、ここまでの記憶を想起する。
第二層で、封印された扉を見つけて。誰かが助けを求める声に従い、三人は第三層へと降りてきた。
そこは暗い夜の森。
三人は、自分達を呼ぶ声に従って森を進んだのだ。そして、そこにいたのは、まるで江戸時代の農民の姿をしたような連中だった。
彼らは、美食三銃士に気づくとすぐ、すがるように駆け寄ってきて。口では助けを求めながらも、突然に鎌を、包丁を振り上げ――。
それからのことは、ほとんど思い出せない。
覚えているのは、焼けるような激痛と、自分を庇うように凶刃に曝された仲間たちの姿。そして、どこから現れたのか、農民に襲いかかるオオカミの群れ。
そこでレンジは、意識を失ったのだ。
「助けてくれたのはポンじゃなくて、ここに住むオオカミたちっすよ。レンジさんを襲ったのは、この階層に住む『ニンゲン』って魔物なんすよ」
「ニ、ニンゲンて……あれが魔物ってことかよ……ってか、お前……もしかしてなんだけどよ……香川ダンジョンの……」
「ほら、まだ回復しきってないんだから、もう少し落ち着いてくださいっす。ええと、ポンの名前は『けものの姫』っす!」
「けも……姫?」
包帯姿のレンジはやはり、まだ毒が抜けきっていないようだ。彼の言葉はどこか途切れ途切れで、瞳の焦点もうまく定まっていない。
そして、警戒もなく、まるで旧知の相手の言葉を聞くように、少女――けものの姫の言葉を聞いている。
「レンジさんたちとは香川ダンジョンで会ったことなんてないっす、おうどん出したりしてないっす、だから初対面っすよ!」
「あ、あぁ……わかった、理解した、俺たちは初対面だ。カレーうどんなんて食ってねえ……ってことでいいんだな?」
「その通りっす!」
これにて、レンジとけものの姫の『香川でカレーうどんなんて提供していないし、ここが初対面である』という設定の擦り合わせが完了した。
変装の甲斐もあり、作戦は完璧である。けものの姫ことポンコはその結果に満足顔だ。
こっそり横で、お粥を出す準備をしながら一通りの会話を聞いていた桃子としては、色々言いたいことはあったものの「まあ、結果オーライだからいいか」と考えて、ノーコメントを貫いた。
「あ、カレーのお粥が出来てるっすよ。ユキヒラさんとワンさんはもう少し寝てると思うっすけど、レンジさんはもう大丈夫そうっすね」
「美食の羅針盤が滅茶苦茶に踊ってやがる。そうか、そういうことか……このカレー粥が、探してた美食……か」
レンジの目には、いつのまにか目の前に出現していたように見えたかもしれない、湯気のたつカレーの風味漂う粥。もちろんそれは【隠遁】状態の桃子が準備したものだが、それが先ほどから非常に甘美な芳香を醸し出している鍋の正体だ。
そして、そこにレンジのスキル【美食の羅針盤】が強く、強く、反応を見せる。
先日から、ずっと探し求めていた謎の美食。
彼ら三人をこの地に呼び寄せた、至高の料理。
「うめえ……早く、ユキヒラとおっさんにも食わせてやりたいぜ」
その正体は、この目の前のけものの姫が、美食三銃士たちを救うためだけに作ってくれた、この一杯の粥であった。
「これが。お粥か。いつものカレーと。随分違うな」
「かなり熱いよぉ。これはゆっくり食べないとだよぉ」
「ハクロウ様。このキノコ、なんだかものすごく良い香りですけど、この階層でとれるんですか?」
『ええ、この洞窟だけでとれるキノコです。ニンゲンの呪いを軽減させる効果がありますから、彼らにはちょうど良いでしょう』
ポンコがふーふーしながらレンジに粥を食べさせているのを横目に、桃子たちも器に入れた粥を味わっていた。
今日の食事は、持ち込んでいた玄米といくつかの調味料、そしてこのオオカミの洞窟で採取できる不思議なキノコを煮込んだカレー粥である。
最初はいつものようにカレーライスを作ろうかとも思ったが「弱っている怪我人に食べさせるならばお粥の方がよい」というハクロウの助言に従い、今回はカレー粥となった。
「はくろう。このキノコ。なんていうキノコだ? 妖精の国には。持って帰れるか?」
今回の粥に入れられたキノコは肉厚で、非常に不思議な風味を持つキノコであった。
どことなく桜のスモークを思わせる上品な薫りは、カレーのスパイスと競合することもなく、見事に互いを引き立てあっている。そしてその味わいも、薄味ながら濃厚で、心を癒してくれる不思議な魔力を感じる。
桃子の心に残っていた、先ほどのニンゲンとの遭遇による心の傷跡が、粥の温かさと共に癒されていくのが感じ取れた。
『昔の修験者たちは私の名にちなみ「ハクロウダケ」と呼んでおりましたよ。残念ながら、他で育つという話は伺ったことがありませんね』
「ハクロウさんたちは、昔は修験者の人たちと知り合いだったんですね」
『ええ。彼らは服装が独特でしたから、オオカミたちもニンゲンと修験者の区別をつけ易く、良好な関係を得られていたのですよ』
この吉野ダンジョンは、桃子が生まれるよりも遥か昔は、修験者たちの聖地として扱われていた過去がある。
修験者というものは、その大体が頭巾に袈裟と白装束の、いわゆる山伏の衣装に身を包んでいる。
当時のオオカミたちは、山伏姿ならば修験者、それ以外はニンゲンとして、魔物とニンゲンの区別をつけていたのだそうだ。
ニンゲンは、人である修験者にとっては恐ろしい敵である。
それと同時に、原生生物であるオオカミにとっても、あの魔物は憎むべき敵なのだ。
あの毒を食らえば、修験者よりも圧倒的に丈夫な肉体を持つオオカミですら、その命を失ってしまうのだから。
それこそ、わんこの母オオカミのように。
「え、あれ……?」
そこで、桃子はふと考える。
いまの話を逆に考えれば、オオカミたちは相手が山伏衣装を着ていない場合「敵ではない人間と、憎むべきニンゲンの区別がつかない」ということではないか。
美食三銃士はきっと、運がよかったのだろう。
見た目での区別はつかなくとも、魔物であるニンゲンたちに襲われて危機に陥っていた美食三銃士たちは、それが転じて「憎むべきニンゲンではない」と認められたのだ。
もっとも本人たちにしてみれば、ニンゲンに襲われて、怪我や毒で散々な目に遭って死にかけてすらいるのだから、運が良いとは口が裂けても言えないだろうけれど。なんにせよ、結果的にそれで命が救われたのは事実である。
「うーん、何かひっかかるなあ……」
桃子はそこまで考えて、何か、何か大切なことを忘れているような気がする。
「桃子。どうした。考え事でもしてて。キノコが喉にひっかかったのか。水だ。水を飲むんだ」
「そうだよぉ。考え事はやめて、お水を飲まないと駄目だよぉ」
「あはは、ありがと。うん、お水を飲んできちんと食事に集中するね」
しかし、難しい思考はそこまでだ。
妖精たちに心配させてしまったことを反省しつつ、洞窟内の湧き水をすくいあげたカップの水をゴクリと飲む。美味しい。
こんな状況でも、ヘノたちと一緒にカレーを食べれば、悩みなんて吹き飛んでしまうのだ。
カレーはやはり、素晴らしい食べ物だなと。
悩みを吹き飛ばした桃子は幸せな気持ちで、カレーとキノコの香り高いお粥を、ゆっくりと味わうのだった。