ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「崖を利用して、ひと固まりになれ! 前衛が壁になって、後衛はサポートだ」
救助隊の12人はいま、夜を迎えた『サクラモリ』にて危機的状況に陥っていた。
提供された座標どおりに、第三層へ続く洞穴を発見したまでは良かった。
もちろん彼らの目的はあくまで美食三銃士の救助であり、第三層の探索ではないのだが、恐らく美食三銃士は第三層で行方不明になったのはほぼ間違いないのだ。第三層の探索は、三銃士の救助に直結する。
だが、問題はそれからだ。
肝心の第三層に降りたったはいいものの、そこは真っ暗な森の中。とてもではないが、なんの事前情報もなく気軽に踏み込める場所ではない。
そして更には、その第三層から現れた恐ろしい魔獣たち。
「グルルル……」
「ウー……」
闇に覆われた森の中で、その森を棲家としている魔獣の群れと戦うなど考えるまでもなく自殺行為である。
隊長による撤退指示に従い、一同は迅速に第二層まで撤退した。
第三層の情報は殆ど得られなかったものの、この段階ではこれでも十分な成果だ。
日の暮れたダンジョンは危険が多いとはいえ、この『サクラモリ』の魔物の生態ならば把握できている。そもそも、出現する魔物の多くはただのゴブリンなため、警戒さえ解かなければ野営にはさほどの問題はない。
ひとまずこの、安全が確保できる『サクラモリ』にて、日の出を待つのがベストな選択だったのは間違いなかったはずなのだ。
が、その目論見は、あっさりと崩れ去ることになった。
目の前で自分たちを取り囲む、オオカミのような魔獣たちによって。
彼らは、第三層の森の中に潜んでいた獣たちだ。
それが、層をつなぐ通路を抜けて、第二層まで救助隊を追いかけてきたのだ。
「た、隊長! こうなったら、戦いましょう!」
「許さん! 相手は未知の魔物だ。刺激しなけりゃこのままどっか行ってくれるかもしれないだろ! 誰か、手元に端末ある後衛はいるか」
「は、はい! ポケットに……」
「ヨシ、ギルドに連絡! 階層を渡って魔物が昇ってきた、スタンピードの恐れあり、誰もダンジョンに入れるな!」
12人の探索者たちは、決して弱くはない。一定以上の実力を持つものしか救助隊には選ばれないのだから、当然だ。
しかし。
日の暮れたこの足場の険しい『サクラモリ』で魔獣の群れに囲まれた状態は、残念ながら圧倒的に不利な状況と言わざるを得ないだろう。
いまは崖を背にし、ひと固まりになることで仲間同士で守りあっている。
だがしかし、こんなものは一時しのぎだ。もしこの目の前で牙をむくオオカミたちが飛び掛かってきたならば、そこからは乱戦である。
夜の森にて、どれだけいるのかも分からない獣と乱戦だなどと。そんな状況、考えたくもない。
彼らを率いる隊長は、戦う前からすでに胃のあたりがキリキリと痛んできた気がする。
「グルルル……!」
「た、隊長……や、やっぱり、魔獣たち、増えてます!!」
「……参ったなあ、第二層まで戻ってこれたときは、ヨシ、って思ったんだけどなあ」
ギルドに連絡は向かっているはずだが、残念ながら救助は期待できないだろう。
そもそも、自分たちこそが、半日かけてこの場所へとやってきた救助隊なのだ。今ここに起きているのは、ただの二次被害という奴である。
隊長は、美食三銃士を助けたかった。それと同時に、仲間の命を守りたかった。
しかし。
現状ではそのどちらも叶わないかもしれないなと、心の中で声が聞こえる。
自分の命は諦めねばならないなと、心の中で覚悟のスイッチを入れる。
「お前ら、覚悟決めろよ! 逃げ場はない! 死にたくなけりゃ、無事に戻って結婚したきゃ! 互いに守り合え! 最後まで抗えよ!」
「は、はいっ!!」
覚悟を決めた。
この場にいるのは、初心者ではない。全員がダンジョンの危険性を知っていて、それでもなおダンジョンの魅力に心を焼かれた、どうしようもない命知らずばかりなのだ。
心中するつもりなど毛頭ないが、しかし、共に最後に暴れる仲間としては、この上なく頼りになる馬鹿どもばかりである。
隊長が、そんな自嘲めいた思考を振り払い。己の武器を強く握りしめて、魔獣と戦う決意を固めた瞬間。
最前列のオオカミが、隊長の戦意に反応するかのように牙をむき、その四肢に力をいれて飛び掛かってきた。
夜桜の舞うダンジョンの奥地で、人間と魔獣の影が交わる。
「ぐあっ! ……ちくしょぉおおおっヨシ!!!」
隊長の腕にオオカミが食いつき、肉が裂け、骨に牙が食い込む激痛が走る。
だが、とにかく叫び、己を鼓舞する『ヨシ』の声と共に空いた手で剣を振るい、己の腕を食いちぎろうとする魔獣へと刃を走らせる。
剣を振るうには距離が近すぎたため、大きなダメージを与えるには至らなかったが、それでも獣の毛皮に赤い飛沫が上げる。
隊長に続き。
仲間の魔獣に続き。
周囲にいる者たちもまた動き出し、大規模な戦いの火蓋が切られようとしたところで。
ズン……!!
唐突に地面から現れた土の塊に、隊長とオオカミは両者ともが弾き飛ばされた。それは、突如として地面から生えたというしかない、巨大な土の壁だ。
古来より、ぬりかべ、という妖怪の伝承がある。子供向けの妖怪アニメの主人公の仲間としても有名な、壁の妖怪である。
夜道を歩いていると突然に前に進めなくなる、謎の壁が出現するという、そのような妖怪だ。
今、まさにそのぬりかべの如き、優に3メートルはありそうな壁が。
オオカミと探索者、双方を区切るかのように地面から一瞬で生えてきたのだ。
「ギャン! ギャン!!」
「な、なんだ?! 土の……壁?!」
「隊長、それより腕をっ! 治療をっ!」
それは、地面の土がそのまま壁となって突き出たような質感をしていた。
どうやらたった今、隊長に牙を突き立てたオオカミもまたこの壁に勢いよく吹き飛ばされたようで、壁の裏側から衝突の鈍い音とともにオオカミの鳴き声が聞こえてくる。
一方、そのぬりかべの如き土の壁は、オオカミと探索者の両者を吹き飛ばす形で引き剥がすと、己の役目は果たしたとばかりにその場にボロボロと崩れ落ちていった。
崩れていく土の香が、ふわりと風にのって夜の桜の森に漂っている。
僅か数秒の出来事に唖然としていた探索者の隊長だが、すぐに我に返ると崩れた壁の向こうを確認する。
オオカミに噛まれた腕も無事ではないが、今は噛まれた腕を気にしている場合ではない。仲間の治療魔法士が慌てて駆け付け魔法を行使するが、隊長はそれも視界に入らない。
壁が崩れ落ちた先には、その壁を構成していた土くれの山が出来ていた。
その向こうには、たった今隊長の武器によって手傷を負わせたオオカミが、土壁に吹き飛ばされてもんどり打っている姿が見える。
周囲には、その状況に困惑する周囲のオオカミたちの姿もあった。
そして。
そこには先ほどまでは存在していなかった、一人の少女が。
ふわりとした、緑色のつむじ風とともに、降臨していた。
すでに夜を迎えた『サクラモリ』の空には、丸い月が浮かんでいる。あの月が、地上のものと同様の天体なのか、ダンジョンの作り出した架空の何かなのかは、隊長たちには分からない。
森の随所を照らす魔法光と、そして夜空から降り注ぐその月の光を浴び、その少女の肢体が露わになる。
粗い布地の、弥生時代を思わせる貫頭衣――筒状の布を被るだけの質素な衣――を纏い。
肩のあたりで雑に切りそろえられた髪が風に揺れ、顔には野生的な部族の如き、赤い模様が描かれている。
年の頃は幼く、人間ならばまだ小学生程の小柄な少女である。
そして、少女の頭には、獣の耳のシルエットが。少女の腰元には、まず見間違えることはないであろう、巨大な獣の尻尾が生えている。
その少女を護るかのように、その横には、薄黄色に光る小さな光――妖精が、ふわふわと飛んでいる。
「じゅ、獣人……だと? それに、妖精が……」
「オオカミのみんな、それに人間の人たち! 戦うのはやめるっす! ここに、敵はいないっす!! 人とけものは、仲良くできるはずっす!」
探索者の隊長が驚きの声を漏らすが、しかしそれは。
獣人の少女の凛とした声に、かき消される。
その場の誰もが、彼女の声にハッとし、耳を傾ける。12人の探索者も、そして人間を囲んでいたオオカミの群れまでもが、獣人の少女へと注目を向けていた。
少女は、ぐるりと周囲の状況を一瞥し。
そして、少女の耳元を浮遊する黄色い妖精が少女の耳元で何か囁いたかと思うと、獣人少女は崖を背にした探索者へと顔を向けて。
優し気に。そしてどことなく、悲し気に。未だ幼さの残る、声をかける。
「このオオカミたちは、第三層に住んでいる原生生物たちっす。ずっとニンゲンのことを憎んでいて、ニンゲンを敵視してて……だから、つい、皆さんにも襲い掛かっちゃったみたいっす」
少女は、何かを堪えるように俯き。でもすぐに、顔をあげて言葉を続ける。
「でも……でも、皆さんはその恨むべきニンゲンじゃないっすから、傷つけあうのは駄目っすよ……」
「第三層の、オオカミ……」
少女の言葉が、夜の『サクラモリ』にしんと響く。
結論から言えば、彼女の言う『ニンゲン』とはオオカミの宿敵、第三層に住む魔物たちを指す意図の言葉であり、決して探索者たち『人間』について論じているわけではない。
ただ、オオカミたちが『ニンゲン』と『人間』の区別がつかなくて、勘違いで襲ってしまっただけなのだと説明していただけである。
だが、第三層の魔物など知らない探索者たちは、別な受け取り方をしていた。
第三層に閉じ込められていた、オオカミたち。
彼らは、過去にオオカミを絶滅させ、彼らをこの地に封じた人間という種を憎んでいるのだ、と。何十年もたった今でも、人間のことを敵視しているのだ、と。
この吉野ダンジョン周辺には、銀色のオオカミの伝承が存在する。
過去の修験者たちが崇めた、ハクロウというオオカミの像が、今の時代にも残されているのだ。
その時代、このダンジョンでは間違いなく、修験者とオオカミの間に交流はあったはずなのだ。
しかし、それは。そのオオカミたちは。人間たちの手によって、第三層ごと封じられてしまった。オオカミにしてみれば、裏切り、としか言いようのない凶行だろう。
地上ではニホンオオカミが絶滅し、ダンジョンでは彼らが封じ込められた。それを恨むのは当然だ。
その恨みは、自分たちにとっては過去のことでも、彼らにとっては今もなお、忘れられない痛みなのだろう。
そして、隊長がそのような考えに、苦虫をかみつぶしたような表情を見せていたところで。
獣人の少女は探索者に背を向け、それを囲んでいたオオカミたちへと向き直っていた。
隊長の剣の刃が届き、深い傷ではないが背中に傷を負っているオオカミに近づき、緑の葉とともに何かしらの術を行使する。彼女の持ち出した緑の葉はオオカミの傷口に貼り付くと、そこにはうっすらと、優しい魔法の光が溢れ出る。
「ねえ、オオカミのみんな。ここにいる人たちは、あなた達を苦しめてきた、同胞の命を奪ってきたニンゲンではないっすよ」
優しく、毛皮を赤く汚したオオカミの頭に触れて、彼女は語り掛ける
「ここにいる人たちは、あなた達が憎んできたニンゲンたちとは、違う生き物なんすよ……」
その声を聴くオオカミたちは、神妙な表情に見える。
救助隊の隊長として選ばれた彼には、オオカミの声は聞こえない。オオカミの気持ちは分からない。
けれど、少女の言葉は、現代の地上に住む人間の一人として、決して無視してはいけない言葉だということは、魂で理解できた。
同胞の、ニホンオオカミの命を奪ってきた人間。
そして、ダンジョンに住む彼らを裏切り、存在ごと封じてきた人間。
「俺たちは、恨まれているんだな……」
探索者の誰かが、ぽそりとつぶやく声が、夜の風に溶けていく。
「キミは、いったい……」
「え、ポ……んと、私は……えと」
「彼女の名前は、けものの姫、だよぉ」
「妖精を連れた、けものたちの姫君、か」
決して、彼女の言葉で、オオカミたちが引き下がったというわけではない。
未だに、人間たちを囲み、牙を見せているオオカミがいる。唸りをあげ続けるオオカミもいる。
そんな状況で、隊長は目の前の獣人の少女に語り掛ける。
オオカミに噛まれた隊長の腕には、かなりの血の跡が残っている。
すぐさま仲間の治癒魔法の使い手が傷口をふさいでくれはしたが、塞がったのは表皮だけ。まだ皮の下は、ズキズキと鈍痛が警報器のように脳神経へと信号を送り続けており、無意識にも脂汗が流れ出す。
だが、隊長は自分の腕の痛みから意識を外す。治療が為されているのだから、無理さえしなければ問題はないはずだ。
人間に声をかけられたことで、面食らったように獣の少女は言葉を失い、その彼女の代わりに、横にふわりと浮いていた妖精が返事をする。
けものの姫。
この獣人の少女は、第三層に住まう、獣たちの姫君だ。
隊長である男は、自嘲気味に自分の今の姿を見下ろす。
姫君が自分たちの前に姿をさらしているというのに、自分はいつまで武器を構えているのだ、と。
「すまない、みんな。武器を下ろしてくれないか。俺に命を預けてほしい」
「わかりました、隊長。俺たちも、戦いたいわけでは……ないですから」
武器を構えて緊張していた救助隊メンバーが、ゆっくりと、手に持った武器を下ろしていく。
戦うつもりはない。危害を加えるつもりはない。
ニホンオオカミたちを滅ぼしてきた人間のことなど信頼しようがないかもしれないが、しかし今はせめて。
我々の誠意を示すべきだと、ここにいる12人、全員が理解していた。
皆が武器を下ろしたのを確認し、隊長はゆっくりと、言葉を選び。けものの姫君に話しかける。
「けものの姫君。私が彼らを率いる隊長だ。私たちも、戦いに来たわけじゃない。話を……させてくれないか」
「……は、はい、もちろんっす。戦いなんて、誰も喜ばないっすから」
「良かったよぉ。ここにはあの、怖いニンゲンたちはいないんだねぇ」
どうやら、気丈に見えていたこの姫君も、その横を飛ぶ妖精も、心の中では緊張があったのだろう。
当然だ。目の前に、武器を構えた人間たちが大勢いるのだから。
彼女らの出自を考えれば、緊張しないわけがないだろう。
「……すまない。俺たちは、きみたちの苦しみを考えたこともなかった」
隊長は、頭を下げる。
自分は決して、人間の罪を一人で背負えるような偉人でもなければ、そこまでの立場ある人間でもないけれど。
しかし、人間を恨み。それでもなお、我々は憎むべき対象ではないと、庇ってくれたこの少女に対して。
隊長は、頭を下げ、謝罪するしかできなかった。
「ノンさん、なんだかこの人たち、話が早くて助かるっすね」
「うーん……なんだか誤解があるみたいだけど、気にしなくていいと思うよぉ」