ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
ポンコとノンが第二層『サクラモリ』にて、探索者たちの前に姿を現すよりも少し時間を遡り。
彼女らがまだ、探索者たちのいる第二層に向けて駆けていた頃。
同時にハクロウの洞窟を出た桃子とヘノの二人も、同じように第三層の森の中を駆けていた。
――かと思いきや。
「うわあ、ポンコちゃん待ってー!!」
「しまった。桃子は。夜の森。よく見えないんだったな」
残念ながら、森を駆けてはいなかった。
厳密には、桃子は途中まではポンコの背中を目印にして、少ない光源ながらも魔法光の灯りを頼りに、暗い森の中を駆けていたのだ。
けれど、それも途中まで。
全力で夜の森を駆けていくポンコの背中が段々と遠のいていくに従い、夜目の利かない桃子は森の中をうまく進めなくなっていく。
そのままポンコの背中が見えなくなり、そして同時に桃子が暗い森の中で足を止めてしまうまで、さほど時間を要しなかった。
「あーあ、ポンコちゃんとノンちゃんだけで先に行っちゃった……」
この森は、魔法光が少なく、非常に暗い。
あまりの暗さに、さすがに走れなくなった桃子が立ち止まると、桃子の様子に気づいたヘノも止まって、桃子の肩に着地する。
せめて、光源となるランタンを持ってくればよかったのだろうが、急いで出てきたためについ失念していた。
完全に、迂闊である。
「でも。桃子はどうせ。探索者たちから見えないんだから。たぬき任せになるのは元からだぞ」
「うーん、それはそうだろうけど」
「どっちにしろ。いったん戻るか。はくろうのところから。ランタンでも持ってくれば。少しは見えるだろ」
「うん、そうしよう」
はたしてこの場所は、ハクロウの洞窟を出てからどれくらい進んだ場所だろうか。
時間にすれば数十秒も走っていないかもしれないが、つむじ風の魔法を使った猛スピード走だったので、距離だけでも数百メートルは優に進んでいるだろう。
平坦な地形ならばまだしも、山の中、森の中での数百メートルという距離はかなりの距離だ。それが暗い闇夜となれば、遭難の恐れがある――と言うより、すでに遭難していると表現してもおかしくない状況である。ヘノがいなければ危なかった。
多少は暗さに目が慣れてきたとはいえ、それでも場所はただでさえ足場の悪い山の中。
魔力光豊かな房総ダンジョンの森のように、つむじ風の魔法で一足飛びとはいかないため、桃子はヘノの薄緑色の魔力光を頼りに、安全第一で一歩ずつ、桜の森を歩いていく。
しかし。それも長くは続かない。
「……桃子。気をつけろ。なんだか。空気がおかしいぞ」
「え? 空気って……?」
「瘴気が。よどんでる。よどみすぎてるぞ。なんだこれ。どういうことだ」
「え、なに……? だ、大丈夫なの?」
異変に最初に気づいたのは、感知能力に長けたヘノだった。
この階層に降りてからは、ヘノの感知はうまく働いていない。この階層にこもっている独特の瘴気が邪魔をして、うまく風を感じ取れなくなっているのだ。
しかし、そんな状態でもなおヘノは、このダンジョンがただならぬ状況であることを感じ取る。
ヘノが困惑するほどの、瘴気の澱み。それは間違いなく『緊急事態』である。
ツヨマージを掲げて、どうにか風を読もうとしていたヘノだが、吹き付けるのはどんよりとした瘴気を含む空気ばかり。ヘノは諦めて桃子に振り返る。
「桃子。急いで。はくろうのところに戻るぞ。真っすぐ。ヘノにだけついてきてくれ」
ヘノは、一度解いていたつむじ風の魔法を、再び桃子の足へとかける。
そして、言う。真っすぐについてこい、と。
「……わかった、真っすぐついていく」
ここからハクロウの洞窟まで何百メートルあるのかは分からない。しかし、桃子は迷いもしない。
ヘノが「ついてこい」と言うのであれば、光のない闇の森だろうと、桃子はヘノを信じてついていく。
それが、ヘノからの言葉ならば、なおさらだった。
つむじ風の魔法を再び両脚に纏い、桃子は真っすぐに、ヘノが発する光だけを見つめて駆けていく。
さすがに、いつものようにまるで飛ぶような速度ではなく、それこそ人間のジョギングのような、ヘノにしてみれば全然ゆっくりの速度だが、そんな中でも、森の様子は既に変わっていた。
「神槍ツヨマージ。桃子の邪魔をするものは。なぎ倒せ!」
前を行くヘノが、周囲の闇に暴風を吹き付ける。
「うわっ……! よし、大丈夫、大丈夫!!」
ヘノの起こした暴風に、桃子は足をとられそうになるが、どうにか踏ん張って耐えている。
ハクロウの洞窟までの短い帰り道にて、桃子たちは異変を垣間見ていた。先ほどまでは恐らくいなかったはずの魔物が、森の中に現れるようになっていたのである。
この階層にいる魔物は、ニンゲンだ。漆黒の森の中を、ニンゲンたちが闊歩しているのだ。
「ニンゲンがいるけど。ヘノがやっつけるからな。桃子はただ。ヘノを見ててくれればいいからな」
「わ、わかった!」
速度は緩めず、山岳の地面を駆けていく。
夜の森を抜けて出てきた場所は、ハクロウの住まう巨大洞窟の入り口だった。
ヘノがそこまできてようやく速度を落とし、桃子を振り返る。
「桃子。偉いぞ。よく頑張ったな」
「はぁ……はぁ……こ、怖かった……けど、戻ってこれたよ」
足元の見えない暗い森の中を走るなど、二度とやりたくはない経験だ。
いくらダンジョン内では頑丈で、桜の木に追突しても「ものすごく痛い!」程度で済むとはいえ、ものすごく痛い経験など好んでやりたくはないのが人間と言うものだ。
桃子がヘノに追いつき、洞窟の入り口で呼吸を整えていると、そこに声をかけてきたのは、巨大なオオカミだ。
『桃子さん、ヘノさん。いま戻ってきたということは、お二人はこの異変に気付かれましたか』
「ハクロウ様?!」
洞窟の奥で鎮座していたハクロウが、自ら。洞窟の入口へと姿を現していた。
洞窟内ではずっと伏せていたハクロウが立ち上がる姿を見たのは桃子は初めてだった。内心、その姿に寂しさを伴うショックを受ける。
ギンロウを始めとした他のオオカミたちと比べると、違いは一目瞭然だ。5メートルはある巨大な体躯なれど、そのシルエットだけでいうならば、ハクロウの身体は随分と細いのだ。
四肢は細く、そして歩くときには、少々後ろ脚を引きずるようなそぶりが窺える。
守護獣としての威厳はある。膨大な魔力による威圧感も失われてはいない。けれど、オオカミとしての精悍さは既に、鳴りを潜めているようだ。
魔法生物と言えど「老化」には抗えない。彼女はもう、戦える身体ではないのだろう。
そんなハクロウが、しかし。己の足で外へと姿を現している。
周囲には、ハクロウに付き従うように多くのオオカミたちの姿があり、しきりに夜の森に向かって遠吠えを繰り返している。
気づけば、あちこちから遠吠えが聞こえる。近い場所、遠い場所。様々なオオカミたちが、合図を送りあっている。
「はくろう。どういうことだ。何があった」
『わかりません。が、ニンゲンたちが、各地から湧き出ているようです。眷属のオオカミたちが、ニンゲンの大量発生を確認しているようです』
「こんなこと。よくあるのか?」
『いえ、私も初めてのことです。これでは、まるで――』
オオカミたちの遠吠えの鳴り響く夜の空を、ハクロウはジッと見上げている。
彼女の長い歴史の中でも、これは初めての体験だ。
だが、ハクロウもまた、知識としては知っている。ダンジョンにおける、このような状況。
今と昔では言葉自体は違うかもしれないが、桃子も一つ、思い当たる言葉がある。
しかし、その言葉を口にしたのは桃子ではなく、別な男性の声だ。
「スタンピード、かよ……よりによって、こんなタイミングで……」
美食三銃士の一人、レンジ。
ハクロウがここまで出ているのだから、すでに意識を取り戻しているレンジもまた、ハクロウに付き従う形で外の様子を覗きに来たのだろう。
彼には桃子の姿は認識出来ていないが、少なくとも今のヘノとハクロウの会話は聞いていたはずだ。
スタンピード。
ダンジョン内での、魔物の異常発生だ。
「なんだか。行く先々で。偶然。桃子はこういうのに。巻き込まれるな。運が悪いのか?」
ヘノがぼそりと、呆れたように呟いた。
確かに、最近は様々な事件の中心にいて、魔物たちの異常行動に巻き込まれることが多い。
けれど、それは決して「運が悪い」というわけではない。魔物たちが異常行動をとるとき、その理由は絶対にあるのだ。
膨大な瘴気によって作られた特殊個体『あやかし』や『霜の巨人』、『牛鬼』の侵攻とともに発生するスタンピード。
これらは、実にわかりやすい。魔物のボス格が率いている、魔物たちの行進だ。
「でも……ううん、違うよヘノちゃん」
桃子は、ヘノの言葉に首を横に振る。
魔物の異常発生の理由には、もう一つのパターンがある。これは決して、偶然ではない。
「上高地とか、桃の窪地と一緒だよ。封じられてた扉が開かれた反動、なんだと思う」
例えば、桃の窪地。風間のお婆ちゃんの老化とともに【浄化】の力が弱まり、それまで封じられていたダンジョンが出現してしまった反動によるスタンピード。
例えば、上高地ダンジョン。長らく閉ざされていた第二層への扉が開かれ、一気に多くの人間が入り込んだ際の、反動によるスタンピード。
吉野ダンジョンの『封じられていた階層が開かれてしまった』といういまの状態は、まさにこの二つと同じ状況だろう。
「そうか。そういえば。そういうこと。あったな」
ヘノもその例を出されると、条件が同じであることに気づいたのだろう。
なるほどと納得し、頷いて見せる。
しかし、スタンピードの原理など、今はどうでもよい事だ。
『……皆さんはこの洞に身を隠していてください』
「はくろう。ヘノたちがここで休んでたら。どうにかなるのか? スタンピードなんて。オオカミたちも。ただじゃ済まないぞ」
『それでも、私たちが戦いましょう。あなたがたマレビトは、わざわざオオカミと運命を共にする必要などありません』
「そんな……」
桃子は、上高地ダンジョンの空を覆いつくす黒い鳥の姿を思い出す。
あの鳥たちは、桃子やカリンを狙って数百――いや、優に数千、下手をすれば万に届いていたかもしれないが、それくらいの数があの空を覆っていたのだ。
いくらニンゲンが魔物として弱い部類に入るとはいえ、数の暴力というのは恐ろしいものとなる。
「……守ろう、ヘノちゃん」
自然と、言葉が口をついて出てきた。
そうだ。今までだって、沢山の魔物と戦ってきたのだ。様々なダンジョンで、様々な魔物を相手にして、桃子は戦ったのだ。戦って、守って、勝利してきたのだ。
今更、洞窟の中で縮こまって待つだけなど、きっと自分が自分を許せない
「でも。桃子は。ニンゲンと戦えないだろ」
「それは……それでも、ここで何もしない人間にだけは、なりたくないよ」
桃子は、ニンゲンと対面したときの自分の有り様を思い出す。
ヘノたちが戦っている間、ノンに守られ、蹲って震えていた。確かに、あんな無様な有り様では、戦う以前の問題だろう。
けれど、それでも。
桃子は知っている。過去に地上で、ニホンオオカミという動物が迎えた結末を。
ニホンオオカミという生き物は、人間たちのエゴで、絶滅したのだ。世界から永遠に失われたのだ。
そして、ダンジョンの中で生きながらえてきたオオカミたちがいま、また。危機に直面している。
第三層に棲む『ニンゲン』という魔物は人間にとって危険すぎた。あれを第三層ごと封印するという過去の政府の判断を、桃子は否定しきれない。
けれど、人間の都合で何十年も閉じ込められて、そして今、人間が訪れたことで起きたスタンピードでオオカミたちが危機に陥るなど。
そんな酷い話が、あってたまるか。
桃子の心の中ではいま、悲しみでも、絶望でもなく、怒りの感情が芽生えている。
「私は、私は……戦いたい……!」
『桃子さん、しかし……』
「……はくろう。知恵をかせ。桃子は強いんだ。桃子があいつらを退治できるように。知恵を貸してくれ」
自分の不甲斐なさと。人間としての罪悪感と、罪のない過去の人たちを苦しめてきたニンゲンへの怒りと。
桃子は感情がぐちゃぐちゃになりながら、拳をぎゅっと握りしめる。
「やります! 次は、負けない! 絶対に、戦いますから!」
『……わかりました。では――』
ハクロウの語る、ニンゲンたちを打倒するための作戦。
桃子と、ヘノと、オオカミと。そして、美食の戦士だけが。
この第三層『ヒトザト』の命運をかけたその作戦に、耳を傾けるのだった。