ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
小さな魔法の光。
桃子がそちらに視線を向けると、ようやくそこで何が起きているのかを理解できた。
「これはまた、壮絶ですね、話に聞いていた『崖が崩されている』という状況とはかなりかけ離れた、それどころではない状況ですが。しかし暗いですね。私の魔法で、更なる灯を照らしましょう」
「うむ」
「長ぇ! 説明はいいから早く明かりを増やしてくれっ、ユキヒラ!」
それは、美食三銃士だ。
未だ、赤黒く染まった包帯を四肢にまいたままの彼らが、別なオオカミたちに先導されるように、この場所へと現れたのだ。
「なんだ。あいつら。美食三銃士か。元気になったのか?」
ヘノがぼそりと呟くと、その小さな呟きが聞こえたわけではないだろうが、先ほどまで洞窟にいたはずのレンジが桃子たちのほうを向き声をかけてくる。
実際には、彼には桃子の姿は見えていない。けれど、桃子と共にいる巨大なオオカミ――ギンロウと、そして緑色に光る風の妖精の姿は見えているのだ。
暗い森の中で、緑色の光を放っているヘノを見つけるのは容易いことだろう。
「いたいた、そこの緑色の妖精ちゃん。そこに、ポンコ……じゃなくて、けも姫の師匠さんがいるんだろ? ここは俺ちゃんたちに任せてくれや!」
「え? え、それって私のこと……ですか?」
ポンコことけものの姫の師匠。それはもちろん、桃子のことだろう。
桃子がつい声をあげて返答するが、残念ながらその返事は無視される。やはり、桃子の声は認識されていないようだ。
「ハクロウ様から聞いたぜ、師匠さんが敵のボスを叩けばすぐに事態は収束するはずだってよ」
「え、そうなんだ? 私、聞いてないけど……」
「私も、事情は先ほど伝えられたばかりですが。どうやら、ハクロウダケの効果により、私たちは魔物……ニンゲンの呪いに対し、一時的に耐性がついているようです。ですので、この場でニンゲンたちから第二層への階段を防衛するくらいならば私たちに任せてくだされば、問題ないかと」
「あ、なんか、長い説明ありがとうございます」
「うむ」
「桃子。あのでかいのだけ。全然喋んないな」
「無口なんだね」
途中で桃子やヘノの呟きも混ざってしまったものの、美食三銃士の面々は、それぞれに武器を持ち、戦う意思を見せる。
ハクロウから事情を聴き、けものの姫の師匠――桃子を手助けに来たと、そう主張する。
そして、桃子たちの返答も待たずに彼らは、第二層へ続く階段の前に陣取ると、だれが合図をしたわけでもなく、剣を、盾を、杖を掲げて、声を合わせた。
「我ら、美食の絆に導かれし美食三銃士、ここに契る! すべては美食へ続く道のために!」
「そして――我らの命は、恩人、けものの姫のためにあると、ここに誓う!」
まるで、歌劇のように。
彼らは声を合わせて、宣言する。けものの姫のために、命を使うと。
桃子は目を丸くして、彼らの宣言を唖然として眺めていた。
「はえー……すごいの見ちゃった」
「あいつら。たぬきに。相当。恩を感じてるみたいだな。ここにいないのにな」
「う、うん、なんか……すごいね。でも、ヘノちゃん、いまだよ! あの人たちがここを守ってくれるなら……!」
「ガウ! ガウ!」
「そうだな。桃子。あっちの崖を壊して。ついでにそのまま。三層の真ん中に行って。敵の親玉でも探して。倒してこよう」
一番の心配であった、第二層へ続く階段を彼らが守ってくれるというのならば。
自分達は、ニンゲンの侵入経路を叩き潰し、そしてニンゲンたちのボスを倒しにいくだけだ。
桃子はさっそくギンロウの背に飛び乗り、もうひとつの魔物の進行ルートへと闇夜の森を駆けていく。
「って言ってもさっ! ボスなんてっ、聞いてないんだけどっ、どういうことなのっ?!」
森を駆けるギンロウの背中にしがみつく桃子は、ギンロウに揺られたまま、舌を噛まないように気を付けながら、疑問を口にする。
それは先程、レンジが語っていた内容だ。
桃子が敵のボスを退治できれば、この事態は終息。実にわかりやすい話ではあるのだが、桃子にとっては寝耳に水である。
「たぶん。桃子がいなくなってから。現れたんじゃないか?」
「えっ、そういうことなのかなっ?!」
「魔物が大量に発生する場合は。瘴気の中心に。格上の魔物が。陣取ってる場合が多いんだぞ」
「な、なるほどねっ!」
「ガウっ」
桃子はいままでの様々な事件を思い返す。
言われてみれば、上高地では柚花が黒い鳥たちを動かしていた怪鳥を撃退したと言うし、香川のときは瘴気に操られたクヌギを無力化することで、スタンピードは終了した。
例外的に、桃の窪地では「ウワバミ様がスタンピードの魔物を全て浄化の光で消し去る」という力業で解決したものの、もしかしたらダンジョン内部には魔物を率いていた格上の相手が存在していたのかもしれない。
それらと同様の現象だと考えると、今回は格上のニンゲンが存在することになる。
しかし、と桃子は思う。
たった複数のニンゲンだけでも生者との区別が難しく、彼らの「助けを求めるような呪いの声」は、桃子の心に直接的に影響を与えてきたのだ。桃子一人では、手に負えない魔物だったのだ。
果たして、それを率いる上位に位置する魔物など、自分が本当に対処できるのだろうか。
じわりと、桃子の心には不安の影が忍び寄ってくる。
だが、それでも。事態は刻一刻と、桃子の心境を無視して進んでいく。
第二層へ続く洞の前では、まだ怪我も治りきっていないであろう美食三銃士の面々が命をかけ戦っているのだ。それなのに、自分がここで弱音を吐くなど、許されることではないのだと。
ギンロウの背に揺られたまま、桃子は己を奮い立たせていく。
ギンロウの背にのって運ばれてきた桃子が到着したのは、先ほどとはまた別な崖の縁だ。
やはりここも暗くてよくは見えないが、確かにこの崖の下にも比較的平坦な道が出来ており、そこをゆっくりと、ニンゲンの軍勢が登ってくるのが気配でわかる。
ニンゲンたちは動き自体も遅く、俊敏さはほぼ持たないため、その光景はさながらゲームや映画に出てくるゾンビの集団に近しいものと言えるだろう。ホラーが苦手な桃子としては、暗くてよく見えないのはむしろ幸運と言える。
「ここの崖も、さっきみたいに崩せばいいんだよね?」
「そうだな。もう。下にはニンゲンの群れがいるから。やるなら早めに。やったほうがいいな」
「ガウっ」
すでに崖を崩すのも二回目。先ほどの要領でやれば良いというのならば、迷うことはない。
すでにギンロウは魔力爆発に巻き込まれないように大きく離れ、ヘノもちゃっかりと距離をとっている。
爆発で桃子が吹き飛ばされても崖の方向に落ちないよう、すでに周囲には強風が吹き荒れている。
桃子は、ハンマーに魔力を込める。
ハンマーに込められた紅珠が反応し、武器全体にジワリと破壊の魔力が浸透していくのがわかる。
魔力がハンマー全体を覆ったならば、あとは思い切り振りかぶり、大地へと叩きつけるだけだ。
「このぉおお! 崩れろぉぉお!!」
桃子が魔力を込めたハンマーを振り下ろすと、先ほどと同様に。
ドン、という鈍い爆発音が鳴り響き、大地を大きく揺らして。
「うわあああっ!!」
やはり、白く眩い魔力爆発と共に、爆心地にいた桃子の小さな身体は大きく弧を描き、翔んでいく。
そして先程と同様に。ヘノの起こした風にのり、桜の葉が青々と生い茂る森の中へと、パチンコ玉の如く落下していくのだった。
森の中で、吹き飛ばされた桃子にヘノが声をかける。
桃子はやはり前回と同様に枝と葉にもみくちゃにされ、今回は木の枝に引っかかり、森の中にひとり、逆さづりのようにぶら下がっていた。
二度の魔力爆発で、かなりの量の魔力を消費してしまったため、桃子の身体はこの状態でろくに動かせそうにない。
「桃子。作戦は多分。成功したけど。大丈夫か?」
「うーん、ヘノちゃん、これが大丈夫そうに見える?」
「大丈夫かどうか。ヘノが見てやるから。そのままジッとしてるんだぞ」
木の枝からぶら下がっている桃子のそばまで来ると、ヘノは桃子の体中を確認する。
どうやら、木からぶら下がっているこの状態よりも、どこかに怪我をしていないかどうかこそが、ヘノにとっては優先順位の高い問題のようである。
さすがにこれだけ暴れまわったあとだ。体中が土やら木の葉やらで汚れているし、全身が擦り傷や切り傷だらけだ。
「よし。どこもおかしくないな。大丈夫そうだ。良かったぞ」
しかしそれでも、ヘノが心配するほどの大きな傷は見当たらなかった。一通り桃子の全身を観察してから、ようやくヘノも安堵の表情を見せる。
「えへへ、私のことちゃんと心配してくれてるんだね。ありがとう、ヘノちゃん」
「当たり前だぞ。ヘノが。桃子を心配してないわけ。ないだろ」
「うん。でも、このさかさまの状態も心配してくれたら、更に私は嬉しいなって」
「そういえば桃子。なんでさかさまなんだ」
「なんでだろうね、私もよくわかんないや」
「ガウ……」
ヘノは不思議そうに首を傾げながら、さかさまの桃子の状態を眺めている。どうやら、桃子が好き好んで逆さになっているとでも思っていたのかもしれない。
事情を察したギンロウが、遠慮がちに木から垂れ下がった桃子の服の裾を引っ張り、そのままズルズルと桃子は為すがままにギンロウの背に着地するのだった。
その後、ギンロウの背に揺られながら桃子は語る。
「なんかさ、他にやりようがあったんじゃないかって思うんだよね」
「そうだな。次に吹き飛ぶときは。着地場所に柔らかいものを。置いておいたほうがいいな」
「うーん、そういうことじゃないんだけど……まあ、いいか」
一時的に尽きていた魔力も、休んでいる間にだいぶ戻ってきた。
ハンマーにはめ込んだ紅珠から魔力を受け取ることで、桃子はかなりの速度で己の魔力を回復させることが出来る。
魔石を自分のバッテリーのように使用している探索者が他にどれだけいるかは分からないが、少なくとも鵺の紅珠は桃子の外部魔力バッテリーとして役に立っていた。
鵺本人がこれを知れば、怒りと憎しみであと数回は憤死していたかもしれない。
桃子はようやく動くようになると、ギンロウの背中の上で上半身を持ち上げ、そこから見える景色を眺める。
今は盆地の端の高台だが、目の前には広大な田んぼが広がっている。暗闇が濃く、そのほとんどは見えないけれど、多くのオオカミの遠吠えと、謎の地響きが伝わってくる。
この景色の先には大量のニンゲンと、それを操るニンゲンたちの首魁が存在し、まさにいまもまだ、戦っているのだ。
進むに従い、桃子たちの中で、会話はなくなってきた。
先ほどまで続けていたような、気の抜けたやり取りは、ここで終了だ。
ここからは、血の匂いの充満する、人ならざる魔物が闊歩する、地獄だ。
山を下った先には、オオカミとニンゲンたちの、壮絶な戦いの跡があった。
その景色には、ヘノすら、黙り込んでしまう。桃子の肩に乗る小さなヘノの手が、桃子の服を強く握り占める。
「ヘノちゃん。私、あの魔物たちを許せない……」
桃子の声は、震えている。
長い間、このダンジョンは呪われてきた。
罪もないオオカミたちが、この永遠に日の昇らない夜の世界に閉じ込められたのは、何故か。もちろん、やったのは、桃子たち人間だ。
やむを得ない事情があったとはいえ、地上のオオカミを絶滅させ、ダンジョンのオオカミたちをこの階層に封じ込めたのは、まぎれもなく人間だ。
そして今また、ダンジョンのオオカミたちは人間の都合に振り回されている。
けれど、けれど。
「ねえ、なんでなの……オオカミさんたちが、何をしたの……!」
善良なる人間の心につけ入り、人間たちを呪うことでその悲劇を招き寄せた、醜悪な魔物がいる。
呪いをまき散らし、人間とオオカミを苦しめ続けた存在がいる。
そしてそいつらは今なお、この地の命を苦しめようとしている。
ただ、封じられた環境のなかで必死に生きてきた彼らを、これ以上苦しめるのは、誰だ。
闇の中に薄っすらと見える、いくつもの赤黒い色は、鼻をつく鉄錆の匂いは、なんだ。
目の前に広がる広大な視界のあちらこちらで、どうして罪もない彼らが血を流し、力尽きているのだ。
どうして、なんで、オオカミたちばかりが苦しまなければいけないんだ。
桃子は無意識に、ぎりりと拳を握る。歯を食いしばる。
「……桃子。やるぞ。こいつらのためにも」
「グルルル……」
もしかしたらヘノは今、驚いているのかもしれない。
桃子がこんなに怒りをあらわにすることなど、滅多にない。恐らく深淵の遺跡で、狡猾な蛇を前にしたとき以来だろう。
いや、今はあの時よりもわかりやすく、桃子は視界の先に見える敵を睨みつけている。
視界の先には、分かりやすいほどの異形の存在が、多くのニンゲンを従え、力を誇示しているのが見えた。
岩を割り、田を砕き、廃屋を踏み抜き。
周囲で威嚇をするオオカミたちを、歯牙にもかけない、異形の魔物たち。
暗闇に、三体の巨大なニンゲン――いや、三つの醜悪な巨人のシルエットが、浮かび上がっていた。