ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
闇夜の下で、巨大な複数の人影が暴れている。
それは、もはや人間の擬態すらやめている、ビルほどもある巨大な異形の魔物だった。
その姿はすでに人のそれとはかけ離れている。腕や足の関節はでたらめについており、よく見れば肩からは複数の小さな腕も生えていた。
醜悪さならばニンゲンに負けず劣らずだが、あれはもはやただの異形の怪物だ。
それが、大地を揺らしている。
田を潰し、木々を砕き、そして魔物であるニンゲンの棲み処である古民家までもを踏みつぶし、ゆっくりと進んでくる。
「桃子。あのでかいのを倒せば。いいんだ。戦えそうか」
「うん! あんなの……どう見ても人間じゃないし!」
ある意味では戦いやすいといえるだろう。
人とそっくりの容姿をしていたニンゲンと違い、あのような異形の姿では、人間と見間違うことなどない。
「ガォオオオオン!!」
「オオカミたちも頑張ってるんだ! 私たちも、負けてられないよ!」
ニンゲンたちと争っていたオオカミたちは、巨人の出現に成すすべなく距離をおき威嚇を続けるが、巨人には恐らく虫の声程度にしか聞こえていないのだろう。
桃子とともに大地を駆けるギンロウが、仲間に声をかけていく。仲間のオオカミたちは散開し、桃子たちのために道を開ける。
『タスケテェ……アァ……タスケテェ……』
しかし、異形の巨人の周囲にはやはり、沢山のニンゲンの姿があった。
古ぼけた衣服を身に着けて、鎌や包丁を握りしめた、呪いの具現のような集団だ。
昔の――それこそ、江戸時代より以前の農民の姿。過去の修験者たちは、彼らが本当に生きている人間たちなのだと考えてしまったのかもしれない。
桃子も、最初に接敵した際には彼らが魔物だとは信じられなかったほどである。
だが。
今は違う。
「こんのおぉお!!」
ハクロウダケは、ニンゲンの呪いから心を保護する効果がある。
今の桃子は、ニンゲンの呻き声を聞いたとしても、それに精神を揺さぶられはしない。
それに、それだけではない。
桃子の胸には、ハクロウから譲り受けた霊獣の牙で作ったネックレスが揺れている。
――この獣の牙はね、魔除けとして一部ではお守りになってるんだ。桃子ちゃんを悪しきものから守ってくれるように。そして、大切なことを忘れないように。
今は亡き、大切な仲間の声が記憶に蘇る。
この牙のお守りは、桃子を悪しきものから守ってくれていた。桃子に降りかかる瘴気の呪いを、確実に防いでくれていた。
『アァァアア……』
「邪魔しないで! あなた達なんか、呼んでないっ!!」
粗い木綿の襦袢に、もんぺのような野良袴を穿いた老人。
筒袖の薄汚れた上着を羽織り、藁草履を履いた若者。
小袖を腰紐で締め、木綿の袴を膝までまくり上げている若い少女。
古い時代の農村に普通に存在していたであろう服装の魔物たちが、桃子たちの前へと立ちふさがる。
しかし、彼らの呻き声はヘノの作り出す暴風でかき消され、呪いにも今は耐性がついている。
そして、胸元にかけたペンダントが教えてくれる。目の前の存在は、魔物だと。
桃子はハンマーを振りぬき、敵の顔も見ないままにまとめてニンゲンたちを煤へと還す。
散々に荒らされているが、もともとこの場所は田んぼだったのだろう。戦いの余波で、周囲には泥水が派手に飛び散る。もうどこが地面で、どこが泥沼なのかもわからない。
「桃子。足を止めずに。そのまま走れ。捕まったら厄介だぞ」
「っ、そうは、言っても……! きゃっ!!」
しかし、どれだけ桃子が呪いへの耐性を得ようと、どれだけ心が強くあろうと。
現実として『多勢に無勢』という言葉があるように、どれだけ弱い魔物でも数が多いとそれは脅威となる。
しかも、両の脚にヘノのつむじ風の魔法を纏っていたとしても、地面には泥が広がり、場所によっては深く足をとられてしまうため、足場としても最悪の環境だ。
その上、この魔法光の少ないダンジョンでは、桃子の視界はかなり闇で閉ざされている。
間近に迫るニンゲンをどうにかハンマーで払いのけているが、囲まれてしまうのは時間の問題だった。いくら【隠遁】で認識を阻害していようと、これだけ派手に暴れていては、そこに何かがいることには勘付かれてしまう。
『イタイヨォ……イタイ……ヨォ……』
「ツヨマージ。邪魔な魔物たちを。吹き飛ばせ」
ヘノの起こした暴風で、桃子の服の裾を掴んでいたニンゲンたちはふきとばされるが、しかし次は泥まみれになって余計に視認しづらくなったニンゲンが迫りくるだけだ。
「グルルル……!! グルルァアウ!!!」
「まいったな。この泥沼じゃ。吹き飛ばしても。全然ダメージにならないな」
「このお! このおっ! 周囲のニンゲンたちさえいなければ、もっと戦いやすいのに……!!」
暴風の効果がないと判断したヘノが、真空のつむじ風で一体ずつ切り裂くやり方も取り入れる。だが、そうすると単純に効果範囲が狭くなり、押し寄せる敵の対処が間に合わなくなってしまう。
桃子はがむしゃらにハンマーを振るうが、ぬかるむ地面の影響で、思うようにハンマーを振るえない。移動もままならない。大型オオカミのギンロウも果敢に戦っているけれど、やはり彼もまた、泥の上では満足な力は発揮できない。
泥の中でニンゲンに囲まれた桃子は、暗闇の向うに薄らと見える巨人のシルエットへと悔し気に視線を向ける。
あちらでは、本来倒すべき異形の巨人たちが暴れているというのに、今の自分たちは闇夜の田んぼの中心でニンゲンの相手をするので精一杯になってしまった。
悔しさのあまりに、桃子の瞳には涙が込み上げてくる。
こんなとき、柚花がいてくれれば一瞬でニンゲンの群れを一掃してくれただろう。和歌やヒカリがいてくれれば魔物の群れなどモノの数秒で消し炭に変わっているだろう。
オオカミのために、彼らの自由のために戦うと決めたのに、今の自分は何も出来ずに、足を引っ張っている。
「悔しい……! 私たちだけじゃ、手が足りない……!!」
「ガオォォォン!」
「くそ。とにかく。吹き飛ばすぞ。このままじゃ。巨人退治どころじゃ。ないな」
いくらニンゲンたちがゴブリンよりも弱い魔物とはいえ、泥の上を吹き飛ばしたところで時間稼ぎにしかならない。
ジリ貧、というやつだ。
「せめて、仲間が他にもいてくれたら……」
ノンやポンコを待たずに駆けだしてしまった自分たちの判断ミスだろうか。
呪いに耐性が付いたからといって、それだけでニンゲンなど弱い魔物だと侮ってしまったのが悪かったのだろうか。
泥にまみれ、倒すべき異形の巨人にも近づけず。
桃子の心が、膝をつきかけた、そのとき。
ふと、何かが薫る。
それは忘れもしない、あの花の香りだ。
死者の眠る、ニライカナイの青い花々の香りが一瞬、桃子の周囲にふわりと、舞い降りた気がした。
それと同時に、目の前に迫っていた鎌を持ったニンゲンが、一瞬の煌めく光とともに切り裂かれ、消し飛んだ。
「えっ……?!」
「なんだ。桃子。いまなにしたんだ?」
「え、わ、わからないけど……」
ヘノがツヨマージを掲げたまま桃子へと近づく。ヘノも戦うのにいっぱいいっぱいで、今なにが起きたのかは理解していなかったようである。
そんな、困惑する二人の元に、今度は気のせいではなく、確実に一つの音が聞こえてくる。
どこか遠くから、ものすごい速度で駆け抜けてくる、力強い足音。ヘノの巻き起こす暴風の中でも、その足音ははっきりと桃子たちの耳に届く。
そしてその音の発生源は、田の泥をまき散らしながら猛スピードで駆け寄り、そのままの勢いで桃子を囲んでいたニンゲンたちを弾き飛ばした。
それは、弥生時代のような貫頭衣を身に纏い、蔦の髪飾りを頭に被せ、塗料で顔に力強い紋様を描いた少女。
彼女がすれ違いざまに、桃子の周囲に群がるニンゲンたちを蹴り飛ばしたのだ。
「そこの連中! 師匠に触るなっす! シャー!!」
「ポンコちゃん!」
暗い中に、荒々しく猛る少女の声が響く。
その声はよく知っている。第二層へと向かっていたはずの化け狸の少女、けものの姫、うどん職人見習い。それは、紛れもなくポンコである。
ポンコが突破口を開き、荒々しい爪で桃子に迫るニンゲンたちを引き裂いていく。
そして、朗報はそれだけではない。
「そうだ師匠! 援軍が、たっぷり来てくれたっすよ!! ポンたちがさっき第三層に降りたすぐ後に、追い付いてきてくれたっす!!」
「援軍!? それって――」
しかし、桃子の問いかけは最後まで言葉にされることはない。
桃子が何かを聞くまでもなく、援軍がやってきたのだ。
ふいに、周囲の空が、白く輝きはじめる。
桃子が背後の空を振り返ると、そこにいたのは、黄金色の魔力を全身に纏う、巨大なる神獣。
空を優雅に泳ぐ、巨大な白蛇の姿があった。
黄金に光る白蛇が、滑るように空を泳ぎ、そして桃子たちのすぐ上を通過していった。
すれ違いざまに、桃の香りと酒精の合わさった独特の芳香が周囲に広がっていく。
「ウワバミ様……クルラちゃん?!」
「あいつ。また。無茶してないだろうな」
『んふふ♪ 安心して♪ この沢山いるゾンビは、わたしがどうにかするわね♪』
黄金の神気を纏う巨大な白蛇の神獣『ウワバミ様』は、桃の木の妖精クルラのもう一つの姿。とある村の人々を守護する、神としての姿だ。
彼女の発する神の気は、ニンゲン程度の弱い魔物ならば、その光で照らすだけで次々に煤へと還していく。
気づけば、桃子たちを囲んでいたニンゲンは全て、ウワバミ様の浄化の光に当てられて消滅していた。
桃子たちが唖然とその姿を見上げている間にも、その巨大な白蛇はそのまま異形の巨人の周囲の空を泳ぎ始める。
残念ながら、異形の巨人そのものを浄化するほどの力はないようだが、しかし。
巨人の足元に大量に湧き出ていたニンゲンたちは、真の意味で人里を護る神の力によって、その大半が消滅していった。
「す、すごい……すごいすごい、クルラちゃんすごい!」
「あいつ。もう。桃の木の妖精。やめちゃってないか」
「師匠、まだまだっすよ! 来てくれたのは、クルラさんだけじゃないっすから!」
ポンコの言う通り、このダンジョンまで駆け付けてくれている『援軍』は、神の白蛇、ウワバミ様だけではない。
桃子がポンコにそれを聞き返そうと、口を開こうとしたところで、桃子は更に目を丸くして空を見上げることとなる。
赤く燃える巨岩が、空を飛んでいく。
大きな灼熱の岩が、三体いる異形の巨人の一体に向けて、空に大きな弧を描き次々と降り注ぐ。
まるで、大砲か戦車のようだ。
桃子が房総ダンジョンで製作してきた投石器とは、規模がまるで違う。
「なんか。すごいことに。なってるな」
炎の岩が、ドン、という鈍い爆発音とともに、異形の巨人にダメージを与えていく。
まるで、空から降り注ぐ隕石のようなそれは。しかし、決して隕石などではない。
桃子は思い出す。
桃子は過去にも、いくつもの岩を弾き飛ばす、とある妖精たちの合体魔法を見たことがある。
そしてやはり、その記憶は正しかった。
空中に突然現れた岩がその場で燃え盛り、同様に空中に描かれた魔法陣に触れると、弾き飛ばされるように巨人へと射出されていく。
それらを造りだす、三つの小さな光。それが、巨岩を打ち出しつつも、桃子たちのもとへと近づいてくる。近づくに従って、桃子にもその光たちの声が届くようになる。
「いい具合ではあるけれど、もしやもう少し左のほうが効果的なのでは、ないかな?」
「推理はいいから、今はリドルが照準を合わせるんだよぉ! どんどん岩を出すよぉ!」
「ほらほら! どんどん出せ! どんどん火をつけるぞ!」
降り注ぐ、炎の岩の砲撃。これは、妖精たちの合体魔法だ。
巨大な岩を生み出すことが出来る大地の妖精ノンと、まだ未熟な転移魔法陣ではあるものの、それを利用し物体を弾き飛ばすことが出来る魔法の鍵の妖精リドル。
あの魔法は、その二人の魔法を掛け合わせ、巨大な岩石を次々と打ち出す合体魔法だ。
そして今はその岩に、火の妖精フラムの力で炎を纏わせ、燃え盛る岩石の砲撃魔法と化していた。
「みんな!!」
「桃子くん。ボクたちが来たのだから、勝利は確定なのでは、ないかな?」
「遅れてごめんよぉ! でも、手伝うよぉ!」
「桃子! アタシたちが、左側のでっかいゾンビ、やっつけてやるよ!!」
桃子は、炎の岩を砲撃し続ける三人の妖精にあっけにとられるけれど、しかしそれも僅かな時間のことだ。
呆けていると、ヘノに耳を引っ張られてすぐに自分の役割を思い出す。自分の役割は、恐らくこの異形の巨人の首魁である、一番巨大な敵を倒すことだ。
桃子の泥だらけの両脚に、ヘノが改めて緑色のつむじ風を纏わせる。
炎が異形の巨人の身に着けていた布地のようなものに燃え移り、飛び火したのか、それが足蹴にしてきた古民家の残骸も燃え上がる。
暗闇だったこの戦場が、巨大ないくつかの炎で照らされ、桃子の視界を明るくしてくれる。
「よし。邪魔なニンゲンがいなくなったんだ。行くぞ桃子」
「師匠、もう一体の巨人も別の援軍が戦ってるから大丈夫っす! だから、師匠はあのでっかい奴めがけて一直線っすよ!」
「……うん! わかった!!」
「ガウッ!!」
別な援軍が誰なのか、気にならないと言えば嘘になるだろう。
けれど、ポンコが大丈夫だと言っているのだ。きっとそれは、心強い援軍に違いない。
ならば、自分はあの憎むべき異形を叩きのめすだけである。
これ以上、オオカミたちが苦しまなくて済むように。
これ以上、人間たちが恐れなくて済むように。
ヘノと、ポンコと。そして横には共に、オオカミのギンロウも付き従い。
遥か先に見える、異形の大巨人へと向かい、桃子たちは駆け抜けていく。