ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
桃子たちの視線の先には、ビルほどもある天を突く巨大な異形が君臨していた。
そのほとんどが暗闇に覆われたこの第三層『ヒトザト』でもなお、その巨大な体躯は遠くから見通せるほどのものであった。
そのビル程の巨人が足を進めるたびに、大地が震動し、その途方もない重量を感じさせる。
全体の動きだけをみればゆっくりとした歩調だが、しかし歩幅の縮尺が巨大というその一点だけで、その移動スピードはかなりのものとなる。
その異形の大巨人の通った土地は跡形もなく地面が割れており、木々も圧し折れ、ニンゲンたちが棲み処にしていたであろう家屋の数々も、すでに建物としての形など残っていない。
異形の大巨人は、とある一方向へと向かい進んでいく。それは、第二層への階段ではなく、もっと別なものが存在する方角である。
この暗闇に覆われた『ヒトザト』の東側に位置する、山の頂。
そこに存在する、この階層においてもっとも重要な拠点となる場所こそが、この大巨人の向かう場所だ。
「あっちは……駄目! この大巨人、ハクロウ様の洞窟に向かってる!」
「こいつ。この階層を守護してるのが誰か。わかってるんだな」
「うわ、師匠! こいつが歩くだけで、周りの魔力光がどんどん消えていくっすよ!」
「なるほどな。この階層が真っ暗だったのは。こいつが潜んでたからだったんだな」
ニンゲンたちの異常発生と共に出現した、ニンゲンたちの上位種であろう三体の巨人たち。その中でも一際巨大なこの存在は、もはや『ニンゲン』の名残すらない。
もしかしたら、元々はニンゲンと同じように地上の人間を模した存在だったのかもしれない。
けれど、瘴気による異常な進化によるものか、人と同じ脊椎動物の名残は残しつつも、その姿はもはや人とはかけ離れたものとなっている。
捻れた足の関節は人と違う動きを見せ、手足の先は爬虫類のように硬質な鱗を持ち、鋭い爪が伸びている。胴体は不自然なほどに前傾姿勢に捻じ曲がり、背骨からは謎の棘がいくつも露出している。
左右の肩からは巨大な腕が二本ずつ生えており、首から上に見える顔部分は、まるで醜悪な狒々か般若のように、いびつに歪んだ相貌を晒している。
率直に言うならば、その姿かたちだけでも生理的嫌悪を催すほどの、不気味な怪物だ。
その異形の大巨人が、ダンジョンに点在する魔力光を吸収し、瘴気の闇を広げながら、ハクロウの守護する山へと進撃していく。
この地に潜む魔物たちにとって、一番邪魔な存在を滅するために。この地の瘴気を抑え続けてきた目障りな霊獣を、今こそ亡きものとするために。
桃子たちは、その移動速度に追いすがるために全力で荒野を走り抜ける。地上の人里を模した階層なので、地面はそれなりに整っていたはずだが、すでに大巨人によって見渡す限りの破壊された荒れ地に変貌してしまっていた。
この大巨人を、ハクロウに近づけてはならない。ハクロウにはもう、戦う力など残されていないのだ。
だからこそ、いま、ここで。確実に倒さねばならない。
「ハクロウが。あんなに弱ってたのは。こいつのせいか」
「きっと……ハクロウ様は、ずっと一人でこんなのを抑え込んで、命を削って……こんな、こんなののせいで……!」
「師匠、とにかくポンが撹乱するっすよ! 師匠はいつもみたいに、力をためてドカーンしてくださいっす!」
言うが早いか、ポンコは桃子とは別な方向から大きく回り込み、異形の大巨人の眼前へと向かう。
手に持った緑の葉に狸の妖術を込め、燃え盛る炎の赤い光を放ち、暗い荒野の中でもひと際自己を主張する。
今のポンコは、けものの姫――ももポンの身体なため、大きさとしてはたったの135センチだ。ビルのような巨大な異形を相手取るには無謀とも思えるサイズ差である。
しかし負けじとポンコは魔力を爛々と輝かせ、果敢に異形巨人の目の前を駆け抜けていく。妖術で作った光の玉を、立て続けに大巨人へと放ち、衝撃を与え続ける。
そして、ポンコの横ではオオカミのギンロウが、けものの姫を護る騎士の如く、ポンコと共に疾走しているのが見える。
「こっちっすよ! お前は……お前は、ここで終了なんすよ!!」
「ガオォォオン!!」
ポンコの与えた衝撃がいかに大巨人からして小さなものだったとしても、続けていればさすがに感づかれる時が来る。
異形巨人が、ポンコとギンロウの姿に気づき、それを足で払い除けるように進行方向に変化が起きた。
自分たちに気づいた大巨人を更に引き寄せるように、ポンコとギンロウが泥のぬかるみにも構わず疾走していく。
異形の大巨人がそれを追い田んぼへ足を踏み入れると、その巨大な踏み込みひとつで、まるで雨のような泥の波がはじけ飛ぶ。
ポンコとギンロウは速度を緩めず、大巨人を誘導するように大地を駆けまわり、ハクロウの守護する山から引き離していく。
「桃子。今のうちだ。行くぞ」
「うん! まずは右足の膝から!」
ポンコが囮になっている間に、桃子はハンマーに魔力を貯めていく。
相手がいかに巨大だろうが、これはただ「超巨大である」というだけだ。いつか雪に閉ざされたダンジョンで見た、特殊個体と呼ばれる真の邪悪のように、離れていても分かる程の恐ろしい覇気を持つわけではない。
ただ巨大なだけの敵ならば、恐れるに足らない。桃子は今まで何度も、巨大な敵を有り余る力で粉砕してきたのだ。
すでに『ニンゲン』ですらなくなった醜悪なだけの大巨人など、恐れるような敵ではない。
ポンコたちが、異形巨人を桃子の待ち構える方向へと誘導する。
桃子が追いかけずとも、向こうからやってくるのならば話は早い。近づいてきたところで、破壊の力を叩きつけてやるだけだ。
ポンコとギンロウが、桃子の横をすれ違うように通り過ぎる。すれ違いざま、ポンコと桃子が視線で頷きあう。
ポンコを追う形で異形巨人が向かってくるのに合わせ、桃子とヘノは緑色のつむじ風の力で高く翔ぶ。狙いは、そのいびつに歪んだ膝だ。
暴風に乗り、一つの風となった桃子は、空中でハンマーを力強く振り上げて――。
「こんのぉぉお!! 止まれぇぇええ!!」
魔力の光の衝撃とともに、ベキィ、という鈍く、そして湿った音が響く。自動車をスクラップ工場でプレスにかけたならば、もしかしたら同じような音が聞こえるかもしれない。
採掘場の岩盤のように叩いて気持ちいい感触ではなく、手には気色の悪い生々しい感触が残る。しかし、手ごたえはあった。
今の一撃で、異形巨人の右膝が砕けたはずだ。
「やったか」
「やったよ!」
やった。
もはや使い慣れたつむじ風の魔法をうまく調整し、ハンマーの勢いのまま地上へスタッと着地した桃子が振り返ると、そこには右の膝が抉られるように粉砕され、巨体を支えられずに大地に手をついた異形の姿があった。
とはいえ、元がビルのように巨大な存在だ。屈んだところで、並の魔物とは比較にならないほどの力と攻撃範囲を保持している。
『グウオオオオオアアア!! ググガアアア!!』
異形巨人が怒りのままに絶叫すれば、その轟音だけで『ヒトザト』全域の大気がビリビリと揺さぶられる。
異形巨人が4本の腕を振り回すだけで、大気が吹き荒れ、触れたものは全てが粉砕されていく。周囲に様々な瓦礫がまき散らされていく。
ヘノが慌てて暴風の壁を作って桃子を護るが、辺りには異形巨人によって弾き飛ばされた岩や木が飛び交い、迂闊に近づくこともままならない。
「あいつ。足が折れたのに。めちゃくちゃ。暴れるな」
「はぁ……はぁ……師匠、お見事っす! ……でも、ちょっと、近づくのは危険っすね! ポンがまた囮になって――」
足を封じた巨人を前に、囮として駆けまわっていたポンコとギンロウも息を切らせながら桃子たちの元へとやってくる。
移動力を封じたとしても、あの巨大な腕を振り回されるだけでも十分な脅威だ。触れただけで、桃子やポンコの小さな身体は遥か彼方まで弾きとばされ、肉片と化してしまうだろう。
桃子がいかに【隠遁】で認識阻害をしていたとしても、対象を絞らない無差別な広範囲の破壊に対しては、無力なのだ。
だが。
ポンコの言葉を遮るように、桃子は首を横に振る。
強い確信を秘めた瞳で、闇に包まれた空を見上げる。
「なんだか、わかるんだよ。大丈夫、きっと……もう、大丈夫!!」
「え、師匠……?」
桃子には、不思議と、確信があった。
自分でも、それが何故なのかはわからない。根拠も何もかもを省略し、桃子の心が感じとった確信だ。
桃子の心が訴えている。もう、この『ヒトザト』における勝負は、ついたのだと。
桃子は、前に進む。
異形の巨人を見上げる。
そして、スゥと息を大きく吸い込んでから。暴れ狂う異形の巨人に対し、大きく声を張り上げる。
「あなたには、言っても分からないかもしれないけど!」
「私の声も、聞こえてないかもしれないけど!」
暴風に晒されて、桃子の三つ編みが跳ね上がる。泥に濡れた桃子の衣服が、風になびく。
それでも桃子はまっすぐに立ち、異形の巨人を見上げ、睨み付けている。
恐らく【隠遁】の効力で、この巨人に桃子の声が届くことはない。
でも、それでいいと、桃子は思う。
この『人間』でも『ニンゲン』でもない、人の形すら捨ててしまった醜悪な異形に。自分の――人間の言葉が通じるとは思っていない。通じて欲しくもない。
ただ、一方的に宣言をするだけだ。
「人間は、オオカミは……あなたたちには負けない!!」
桃子が、魔力を込めたハンマーを、異形の大巨人へと高々と向ける。
それと同時に。
燃え盛る岩石が。
探索者たちの放つ矢や魔法が。
遠方から撃ち出された、光の矢が。
仲間たちの力が、四方から異形をめがけて降り注ぐ。
『グギャアアアァァァッ!!!』
岩が、魔法が、矢が。
異形の胴を貫き、腕を砕く。
巨人は残された腕を振りかぶるが、それではこの猛攻は防げない。
そして、戦う皆を鼓舞するように、広大な盆地に数多くのオオカミの遠吠えが響く。
それはニンゲンと戦い、力尽きて倒れ伏していたはずの、勇敢なオオカミたちの声だ。彼らが力を取り戻し、この第三層に遠吠えを届かせる。
それに呼応するように、この地を護る偉大なる霊獣の声が。盆地に木霊する。
「みんなが、戦ってるっす……!」
そう、全員だ。この階層で戦っていた全員がいま、この異形の巨人に立ち向かっているのだ。
彼らの力が、彼らの声が。桃子に力を与えてくれる。
「ヘノちゃん、ポンコちゃん! 私たちで終わらせよう! それで、この階層の瘴気を晴らそう!」
ハクロウがたった一人で浄化し続けたこの『ヒトザト』は、もう限界を迎えていた。
ダンジョンに存在していた魔法光すら失われ、大気中には瘴気が充満し、ハクロウがどれだけ身を削ったとしても、もうこれ以上、オオカミを守りきることは難しかっただろう。
それでも、ハクロウはオオカミたちを守護するために、命を削ってきたのだ。魂を、すり減らしてきたのだ。
でも、それももう終わりにするべきだ。
桃子は、願う。
これ以上、オオカミたちが闇夜に閉じ込められないように。
オオカミたちの守護神が、命を削らなくてもいいように。
自分たちがここで、瘴気の根源を取り除かなければならない。
「ポンコちゃん、最後の一撃は、力を貸してね」
「わかったっす! わんこの母ちゃんの仇をとるっす!」
「最後のとどめだ。二人とも。翔ぶぞ」
ポンコの両脚が緑のつむじ風を纏う。
あとは、この目の前で地に膝をついた異形の、瘴気の巨人の核となる『頭』を、吹き飛ばすだけだ。
桃子とポンコは、荒れ地を駆け、大地を蹴り。そして、風となり。空を駆けた。
頭を垂れた異形の巨人の頭が、眼下に見える。
桃子は、ハンマーに全力の魔力を注ぎ込む。ポンコもまた、空中で桃子に手を触れ、己のなけなしの魔力を送り込んでいる。
ハンマーに嵌め込まれた紅珠は、桃子の、ヘノの、そしてポンコの魔力を吸収し、最後に紅珠に込められた強大な破壊の力を解放していく。
強く、強く、ハンマーが輝きを放つ。
「わんこの母ちゃんのっ! 仇っす!」
「みんなを苦しめた、お返しなんだから!」
その瞬間。
光が闇を切り払った。
この地を訪れた探索者たちは見た。
一人の少女――けものの姫が華麗に宙を舞い、巨大な怪物を撃破する姿を。
異形に食われていた大量の魔法光が噴出し、この暗闇に覆われていた第三層を照らし出す一幕を。
ダンジョンが、光を取り戻す瞬間を。
それは、奇跡の光景だった。
「いっけぇえええ!!」
皆の思いを乗せたハンマーが振り下ろされると同時。まぶしい魔力の爆発と共に。
第三層『ヒトザト』を覆いつくしていた瘴気の渦は。
光の爆発とともに――完全に、消え去った。