ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
禍々しい瘴気の渦が晴れ、第三層『ヒトザト』には、森を照らす魔法光が戻ってきた。
ニンゲンという魔物が消滅したわけではない。ダンジョンである以上、あの魔物は永続的に発生し、これからも『ヒトザト』で、人間と同じ姿をし、人間と同じ声を発し続けるのだろう。
けれど、それでも。
第三層に、闇夜を照らす優しい光が戻ってきたのは、間違いない事実である。
そして、ニンゲンたちとの総力戦を終えてしばらくして。
ここ、第二層『サクラモリ』の夜桜の下に、桃子たちは集まっていた。
『桃子さん、ポンコさん。我らオオカミのために戦っていただき、感謝します』
「いいんです、私たちは、ただ成り行きで戦っただけですから……」
桃子たちは、第三層へと続く洞窟の前で、ハクロウと対面していた。
第三層に充満していた瘴気が晴れたことでハクロウにかかっていた負担が軽くなったために、彼女はまた、洞窟から外へと出歩けるようになったのである。
ハクロウは、数十年ぶりに見る第二層『サクラモリ』の風景を懐かしそうに眺めてから、今回の功労者である桃子とポンコに礼を伝える。
第三層で戦ったものは皆、この『サクラモリ』へと集まっている。
とは言っても、ハクロウと対面して話をしているのは桃子とポンコだけ。15人の人間たちは、ここからほど近い安全な場所で野営用のテントに押し込められ、全員が眠りに落ちている。
彼らには、礼を伝えても伝えきれない。けれど、それはそれとして、彼らは魔法生物について色々と知り過ぎてしまったのだ。
申し訳ないけれど、少なくとも妖精たちについての記憶は消させて貰った。
このまま朝になり彼らが目覚めたときには、全てとは言わないけれど、ともに戦った妖精たちのことは思い出せなくなっているはずである。
そして、桃子とポンコは――。
「でも、良かったね、第三層が平和になってさ。ね、ポンコちゃん」
「師匠……ポンは……ポンは……やだ、やだよぅ……」
桃子は、すぐ横に立ちハクロウの言葉を聞いていたはずのポンコに声をかける。
しかし。ポンコは桃子の言葉も耳に入らないほどに、ただ、泣いていた。
「うん、そうだね。ポンコちゃんは……つらいよね」
「……やだ、やだよう、師匠、ハクロウ様。どうして、どうして、またこの階層を封印しないといけないんすか!」
第三層の再封印。
それが、いまからこの場所で行われる儀式である。
これは、決して人間の都合などではなく、ハクロウが決断したことだ。
実は、過去の第三層の封印も、決して当時の人間たちが一方的に決めたものではなかったのだ。ニンゲンという魔物の危険性と、それが引き起こす未来の悲劇を天秤にかけ、ハクロウが封印に同意したのである。
当時も、オオカミと友誼を交わした人間たちがいたのだ。多くの修験者たちが、ハクロウを守り神として慕い、階層の封印に反対をしていたのだ。
けれど、それでも。
ニンゲンという魔物の危険性は。そして、それが引き起こすであろう悲劇は、見逃すわけにはいかなかった。
桃子とて、この話を聞いた時には反対をした。オオカミをまたあの夜の世界に閉じ込める選択など、とるべきではないと思っていた。
けれど、ニンゲンという魔物の真の危険性を聞かされてしまえば、ハクロウの判断に頷くしかなかったのである。
この第三層に出没する魔物『ニンゲン』。
桃子が出会ったあの魔物は、鎌や鍬を持っていた。地上の人々が作り出した道具を使っていた。地上の人々の言葉を模倣していた。
それは、あの魔物が学んだからだ。
遥か過去に出現していたニンゲンは、道具など持たず、呻き声しかあげないような、人の外観をしただけの野蛮な魔物であった。
しかし、あの階層に修験者が訪れるようになったことで、ニンゲンは変わっていく。
修験者たちから直接知識を得ているのか、それとも地上と迷宮の行き来が活発になることで、人というものの特性を学んでしまったのかはわからない。
しかし、これだけは言える。
ニンゲンは、成長する魔物だ。
何があろうと、封印しなければいけない。
『もしニンゲンたちが、いまの時代の皆様の文化を学び、文明という力を得てしまえば。もはや、私たちでは手をつけられなくなってしまいます』
「……そんなのっ! 地上の人間たちの都合じゃないっすか! 人間が来なければ……人間が来なければ……っ」
ポンコが、叫び声でハクロウの言葉を否定する。
人間たちを否定する。
「ポンは、わんこ……わんこと、家族になったんすよ! ポンは、ずっとわんこと一緒だったんすよ!」
ポンコの慟哭が響く。
桃子は俯いて、唇を噛み締める。
ポンコの言うとおりなのだ。もしダンジョンに人間が訪れさえしなければ、少なくともニンゲンという魔物は成長などせず、オオカミたちの脅威とはなり得なかった。
誰も悪意など持ってはいない。そこには加害者などいない。けれど、それでも。原因を作ってしまったのは、やはり人間なのだ。
ダンジョンという未知の領域に、人が足を踏み入れてしまったことで。手遅れなほどに、環境が変わってしまったのだ。
だからこそ、人間である桃子は、いまのポンコにかける言葉がない。
「それなのに……また、一生お日様を見られないダンジョンに……閉じ込めて……会えないなんて……そんな、そん、なの……うぅ……」
「ポンコ、わがままを言ってはいけないよ」
しかし、ポンコを優しく諭す声がかかる。
それは、丸眼鏡に着流し姿の、古めかしい書生のような外観の男性。ポンコの父、クヌギである。
彼は優しく、ポンコの頭を撫でて、彼女を抱き寄せる。
「父ちゃん! だって、わんこは……わんこは、母ちゃんが死んじゃって、独りぼっちなんすよ!? ポンが、母ちゃんの代わりに……」
「違うよ、ポンコ。ハクロウ様の後ろを見てごらん」
クヌギは屈みこみ、ポンコに目線をあわせた。
そして、ハクロウの背後を見るようにと、促した。
「クゥーン……」
「グルルルル……ガウ」
「あ……」
そこには、わんこがいた。ギンロウがいた。他にも、共に戦った多くのオオカミたちが、階段から顔をのぞかせていた。
わんことギンロウは、泣き叫ぶポンコを心配げに見ている。ポンコをじっと、見つめている。
「ポンコ。わんこは、彼女は独りぼっちに見えるかい?」
「わんこ、ギンロウ……みんな……」
ポンコは、ふいに思い出す。
幼き頃に、母を亡くした自分。狸の里という世界だけで育った自分。
けれど、ポンコは決して独りぼっちではない。優しい父と祖父、そして里の多くの仲間たちがいた。
いまでは人間の師匠たちや、妖精の友達もいる。ポンコのこれまでは、たくさんの仲間と共にあったのだ。
わんこは、自分と同じなのだ。
「ポンコ。だから、わんこは大丈夫だよ」
「うぅ……父ちゃん、父ちゃん……」
ポンコは、それでも。
ずっと、わんこと一緒にいられると思っていた。オオカミたちとも仲間になれると思っていた。
だから、この結末は、耐えられそうにはない。
静かな夜桜の世界に、ポンコの嗚咽の声だけが響き渡っていた。
『……では、ノンさん、リドルさん。よろしくお願いします』
「う、うん……じゃあ、洞窟を封じるよぉ……?」
「ボクの力が必要と聞いてはいたが、こういうことだったのだね」
封印の役目を担うのは、大地の妖精ノンと、鍵の妖精リドルだ。
ノンの力ならば、地上から異物を持ち込まずとも、この洞窟そのものを新たに作り出した岩で閉じることができる。そして、ダンジョンの鍵を司るリドルならば、そこに『封印』という属性を付与することができる。
この二重の封印ならば、再びこの第三層を閉ざすことができるはずだ。
しかし、ノンの表情は暗い。
いまから、泣き叫ぶポンコの声を無視して、共に戦ったオオカミたちを常夜の第三層へ閉じ込めるという、重たい十字架を背負うのだ。他人の感情に無頓着なヘノですら、ノンを心配して先ほどから無言で傍らに寄り添っている。
そして、普段はマイペースの権化たるリドルも、この時ばかりはノンを心配げに見つめていた。
リドル――鍵の妖精は、砂丘ダンジョンに挑むものたちを篩にかける役目を持ち、己の認めた探索者を第四層という死地に送り込んできた過去がある。だからこそ、いまのノンの苦しみを、察することができた。
「ノン、ボクが一緒にやるのさ。キミひとりが背負うことでは、ないのさ」
「うん……やるよぉ……」
ノンとリドルが力をあわせ、白く冷たい石壁を作り出していく。これは、封印の鍵の魔力を含んだ、第三層を封じる強固なる扉だ。
それは、ハクロウと桃子の間を区切るように。ポンコとわんこを区切るように。
大地を小さく揺らしながら、少しずつ、少しずつ、洞窟の入り口を塞いでいく。
これは決して、解決ではない。
数十年後の未来には、再び内部に瘴気が充満し、オオカミたちには苦難の道が待っているかもしれない。
けれど、これがハクロウの決断である。
「わんこ……わんこ……っ! ポン、ずっと家族っすからね!」
「ガウ! ガウッ!」
「わんこは寝相が悪いから、気を付けるっすよ! ご飯も食べすぎちゃだめで、遊びすぎて迷惑かけちゃダメっすよ! それから……それからっ……!!」
「ガウ、ワウッ!」
「元気でいるっすよ! ぜったい、絶対長生きするっすよ……!!」
しかし。もう、岩は塞がれてしまった。
どれほど大きな声で叫んでも、わんこの返事は、届かない。ポンコの耳には、大好きになった小さな友達の声は、聞こえない。
ポンコが封印の岩に縋り付き、両の拳で岩を何度もたたくけれど、そこにはもう何も、反応はない。
「あ、あぁ……やだ、やだあ! わんこが一生お日様を見られないなんて、嫌っす! わんこ、わんこぉ……!!」
幼子のように、ポンコが涙で頬を濡らしている。
しかしすでに、ハクロウにも声は届いていない。もう、第三層は繋がっていないのだ。
「師匠、父ちゃん、こんなの……あんまりっすよぉ! うわあああん!!」
静かな桜の森。獣たちの姫が、ただ、泣いていた。大きな声で、大切な家族のために。
桃子は、自分の頬も濡らしたまま。ただ、黙って。
ずっと、ポンコのことを抱きしめているのだった。
夜桜の空に浮かぶ月が、少女たちの姿を照らしていた。
「ぐす……なあ魔女様。ああいうのは、アタシはあんまり好きじゃないよ。あの狸の子、あんなの悲しすぎるでしょ」
「ふふふ。れもたんったら、貰い泣きしてるのですね。でも、今回はりりたんは冤罪です。意見は、そこのお爺さんに言ってあげてください」
「むう……」
「なあ、狸の爺さん。アンタあれを見てどうも思わないわけ? 孫が大切なんでしょ?」
「そうですよ? 例の件、悪い話ではないと思いますよ?」
「そうじゃの、悪い話ではない。この胡散臭い魔女に借りが出来てしまうこと以外はの」
「あちゃー、そりゃ悪い話だわ。爺さん、断った方がいいよ」
「れもたんはどっちの味方なんですか。りりたんは、ティタニアを守りつつ、皆が幸せになる道を模索しているだけですよ? 私だって、孫につらい思いをさせたいわけがありませんからね」
「幸せになれる道、のう……」
【筑波ダンジョンギルド公式 ライチちゃんの筑波チャンネル】
『この番組は、皆様の探索を支え、未来を切り開く。ダンジョンテクノロジーの最先端、筑波ダンジョンギルドの提供でお送りいたします』
おいーっす、視聴者の若造ども、今日もバリバリやっとるかー? 元気があれば何でもできる!
ってなわけで、わしじゃぜ。筑波ダンジョンの植物系天才ロリババア、ライチちゃんじゃぞ。キリ番報告は掲示板でな。掲示板なんかないけどな、かかっ
しかし夏じゃなあ。ダンジョンの中は気候が安定していて過ごしやすいもんじゃが、スタッフ連中の夏バテが深刻じゃ。
まあ良いわ、恒例の説明文を流すぞー。ポチっとな。
『このチャンネルは、筑波ダンジョンの開発した最新技術や探索サポートアイテムを紹介する番組です。
MCは筑波ダンジョン所属の植物学者、ライチちゃんです。見た目は幼女、中身は生意気盛りのご老体なので、仲良くしてあげてくださいね』
はい、わしが見た目が幼女、中身がご老体のライチちゃんじゃよ。
言っておくが、筑波ダンジョン関係者はきちんとライチ博士と呼べよ。上下関係理解しとらんやつはアレじゃぞ? 地方に飛ぶぞ?
冗談ではなく、少し前にガチで沖縄の離島に飛ばされた奴がいたんじゃよ。後日、天使がいただの猫娘がいただの言い出すようになって、心療内科に通うことになったんじゃがな。
まあ良い。本日の本題はこちらじゃな。その名も『精薬香』。
まだ一般的には出回ってはおらんので、必要な場合はギルドを通じて申請してもらわにゃならん代物じゃが、精薬香、つまりは精神的な症状に効く薬草のお香じゃな。
前回の配信でも軽く触れたと思うが、前に尾道ダンジョンで使われたっていう、魔法協会の独自ルートで持ち込まれた品の改良版じゃぜ。
世界魔法協会が配布したブツはなかなかに強力過ぎて、ちーとばかし副作用の恐れもあったみたいじゃが、わしのは安全じゃよ?
まあ、商品紹介からじゃな。
・
・
・
はい、てなわけでおさらいじゃ。
精薬香は、精神に対する不具合……まあ、ダンジョンだと呪いとかそういうのが多いのじゃが、それを外部から吸収する薬効魔力で強制的に解呪させる効能がある――と、考えてくれれば良いぞ。
頭がシャキッと、脳に直接カフェインを注ぎ込んだような爽快な朝を迎えられること確実じゃぜ、かかっ。
ん? なんじゃ? 呪いについて知りたいとな?
呪い、のう。カガク技術の対極に位置するようなもんじゃから、さすがのわしも正確には答えられんのじゃよ。
率直に言えば「原理の不明な悪しきもの」の総称じゃなあ。石化の症状も眠りの症状も、全部を一緒くたにして「呪い」と呼ばれておるの。
で、だいたいの呪いは、それを発した魔物と紐づけられており、それを討伐すれば解呪されると言われておる。じゃが、実際のところはそれもあくまで「傾向」なんじゃよなあ。呪いの副作用で精神が壊れちまえば、それはもう一生もんだったりするからの。区別の難しいところじゃよ。
今回の精薬香は、あくまで精神に作用する呪いの対処アイテムじゃ。
精神に関わる症状もブラックボックスでのう。本当は、精神に関わる魔法の使い手でもいればギルドで研究しまくったところなんじゃが、希少な精神魔法の使い手は世界魔法協会に持っていかれちまったからの。全く、余計なことをしおってからに。
ん? 研究と言ってもほれ、人道的な実験とか、そういう研究……じゃよお?
いやいや、目なんか泳いでおらんぞ? 失礼な視聴者どもじゃのう。
……おっと、もうこんな時間か。
わしゃちょいと老人介護に行かんといかんので、そろそろお終いじゃ。
かかっ、わし自身が老人なんじゃがな。
では、若造ども。次の放送まで死ぬことを禁止するぞ。じゃ、またの。