ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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『けものの姫』エピローグ

「せんぱーい、はい、長崎のお土産です」

 

 ヘノと二人、妖精の国の花畑のベンチで今後のカレーの話をしながら寛いでいると、背後から聞きなれた声が届く。

 今日は、柚花が長い旅行から帰ってきて、この妖精の国へと久しぶりに足を運ぶ予定日だ。

 桃子が振り返ると、そこには大きな紙袋を掲げた柚花の姿があった。柚花の肩には、ニコニコ笑顔のニムがへばりついている。

 

 桃子はベンチをあけて、柚花に横に座るように促すと、柚花は自分が座るよりも先に、手に持っていた紙袋をどさりと桃子の正面に置いた。

 

「あ、カステラじゃん! って、なんかものすごく大量に買ってきたね」

 

「前に、飛行機の中でヘノ先輩が全部食べちゃったって聞いてたんで、目いっぱい買ってきましたよ」

 

「覚えてるぞ。なんだかおいしいお菓子だろ。さっそく食べよう」

 

 紙袋の中身は、包装紙で包まれてはいるものの、でっかく商品名が書いてあるので一目でわかる。長崎銘菓『カステラ』だ。

 以前、桃子が長崎の小学校の事件を解決した後に、帰りの飛行機でお土産用のカステラをヘノが食べつくしてしまったのは記憶に新しい。柚花が買ってきたものは、まさにその時のカステラと同様のものである。

 しかし、量がすごい。紙袋を持ち上げるとどっしりとした重量感があり、紙袋の中にカステラが1ダースは入っていそうな勢いだ。

 

 桃子が目を丸くしている間にも、柚花は慣れた手つきでカステラを一本取り出して、器用に包装紙をぺりぺりと剥がしていく。

 中から出てくるのは、黄色いスポンジ生地が甘い香りを漂わせた、おなじみ長崎銘菓カステラだ。

 皿など準備はしていないので、今しがた剥いだ包装紙を皿の代わりにして、剥いたばかりの一本のカステラをベンチの中央に乗せる。

 大きな一本サイズに見えるけれど、きちんと見れば数センチ幅にカットされているタイプのカステラだ。包丁の準備をしなくていいのでありがたい。

 

「お、美味しそうですねぇ……た、食べても、いいんですかぁ?」

 

「どうぞ、ニムさん。あ、でもカステラは裏に薄い紙がついてるので、きちんと剥がして食べてくださいね」

 

「紙は。一番おいしい部分がついてるから。ちょっと。おいしいぞ」

 

「ヘノちゃん、さすがに紙は剥がそうね。はい、ぺっ、だよ。そんなの食べたらお腹壊しちゃうよ」

 

 包装紙に乗せられたカステラを挟む形で、桃子と柚花が並んで座る。ヘノとニムはカステラの包装紙の上にちょこんと下りて、すでに切り分けられているカステラに手を伸ばしている。

 カステラは、いわゆる「敷き紙」とも呼ばれる薄い紙がくっついたままの状態で販売されていることが多い。

 この紙は、カステラの焼けて茶色になっている部分に張り付いているため、ヘノの言う通り、一番おいしい部分がへばり付いていることも多い。だが、普通は食べずに剥がすべきものである。

 桃子も、せっかくなのでカステラをひと切れ頂く。卵の風味があり、底についたままのザラメ糖がシャリっとして、相変わらず癖になる美味しさの焼き菓子である。

 牛乳が欲しくなる。

 

 桃子は、きちんとヘノとニムのぶんの紙をとりわけて二人に安全なカステラを配り、そして自分の口にも一切れ放り込む。

 妖精たちも、そして桃子も、幸せそうにカステラを頬張っている。土産を買ってきた甲斐があったものだと、柚花はご満悦な表情だ。

 

「それにしても先輩、吉野ダンジョンではまた色々やってたみたいじゃないですか」

 

「んぐ……あれ? まだ柚花には話してないよね? りりたんにでも聞いたの?」

 

「違いますよ。ほら、これ」

 

 唇にカステラをつけたままの桃子の顔を見てクスっと笑いながら、別にそれを教えるわけでもなく。

 柚花は懐から自分の探索者用端末を取り出して。いつぞやと同様に、各ダンジョンについての話題が書き込まれている掲示板を表示して見せる。

 桃子が顔を寄せてその画面をのぞき込むと、そこには『吉野ダンジョン専用 雑談スレ』と書かれていた。

 

 

 

 

 

【吉野ダンジョン専用 雑談スレ】

 

 

:第三層は一晩だけの夢物語だったんだな

 

:俺も会ってみたかったよ、獣の姫君。羨ましい。

 

:でも、報告によればだいだらぼっちみたいなのが暴れてたんでしょ? よく勝てたな

 

:本人たちもうろ覚えみたいだし、大型のオークか何かがいたんじゃないか?

 

:さすがに美食三銃士とヨシさん達がいくら強くても、だいだらぼっちは倒せないだろw

 

:獣の姫って、犬なの? 狼なの?

 

:そりゃ狼だろ。前からギルドは狼の白狼様とやらをグッズ化してたけど、いよいよ狼の時代が来たな、今からマークしとくか

 

:絶滅しとるがな

 

:でも、不思議だよね。救助隊も三銃士もみんな起きたらサクラモリで寝てて、第三層の入り口なんて存在しなかったっていう。

 

:そして全員がだいだらぼっちを獣の姫が倒す夢を見た、と。なんかもう、ロマンだよね。

 

:誰か、萌々子絵師にけものの姫のイラストも発注してこい!

 

:けものの姫ってひらがなで書くとさ、なんか……こう、既視感がすごいね

 

 

 

 

 

「あー……」

 

 桃子は、苦笑しながら掲示板を読み進める。

 ノンの力によって洞窟の入り口が周囲の岩と一体化し、朝には跡形もなく消えていた。そのため、あの夜に第三層『ヒトザト』を訪れた探索者たちは、第三層での戦いを「集団で見た不思議な夢」だと思っているらしい。

 また、彼ら全員の記憶から妖精に関する情報は消えているものの、オオカミやけものの姫についての出来事は、共通の夢として比較的はっきりと残っているようだ。

 

「記憶消去をしたのって誰ですか? リフィさんにしろ、りりたんにしろ、雑すぎません?」

 

「や、やっぱり……もぐもぐ……けものの姫さんの記憶が残ってると、駄目なんですかねぇ……?」

 

「むぐむぐ。妖精の記憶が消えてるなら。むぐむぐ。問題ないだろ。むぐむぐ。どうせ。むぐむぐ。けものの姫なんて。むぐむぐ。実在しないしな」

 

「ヘノちゃん、喋るのは食べてからにしようね?」

 

 あの夜、桃子は最後まで顔を合わせることはなかったけれど、やはりあの場にはりりたんもいてくれたようだ。

 巨大な異形と戦っている最中、見覚えのある魔力の矢が放たれていたのを覚えている。あれは、りりたん――ではなく、りりたんが連れてきた神弓士の弟子、檸檬によるものだったのだろう。

 誤解とはいえ、彼女の矢で大変な目にあった桃子としては、実に感慨深い。

 

 しかし、なんにせよ。

 記憶を消したのがりりたんだろうがリフィだろうが、彼女たちにとっては重要なのは「妖精の記憶」を消すことであって、他のことについては意外と無頓着だったようだ。

 

「ちなみに、件のけものの姫こと、ポンコさんはどちらに? お土産のカステラを渡しておきたかったんですけどね」

 

「あー、ポンコちゃんなら、しばらく妖精の国には来られない……かな。あと、ノンちゃんも」

 

「ノンさんも、ですか?」

 

 あの夜。

 ポンコは、閉ざされた洞窟の前で、ずっと泣いていた。

 泣きつかれて眠ってしまったポンコをクヌギが大事に背負い、香川ダンジョンまで運んでいったことは桃子も覚えている。

 そして、成り行きでダンジョンを封印するという責任を断り切れずに背負ってしまったノン。

 彼女もまた、妖精の国に戻ってから泣き出してしまい、仲間たちはとてもノンを心配していたのだ。

 

 それが色々とあって、今ではノンは毎日のようにポンコに付き合わされている。と、いうのも。

 

 ポンコとノンは、今頃は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポンコさん。お待たせだよぉ」

 

「あ、ノンさん! 待ってたっすよ! じゃあ、さっそく行くっすよ」

 

 ここは、化け狸の里内、長の定位置である東屋の手前にある広場だ。以前桃子たちが訪れたときに、巨大な焚火にて鳥の丸焼きが作られた、あの場所だ。

 その場所にはたった今、本来の姿である二足歩行の狸になったポンコと、大地の妖精ノンが合流したところだった。

 

 二人とも、今日は今から出かける約束が入っていた。

 否――「今日は」ではなく「今日も」と言ったほうが正しいだろう。ここ連日、この二人はとある場所に入り浸っているのだ。

 

「ポンコ、あまり皆に迷惑をかけんようにな」

 

「うん、爺ちゃん! ……あのね、爺ちゃん」

 

「なんじゃい」

 

 東屋では、着流し老人姿のポンコの祖父こと化け狸の長が、相変わらずの薬草煙草をふかしつつ、妖精と落ち合う孫娘の姿を眺めていた。

 彼は数日前、この広場で大仕事を成したのだ。その反動でその直後からしばらく、実は長は意識不明で寝込んでいたのである。一時は里のもの達は長の死を覚悟したほどだ。

 だが、それと引き換えに。長は愛する孫の笑顔を手に入れた。

 

「ありがとっす! 爺ちゃん、大好き!」

 

「ん、おう……まあ、なんじゃ。長として当然のことをしただけじゃよ。ほれ、行ってきなさい」

 

「はいっす!」

 

 そして、狸としての本来の姿ながら、ポンコは満面の笑みを浮かべて、広場の端へと移動し、空間に手をかざす。

 するとそこには、以前はなかったはずの。

 

 ダンジョンとダンジョンを結ぶ、新たな光の膜が、浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

「おーい、ポンコ、ノンちゃん、今日はこっちの田んぼからいくたぬよー」

 

「はーいっす!」

 

「滅茶苦茶だった荒れ地も、だいぶ整ってきたねぇ」

 

 ポンコたちが光の膜を抜けて訪れたのは、とあるダンジョンの階層に作られた、一つの小さな社の前であった。

 そこから広がるのは夜の景色。その大半がぐちゃぐちゃになった、荒れた土地の風景である。

 夜と言っても、魔法光と様々な星に照らされ、夜空の下でもさほど暗いわけでもないその場所。つい先日とある魔物によって、その大半が荒らされた直後であった。

 

 その景色の一角から、ポンコとノンの二人に声がかかる。

 声の主は、ポンコと同様の、二足歩行の狸だ。サイズはポンコの何倍も大きく、大人の化け狸であることがわかる。

 その化け狸が、泥沼――ではなく、荒れに荒れてはいるものの、田んぼであった土地からポンコに対して呼びかけ、ポンコたちはそれに答えて大きく手を振る。

 

 そして、そんなポンコの姿を見つけて駆け寄ってきた動物がいる。

 

「ガウっ! ガウッ!!」

 

「あはっ、わんこったら、危ないっすよ。今はわんこのほうが身体が大きいんすから、飛び掛かられたら受け止められないっすよー」

 

 それは、小さなオオカミ。

 そのオオカミの名は『わんこ』という。

 

 ポンコの、新たな家族だ。

 

 

 

 ――そう。

 

 ここは、吉野ダンジョン第三層『ヒトザト』である。

 

 

 

『ポンコさん、ノンさん』

 

「あっ、ハクロウ様! どうっすか、具合は良くなってきたっすか?」

 

『ええ。この調子ならば、また私もいずれ、全盛期のような力を取り戻せるやもしれませんね』

 

「この『ヒトザト』の瘴気も、だいぶ浄化されてきたからねぇ」

 

 そして、美しい夜空の下を歩むポンコとノンの二人に声をかけてきた存在。

 それは、この地の守護者。白銀の美しい毛皮をした、5メートルはある巨大なオオカミ、ハクロウだ。

 以前は己の棲み処たる洞窟から離れることもできないほどに弱っていたハクロウだが、しかし今ではこのふもとの土地まで足を運ぶまでに回復していた。

 それは全て、澱み切っていたこの地の漆黒の瘴気が、浄化された故である。

 

 子狸姿のポンコは、まだまだとても小さい。

 桃子と初めて出会ったときと比べれば多少は成長し、今ではいっぱしの化け狸のように二足歩行が板についてはいるのだが、そうだとしても大きさはわんこより一回り小さい程度のサイズである。

 なので、ハクロウと会話をするときは、本格的に真上を見上げることになる。

 

「でもハクロウ様、本当にポンたち化け狸がここに住み着いちゃっても大丈夫なんすか?」

 

『もちろんです。ニンゲンが住み着くくらいならば、あなたたちに使用していただいたほうがよっぽど良いです』

 

「そりゃそうだねぇ。ニンゲンが出ても、化け狸のみんななら、すぐに対処できるからねぇ」

 

 あの日。

 ハクロウの決断の通りに、この第三層は間違いなくノンとリドルの手によって『封印』されたのだ。

 ポンコは泣きじゃくり、ノンもまた、オオカミやポンコに対する申し訳なさで、臥せてしまったほどだった。

 しかし、その二人に朗報が舞い降りてきたのは、その日のうちのことである。

 

 それが先ほどの、化け狸の里と『ヒトザト』をつなぐ光の膜の出現である。

 孫のため、化け狸の長が膨大な魔力を消費して、死にそうな思いをして、この二つの地点をつなぐ道を作りだしてくれたのだ。

 この階層を封印し、守護していたハクロウにしても、それは寝耳に水のような出来事ではあった。しかし、新たに出現した道から飛び出てきたポンコの姿を見て、彼女の涙でベショベショの笑顔を見て、ハクロウもその光がどこと繋がっているのかをようやく把握したのだった。

 

 その後、化け狸たちとハクロウの間でいくつかの取り決めが為される。

 ひとつ。この『ヒトザト』で化け狸は、人の姿には化けないこと。

 ひとつ。化け狸がこの土地に常駐し、田畑を管理しつつ、ニンゲンの発生を抑えること。

 ひとつ。決して、地上の人間をこの地に招かないこと。それがたとえ、恩人たる桃子だとしても、だ。

 

 それらは全て、魔物であるニンゲンへの対策だ。瘴気を浄化した今でも、やはりこの地は、ニンゲンという魔物に呪われた土地であることには変わりない。

 しかし、化け狸としてはそのどれもが大した問題ではなく、両者間での取り決めはすんなりとなされたのだった。

 

「でも、管理するためにも、この田んぼを全部きちんと使えるようにしないとっすね!」

 

「ものすごく広いし、ここを全部整えるのは大変そうだよぉ」

 

「期待してるっすよ、ノンさん」

 

「ギャン! ギャン!」

 

 田に植えるための稲は、遠野ダンジョン内『マヨイガ』でとれる玄米をもとに、ルイやリフィといった植物の妖精が力を注ぎ、どうにか胚芽を修復し種籾として使えるものを作り出してくれた。

 日の差さないこの階層にて、果たしてきちんと稲が育つかどうかは不明なれど、まずは一度やってみないことには結論は出せない。

 

 そして、その計画に必要なのが、大地の妖精であるノンの存在だ。

 この、滅茶苦茶に荒れてしまった広大な土地を使えるようにするには、やはり大地の妖精たるノンが手伝ってくれたほうが圧倒的に早いのだ。

 ノンとしても乗り掛かった舟であるし、何より彼女本人に「自分の力でオオカミを閉じ込めてしまった」という負い目もあり、せめてものお詫びとしてこの土地のために力を使うことに是非はない。

 

 が。

 

 はたして、この広大な土地を全て整えるとなると、ノンはどれほどに力を行使せねばならないのだろうか。

 

「困ったよぉ。私、期待されると断れないんだよぉ」

 

 ノンは、はるか先まで続いている広大な荒れ地を眺めて、小さくそうぼやくけれど。

 それでも、小狸のポンコと、ほぼ同じサイズのオオカミの子供であるわんこが楽し気にはしゃいでる姿を見れば、後悔などあるわけもない。

 

 口では、ぼやきはする。けれど。

 オオカミの守護獣、ハクロウとともに。

 ノンは、小さなオオカミたちの姿を、満面の笑みで眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、桃子と柚花と、カステラ妖精たちは――。

 

「それにしても、今まで繋がってなかったダンジョン同士を繋げるだなんて、よく可能でしたね」

 

「なんかね。りりたんが、紅珠を長に提供してくれたんだって。牛鬼が出たときに口出しする権利と、その時の紅珠を貰う権利と引き換えだって」

 

 そう。長ひとりの魔力では、土台無理な話ではあった。

 単純な魔力も足りず、光の膜の製作時の物質的な『核』となる素材も足りない。そこで、それを提供したのがりりたんである。

 りりたんにはりりたんで目的があるため、手持ちの紅珠を提供したのは決して純粋な善意などではない。

 とは言っても、取引条件として今回りりたんが求めた内容は、いつか確実に訪れる牛鬼との戦いに手出しをする許可だ。

 桃子としては、特殊個体を撃退する際にりりたんの手助けがあるならば百人力であり、単純に好条件としか思えないのだが、きっと化け狸には化け狸の事情があったのだろう。

 

「うぅ……ま、魔女さんて、いくつくらい……あ、あの赤い魔石を、持ってるんでしょうねえ」

 

「むぐむぐ。魔女が元から持ってた。琵琶湖ダンジョンの紅珠は。むぐむぐ。セイレーンのために。使っちゃったし。むぐむぐ。もう少ないんじゃないか?」

 

「どうだろ。バジリスクの石と霜の巨人の石があったはずだから……一応まだ手元に一つは持ってるんじゃないかな?」

 

 紅珠は、今にして思えば実に様々な使い方がある。

 ダンジョン同士をつなぐ光の膜の核にもなるし、魔法生物が地上で生活するためのバッテリーにもなる。

 それらと比べ、ハンマーに紅珠を装着してひたすら一反木綿やスライムを狩っている桃子の使い方は、何か間違っているのでは、ないかな? ――と、桃子の心の中のリドルが囁くが、聞かないことにした。心の中のリドルは、心の中のノンに押し付ける。

 

「なんにしてもさ。オオカミさんたちと化け狸のみんなが一緒にいるのは、嬉しいしね」

 

「魔法生物どうしの異文化交流ってやつですね」

 

「でも。人間は相変わらず。『ヒトザト』に立ち入り禁止なのは。残念だな」

 

「それは……仕方ないよ。あそこのニンゲンたちが令和の文明を覚えちゃったら、本当に危険だからさ」

 

 それを考えると、桃子は少しだけ、寂しく感じる。

 ニンゲンは恐ろしかったし、夜の真っ暗な森も恐ろしかった。パチンコのように木々の中を弾かれながら落ちたのは、さっさと忘れてよい思い出だ。

 それでも、やはり。

 あの土地で出会ったオオカミたちや、そして優しい守護獣のことを思うと、彼らに二度と会えないのだと考えると、桃子の胸には何とも言えない喪失感が浮かんでくる。

 

 だが、その喪失感をさらりと埋めてくれるのは、やはり最愛の後輩だ。

 

「じゃあ先輩、こんど一緒に狸の里に遊びに行きましょうよ」

 

「え? 狸の里?」

 

「だって、先輩があちら側に行けなくとも、わんこさんやギンロウさんが膜を通ってこっちに来るのは禁止されてないんですから」

 

「そ、そうか、それもそうだね! 柚花、すごいね。さすが私の後輩!」

 

「頑張ればハクロウ様も遊びに来れるんじゃないですか?」

 

「さすがに。大きさ的に。無理があるだろ」

 

 さすがに5メートルもあるハクロウが小さな膜を通り抜けるのは難しい気もするが、それを想像すると自然と桃子にも笑みが込み上げてくる。なんにせよ、そこに気付いた柚花はすごい、と桃子が笑顔で褒め称えると、柚花のパートナーのニムは嬉しそうにドヤ顔だ。

 

「うぅ……ゆ、柚花さんは、桃子さんの後輩ですからねぇ。桃子さんくらい……ものすごく、あ、頭が、いいんですよぉ?」

 

「桃子も。頭いいんだぞ。この前。きちんと。数を数えてたからな」

 

「さすが先輩ですね」

 

「なんだか私の肩身が狭くなるからこの話はそろそろやめようね」

 

 率直に言おう。はっきり言おう。柚花は間違いなく頭が良い。成績順位が中くらいでふらふらしていた桃子よりも。

 桃子が柚花より秀でている部分があるとすれば、高校三年生の二学期以降の授業過程もすでにクリアしている、という部分だけだろう。もちろん、そんなものはあと数か月で覆されてしまう差でしかない。

 なので、自分の学力に話が飛び火する前に、桃子はさっさと話題を変えることにする。

 

「えーと、でもそうだ柚花。柚花ってば、化け狸の里は出入り禁止を言い渡されてるの、忘れてない?」

 

「クヌギさんとポンコちゃんには出入り許可貰ってますし、多数決で大丈夫ですよ」

 

「うどんだ。また香川ダンジョンにいくなら。ヘノは。うどんを食べたいぞ」

 

「うぅ……あのおうどん、美味しかったですからねぇ……」

 

 そうして、話はあっという間に食べ物の話題へと集結していく。なんだかんだで、みんな食いしん坊なのだ。

 カレーではなくうどんの話題なのは桃子としては少々残念な気持ちもあるが、たまにはカレー以外の話題で盛り上がるのも良いだろう。

 

「そうだね。またみんなに会えるなら、また遊びに行きたいね」

 

 オオカミたちに会えるかは、分からないけれど。

 オオカミたちが、うどんやカレーを食べるのかは、分からないけれど。

 

 遠いあの場所で、まさに今。

 あの時泣いていたポンコやノン、そしてオオカミたちが笑顔で暮らせているのならば。

 

 

「……良かったですね、先輩」

 

「うん……良かったよ。本当に、めでたしめでたし、だね!」

 

 

 桃子もまた、心から笑顔になれるのだった。

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